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Re: notitle 50
[No.175] 2023/05/19 (Fri) 18:00
Re: notitle 50
手を繋ぐ。
それは、性別に関わらず幼稚園児にだって簡単に出来るだろう接触。
初めはそれすらも出来なかったミドウさん。
「そ、れは、牧野さんから?それとも、司から……?」
「前回お会いした時は彼からでしたけど……」
こうして会いに来るからには、ある程度は、あたしのことを調べているだろうと思っていたけど、流石に会っている間のことを調べるなり何かしなかったのだろうか。
あの喫茶店では、会うたびに手に触れる練習をしていたのに。
会長とお姉さんは顔を見合わせて頷き、そして何かを見定めるかのような、どこか心の奥まで見られるような、鋭い視線を向けられた。
「あなたは司のことを、どう思っていますか?ただの、友人だけ、ですか?」
どう、思ってるか、なんて。
なんて答えれば、この人たちにとって正解なのだろうか。
違う。
今はこの人たちのことではなく、ミドウさんが、どうしてほしいと言っていたか、が重要だ。
「彼は友人の一人、です」
「それなら、ただの友人だと言うのなら、なぜここ数ヶ月、司と会おうとしなかったのかしら?」
どいつもこいつも本当に。
なんで、本人じゃない誰かが聞きに来るのか。
違う。
私から遠ざけておいて、なんて身勝手なことを。
こう思ってしまうということは、やはり彼の中に何かを残したくて、女嫌いな彼にキスして抱きついて、そして一方的に遠ざけて避けて、どこかに少しでもそれが残っているなら、あたしに話をしに来てくれるんじゃないかと、期待して。
でも、それだけミドウさんはあたしに会いたいと思ってくれていたと言うことだろうか。
こうして友人や家族が彼を見て心配しているということは、そういうことだったのだろうか。
それなのに、あたしは、その希望すらも自ら潰してしまった。
きっともうミドウさんは、あたしに会いたくないと思っているかもしれない。
「それは、……ちょっと勘違いと言うか、誤解をしてしまいまして、それで彼を避けていました」
「誤解って?」
「あの……、彼が、友人たちと婚活アプリを悪用して女遊びをしているのかと……」
「あぁ、そういうこと」と、呟いたあと二人して額に手を当てて項垂れている。
「実は先日、彼のご友人たちが私と話をしたいと訪ねてきました。たまたま大河原部長も居合わせていたのですが、そこで少しだけ彼について、お話を聞きました。そのお話を聞いた時、女嫌いも嘘なんじゃないかと、結婚までの暇つぶしだったのではないかとか、そんなことを考え思っていたことを、後悔しました」
せっかくの会席料理。
きれいな飾り切りに盛付け、上品で美味しそうな香り。食べてもらう為に作られた、それなのに、誰も手を付けない。
あたしは膝の上で両手を、ぎゅっと握りしめた。そして、会長とお姉さんにしっかりと顔を向けて話す。
後悔まみれだけど、偽りのない今のあたしを、見てもらえるように。
「私は彼に直接、話を聞くこともなく憶測だけで判断し、一方的に、避けてしまったんです。
それは、……それが彼の、私に対する信用を損なうようなことなのではないかと、そこで初めて気が付いたんです。彼の友人や大河原部長から話を聞くまで知らなかったとはいえ、勝手に勘違いをして避けて、会わなくなって、こんなに時間が経ってしまった今、もう彼は私を信用も信頼も、していないかもしれない。
それでも私は、彼に会って、勘違いで誤解をして遠ざけたことを謝りたい。一度失った信頼関係を取り戻すのは難しい、かもしれません。でも、それでも私は……、自分で勝手に勘違いしたくせに、何様だとも、思います。それが私のエゴで、酷い自己満足だとも思うんですけど……、
どうしても彼に、触れることを許してくれる程に私を信頼してくれていただろう彼に、例えそれが男でも女であっても、誰に何を言われても、人を信じるということを諦めてほしくないと、そう思ってしまうんです……。うまく言えなくて、申し訳ないんですけど……」
うまく伝えられなくて、それでも今までのミドウさんとのやり取りを、ミドウさんの行動を、思いを、覚悟を、あたしが無駄にするようなことだけはしない。したくない。
「……あの子は女性だけでなく、人を、誰も信じていない。そうなってしまった原因はこちらにあります。それでも、あの子には、結婚をして欲しくて……」
「あの、なんでそこまで彼に結婚させたいんですか……?」
「そうね、もちろん家と会社を継いでほしいというのはあります。でも……、人は一人では生きていけない。親として、我が子に、頼る人なく生きていってほしくないのです。
あの子の背負うものは、とても大きいもので、親である私も家庭を省みることなく、会社を大きくするべく身を粉にして働いてきました。娘にも、望まぬ政略結婚をさせました。その結果が、」
一気に話し始めた会長は、その時ぐっと言葉を詰まらせて言い淀んだ。
なんだ、この会長の顔は。
これが冷徹で無慈悲な「鉄の女」?訪ねてきた時とは全く違う、人間味のあるような、そう、子どものことが心配で堪らないと憂うような、親の顔。
私が今日ここに来たのは口止めをされるか、ここに来てからも自分を品定めされるのかと、そう覚悟を決めて、そしてミドウさんの結婚をいかに先に伸ばせるかの、そういう話をしようと思っていたのに。
許してもらえるなら、彼とまた友人になって、そして彼の望みを叶えるべく協力したいと、そう思っていたのに。
そして、次に聞かされた話の内容に、更に私の後悔が増すことになる。
「……私は、何よりも、家族よりも仕事を優先して、子どもたちの世話を使用人たちに任せていました。そして司にも懐いてる使用人が一人いましたが、ある日、司が、……その使用人に強制わいせつに近いことをされました。ここにいる椿がすぐに気が付いて、それ以上になることはありませんでしたが、想像以上に司の心には傷が、残っていました……」
「その日は、私も学校からの帰りがいつもより遅かったの。急いでは帰ってきたのだけれど、いつもなら玄関まで迎えに来る司が来なくて、不思議に思って司の部屋に行ったわ。その時、何かが落ちて壊れる音がして……、司のイタズラか、またストレスで暴れて物を壊しでもしてるのかと、」
「待ってください!それは、その話は、私が聞いても良い話ですか?本人が私に話していいと、許可を持って話していますか?!」
何を話し始めたのかと黙って聞いていたけど、これは、かなり彼の精神的な部分の話ではないのだろうか。
なぜ女性に触れることが出来ないのか、どうしてそこまで触れられることを嫌がるのか、彼は話そうとしなかった。
話さなくても、聞かなくても、それでも彼は、ミドウさんは、あんなに顔を真っ青にして、少し触れるだけでも震えて、それでも、それでもあんなに頑張って……!
「いいえ、司に話して良いとは言われていません。でも……、」
「ダメです。お願いです。もう、それ以上は話さないでください……!先程も言いましたけど、本人から話したいと言うまで聞かずにいたことです。それを、いくらあなたが家族で親とはいえ勝手に他人に話すなど、彼がこのことを聞いたら何て思うか、分かりませんか……!?」
「話すのは、家族以外に話すのは、あなたが初めてよ……!」
「話すことが初めてとか、そんなの関係ありません!誰に話すか話さないかは、当事者である彼だけが決められることです!」
「あなたは……、あなたは、司を、何者でもなく、一人の人間として尊重してくれているのね……」
「そんなの、当たり前です!どこの誰だって、その人が何者であろうと、その権利は何人も侵してはならないことです!それが例え親であっても、家族であっても、です!彼の心も、身体も、それは彼だけのものなんですから……!」
なぜ彼はあたしを選んだ?
なぜ彼はあたしを信用した?
なぜ彼はあたしを信頼した?
なぜ彼はあたしを友人にした?
なぜ彼は、あたしが触れることを許した……?!
なぜ彼は、ここまで誰も信用も信頼も出来ない環境に置かれていたのか。
なぜ彼は、ああ、
『いつか、こんな何でもないような日常の中で、暮らしたい』
それが、こんなにも難しく、生き辛い世界で。
この言葉と、震えた身体は、
あの時、これだけは信じると決めたのに、あたしは、
あたしは、なんて酷いことを……!
堪えきれなくて涙が零れる。
何が信用だ。
何が信頼だ。
自分で彼について何も聞くこともせずに、彼と一緒に、あの穏やかな時間を終わらせたくなくて、まだしばらくはそれを共有したいと自分の感情を優先して、そして聞いてもきっと応えてくれないだろうと決めつけて、勘違いをして。
彼を、一番傷付けたのは、あたしだ。
一緒に過ごしていたあの時間と空間の中でだけは、何者でもなかったはずの彼の言葉だけを、それだけは、信じなくてはいけなかったのに。
「牧野さん、あなたは、司のことを……、」
お姉さんが言おうとしていることは分かる。ここまでくれば、あたしの気持ちなどバレて当然だ。
でも、それは今日の話とは関係ない。
『結婚なんてしたくない。それを阻止するために協力して欲しい』
その彼との約束を守る為に、あたしは行動しなければならない。
こぼれた涙をハンカチで拭って、会長とお姉さんを見据える。
がんばれ、あたし。
信用も、信頼もなくなった今、あたしに出来る精一杯を。
「私の気持ちは、今は関係ありません。取り乱したりして申し訳ありませんでした。
彼の事情は彼自身から聞きます。今は、なぜ彼の意思を無視してまで結婚を強いるかです。そこは、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「そうね、まずはそこを話さなければならなかったわ」
会長は大きく息を吐き、そして話し始めた。
「今はまだ、私も姉である椿もいますが、この先ずっといるわけではありません。椿は嫁いでいますし、私も年齢だけで言えばこの子達より先に死ぬでしょう。その時、あの子は一人になってしまう。
司の友人たちだって、いつかは結婚して家庭を持てば自然と距離は出来る。仕事が関われば友情すらも捨てなければならない時がくるかもしれない。
それでも司の背負うものが軽くなることはなく、更に重いものになるだけでしょう。その時に精神的に支えになる人がいない、ということが問題だと思っています」
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Re: ボルドー様
いつもコメントをありがとうございます!
面白いと言っていただけて大変嬉しいです…!
考え過ぎるつくしちゃんも大好きなので、ちょっと焦らし過ぎかな、と思うこともありますし、何より司くん出てこないし笑
小説の書き方の勉強もしてないド素人の文体なので、これでお勉強するのは危険です笑
楽しんでいただけたら、それだけで本望ですので!
なかなか定期的に更新出来なくて申し訳ないですが、なるべく更新頻度を上げられるように頑張りますので、これからもお読みいただけたら嬉しいです•ᴗ•
面白いと言っていただけて大変嬉しいです…!
考え過ぎるつくしちゃんも大好きなので、ちょっと焦らし過ぎかな、と思うこともありますし、何より司くん出てこないし笑
小説の書き方の勉強もしてないド素人の文体なので、これでお勉強するのは危険です笑
楽しんでいただけたら、それだけで本望ですので!
なかなか定期的に更新出来なくて申し訳ないですが、なるべく更新頻度を上げられるように頑張りますので、これからもお読みいただけたら嬉しいです•ᴗ•