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花より男子の二 次 小 説。つかつくメインのオールCPです。

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Re: notitle 38

Re: notitle 38







待ち合わせはいつもの喫茶店。

そう、いつも会って話をするのは初めて会った時に利用した喫茶店。
約束の時間になると、どちらかが先に来ているパターンが定着していて、流石に半年間二週間置きに来るあたしたちを店員さんたちも認識し始めていた。
ミドウさんが先に来ていれば、もう来てますよって言われるし、あたしが先に来た時はいつもの窓際の席に案内されるようになった。

なのに、ミドウさんは今日は初めて会った時に待ち合わせをした駅ビルの中の本屋さんで、と言った。
なんだろう。何か買いたい本でもあったのかな。でもそれなら別にあたしと一緒じゃなくても一人で行けばいいことだし。
あれからずっと喫茶店以外では待ち合わせることも会うこともなかったから、いつもと違うことに何だか少しドキドキする。

本屋さんに着いて店内の入り口付近をぐるりと見回してもミドウさんらしい人は見当たらなかった。スマホを確認しても彼から連絡は来てないし、とりあえず既に本屋さんにいることだけをメールで送る。

連絡が来るまで時間を潰そうと、トラベルコーナーへと足を向けた。
そこに平積みしてあった『世界の可愛い食べ物巡り』と言う本が目に入ったから手に取ってパラパラと立ち読みを始めると、イタリア特集の中に掲載されていたリモンチェッロが目に留まった。

『リモンチェッロとはイタリアを起源とするレモンを用いたリキュールで、レモンの香りがし、甘味もあるので口当たりは良いが、アルコール度数は30%以上ある。南イタリアにある酒造メーカーから販売されているリモンチェッロは、二人の絵師による手描きのイラストと、その瓶のデザインが可愛いとお土産としても人気の一品。』

これは可愛い~!お酒は少しずつしか飲めないのが悔しいところだけど。
容器の瓶はバイオリンやギターみたいな形や、イタリア本土を模したような靴の形だったり、ハートや月と星なんてものもある。飾って見てるだけでも癒やされそう。
ネット通販とかしてないのかなとページ内の文字列を追っていたら、そこにフッと影が入り込んだ。


「酒は飲めないんじゃなかったのか」

ドッ、と心臓が一跳ねする。
そんな近くで、耳元で、その響くようなバリトンボイスで話さないで欲しい。

もう!心臓持たないから……!


「……飲めなくはないよ。すぐに酔っちゃうだけで。ただ、このデザイン可愛いなぁって」

「今度イタリア出張あったら買ってきてやろうか?」

「……うん」

思わず、それまでこの微妙な関係が続いてれば良いな、なんて独り言つ。

「ん?なんか言ったか?」

「うん、お土産楽しみだなーって言ったの!」

そう言いながら本を置いてミドウさんに向き直って、彼を見た。
今週に入ってすぐ梅雨明け宣言があって、一歩外に出ればジリジリと夏の暑さが身を包む陽気になっていた。
前回ミドウさんと会った時はまだ梅雨で、風邪を引いて熱を出したあの日も確か、天気予報では降水確率も高かくて気温は上がらないって言ってたような気もするし、ミドウさんも薄めの上着を羽織ってたから、今までの季節に合わせた服装では知らなかったと言うか、見えなかったところなんだけど。

今日のミドウさんは黒いTシャツとジーンズとスポーツサンダルっていう、極ありふれたようなコーディネートなのに、なにこれ。
なに、この人。

そのフワフワな髪の毛と瓶底メガネで相殺になんてならないくらい、ファッション誌からそのまま飛び出してきたようなスタイルの良さで、そのTシャツの袖から見えた程良く筋肉の付いた二の腕と、足の長さと、少しロールアップしたジーンズの裾から見える踝まで、その高身長と相まって何もかもが格好良く見える。

なに、これ。
これは惚れた欲目なの?
この人、こんなに、あれだった?


「おい」

「……あ、うん?ごめん」

思わずぼんやり見惚れていたら、ミドウさんに声をかけられてハッとした。
そして差し出された左手。
手がどうかしたのか、何だか分からなくて首を傾げてミドウさんを見れば、少し頬が赤い気がして、今日も外は暑いからかななんて考えてた。

「練習!」

「……え、あ、うん?」

練習……。
手と手を触れる、あの練習しかないよね?
え、なに?え?
ここから?手を繋いで歩くってこと?

「早くしろって。いつまで俺は手を出してりゃいいんだ」

「あ、ごめん」

そう言われて特に何かを考えもせずミドウさんの手を取った。
その瞬間に、ぴくりと少し腕が震えたような気がしてミドウさんの顔を伺い見るけど、特に何かを気にした様子もなくて、手を繋いで彼に引かれるまま本棚の間を抜けて歩く。

夏で、良かった。

暑いだけじゃない熱さが手のひらに集まって、少し汗ばんでしまってる気がする。
でも、元々体温が高いらしいミドウさんの手のひらも熱くて、それがどっちの汗か分からなくて、そしてぴったりくっつく手のひらが更に温度を上げていくような。

そういえば。さっきミドウさんの手を取った。
それは初めてあたしからミドウさんに触れたことに気が付いて、いつも触れるのはミドウさんからで、あたしから彼に触れたことは一度もなかったはずで。
そこまであたしに気を許してくれてるのかのと思うと何だかこそばゆくて、でもそれだけ女の人と触れ合うことに抵抗がなくなっているのかとも取れるそれに、なおさら別れが近付いたことになるのかと、浮いたり沈んだりする気持ちが自分でも掴めないでいた。


「梅雨、明けたな」

「ね。初めて会った時は冬だったのに、もう夏になっちゃったね」

あの時はミドウさん一人で先を歩いて行ってしまって、でもその長身と頭一つ飛び出して見えるフワフワの髪の毛に置いて行かれないようにと小走りで彼を追いかけた。
あれから半年しか経っていないのに随分前の出来事のようで、それが今は手を繋いで同じ歩調で隣にいるなんて。
ふと口が緩んでしまったところを見たのか、なに笑ってんだよと彼が言うから、じぃと彼を見上げてニコッと笑うと、ミドウさんはついと顔を逸して進行方向を見るだけになってしまった。
背けられた顔に少し寂しさを感じたけれど、その代わりと言わんばかりに、ギュッと手を握られて、なんかもう、この瞬間だけでも恋人同士のような、そんな感覚に囚われる。

これがずっと、続けばいいのに。


ジワジワと、都会のビルとビルの合間から遠くで鳴く蝉の声が聞こえて、そしてじんわりと首筋に汗が滲んだ気がした。
でもこれは夏の暑さだけじゃなくて、彼女に上目遣いでニッコリと笑いかけられたからに違いない。

今日のクシマは初めて会った時のように髪の毛を一つに束ねてポニーテールにしていた。
こっそりでも彼女を見ていたくて25cmも彼女より背が高いことを有利に使って視線をチラリと下に向けて盗み見れば、それは一歩一歩と前へ足を進めるたびにゆらゆらと揺れていた。

今日は珍しくピアスも揺れるタイプのものを付けていて、ポニーテールと後れ毛と、揺れるピアスから、こっそり見ていたはずの視線を背けることが出来なくて。
そしてふわりと何かで微笑む彼女に、なんで笑ったのか知りたくて、教えてくれたら良いなと思いながら聞いたのに、その大きな瞳で見上げられて笑みを深くするから、また俺自身も知らない妙なこそばゆさを心臓とみぞおちの辺りに感じて、その感じたものをコントロール出来ずに咄嗟に彼女を視界から遠ざけた。

自分で顔を背けたのに、それが不自然に思われてないか途端に不安になった。
クシマのせいではないのだと伝えたくて、でもそれは言葉にも出来なくて、代わりに繋いだ手をギュッと握った。


そもそも今日はいつもと違う始まり方だった。
待ち合わせの時間にはまだ少し早かったけど、彼女から本屋に着いたとメールが来て、待たせたら悪いと少し急いで本屋に行って探してみれば、また食べ物の本をジッと見ている彼女を見つけた。

そんな彼女は緩いオーバーサイズの白いTシャツに、淡い色のジーンズをロールアップにして、鮮やかなターコイズブルーのパンプスを履いていた。なんだか打ち合わせたわけでもないのにTシャツとジーンズという服装が少し似ていたし、練習と称して彼女にたくさん触れたいが為に、いつもと違う待ち合わせ場所にしたのだけれど。

そして、初めて彼女から触れてもらった。
いつもと違うパターンにクシマは慌てることなく自然に俺の手を取った。
男の手を取ることに、躊躇いのない彼女。
今まで彼女は一体何人の男の手を取り、こうやって街中を歩いたりしたのか。彼女に触れたことのある男たち全てを抹殺してやりたいような、このじわりと心に擡げたものは、先日類が言っていた嫉妬というものなのだろうか。

それでも彼女から触れられたことに気持ち悪いとか、吐き気がするとか、もうそんなことは全くなくて、いつも俺より体温の低いクシマの手が夏の暑さだけじゃなく火照った俺の手のひらを冷やしてくれると思ったのに、なぜか今日は彼女の手のひらも暑くて、次第にどちらともつかない手の汗が、俺とクシマをぴたりとくっつけた。

彼女を遠ざけようとして先を歩いた、あの日。
それが今では横に並んで、同じ歩調で、手を繋いで歩いている。
この一瞬だけしかすれ違わない、同じように街中を歩いてる人たちにだけでも良いから、自分たちが恋人同士にでも見えたら良いのにと思えば、やはり心臓とみぞおち辺りがカァッと熱くなったように感じた。


これがこのまま続いて欲しいと、彼女も思ってくれたら良いのにと願ってしまう俺は欲張りだろうか。













Re: notitle 37

Re: notitle 37






「本当にさ、つくし何やってるの?」

「分かってるから言わないで~!」

「分かってない。分かってないから、そんな名前も素性も知らない男を好きになるんでしょ?」


身も蓋もない言い方だけど、幼稚園からの幼馴染みである優紀の言う通りで、あたしの今までの恋愛事情を知っている彼女の言葉に何も言い返せない。

今日はメープルホテルの中層階にあるガーデンレストランで期間限定開催のスイーツブュッフェを二人で楽しんでいるところ。
六月末から一ヶ月限定の人気ブュッフェで、今回は予約開始と同時に申し込んだ。

同じ季節でも毎年テーマが変わるここのレストランのスイーツブュッフェ、今年のこの時期は「NYスタイル」がテーマで、ミントブルーとセレストブルーをメインカラーにしたインテリアとデコレーションで統一されていた。

メロンやマスカットのフルーツをふんだんに使ったタルトやケーキは、そのフルーツの上に掛かったゼリーがキラキラと照明を反射して輝いて、これからの梅雨明けを予感させるような雨の滴る葉っぱが陽の光を浴びたものをイメージさせるし、白いクリームが乗ったブルーのゼリーはまるで夏の晴れた空をそのままスプーン掬ってグラスに移したように爽やかにきらめいて見える。
ミントブルーはもちろん、色とりどりのクリームで可愛くデコレーションされたカップケーキから、もちろんNYと言えばのチーズケーキや、チョコレートにドーナツもあった。

そして晴れている日はガーデンスペースも開放される。
そこは、ここが都心のビルの中だということを忘れてしまいそうになるほど緑が豊かで、それなのに中層階に位置する為に空が近く見えるから、なんとも不思議な空間になっている。ここのレストランでは少人数向けのガーデンウェディングも出来るらしい。
今日はラッキーなことに晴れていて、昨日まで続いた梅雨の長雨で鬱々としてしまいそうな気分も吹き飛ばしてくれるような緑あふれる空間は、そこにいるだけで空も吹き抜ける風も爽やかに感じられる。

それなのに。
そんな爽やかな空気すらもどこかに行ってしまったのかのように、あたしの気持ちは梅雨真っ只中、暗雲立ち込め土砂降りの様相を呈していた。

気付いてしまった、恋心。
つい一週間前の、風邪を引いてお見舞いに来てくれたミドウさんを思い出す度に心臓がいつになくドッと早鐘を打つ。
そして近付く終わりに落ち込んで。
この、どうしようもない胸の内を誰かに聞いてほしかった。


「せめてさ、名前ぐらい聞いたら?」

「だって、聞かれても答えたくないことには答えなくて良いって約束してるんだよ?聞いても言いたくないって言われたら落ち込むよ。本当にそれだけの関係なんだって再認識させられるのが、こわいもん…」

きれいにカットされていたマスカットのタルトも、あたしがフォークで突いたせいでタルト生地がパラパラとお皿に散り始めていた。

「そのミドウさんは、毎回会う度に出張先のお土産をくれて?だんだん女の人にというか、つくしに触れるようになって、手も繋げるようになって?笑顔も増えてきたって?」

「うん……。いつもいろんな国の、いろんな景色を写真に撮ってきて見せてくれたりね、お土産もあたしが好きそうなお菓子ばっかりなの。カラフルだったり、入ってる箱や容器が可愛かったり。あれ、ミドウさんがどんな顔して買ってるのかなって想像するだけで楽しくなっちゃう。あたしに触れてくる手も、こわれものでも触るみたいに優しくてさ……」

「つくし~、傍から聞いてるとさ、ただの惚気にしか聞こえないんだけど」


惚気だったらどんなに良いか。
こんなに報われない思いをすることがあるんだって知るのは、別に初めてのことじゃない。
今までの彼氏には何度も浮気されて詰られて、散々嫌な思いをさせられた。どうして、なんでって、自分の何がいけなかったのかなって悩んで、それでも次は、次こそはきっとあたしを、あたしだけを見てくれる人がいるはずだって。

結婚を人生の目標としてるわけじゃない。
ただ、自分の家族みたいに、いつも寄り添って助け合っている両親のように、苦しい時も辛い時も楽しい時もいつでも、そんな時間を一緒に共有したいと思える人を見つけたいだけ。
どんなに大変な時でも、きっと明日は大丈夫だよって一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、眠りにつきたい。
ただそれだけ。
一人より二人、それだけなのに。


「自分が馬鹿すぎて嫌になる時があるよ、優紀……」

「それが恋ってもんじゃないの?「恋は思いの外」って言うくらいだし、自分じゃどうにも出来ないこともあるよ。まぁ、今回はさすがに名前も知らない人を好きになってるとは思いもしなかったけど」

ふふ、と笑いながら言うその言葉に顔を上げて優紀を見たら、いつもの優しい笑顔であたしを見てるから、なんだか涙が出てきそうになった。

「つくし、今はまだ泣く時じゃない」

「え」

「つくしが婚活アプリ始めるなんて言い出した時は、そんなに結婚したかったんだって少しびっくりしたけど、進くんの為だったとはね。でもその婚活アプリで結婚したくない同士が出会う確率がすごいと思わない?それこそ運命みたいな出会い方だし、それに!そのミドウさんが触れるのは今のところ、つくしだけなんでしょ?」

「……うん?まぁ彼が言うにはそうみたいだけど」

「分からないのは、名前と勤め先くらい?」

「確かに名前と勤め先は知らないけど、他にも知らないことはたくさんあると思う……」


運命みたいな出会い方。
それが恋愛に発展するなら良い言葉かもしれない。でもお互いに結婚したくなくて協力関係の元に友達になったのに片方が好きになってしまったら、その言葉も途端に陳腐なものに聞こえるし、それが露見したらその関係も容易く崩れてしまうのがこわい。

名前を知らなくても友達になれるんだっていうのは30歳目前にして初めて知ったこと。
そう考えれば、先入観なしにミドウさんのことを知れている気はする。

でも、きっと本当は何も知らない。
知っているようで知らない。

知っているのは、乱暴な口調の中にも優しさがあること。

体温が高めなのかいつも手が温かいことと、その手はあたしの手を包み込めるくらい大きいこと。

仕事中はミントタブレットをいつも持ち歩いていて、タバコを吸うこと。

お酒は好きではないけど、たくさん飲んでも滅多に酔わないくらい強いらしいこと。

いつものコロンが、スパイシーで少し甘い香りから、帰る頃には甘さを残したままウッディー系で香ること。その香りが、練習で触れたあたしの手に移ること。

甘いものが苦手で、コーヒーはブラック派で、お好み焼きが好物なこと。

あたしとミドウさんが話している時の、穏やかな時間と居心地の良い空間。

いつもの喫茶店、いつもの窓際の席。

ブレンドコーヒーと、カフェラテと甘いケーキ。

世界中のお土産と、ミントタブレット。

知っているようで知らない。
知らないようで知っていることもあるかもしれない。
知りたい。
知りたいと思うけど、聞けない。


「つくし!」

「あ、ごめん」

「もう、一度考え始めるとグルグルと考えすぎるところ、それが良い時もあるけど大抵は悪い方にしか考えられなくなるんだから、今はやめ!もっと単純に考えなよ」

「単純にってどういうこと?」

気付けば更に細かくなってしまったタルトをパクリと食べる。
甘いクリームにマスカットの爽やかな風味が口の中で絶妙なハーモニーで混ざり合う。

「ミドウさんに好きになってもらえば良いのよ」

「優紀……、それが一番難しいんじゃないの……」


何を言い出すのかと思えば、それが出来れば何も難しいことなんてないし、こんなに落ち込んで考えたりもしないのに。

女の人が嫌い。
触りたくもない。
女の人と付き合うことだってしたくない。
結婚なんて、絶対にしたくない。

そんなことを言う人に、結婚を阻止する為に協力しているのに、好きになってもらうなんて無理に決まってる。
触れるようになったから。
手を繋げるようになったから。

もし、もし万が一それで女の人への認識が良い方へ変わったとしても、その時その相手はきっとあたしじゃなくても良い話で。

もっと美人で、スタイルも良くて、世の中にはこんなに素敵な女性がいるんだって、彼もいつかは知るかもしれない。
結婚願望がなくて、誰かと付き合う気もなくて、会う時はいつも体のラインを強調しないボーイッシュな格好の女。
きっといつかはそんな女は霞んでフェードアウトして。そういえば女に慣れるきっかけは、大したことない雑草みたいな女だったなって、思われて終わる。


「つくしー!」

「あ」

「もう!また悪いほうに何か考えてたでしょ!」

「……うん。ごめん」

「せっかく予約取れたんだし、今日はいっぱい甘いもの食べて元気だそう!落ち込んでる時は甘いものが一番、でしょ?」

「優紀~!ごめん!そうだよね、今日はいっぱい食べよう!」

「そうよ!それでお腹がいっぱいになったら、どうやってミドウさんに好きになってもらえるのか考えよう!」

え。
本気で言ってるの、それ?!












なかなか更新出来なくてすみません。
コメント返信、もうしばらくお待ちください。


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Re: notitle 36

Re: notitle 36







姉ちゃんを騙す。
これが一番厄介な問題で、姉ちゃんを知ってるやつは皆、あの人を騙そうとするなんて無理だと言うだろう。
特に弟の俺は姉ちゃんに絶対逆らえない。もう無意識レベルで逆らえないように刷り込まれていると言っても過言ではない。


「分かってる。女と話すだけだったら仕事でも出来る。それじゃあ姉ちゃんを騙せないし、何の意味もない。だからクシマが知り合いから始めようって言ってくれたあと、姉ちゃんにはプライベートで女と知り合ったこと、少しずつ女に慣れる練習をしてるから俺を焦らすなって言った。それで……」

「でも司、お前は女と話す以上のことなんて出来ないだろ?慣れるも何も……」

「クシマなら大丈夫なんだ。彼女には、触れる。手も繋げるところまで出来るようになった」

三人が今までに見たことないほど驚いた顔をして俺を見た。
これまで俺が女に対してどれだけ拒絶反応を示していたか知っているだけに、手を繋げるようになっただけでも驚くだろうとは思っていたけど、そんなに目を見開かなくても。


「触れる?お前が、女に?手も繋げるって?」

「ああ、クシマ限定だけどな。もう俺からなら手以外も触れる。だから、そろそろ姉ちゃんに会わせて、それでおしまいにしようと思った。そう、思ってたんだけどな……」

また大きなため息が出てしまう。ソファの背もたれに身を預けて、両手で顔を覆って。

誰かを好きになるというのは、こんなにも人を弱気にさせるのか。

今の俺はどんな顔をしているのだろう。
とんでもなく情けない顔をしているような気がして、そんな姿を本当は誰にも見られたくなくて、それを隠すようにいくら両手で顔を覆っても、きっとこいつらには隠せない。隠してもきっと長年の付き合いというものはそんなもの簡単に見抜いてしまう。
そして、こういう時は多少ふざけた言い方はしても絶対に馬鹿にしたりしないことを分かってるから。

良いことも、悪いことも。こいつらと一緒に過ごした時間は誰よりも長く、信頼は他の誰よりも深い。
それに仕事はともかく、人との、特に女との関わり方は俺よりもよく知ってる。
今の俺が頼れるのはこいつらしかいない。


「そう思ったのに、好きになっちまったか。まぁ、誰かを好きになるってのは理屈じゃねぇよなぁ」

総二郎がポツリと呟く。
こいつにも学生時代に女と何かあったらしい話は耳にした。でも、話そうとしないことは無理に聞き出そうとしたりしないから俺も詳しいことは知らないし、女の話など興味も湧かなかった。

経験者はかく語りき。
『誰かを好きになるのは理屈じゃない』
この言葉は俺を妙に納得させるものがあった。
全く以てして同意せざるを得ない。


「あいつ、類が言ってたみたいに本当に良いやつなんだ。未だに名前も勤め先も何も言わない俺に、何も聞かずに女に慣れるだなんて馬鹿みたいな話に付き合って半年も続けてくれてる……」

「30過ぎて何を中学生みたいな恋愛してんだよ……。いや、今時の中学生のほうがヤることヤッてんじゃねぇの?」

「うるせぇよ!俺だってこんなことになるなんて思ってなかったんだよ!」

「でもさ、そんな難しい話じゃないよね?」

類はキョトンとした顔で俺たちを見回して、そう言った。
それを聞いた総二郎とあきらは納得と言うか何かを汲み取ったような表情になったが、俺にはその言葉の意味が分からなくて、そんな様子の三人を眺めることしか出来ない。

「まぁ普通は難しい話じゃないかもしれねぇけど、司だぞ」

「30過ぎて、やっと初めて女を好きになったぐらいだしな。難易度高くねぇか?」

「おい、何の話だよ!」

俺には難易度が高いとかどうとか、当事者の俺に分かりやすくはっきりとした言い方をしないこいつらにイラッとする。
そんな俺に類はあっけらかんとした口調で話した。

「彼女に好きになってもらえばいいんだよ」

「そうだな、そうなれば何の問題もない」

「まぁ、結婚するしないは本人たちの意志がないとどうにもなんねぇけどな。おばさんと椿姉ちゃんを納得させて彼女と平穏に過ごしたいなら、それが一番良いな」

類の言葉に総二郎もあきらも同意をしてるし、そんなことが出来ることなら俺も同意したいところだが。


「どうやって?」

「そんなの、お前が正体明かせば一発じゃねぇの?なんせ道明寺財閥の後継者、道明寺 司だぜ?それにお前ほどのイケメンなら靡かない女はいないだろ」

総二郎がさも当然かのように言い放つが、残念なことにそんな簡単な話じゃないことは俺が一番よく知っている。
だって彼女は。

「いや、それは俺の強みにはならない。クシマは過去にイケメンに何か嫌な思いをさせられたことがあるらしいし、一度だけ道明寺 司の姿で彼女に会ったことがあるが、何の反応もなかったぞ」

「おい!いつの間に変装しないで会ったんだよ?!」

「ちげーよ!会ったのは偶然だ。今、道明寺財閥と大河原財閥で共同企画の話があってな、向こうの社長と話をするのに大河原財閥の本社まで出向いてやったんだよ。その時にたまたま、エレベーター前で遭遇した」

「へぇ!大河原財閥に勤めてんのか」

「ああ、財閥系企業の総務課で主任やってるって聞いてはいたけどな。まさか大河原財閥だとは思わなかった」


偶然会った時に見た、彼女の私服じゃない仕事中のビジネスカジュアルっぽい服装も可愛かった。
珍しくスカートを履いていて、それが彼女のふんわりと和むような雰囲気にとても似合っていたのを思い出す。

そういえば、彼女が「ミドウ ジョウ」と会う時の服装はいつもパンツスタイルだ。
初めて会った時はスカートだったのに、あれから彼女のスカート姿を見たことがないことに気が付いた。毎回ゆるめの、ふわっとした洋服ばかりで言うならボーイッシュな感じのものが多かったように思う。
アクセサリーも華美なものは一切なく、控えめな小さいものばかりで、付けてこない時もあった。
なぜだろうか。

……もしかして、俺が女が嫌いだと言ったから?
あんまり女を感じさせないような服装にしていたとか?

いや、まさかそこまで気にして?
またグルグルと彼女のことを考えていると、また総二郎とあきらから矢継ぎ早に質問を投げかけられた。


「何、イケメンに嫌な思いをさせられたって何だ?」

「彼女と恋愛話かなんかしたのか?」

「何があったかまでは知らねぇよ。でもイケメンは見るだけなら良いけど、絶対に付き合うとかしたくないって不機嫌になったし、それ以降はそういう話もタブーになってる。
お前らだってクシマに会った時の反応思い出せよ。あきらは無表情で対応された挙句に胡散臭いと思われてる。総二郎は俺の様子を見に店に入ってきた時、彼女はチラ見しただけで二度とお前を見ることはなかっただろ?
俺だって大河原財閥でクシマに会った時は他の女どもが俺を見てぎゃあぎゃあ騒いでるのに、彼女だけはニコリともせずに頭下げて見送られて終わったんだからな」

「あー、そういうことか。俺と会った時も無表情ってことはなかったけど、大抵の女はしつこく連絡先聞いてきたり、強引に次の約束取り付けようとしたりするのにさ、彼女は全くそういうのなかったね。こう、きちんと一線引いてる感じで」


類も彼女と会った時のことを思い出したのか、なるほどと納得したように話していたが、彼女が類に連絡先も聞かなかったということにホッとしている自分がいた。












Re: notitle 35

Re: notitle 35








「もうマジで勘弁しろよ、お前ら」

「そうだぞ。30過ぎて殴り合いの喧嘩なんてすんじゃねぇよ!ったく、久々すぎて司が凶暴なの忘れかけてたわ……」

「ちょっと本気で殴り過ぎじゃない?司」

俺と一番離れたソファに腰を下ろして、イテテと言いながら類は腹をさすっているが、肋骨を折るほど力は入れてないし、多少痣ができるくらいだろう。流石に顔は避けて、殴ったのは首から下だけにしてやったんだから感謝してほしいくらいだ。

「うるせぇバーカ!」

「司!ガキじゃねぇんだから馬鹿はやめろ」

 俺だって初めてのことに戸惑ってるのに、類が俺を怒らせるから悪い。
俺の知らない彼女を知ってると言わんばかりの態度に腹が立った。あきらと総二郎に止められても抑えきれないほどムカついたのは久しぶりだ。


「それで?」

「類、ちゃんと話せよ。司と会ってる女が誰だか知ってるんだな?」

「うん」

類の話では、あの婚活アプリの開発者である部下がアプリを改善する為に、姉に期間限定でモニターのようなことを頼んだ。その話を受ける交換条件として姉が前から行きたかったというレストラン「プティ・ボヌール」に連れて行ってモニターを引き受けてもらった。
でも一ヶ月程でそれを辞めたいと言い出したらしい。理由としては「本気で結婚相手を探している人に申し訳ないから」だと。いかにもお人好しな彼女の言いそうなことだ。
強制的にやらせていたわけではないけど、改善点を見出したいのも本当のところで、それなら直接話を聞きたいと部下と一緒に姉の家を訪れた。そこで今まで会った男の話や、アプリを使う上での要望なんかを聞いていたところ、まさか彼女の口から「ミドウ ジョウ」の名前が出てきたと言う。


「まぁ、司の話を聞いて驚いたのは確かだけど、彼女が司に危害を加えるとかそういう心配はないって分かってたからさ、別に司が会いたくて会ってるなら俺が何か言うこともないかと思って。彼女と会ったのもそれ一回だけで、手料理もたまたま夕飯時だったから部下と一緒にご馳走になっただけ。本当は連絡先も知らないよ」

これみよがしに腹を擦りながら類は少しだけ俺を睨んだ。
一回だけだろうが何だろうが手料理を食べたことに変わりはないし、俺よりも先に彼女の部屋に入っているし、何より彼女の本当の名前を知ってるいるのも類!思い返せばまた腹が立ってきた。
もう一発くらい殴ってやろうかと思ったが、わざわざ俺の怒りを煽るような言い方をしたのか。

「じゃあ何で、いかにも俺のほうが彼女のことを知ってるみたいな言い方したんだよ?!」

「だってさ、俺だって二回会っただけだけど彼女は本当に良い子なんだよ。それに極普通の一般家庭の出だ。食事のマナーは違和感なく出来てるけど、それこそダンスやお茶なんてやったことないと思う。そういう女を道明寺家に嫁がせるんだとしたら、司がきちんとフォローしてあげないと、この階級社会の中で辛い思いをするのは彼女だ。
今まで女を避けて関わらずに生きてきた司に、やっと今さら好きだと気付いたくらいで何の覚悟もなく結婚なんかしてみろよ。彼女だけじゃなく、それを見てる家族だって辛い思いをするんじゃないの?さっき俺が言った言葉で迷うくらいなら彼女は諦めたほうが良いと思った。でも司はちゃんと嫉妬もしてるしね、まぁまずまずかなとは思うけど」

「確かに類の言うことも分かる。ただ単に好きだと自覚しただけじゃあ、どうにもなんねぇな。本気で彼女しかいない、彼女となら結婚したいと思うんだったら、司もそれなりに覚悟しないと椿姉ちゃんやおばさんに立ち向かえねぇぞ。まぁでも司の嫉妬する姿なんて生きてる間に見れるとは思わなかったな!」

わははと総二郎が笑って話してるが、俺が嫉妬?!
嫉妬ってのは羨み妬むことだったと思うが、こんなクソみたいに腹が立って人を殴りたくなるほどのものなのかと、これもまた初めてそんな感情を自分が持っていたことに驚く。
そんな俺の驚きを知ってか知らずか、また俺が類に殴りかかるのをいつでも止めようと思ってなのか、いつもより近い位置で俺の隣に座っていたあきらが冷静に問いかけてきた。

「ちょっと待て。それならその「クシマ ツキノ」は、結婚も出会いも求めてないってことか?」

「そうだな」

「でもそれなら何で彼女は半年経った今も定期的に司と会ってるんだ?それに、司。お前も彼女は何も求めてないって言ってたよな?それが分かってたのに、それでも会ってたのは何でだ?」


ここまできたら話さないわけにはいかないし、彼女との関係を自分でなんとか出来る気もしない。
経験値がいかに大事かというのは、仕事を始めた時に嫌というほど思い知った。今でこそメディアでも取引先からもそれなりに持て囃されているが、仕事を始めたばかりの大学生の頃は何も出来ない無力感と、いかに自分が今まで傲慢で不遜な人間だったかを痛感することが何度もあった。財閥の後継者というプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、我武者羅に何とかここまでやってきた自負もある。
だから、こればかりはどうしようもない。
なにせ一度も恋愛経験がないどころか、そこに思考を及ばせたことすらないのだから。大きなため息を一つ吐くと、仕方なく話し始めた。


「初めて会った時、店に入ってすぐに何が目的なのかと聞かれた。確かに早く終わらせたくて素っ気ない態度は取ってたが、婚活アプリを使って会ってるのに、まさか目的を聞いてくるなんて思わないだろ。でもクシマも何が目的でアプリを使ってるのか分からなかったからな。しばらくは二人で腹の探り合いしてたんだよ」

「なに?司は初めから彼女が出会いや結婚が目的じゃないと思ってたのか?」

「ああ、なんとなくだけどな。会う前にアプリのメッセージのやり取りを見たんだ。それを見たら彼女はそんなの求めてないと思ったんだよ」

「どこを見たらそう思うんだ?俺はそんなの気が付かなかったぞ」

「あいつ、聞かれたことには答えてるけど、こっちにはほとんど何も質問してなかった。会っても良いと思ってるなら、どんな人間か知りたいと思わないか?」

あれも確信があったわけではなかった。質問が他と比べると極端に少ないこと、メッセージの返事をするまで間があっても他の女のようにすぐにブロックしなかったこと。

「あきら、メッセージのやり取りをしていた人間と俺が違う人間だということにも気付かれたんだ。しかも、あきらがキャンセルを伝えに行った時から彼女は疑ってたぞ」

「えっ」

「お前のこと、胡散臭い男だと思ったって言ってたな」

あきらは胡散臭いと言われていたことにショックを受けたのか、そのあとしばらく黙ったままだった。
確かに美作物産の跡継ぎで専務をしている人間に胡散臭いなど、なかなか言える言葉ではない。その時の彼女との会話を思い出して笑いが出そうになる。

「おい、今はそんな話はどうでもいいんだよ。司、お前は何で彼女と会ってたんだ」

総二郎が鋭い目で睨んでくる。こいつらは姉ちゃんが怖かったのもあるだろうけど、多少面白がりつつも本気で俺の心配をしていたはず。こっそり付いてきて様子を見てたぐらいだから。そんなこいつらの心配する気持ちを俺は無碍にした。

「司、もう話しちゃえば?彼女のことが本気で好きなら、もう話しても大丈夫じゃないかな」

本当に類はどこまで何を考えてるんだか分からないし、何が大丈夫なのかも分からない。
分からない尽くしの今の状況を何とかしたい。

今日、部屋を訪れた時に彼女の顔を見て、触れて、好きだと気付いた。
結婚したいかと、今決めろと言われたら迷うかもしれない。でも、彼女とこれからも同じ時間を、あの穏やかな居心地の良い空間を一緒に過ごしたいと思ったことに間違いはない。

ババアや姉ちゃんは跡継ぎだの何だの言うかもしれないが、そんなことで結婚したくはないし、それを彼女に押し付けたくもない。

他の女と結婚させられそうだから彼女にするんじゃない。
俺は、彼女だから、クシマという女だから、触れることが出来るからじゃなくて、仮面を付けてないからでもない、どうして彼女なのかと言われても上手く言えないけど、でも。

俺は、あの時の自分の勘を信じる。
あの時、彼女を選んだ俺を、俺は信じる。

予想外の事態にいつまでも戸惑っている場合ではない。
最初の計画から大幅に軌道修正しなければならないのであれば、早めに対策を考えないと取り返しのつかないことになるかもしれない。


「あの時の俺はババアや姉ちゃんがなんと言おうと絶対に結婚なんてしたくなかった。話してみればクシマも結婚どころか男と付き合うことすら考えてなかったんだ。それなら、俺の結婚を阻止してもらう為に協力してもらおうと思って、話を持ち掛けた」

「お前、俺らがどれだけ……!」

今度は俺の正面に座っていた総二郎がローテーブルを乗り越えて俺に殴りかかるつもりなのか、少し腰が浮かんだ。

「分かってる!お前らが本当に俺の心配をしてることは分かってる!それでも、あの時は姉ちゃんに嘘を付いて騙してでも結婚なんてしたくなかったんだよ!クシマだって、俺の提案を聞いた時、最初は拒否してた!」

「じゃあ何で半年も続いてるんだよ!」

「クシマも始めは今時こんな結婚を強制されるなんて話は信じられない、初めて会った俺をそんな簡単に信用出来るわけないから協力なんてしないって拒否してた。それでも最後には、友人から始めてみて、それで俺のことが信用出来ると思ったら協力するって言ってくれたんだよ……」

本当に彼女はお人好しすぎる。
未だに名前も勤め先も何も知らない俺に、半年も。交換条件に言った彼女の行きたいレストランにだって、まだ一回も連れて行ってない。
ここまで協力してもらって、彼女は俺に一度も連れて行けなんて言わなかった。
礼もしない俺に、なんで半年も?


「なんで彼女なんだ?いくら結婚が目的じゃないって分かっても、何で初対面の彼女に協力を求めた?」

「あいつ、最初から仮面を付けてなかった。吐き気のするような匂いもしないし、今までの女とは違うと思った。それに、出会いも結婚も求めてないなんて、こんな好都合なことないだろ。それなら、姉ちゃんさえ騙せれば済むと思ったんだよ」

「椿姉ちゃん騙すって、そんな簡単な話じゃないだろ」


やはりそこだ。簡単に姉ちゃんを騙せるわけがない。
その為に俺の馬鹿みたいな計画に彼女を巻き込んでしまった。














Re: notitle 34

Re: notitle 34









「おい、待てよ。類も司も何の話をしてるんだ?」

「類?」

あきらも総二郎も何の話をしているのか分からないということは、やはり類は誰にも彼女のことを話していないのだろう。

「俺も初めはまさか司と彼女がマッチングして会ってたなんて知らなかったけどね。その話を聞いた時はびっくりした」

「彼女から俺の話を聞いてるのか?」

「聞いてる。だから俺は知ってるよ」

「何を、知ってる?どこまで聞いた?」

「お前の思惑、全てかな」

類とクシマは、確実に一度はプライベートで会っている。
あのクシマの誕生日にレストランへ行った時から既に二人は連絡を取り合っている?それとも、弟か?

俺の思惑全て、と類は言った。
全てということは、彼女との協力関係を知っているということか。
普通に考えれば、部下が事細かに姉のしていることを上司に報告するなんてあり得ない。つまりそれは、彼女本人から聞いたことにならないか。
類はあの時、部下は姉にモニターのようなことを頼んだと言っていた。登録者数が伸び悩んでると、だから改善点を見出したいと言っていた。つまり、彼女は弟にアプリを通して会った男の話をしているはずだ。
類は責任者として、その場に同席していた?なんせ交換条件として類がレストランに連れて行ってる。それ以降に弟を通して二人が会っていても不思議ではない。そう考えないと、類とクシマが直接会って話す関係でなければ、類が俺の思惑など知るはずもないし辻褄が合わない。


「ストップ!」

あきらが俺と類の間に手を入れて会話を止めた。
俺と類の様子に二人とも何かを感じ取ったのか、いつものふざけた雰囲気はない。

「類も司も何の話をしてるんだ?俺たちにも分かるように話してくれ」

「……クシマは、類の部下の姉だ」

「は?どういうことだ?類?」

「昨年末に類が部下と、その姉を「プティ・ボヌール」に連れて行った話を覚えてるか」

「ああ、類が珍しく女の話で笑い転げてたから覚えてる」

あの時はまだ、婚活アプリをするかしないかで騒いでた頃だ。
あの話を聞いていなければ彼女が類の部下の姉だとは気が付かなかったし、そうだという確信に近いものがあったから彼女と二回目以降も会うことにしたと言ってもいい。


「あー、やっぱりそれで気が付いたんだ。司も何も聞いてこないから気付いてないと思ってた」

「クシマをレストランに連れて行ったのが類だと薄々分かってた。初めて会った時に彼女はあのレストランで食事をしただけじゃなく、関係者しか使わない部屋の話をした。確信したのは彼女と二回目にあった時だけどな」

「それなのに俺に彼女のことを聞かなかったのは何で?」

「聞いたところで意味なんかないだろ。部下の姉なんて、普通は関わるはずのない人間だ。それに、お前がレストランに連れて行った部下の姉と、俺が会っている女が一緒の人物だと類は気付いてないと思ってた。彼女のことを類自ら調べるか、彼女から直接聞かない限りは彼女と会ってる男が俺だということを知り得るはずがないからな」

「なるほどね。でも彼女と司が初めて会った次の日には俺は知ってたよ」

そんな前から?俺と会った次の日には報告を受けていたということか。
そのあとは?俺と会う度に彼女は類に会って報告していたのか?聞きたいことがたくさんあるはずなのに、目の前にいる類の、やけに余裕ぶった顔付きに腹が立って仕方ない。

「司、俺が彼女の本当の名前も勤め先も連絡先も家も知ってて、彼女の手料理も食べたことがあるって言ったら、どんな気持ちになる?」

勢いよくソファから立ち上がった俺を、あきらと総二郎が慌てて止めに入る。
ムカつく。類を殴ってやりたい。
あきらと総二郎に両腕を掴まれて止められてなければ確実に類を殴ってた。

なんで、どうして、こんなに類に腹が立つ。
彼女にだってプライベートはある。二週間に一度しか俺は会わないし、それ以外の休みを彼女がどう過ごしてるかなんて、そんなの、そんなの俺に話さない程度の関係で、俺と彼女の縮むことのない距離だ。

名前も、メールアドレス以外の連絡先も、勤め先も聞いてないし、手料理の味だって、俺は知らない。
そう、俺は何も聞かなかったし、知ろうとも思ってなかった。

俺が、そういう距離で接していたから。
俺が、そういう関係を望んでいたから。

全ては俺の意志だったのに。

もっと、もっと彼女のことを知りたい。もっと近い距離でいたい。
今日初めて彼女のプライベートに踏み込んだ。「クシマ ツキノ」以外のものに、初めて近付いたのに。

類はそれを越えていく。


「類、お前どういうつもりだ?!司を煽んじゃねぇよ!」

「全部話せ!何が何だか分かんねぇ!」

あきらも総二郎も類に掴みかかろうとしている俺を止めながら怒鳴っているのに、類だけが胡座をかいて座ったまま、表情も変えずに俺らを見上げていた。

こいつ!

「司!一回落ち着けって!何だよ、ちゃんと彼女のこと好きなら、そう言えよ!」

「そんなの知るか!俺だって今、初めて気が付いたんだぞ!」

「類も類だろ!彼女が知り合いだって言うなら、どうして司が会ってるって知ってたのに俺たちに言わなかった?どういうつもりだ、類!」

「一回座れ司!落ち着け!」

そうだ、類を殴っても何にも解決しない。今日は初めてのことが多過ぎて、俺も少し気が昂っているのかもしれない。
大人しくあきらの言うことに従ってソファに座ってやる。
あきらと総二郎が俺がソファに座ったのを見て、両腕を掴んでいた手を離した。
その間もずっと表情も姿勢も変えない類。その冷静にも見える視線に、全てを見透かされているような感覚さえして、俺の中の何かがプチンと切れた音がした。


「ぶっ殺す」

「司!やめろ!」


頭で理解できても心が納得しないことがあるんだと、俺はこの時初めて知った。
そして総二郎もあきらも止める間もなく、胸倉をつかんで類を殴った。













Re: notitle 33

Re: notitle 33







『あなたの本当の名前は?』


聞かれても話したくないことには話さなくて良い。そういう約束をした。

もう彼女になら自分のことを話してもいいんじゃないかと思ったこともある。彼女には本当の自分を知ってもらいたい。

でも自分が名乗ることで彼女の態度が変わってしまうことを恐れている。
どうせいつかは終わる関係なんだから、そんなこと気にしなくて良いはずなのに、あきらや総二郎を見た時のような彼女の無表情で無感情な態度を取られたくないとも思っている。
それで全てが終わってしまいそうで、それだけが気になって、言えない。


「……知りたいけどな」

友人から始めて、女に慣れる練習をしている。これは本当。
こいつらが知っているのもここまでで、それ以上の関係になることを誰もが望んでいる。

でも実際は、俺の結婚を阻止する為の協力関係でしかない。だからプライベートなことなど聞く必要がないし、そもそもに彼女は出会いも結婚も望んでいない。こいつらの望み通りに俺が彼女に好意を持ったとしても、彼女はそれを望まない。俺にそんなことを望んでない。


類は会話に加わることはなく、ずっと無言で俺を見ていた。
類はあのレストランで彼女と弟と会ってるから、きっと本当の名前を彼女自身から聞いているはず。そのことに無性にイラッとする。
類は彼女本人から情報を得ている。彼女と会って話して、あの笑顔と、手の柔らかさと温かさを俺は知っているのに、類は俺の知らない彼女のことを知っている。
ムカつく。
なんで、なんで俺の知らない彼女のことを知ってるんだ!


「いてっ!何すんだよ司!」

「ムカついたから」

無意識に類の頭を殴ってしまった。
俺は本当の名前を知らないのに!

「司、理由もなくムカつくからって類を殴るな」

理由はある。あるけど話せないだけだ!

「そういや司。さっき帰ってくる時、俺に聞きたいことがあるって言ってたよな?何が聞きたかったんだ?」

「あー、それは……最近クシマと会うと、もやもやするんだよ。なんかこう、彼女を見てると胸のあたりがもや~っとするというか、ざわつくというか、でも嫌とか不愉快とかじゃなくて、これが何なんなのか分かんねぇんだよ」

「彼女の喜ぶ顔が見たい。つい彼女のことを考えてしまう。何よりあれだけ女を避けて歩いていたお前がプライベートで女なのに彼女だけは信頼しているし、一緒にいても苦痛を感じていない。でも半年経っても彼女のことを知りきれてないし、なぜか心がざわつく」

「そうだな」

「司、やっぱり彼女のこと好きになってんじゃねぇの?」


あのもやもやは、今日彼女の顔を見た時の、あの時のあの気持ちは、これは友達には抱かない感情。
なんとなく、そういうことだろうかとは思っていたけど、30年生きてきて初めてのことに理解が追いつかなかったのは事実で、好きというものがどんな時に感じるものなのか言葉にして聞いてみれば、ストンと心に落ちてきた。

これは、ため息しか出ない。
こんなつもりじゃなかった。まさか、俺が女を好きになる日が来るなんて思ってもいなかった。
予定外、想定外、意想外。いつの間にか全てが俺が思った方向とは別の向きで動いている。

でもそういうことなら、こんな不毛なことはない。

だって彼女は、俺に何も望んでいない。
「道明寺 司」にも、「ミドウ ジョウ」にも興味がないのだから。
事実、彼女は俺に名前も何も聞いてこない。仕事のことも一度聞かれたけど、上手く答えられずにいたら話題を変えられた。それからは何も聞いてこない。
彼女も過去に何かがあったらしいから男とそういう関係になることを望んでいない。だから俺のことも、そういう対象として見ていない。俺が彼女のことを知りたいと思っても、彼女は、

「なぁ司。お前が本気でこれから先も彼女と付き合っていくつもりなら、類に彼女の詳しい情報教えてもらってもいいんじゃねぇの?」

「いらねぇ!」

「なんでだよ。出会ってから半年経ってるんだし、いくら友人からだと言っても向こうだって司と付き合う気があるから会ってるんだろ?もっと彼女のことを知りたいと思わないのか?」

知りたい。彼女のことは知りたいけど他からじゃなく、ちゃんと彼女の口から聞きたい。そうでなければ、なんの意味もない気がする。しかも類から聞くってのが一番ムカつくから嫌だ。
あきらが俺を諭すように話してくるけど、彼女が俺に会ってくれるのは俺に協力してるだけで、それ以上でもそれ以下でもないのだから、俺が知りたいと望んで聞いても答えてくれるとは限らない。


「司も彼女となら二人きりでも話せるんだし、仮面も被ってない女は他にいない。だったらもう、彼女しかいないじゃねぇか」

「……彼女しかいないって何だよ?」

「もし結婚するなら、彼女しかいないだろって話だよ。まぁまだ触れられるかどうかは知らねぇけど、またおばさんや椿姉ちゃんに他の女と結婚させられそうになるぐらいなら、彼女と結婚しちまえばいいだろ」

「そうだ、それだ司。まだお前は彼女に名乗ってないんだろ?彼女だって出会いや結婚を求めてるからあのアプリを使ってるんだし、相手が「道明寺 司」だって分かれば、彼女だって二言目には結婚するって言うさ」

「絶対言わねぇよ、あいつは!あいつは、クシマは、俺に何も求めてない……」


『結婚なんかしたくない。女と暮らすなんて御免だ。物だけでなく、生活空間すら共有するようなこともしたくない。それでも俺が良いと思う女がいるなら、苦労なんてしない』


アプリを始めた時に俺が思ったことだ。
こんなことになるとは思わなかった。
今まで何もなかったからって、これからも何も起こらないと高を括っていた。ずっと日常が、いつもと同じ毎日が死ぬまでずっと続いていくだけの人生だと、結婚なんて無意味で、それに価値なんてないと思っていた。

それなのに、これからも彼女と同じ時間を共有したいと思ってしまった。
あの笑顔を見るだけで、頑張れと言われただけで、それだけで何でも出来るような気さえするくらいに、彼女が俺の日常を、変えた。


「おい。何も求めてないって、どういうことだ?」 

もう、俺には分からない。
初めての感情にやっと理解が追いついたのに、それが無意味なものになりそうだなんて、こんなことがあるか。

どうしたらいい。
彼女との関係を終わらせない為には、どうしたらいい。

それすらも分からない。
もう何もかも俺の許容範囲外だ。もうこれ以上、こいつらに隠せる自信もない。


「……類は、彼女のことを知ってる」

「類?そりゃ類がアプリの責任者なんだから、調べてりゃ分かるだろ」

「違う。調べなくても類は知ってるはずなんだ。彼女の名前も、弟のことも、なんであのアプリを使っていたのかも」

それを告げたあと両手で顔を覆って大きなため息を吐く俺を、何のことだと顔を見合わせる総二郎とあきらを。
類はそんな三人をいつもと同じ無表情で見て、あっさりとその事実を認めた。


「……なんだ、司は気付いてたの?俺と彼女が知り合いだって」













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Re: notitle 32

Re: notitle 32







「なんでお前らまでいるんだよ」

「良いじゃねぇか、いても。今日は彼女と会ってたんだろ?」

「今日はどんな話したの?」

総二郎と類。
なんでよりによって今日なんだ。こいつらの勘というか、タイミングには驚かされる。
いや、それともあきらが何か言ったのか。
そう思ってあきらを睨むと、「俺は何も言ってない!」と慌てて言うから、ソファで寛いでいた類と総二郎も何かあったのかと聞いてくる。

「それがな、司のやつ彼女の部屋に入ったんだってよ~」

馬鹿じゃねぇの、こいつ?!
いきなりそんな話をしたら、

「なんだ、どういうことだ?!強引に連れ込まれたのか?!」

「司、いつの間にそんなことに?」

珍しく類だって食い気味で聞いてくるじゃねぇか!
めんどくせぇな!

「どうもこうもねぇよ。風邪を引いたって言うから、見舞いに行っただけだ」

「へぇ、司が風邪を引いた女の心配をするんだ?」

「……なんだよ、おかしいことないだろ」

「まぁ普通はな。でも司、女に触れることすら出来ないのに、よく部屋なんて入ったな」

「ああ、薬とか飲み物とか渡したら帰るつもりだったんだけどな」

「やっぱり連れ込まれたのか?」

総二郎がそう言うのも分かる。俺が女の部屋に入るということ自体が今までの俺からしたらあり得ない。こいつらは俺とクシマが協力関係にあることも、触れ合えるようになったことも知らないから尚更そう思うんだろうけど。
そもそもの前提として彼女の前では「道明寺 司」ではなく「ミドウ ジョウ」なんだから、連れ込むだの何だのって発想になることがおかしい。

「だから!連れ込まれてねぇよ!荷物はすぐ渡したんだが、あいつ思ったより熱が高くてな。玄関で座り込んだまま動けなくなったから、仕方なくベッドまで連れて行ったんだよ」

「あー、なるほど……」

「司が連れて行ったの?」

「しょうがねぇだろ、歩くのも大変そうだったんだぞ」

「どうやって?」

「どうやってって、手を……」

あ。しまった。
馬鹿じゃねぇの、俺?!

「手を……?」

「まさか、司」

「……なんだよ」

「はは、まさかな」

「手を、壁に付いて歩いてるのを転ばないように見守ってたんだよ」

「だよな、手を貸してやったのかと思ってびっくりしたわ」

あぶねぇ!上手くごまかせたよな?
今はまだ彼女のことで何か探られるようなことにしたくない。まだこの気持ちがはっきりしないうちは、今のままが良い。


「それにしても彼女と司が会うようになって半年過ぎたか?定期的に会ってるのに、本当に何もねぇの?」

「まぁ司の女嫌いは相当だからな。でもいくら友達からと言っても、そろそろ何かあってもいいよな」

「……何かってなんだ?」

「あー、ほら、好きとかそういう気持ちにならないのかってことだよ」


好きだと思う気持ち。
今までの俺は女に対して嫌悪感しか持ったことがないが、クシマに対して嫌な感情は全くない。
だから嫌いではないのは確かだが、嫌いでないことと好きとはまた違わないだろうか。

「好きっていうのは、例えばどんな」

「司には難易度高いか?てか、小学生じゃあるまいし、普通は30過ぎた男のする会話じゃねぇけどな。いいか、好きって言うのは、特定の相手ともっと一緒にいたいとか、話をしたいとか、相手のことをもっと知りたいとか思うこと、かな」

「そうそう。一緒にいると落ち着くとか、気が付くとその人のことばっかり考えちゃうとか」

「……それは、友達には思わないことか?」

「司、いつも俺たちのことを考えてるか?もっと知りたいとか、もっと一緒にいたいとか考えるか?」

「気持ち悪いこと言うな!」

「だろ?」

「あとは、もっと相手に触れたいと思うかどうかだな。キスしたいとか、抱きしめたいとか」


クシマと一緒にいると落ち着くと言うか、不安感が全くない。
だから話していて会話が途切れて沈黙しても気まずくないし、安心して時間を共有できる。

どこかへ出張に行けば、彼女に何か喜びそうな土産がないか探してしまう。
それは彼女が喜んでる顔が見たいから。あの笑顔を見ていると落ち着く。

彼女との穏やかな時間が心地良い。
だって彼女は俺が安心して一緒にいられる人。

もっと彼女に触れたいと思うか?
今はもう彼女に触れても嫌悪感はない。それも彼女を信頼しているから。
だから彼女の小さくて温かい手に触れられる。
彼女が寝込んでいる時に、触れたいと思った。髪や頬に、唇に。


これは、好きなのか?
あきらたちには間違っても抱かない感情だ。でもそれはあきらたちが男だからで、女の友達だと違うのかもしれない。
この感情は、女の友達にも当てはまる?

「……男女間の友情でもそれは、」

「ないとは言い切れないけど、男と女の友情は成り立たないことがほとんどだな」

「一緒にいればいるほど、お互いのことを知るだけ好意を持ちやすいよな。やっぱり男女間だと本能的なもんもあるしな」

ソファに座って黙り込んでしまった俺を見て、三人は俺を囲むように近付いてきた。あきらと総二郎は俺の両隣に座り、類は俺の正面で胡座をかいてラグの上に腰を下ろす。


「彼女のことが気になるか?」

「気になると言うか……」

「彼女に会うようになってからの司は出張行く度に土産を買ってるよな。彼女に渡す為に」

「あいつ、土産を渡すと喜ぶんだよ。特に甘い菓子とか」

「喜ぶ姿が見たいんだよな?それに、面倒がらずに、ちゃんと彼女と連絡を取り合ってる」

「俺の都合に付き合わせてるからな。それに俺の嫌がることは絶対にしない。そこは信頼してる」

「長い時間、一緒にいても苦痛じゃないんだろ?」

「苦痛なら会わないし話さねぇだろ」

なんだよ、これは。
男三人で顔を寄せて尋問みたいになってんじゃねぇか。
何が聞きたいんだ?

「彼女のことをもっと知りたいと思うか?」

それは思う。
彼女の話から知り得たことは多い。でもそれは偶然の産物であって、彼女自らが俺に教えようと思って話したことではない。
弟とレストランへ行った時に類が一緒だったことも、勤めている会社も。

聞かれても話したくないことは話さない。そういうルールだ。
だから未だにお互い本当の名前も知らない。

彼女が知っている俺は「ミドウ ジョウ」で、その名前以外を何も知らないし、聞いてもこない。
それは、俺に興味がないから。俺も何か聞かれても答えられないから。

知らないし、聞けない。
知りたいけど、聞けない。
聞いたら聞かれる。


『あなたの本当の名前は?』














Re: notitle 31

Re: notitle 31







「司」

「なんだよ」

「お前、俺が何時間待ったか知ってるか?」

「んなもん知らねぇよ」

あきらは、本当に待っていた。
彼女の部屋で待つと決めた時にメールで帰っていいと送ったのに、勝手に残ってたのはあきらだ。
それを恩着せがましく言われる筋合いはない。

「ずっと彼女の部屋にいたのか?」

「あ?」

「彼女に荷物を渡して、そのあと」

「いたら何だよ。早く車出せ。明日から出張だから早く帰りたいんだよ俺は」

「ああ、悪い」

あきらは俺に急かされて、すぐにエンジンを掛けて車を発進させた。
俺は助手席のシートに体を預けて、行きと同じように外を眺める。昼間と違って夜の街にはネオンが溢れ、歩く人たちは陽気に騒いでいる。

俺は今、気分が良い。
もう自分からクシマに触っても何ともなかった。
むしろ自分から彼女に触りたいと思ったし、実際触ってみても大丈夫だった。吐き気も嫌悪感も何もない。前よりも彼女と触れ合えるようになったことが嬉しい。

よし。

薬を飲んで数時間寝ただけでも、彼女の顔色は訪ねた時より良くなっていたように思う。
早く良くなってほしい。また二週間後に元気な彼女に会いたい。
俺もクシマに頑張ってと言われたから仕事は頑張ろう。

彼女に触れた手を握って、開いて。
次に会えた時は、彼女から触れてもらおうか。きっと大丈夫な気がする。
そんなことを考えていた俺の思考を、あきらが遮ってきた。

「いやいやいや、待て司」

「なんだよ」

「ずっと彼女の部屋に居たわけないだろ」

「なんかおかしいかよ」

「おかしいだろうが!極度の女嫌いで椿姉ちゃんの部屋以外入ったこともないお前が、何時間も女の部屋に居られるわけないだろ!」

そう言われても。彼女の部屋にいたのは事実で、他にはどこにも行っていない。
彼女の側にいたらおかしな気分になってしまいそうだったのは確かだから、意識のない彼女に無断で触れてしまわないように隣のリビングに移動してソファに座り、腕を組んで自分に何かを言い聞かせながらひたすら時間が過ぎるのを待っていた。

「仮にいたとしても、そんな何時間も何してたんだよ。もしかして何かされてたのか?!」

「ちげぇよ!馬鹿か!あいつが俺に何かするわけないだろ」

「じゃあ何で戻って来なかった?何時間も何をしてたんだよ?」

「鍵がなかったから」

「おい、類みたいな話し方するなよ。ちゃんと話せ!」

類みたいって何だよ。
俺は類みたいにぼんやりしてねぇ!

「だから、俺が部屋を出る前にあいつが寝ちまったんだよ。戸締まりしようにも鍵がどこにあるか分かんねぇし、鍵も掛けないで病人の女一人残して帰れないだろ。だから起きるまで待ってただけだ」

「あー、そりゃ仕方ない、かもしれないけどな?なんで部屋に入ることになったんだよ。買ってきた物を渡したらすぐ帰って来いって言ったのに」

「それは……」

高熱でふらつく彼女の手を引いて寝室まで連れて行った。

それだけの話なのに話しにくい。
あきらや総二郎たちには、彼女に触れる練習をしていることは話していない。半年経った今も、ただ彼女と会って話しているだけだと思っている。

まさか俺が結婚を阻止する為に彼女に協力を頼んでいることなんて簡単に話せる内容ではないし、こいつらは姉ちゃんと繋がってる。彼女と会っているのに付き合うつもりも結婚する意志も俺にないことがバレたらマズい。
あきらも総二郎も一度ずつ俺と彼女の様子を遠目に見ていた。その様子に何か思うところがあったか知らないが、あれから後を付いてくることはなかった。
毎回どんな話をしたのかは聞いてくるけど。


彼女に触れても大丈夫。

それをこいつらに話したらどうなるのだろうかと一人想像して。
姉ちゃんだって女に触れるようになった俺を見たら、泣いて喜んでくれるはず。
そろそろ姉に会わせても良いかもしれない。先延ばしにし過ぎて怪しまれても困る。

でも、姉ちゃんに会わせたらクシマとの期間限定の関係は終わる。
姉ちゃんにクシマを紹介した途端に彼女と会わなくなったら不審に思われるかもしれないが、仕事が忙しいとか彼女と予定が合わないとか、いくらでも言い訳は出来る。

彼女もよくこんな馬鹿みたいな話を信じて受け入れてくれたなと思う。
初めて会ってからもう半年過ぎた。何も言わずに俺に付き合ってくれてはいるが、本当はこんなこと早く終わらせたいと思ってるだろう。

そして全てが終わったら、彼女とはもう会わない。

そう、俺がそう決めた。
自分の人生に関わることのない女に使う時間すら無駄だと思っていた。
だから彼女も出会いや結婚を求めてないことは、俺にとっても好都合だった。

飯を美味しそうに食べて、よく笑って、話して、手と手で触れ合って。
それでも、いつか終わる関係。

終わる。
終われば彼女と、会えなくなる。

彼女と会う為に二週間おきの休みも必ず取るように西田に言っていたが、それもなくなる。
あの彼女の喜ぶ姿を思い浮かべる時間もなくなって、ギフトショップを見かけても何も選ぶことなく通り過ぎる日に戻るのか。

彼女に会う前の、何もない毎日同じことの繰り返しの日々に戻る。

分かっていたはずの、関係。
本当の名前も知らない関係。
俺がそう望んだ。
望んだのに。

きっとミントタブレットを見る度に彼女を思い出す。
日常に入り込んだ、彼女のくれたもの。

彼女と会う前の、いつも同じ日常を繰り返すだけの日々に戻って、「ああ、そんな女もいたな」と思い出にして、そしていつか彼女を忘れる日が来るのだろうか。

嫌だ。
彼女に会えなくなるのは、嫌だ。

どうして?
なんで嫌なんだ?

クシマは女。
女は嫌いだ。

でも、クシマは違う。
女だけど、俺が唯一許した女だ。

彼女と触れ合えるようになったことが嬉しい。でも、それは彼女との終わりが近付いたことになる。

終わりにしたくない。

まだ彼女に会いたい。あの穏やかな時間を手放したくない。
今の俺が唯一安らげる場所。

俺の日常に一時紛れ込んだだけのはずの非日常が、いつの間にか特別なものに変わっている。

分からない。
これは、何なんだ?

この感情は、彼女の部屋の扉が開いたその時の、彼女を見た時のあの気持ちは、


「あきら」

「なんだよ。急に黙り込んでどうした?やっぱり何かされたのか?」

「違うって言ってんだろ。聞きたいことがあるから帰るな」

「それは良いけど、どうした?」

「俺の部屋に着いたら話す」


そのあとは何を聞かれても黙ったまま、流れる夜の街並みをただ眺めていた。











Re: notitle 30

Re: notitle 30







ふと目を覚したら外はもう真っ暗で、ベッド横の窓からは近くの街灯の明かりだけが、ぼんやり部屋を照らしていた。

……ミドウさん、来たよね。
あれ、夢じゃないよね?

寝返りをうつと、ドアの隙間からリビングの明かりが差し込んでいるのが見えた。

あれ?進が来たのかな?
そう思って体を起こしてみたら昼間ほどのダルさはなく、熱も大分下がったように感じる。
枕元のスマホを見ると、21:34の表示。

「進?」

部屋のドアを開けながら進に声を掛けたつもりだった。
でもリビングにいたのは、

「……ミドウ、さん?」

彼はソファに座って腕を組んで、フワフワの髪の毛をゆらゆらと不規則に揺らしながら俯いて寝ていた。

なんで?帰ったんじゃないの?!

寝起きの頭で、何でどうしてばかりを考えても彼がここにいる理由に思い当たることはなく、とりあえず直接聞いたほうが早いと声を掛けた。
それでもなかなか起きなくて、体に触るわけにはいかないし、どうしようかと彼の顔を見つめるばかりになってしまう。
いつもの瓶底メガネが少しずれて、彼の目元が見えそうになっている。
ミドウさん鼻高いなぁとか、伏せられたまつ毛が思ったより長いなとか、思ったより整った顔をしてるのかも?とか、いつもは起きてたらまじまじと見れないところが見えて少し嬉しいような気持ちになる。

「ミドウさーん、起きて……」

やっぱり仕事で疲れてるのかな。なのに約束は駄目にしちゃうし、風邪なんて引いて余計な心配させた。
風邪を移したらいけない、これ以上の迷惑をかけられないと思っていたのに、どうしても、ひと目で良いからミドウさんに会いたかった。
熱にうかされてそう思ってるだけで、きっと気のせいだと、勘違いだからって思い込もうとしたけど、もう、ごまかせない気がする。

あたしのバカ。
ミドウさんのお姉さんに会ったら、きっともう彼とは会わなくなる。彼の結婚を阻止する為の、その場限りの関係で、絶対に恋愛関係にはならないと思っていたから、あたしは彼に協力することにした。

世話が焼ける兄のような人に、いつもの世話好きのお節介をしているだけ。

それだけのつもりだったのに、もうあたしの中でそれだけではなくなってしまった。
何度も同じようなことを繰り返して本当にどうしようもない。

未だに本当の名前も、素性も分からない人。
想いを伝えることすら出来ないし、こんな気持ちを知られたら、きっと彼は二度とあたしには近付いて来ないだろう。

それは、辛いな。
まだもうちょっと、一緒にいたい。
でも、いつかさよならすることが分かってるから、一緒にいるのも辛い。

だって彼と会うということは、ミドウさんが女の人に慣れていくということ。
もう、手を繋ぐことが出来てしまった。
いつも温かいミドウさんの手だけど、今日はあたしのほうが熱くて、ひんやりと感じた彼の手のひらは心地良かった。

たぶんもうすぐ、この期間限定の関係も終わりの時が来る。

今年はもう30歳になるのに、いい歳して名前も何も知らない人のことを。
本当に馬鹿すぎて、自分が嫌になる。

ソファでうたた寝している彼の前でラグに腰を下ろし、両膝を手で抱えて座る。
膝に顔を埋めて大きなため息を一つ。

もう、泣きそう。

「……つらいなぁ」

「まだ熱があるのか」

突然ミドウさんの声が聞こえて、ビクッと体を揺らしてしまった。
いつの間に起きてたの、この人。

「……うん、どうかな……」

「大丈夫か?」

「ミドウさん、なんで帰らなかったの?」

「あぁ、鍵がなかったから」

あ、そうか。あたしが寝ちゃったからだ!

「やだ、ごめんなさい!約束キャンセルしただけでも申し訳ないのに、こんな迷惑ばっかり掛けて、本当にごめん……」

顔を上げて謝罪を口にしたけど、ミドウさんへの気持ちを自覚したばっかりで何だか気恥ずかしい。
泣きそうになってる顔も見られたくないし、彼と目線を合わすことも出来なくて、また膝を抱えて俯いた。

「クシマ」

「……なに?」

「でこのシートが剥れかけてる」

そう言うと彼は迷わずあたしに手を伸ばして、おでこに触った。

え?

あまりにびっくりして顔を上げて彼を見たら、今まで会った時間の中でも見たことないほどに、とても優しい顔で微笑んで、あたしを見ていた。

なんで今、そんな顔を見せるの?
なんで今、あたしに手じゃないところに触れたのに大丈夫なの?

いつもメガネのせいでよく見えない目元まで見えそうなほど、いつもより顔と顔の距離も近い。


「お、さっきよりは良くなってんじゃねぇの?」

「……そう?」

「もう大丈夫か?」

「うん、こんな遅くまで起きるの待っててくれて、ありがとう……」

「おう、気にすんな」

あたしに触れたのに、ミドウさんはそれを特に気に留めることもなく、腕を上げて大きく伸びをすると、彼は立ち上がって玄関へと向かう。

「明日も仕事?」

「ああ、明日から一週間ヨーロッパだ」

「え、やだ、本当に?ごめんなさい!あの、今度何かお礼させて?」

彼の後を付いて玄関まで来ると、靴を履いたミドウさんは、あたしの方を向いて黙ってジッと見下ろしてくる。
やっぱり少し怒ってるのかな、と遠慮がちに彼を見上げると、ミドウさんはパッと目を逸らしてしまった。

「あの、怒ってるよね。……迷惑かけて、本当にごめんなさい……」

「怒ってねぇよ」

「でも、」

「クシマ」

「……ん?」

「怒ってない、迷惑でもねぇよ。俺が勝手に心配して来て、勝手に残ってただけだ。それよりも早く治すこと考えろ」

「……ん。ミドウさんも、お仕事頑張ってね」

「また連絡する。じゃあな」

「うん、今日は本当にありがとう」

「おう」


彼はそう返事をして、そして帰って行った。

鍵、鍵掛けないと。玄関の戸締まりをして、リビングに戻る。
そして、あたしはヘナヘナと冷たいフローリングの上で座り込んでしまった。

なに、あれ?
「おう」って返事したあと、あの人あたしに何をした?

微笑むのも、まあ良い。最近はよく笑うし、それは良いんだけど。

ミドウさんが来た時、彼からあたしの手を取って握ったことにもびっくりしたのに、今あたしの頭をぽんぽんってしたよね?

なに?なんで?
顔色も悪くなるどころか、頭ぽんぽんされてびっくりしてるあたしを見て、また笑った。

何が、彼に何が起こったの?
なんで触れても大丈夫なの?

嬉しいのに、泣きそう。

嫌だ。
彼に触れてもらって嬉しいのに、終わりが更に近付いた。


会いたい。
会いたくない。

慣れてほしい。
慣れてほしくない。

触れてほしい。
触れてほしくない。


彼はきっと、早くこんなこと終わらせたいはず。
彼は結婚を阻止するのが目的で、それが達成されれば満足なんだから。

こんなはずじゃなかったなんて、今さら後悔しても遅い。
もう好きだと自覚してしまった。


嫌だ。
もうすぐ、会えなくなるなんて。









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Re: notitle 29

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「……大丈夫か」

「大丈夫、じゃない……ケホッ」

「そう、だよな」

「ごめんね、仕事いそがしいのに、約束だめにしちゃって」

「気にすんな」

「うん……」


ミドウさん、怒ってない。声が、とても優しい。
本当に心配してくれてるのが分かる。
会えないと思ってた人に会えるって、こんなに嬉しいものだったっけ?

「これ」

そう言いながらミドウさんが差し出したビニール袋二つ。

「こういう時どうしたらいいのか分からなくて、友人に聞いて買ってきた」

こんなに、何を?
袋の中を覗いてみると、スポーツドリンクにゼリー飲料、レトルトのお粥に、フルーツゼリー、ヨーグルト、冷却シートなどなど。風邪薬も全メーカー集めたのかと思うほどに何箱も入ってる。

「ふふっ、ありがと」

袋を受け取って廊下にビニール袋を置いた途端にその重さに引きずられて、へたへたとしゃがみ込んでしまった。

「おいっ、」

「あ、ごめん。なんか、力が入らなくて……」

「薬は?飲んだんだよな?」

「わかんない、のんだ記憶なくて」

「熱は?」

「うん……、だいじょうぶ」

明らかに大丈夫じゃないだろ、こいつ。
どうしたらいい。ずっとここに座り込んだままだぞ。

「あの、大丈夫だから、うつったら大変だから、かえって……くしゅっ、」

何なんだよ、自分のほうが大変なのに、何で俺の心配してんだ?それどころじゃないだろ。
とにかく今はどうしたら良いんだ?
とりあえず寝かさないとダメだよな。いつまでも玄関に座らせておいても治るもんも治んねぇし。

「おい、立てるか?」

「……ん、」

彼女は小さく返事をすると、ヨタヨタとしながらも壁に片手を付けながら立ち上がったものの、なかなか一歩を踏み出さない。
相当熱が高いのか、ふぅふぅと吐く息は荒く、いつもより潤んだ目に頬も赤い。

俺は、どうしたらいい?
あきらには、すぐに帰ってこいと言われた。でも、こんな様子の彼女を一人おいて帰るのは不安で仕方ない。
俺でも出来る何かが他にないか。


……そうだ。
今の俺にも出来ることがある。

「……おい、手を貸してやるから、頑張って布団まで行けるか」

「大丈夫、歩けるから、ミドウさんはかえって」

「ダメだ。ちゃんと薬を飲んで寝るのを見るまでは帰らない」

「でも、」

「うるせぇ、病人は黙って言うこと聞いとけ」

「……うん、たすかる」

上がるぞと声を掛けて、靴を脱いで廊下に足を踏み入れる。
ほら、と手を差し出したのに、彼女は俺の手を黙って見ていた。

「どうした?」

「……やっぱり、やめとこ?いま、本当にふらついてるから、手、にぎっちゃうかもしれないし、」

「バカか!今は自分のことだけ気にしてろ!」

「……ご、ごめん、おこんないで」

あ、違う!バカは、俺だ!
具合が悪いやつに大きい声を出すなんて、何をしてるんだ、俺は。
早く、早く薬を飲ませる。そして寝かせる。

「がんばれ」

これは、彼女に言ったのか、俺が自分を鼓舞するために言ったのか。
躊躇う理由も、時間もない。
なかなか手を出そうとしない彼女の、壁に付いてる手と反対の手を取る。

ほら、大丈夫。
彼女となら、もう大丈夫だ。


「寝室はどこだ?」

「つきあたりのドア入って、リビングのとなりの、」

「分かった」

フラフラとしながらも彼女は歩いてくれて、なんとか寝室まで来た。
ベッドに座らせ、握っていた手を離す。

「布団入って熱計っとけ、薬とか持ってくるから」

「……ん、」

彼女は一つ頷くと、大人しく布団の中に潜り込んだ。
よし。あとは薬だ。

玄関に戻って、ビニール袋の中から「発熱、さむけに」とパッケージに書いてある箱を出す。用法用量を読んで、この通りに飲ませれば良いんだよな。あと、おでこに貼るやつも。
薬、飲み物、冷却シート。それらを持って寝室に戻ると、彼女は熱を計り終わったところだった。

「熱は?」

「38.9度……」

「早く薬飲め」

「……ごめん、あけられない……」

……熱で力が入らない彼女の代わりにペットボトルの蓋を開け、薬を渡して飲むところまで見届けて、おでこに冷却シートも貼ってやった。
とりあえずは、これで何とか大丈夫だよな?


「もう寝ろ」

「うん、ありがと……」

「気にすんな。困った時はお互い様だ」

「……ひとりで寂しかったから、ミドウさんに会いたかった……」

「……そうか」

「うん……」

彼女は小さい声で返事をしたかと思ったら、すぐに寝てしまった。

彼女が眠るベットの横に座って、自分の手を握って、開いて。
その手をジッと見る。

大丈夫だった。
いつものように手を添えるだけじゃなく、握っても大丈夫だった。
手を握って感じたのは、彼女の手がいつもより熱かったということだけ。もちろん不快感も、吐き気もない。

これは、一体なんだろう。
俺の身に今までにない何かが起こってる。

今日、この部屋の玄関で彼女と顔を合わせた時に感じた、あの気持ちが何なのか知りたい。

姉ちゃん以外の女の部屋に入るのも初めてで、このまま彼女の香りに満たされた部屋にいたら自分がどうにかなりそうな、変な気分になる。ぐっすりと眠る彼女の顔もまともに見れない。
ずっと見ていたら、手だけじゃない、その頬や髪、唇に触れたくなる、ような。

だめだ。
何でか俺までおかしくなってきたような気がする。
今日はもう帰ろう。あきらも車で待ってる。

しかし玄関で靴を履いて、ハッと気が付いた。

鍵は?
高熱の病人が、鍵の掛かってない部屋に一人。
しかも女。

ダメだろ!
このまま帰れるわけがない。
せっかく寝かせたばかりの彼女を起こして、帰るから鍵を締めろなんてことも、とてもじゃないが言えない。
でも彼女の側にいたら、俺もおかしくなる。


分からない。
この場合の正解は何だ?

どうしたら良い?


俺は、どうしたら良いんだ?!












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