sei l'unico che può rendermi felice.

花より男子の二 次 小 説。つかつくメインのオールCPです。

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You belong with me. 10


You belong with me. 10




めちゃくちゃ気まずい。なにこれ。

いくら話をしろと言われても、道明寺ずっとダンマリじゃん。話すことないってことじゃないの?


「えーっと、あの、私も帰りますね。あー、あっ、私もお休みいただいたので、明後日からのスケジュールは西田さんに確認してください。」


道明寺は黙ったまま、両手で顔を覆って俯いて、大きなため息をついた。



やっぱり話なんかしたくないってことよね10年もストーカーじゃないけど、しつこく好きでしたとかキモい気がしてきた。

いやいやいや、ここで自分を落としたらダメでしょ。

それにしては反応ないけど、もしかして具合悪くなってきたのかな?頭を打ってるのに、ずっと起きてるのも辛いか。

楓さんたちを見送って、そのまま病室の扉の前にいたけど、心配になってベッドの横に移動して道明寺の様子を伺う。



「あの、副社長?もしかして具合悪いですか?看護士さん呼びましょうか?」


まさか返事が出来ないくらい具合悪くなったとか?!ナースコールどこだ?!

ナースコールを探そうとベッドの反対側へ回ろうとしたら、道明寺に左腕を掴まれた。


「えっ、どうしました?吐きそうですか?ちょっと待ってくださいね、ナースコールがここらへんにあったはず!」

腕を振り払おうとするも、強い力で掴まれていて離せない。



「副社長!早く看護師さん呼ばないと、お布団に吐いたら大変ですってば!」


「うるせぇ!黙ってろ!」

突然、道明寺が大声を出したから、体ごとビクッと震えてしまった。

そうだよね、具合悪いのに周りで話し続けられるのも嫌だよね。


「す、すみません、でも。」


「吐きそうでもなければ、具合も悪くねぇよ!」


「え、じゃあどうしました?お休み明日一日じゃ足りないですか?うーん、結構厳しいですけど、明後日までお休みに出来るか西田さんに聞いてみますね。」



「違う!黙ってろって、言ってんだよ!」




道明寺は入院患者。

頭を打っている。10年振りに記憶が戻った。

落ち着け、あたし。

動揺するとおしゃべりが止まらなくなるクセが今ここで出てしまった。


すると、道明寺が小さい声で「悪かった、」と呟いた。



片腕は掴まれたまま離してくれなくて、どうしようかと道明寺の顔を見ようと思ったけど、まだ俯いたまま。

黙れと怒鳴ったかと思ったら、悪かった?

一体どうしたというのか。


あ、気持ちに応えられなくて悪かった、かな?

落ち込む。落ち込むけど、仕方ない。

どんなに願っても10年の月日は大きい。



「あの〜、具合が悪くないなら本当にもう寝ましょう?そろそろ体に障りますよ?」


おまえ、なんでそんなに冷静に話せるんだ?」

少しだけ道明寺の声が震えてるような気がした。


「そりゃ、さっきの今で気まずいですけど。でも慌てて何かしてどうにかなります?それよりも、」

「本当に類のところに行かなくて良いのか?今ならまだっ!」


あたしの言葉に被せるように道明寺が話してきたけど、類の名前が出た瞬間にカッとなって、掴まれた腕とは反対の手で道明寺の頬を叩いてしまった。



「いい加減にしてよ!なんで?!あんなに類は違うって言ってるのに!さっきの話聞いてた?!あたしが好きなのは道明寺なの!でもあんただって10年経ってるんだから、もう好きになれないって言われたら離れる覚悟くらいあったわよ!」


なんで?なんでわかんないの?



「気持ちが、気持ちがなくなった言い訳に、類を使わないでよ!もう、あたしのことなんて、好きじゃないって!はっきり言いなさいよ…!」


「だっておまえ、バカじゃねぇの?いつ俺の記憶が戻るか分かんねぇのに、10年も道明寺に、」


「うるさい。そんなのあたしが勝手にやったことなんだから放っといてよ!」



そう、まさにそれ。これはあたしが勝手にしたことだ。記憶を失っていた道明寺には殊更関係のない話。



「腕、痛い。離して。」

引っ叩いても道明寺は掴んだ腕を離さなかった。痛みを感じる程に強い力で掴まれていたから、離してほしかった。

少し冷静になりたい。このままだと泣いてしまいそう。



「離したら、おまえは俺の前からいなくなるだろ。」


「そうですね、もう二度と副社長の前に現れることはないと思います。副社長もそれがお望みで花沢様のところへ行けと仰っているのでは?」


いくら上司命令でも結婚は無理だ。

類を理由にしてでも、道明寺があたしを離そうとしてるんだから。

「総帥には副社長からお断りの話をなさってください。私を拒否したのは副社長ですから。」


「本当に類のところに行かなくていいのか。」


力任せに腕を振って無理矢理、道明寺の手を離す。こいつが入院患者だなんて知ったことか。


「そうですね、楓さんたちに恩返し出来てませんから行くつもりは更々ないですけど、副社長が上司命令だと、そこまで言うなら花沢様のところに転職しましょうか?副社長のお気持ちは十分すぎるほど分かりましたので。もう良いですよね。私も帰らせていただきます。」

まだ泣くな。今は副社長と秘書なんだから。




「待て、違う。帰るな!」


もうやめてほしい。類のところへ行けって言ったり、待てって言ったり。

何が言いたいのか分からない。しんどい。早く10年分を泣きたい。



「うるさいバカ男!あんたなんか、ずっと勘違い野郎のまま生きれば良いのよ!もう本当に帰りますね!今までありがとうございました!」

踵を返してドアに向かう、その時。





「地獄だろうが何処だろうが!どこへだって追いかけてつかまえてやるからな!」





今ここで、それを言うなんて。



「ふざけないで!そう言ったのにあたしのことだけ忘れたのはあんたじゃない!

あんたが他の女と噂になっても!パーティーでどこかの令嬢と並んでるのを側で見てたって!秘書として再会してからずっと無視されて冷たくされても、それでもあたしはあんたの側にいた!」


「わかってるよ!だからお前が類んとこに行かねぇのに俺から離れるなら、どこまでも追いかけて掴まえてやるからな!俺は10年じゃ諦めねぇぞ。」



本当になんなのこいつ。なにを言ってるの?!



「あんたが、あたしを拒否して、離そうとしてるんじゃない!」


10年だ。10年もお前の意志が及ばないところで道明寺に縛り付けてたんだ!しかも俺のせいでだ!

お前、秘書やってる間、俺の前では1回も笑ったことないんだぞ!お前が秘書になってから笑ってるのを見たのは、類といる時だけだ!それだったら、前と同じように、類の側で笑えるなら、あいつのほうがお前を幸せにしてやれるだろう、そう思ったんだよ!」




「バッカじゃないの?!なによそれ!」











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You belong with me. 9


You belong with me. 9





あまりにも突然過ぎて、あたしも道明寺もポカンとして口を開けたまま。



「お2人ともみっともないですよ。口はお閉じなさい。」

楓さんに言われて慌てて口を閉じるけど、どーでも良い!



「楓さん!私は司さんに秘書を辞めて転職を勧められました!話も聞かずに私を簡単に手放すような人なんですよ!」


「なんだよ!お前は、類と付き合ってるんだろ?!類に辛いって、類もいつでも来いって言ってたじゃねぇか!」



なに、こいつ。

何度も何度も何度も何度も同じことを!



「あたしは類の女じゃないって言ってるでしょうが!何回言ったらわかるのよ、このバカ男!」




「いい加減になさい!」




こっ、こわ!窓ガラスさえもビリビリと震えるような低い声で怒る楓さんに道明寺と2人、慌てて口を噤む。西田さんも固まってる。

眼光鋭く道明寺とあたしを睨んだ楓さんは、続きを話した。


「司さんも日本で勤務するようになって、随分と落ち着いてきたこと、つくしさんも秘書として十分な力をつけたこと。これにより、2人を会わせることに決めました。」


副社長の秘書に決まった時は西田さんに直談判したけど、こんな事情じゃ、あたしの話も梨の礫だった訳だ。納得。



「始めこそ司さんはつくしさんを無視したりしていた様ですけれど。今まで一切の女性を認めなかった司さんが、つくしさんを秘書として容認したことで、やはり記憶が戻らなくても司さんにはつくしさんしかいないのではと認識せざるを得えませんでした。」


「ただ、司さんの変化は見られるものの、もう10年になります。もし記憶が戻っても司さんはつくしさんを離さないと思いましたからね。それならと、このままいつ戻るか分からない記憶を待つ理由もなく、2年も一緒に仕事が出来るなら、いっそのこと結婚させてしまえとあの人が。」

ハァーっと大きなため息をつく楓さんは珍しい。きっとおじさまと揉めたんだろうな。

でも記憶が戻った道明寺は、あたしを突き放した。



「つくしさん、」

楓さんが珍しく話すのを躊躇ったけど、それも一瞬で、次の言葉には驚きを隠せなかった。



「つくしさんには、申し訳ないことをしたわ。道明寺家の監視下に置いてから、プライベートなどなかった。どなたかとお付き合いされたかったかもしれない。でも、それも私たちがそうならないよう、操作していました。つくしさんに対して多少強引な方もいましたが、そういう方は二度と接触出来ない様、圧力をかけたり異動させたりもしました。この10年、あなたの意思などなかった。」


楓さん、そんなことしてたんだ。

言葉にならなくて、ただ首を振ることしか出来ない。

そんなことで謝らないで、楓さん。




「もう10年です。つくしさんも限界なのではないかと、思いました。

つくしさんは道明寺家を憎んでいるかもしれない。それでもここまで来たら、もう後戻りなど出来ません。

まずは道明寺家が認めた司さんの婚約者だと周囲に認識させる為に、道明寺財閥関連のパーティーのみ、つくしさんを司さんのパートナーとして出席させ、道明寺家の車で送迎させるようにしました。あなたを道明寺家が大切にしている人物だと、既成事実を作り上げ、逃がさない為に。」



家柄や財産とか、それをあたしに認識させるつもりで道明寺の側に付かせたんじゃないのはわかった。これが勘違いと言えばそうだけど、そんなことはどうでも良かった。

そこまで、あたしを評価してもらっていたことが嬉しい。でも。




昔の、楓さんにされた事に遺恨が残らないとは言い切れないですけど、どんな状況にせよ高校から今までお世話になったことは本当に感謝しているんです。

された事ばかりに目を向けて憎むより、してもらったことを大切にすること、まず相手を知ることが大事だと常々思っていましたから。」

真っ直ぐに楓さんを見て話す。


「大学で経営を学んで就職して、実際に働いて、間近で楓さんの仕事に対する姿勢を見たら、尊敬する以外のものはありませんでした。」

本当にそう。知らなければ、もしかしたら道明寺家を、道明寺財閥を恨んでいたと思う。



「10年前、おじさまや楓さんが私を監視下に置きましたが、私も黙って従っていたわけではありません。」


たとえどんな状況でも、私の気持ちは変わらなかったから。



「道明寺家が私を監視下に置く代わりに高校と大学の学費を出していただいているのは聞いていましたが、これはチャンスだと思いました。就職もそうです。道明寺財閥は就職するのも一筋縄ではいかないと聞きました。それをNY本社からの勤務ですから、これ以上のことはないと。」




フッと短く息を吐く。

どんな結果になるにせよ、あたしの目標はただ一つ。



「どんな状況だろうと、私の気持ちは変わりません。10年前からずっとです。」



道明寺が、あたしを見た。




「私は、今も道明寺のことが好きですから。」




どんな状況でも、あたしはつくし。

雑草なんだから。



「私は、監視下に置かれるというこの話を受け入れました。まさかの道明寺家から出た話でしたから。これを束縛ではなくチャンスと捉え、少しでも繋がりがある限り、司さんにまた会えるのではと、これを掴まなければ司さんとの未来はないとさえ思いました。」

我武者羅に生きた10年だった。



「私は、楓さんに認めてもらいたかった。記憶が戻らなくても、司さんの隣に立つことを。その為には何もかも犠牲にしても良いと覚悟して。

だから楓さんが謝る理由なんて何もないんです。この10年は、私の意思なんですから。」



あたしは今でも、道明寺を幸せにしたいと思って生きている。



「私はここまで自力で来たとは思っていません。一生をかけて道明寺家に恩返しするつもりです。司さんの婚約者ではないかと噂を聞いた時も、本当は嬉しかったです。事実はどうであれ、家柄も財産もない、司さんに忘れられた私でも噂される様になったんだと。まさかおじさまたちの思惑までは分かりませんでしたけど。」


自力でと思ってたけど、これは完全におじさまたちの意向がなければ成立しなかったことになる。



「でも、司さんに拒否された今、私の夢は終わりました。10年前の想いにしがみついていたのは私だけです。」



「だから楓さん、私を司さんの秘書から外してください。でも、まだ何の恩もお返しできていませんから、それまでは道明寺財閥から逃げるつもりもありません。

…さすがに司さんが他の女性と結婚するのは見たくないので、どこか、テレビも映らない、携帯も通じないような僻地にでも飛ばしてもらえますか?」




初めから、勘違いなんてしてない。

家柄や財産とか元々持っていないもので勝負しようだなんて思ってない。どこぞのお飾りだけの、座ってるだけで婚約者になれる御令嬢とは違う。

あたしは自分で掴みにいかなければならなかった。

楓さんやおじさまの意向もあったかもしれないけど、少なくとも実力がなければ秘書は出来なかったと自負したい。

束の間の道明寺のパートナーだったな。




「つくしさん。あなたもバカね。」



「分かってます。雑草は雑草なりに、頑張ったんですけどね。」

楓さんがボヤケて見える。あたし泣きそうなのかな。



「違います。ここまで来たのに、司さんに拒否された程度で諦めるあなたに対してです。」


だって、だって道明寺が、いらないって言ったから。



「相変わらず頭が悪いわね。拒否されても何をされても、諦めるのはやめなさい。」



楓さん?何を言ってるの?




「道明寺財閥の総帥と社長が、司さんとつくしさんの結婚を決めたんです。これは上司命令です。」


楓さんがあたしにそう言ったあと、道明寺を見て言い放つ。



「一番の大馬鹿者はあなたです、司さん。」

冷たい目で道明寺を見遣る。


「記憶が戻って混乱しているなんて理由になりません。つくしさんがあなたの為に努力した10年を、あなたの一言で捨てようとしているのに、何も言わずに黙っていることに心底呆れます。西田!私は帰ります。」



西田さんがいつものポーカーフェイスを崩しに崩してニコニコしながら、荷物をまとめ始め、あたしに話しかける。


「牧野さん、あなたも明日はお休みです。あとは私が各所手配、処理します。有給余ってますよね?」


「え、待ってください!私も帰ります。」

置いてかないでよ!まだ話も途中じゃないの?道明寺と2人にしないでほしい!


「つくしさん、あなたは司さんとしっかり話しなさい。司さんもいつまでも馬鹿みたいな勘違いをしているようでは、道明寺の跡取りに相応しくありませんよ。」



そう言って楓さんと西田さんは帰ってしまった。










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You belong with me. 8


You belong with me. 8




「つくしさんを監視下に置くと決めたのは、司さん、あなたの父親です。」




「ハァーーー?!親父?!なんで、てか牧野がなんで、おじさまって、あぁッ?」

さすがに混乱してるのか、文脈がめちゃくちゃになってる。

西田さんも、そこまで知らなかったらしく、いつものポーカーフェイスが崩れて驚愕の面持ち。珍しい。



実はNYにいる間、あたしは道明寺家のお邸に居候していた。

これも監視下にあったからだと思うけど、そこで初めて道明寺のお父さんと対面した。

ラオウみたいな姿を想像していたけれど全然そんなことなくて、経済界を牛耳る堂々たる風格と威圧感があるものの、優しい笑顔の素敵なおじさまだった。

道明寺の顔のパーツなんかは楓さんに似てるけど、髪の毛や雰囲気は父親譲りかなんて思ったっけ。



「なんで?親父が牧野を?」

さっきまで頑なに、あたしの顔を見ようとしなかったのに、さっきからチラチラと見てくる。



「あなたもご存知の通り、幼い頃から司さんの行動はずっと報告として日本のお邸から書面で写真と共に送られて来ていました。ですが高校3年生になってから段々とあなたの表情が変わっていくのを見て、あの人も司さんの身辺調査をさせました。そこでつくしさん、あなたの存在を司さんの父親も知るところとなりました。」


「あの人は司さんの凶暴性や、非人道的な振る舞いを危惧していました。これから先、道明寺財閥を継いでいく人間が、取引先に対して無慈悲な振る舞いをし、強引な契約ばかりしていくようでは、行く末は見えています。

それでもまだ高校生でしたから、表情が多少変わったところで一時のくだらない感情に振り回されているだけとし、司さんを無理矢理NYへ連れて行ったりもしました。そしてつくしさん、あなたにも随分なことをしました。」

楓さんがあたしを見ているけど、表情は相変わらずのポーカーフェイスだ。


「そして、…NYでつくしさんに借りを作った件ですが、あれで司さんの父親もつくしさんの人となりを改めて認識するに至りました。あの頃の司さんは、つくしさんとの未来の為にと道明寺家を捨てようとまでしていましたね?」


毎日がジェットコースターに乗っているような、全力疾走の日々だった。それでもあの頃が一番楽しくて、キラキラした想い出ばかりだ。



「この道明寺財閥の大きさを幼い頃から分かっていても尚、それを捨てようとしている。それなら司さんから、つくしさんを離すのではなく、側にいることを許したら?その為なら、司さんは道明寺財閥の、道明寺財閥の社員たちの為にどこまで出来るのだろうか、と。」


「司さんがつくしさんによって、どこまで変わるのか思案していたところで、あの事件が起こりました。早く後継者教育をと思っていましたが、怪我の療養を理由にして、あなたたちに1年間の猶予を与えることにしました。

まさか司さんが記憶喪失に、しかもよりにもよって、つくしさんのことだけを忘れてしまうとは思いませんでしたけれど。」

クスリと楓さんが笑った。確かにタイミングが悪過ぎた。

そっか、その為の1年間だったんだ。


「司さんの記憶がなくては、1年間の猶予も何もありません。それでも、第一は司さんの為でしたが、つくしさんの人間性が余程気になったのでしょうね。あの人はつくしさんを道明寺の監視下に置くと決めました。」


フゥと息を漏らした楓さんは一口お茶を飲んで、話を続けた。


「つくしさんの記憶を失った司さんは、昔ほど荒れているわけではありませんでしたが、大学や仕事上では何も表情に出したりはしないものの、人嫌いは相変わらず。暴力こそ振るわないものの、暴言はひどいものでした。」

想像出来る。こいつNYでもそんなことしてたんだ。西田さんも渋い顔してる。


「女性関係も事実、どうだか預かり知らぬところはありますけれど、それなりに噂もありました。多少は噂になるのも宣伝の一部だと、悪質なものでなければマスコミにも容認していました。」

楓さんが顔を顰めた。

そんなに酷かったのかと、道明寺を伺い見ると、なんとも言えない、微妙な顔をしていた。心当たりあるんだ。ふーん。



「ところが、NYに来てから1年程経った頃から司さんの雰囲気が少し変わり、暴言なども少なくなりました。」

楓さんは道明寺を見て尋ねた。


「司さん、あなたはその頃から、記憶に関する何かがありましたか?」



道明寺は少しバツの悪い顔をして、

「あれは、思い出したわけじゃねぇんだ。ただ、その頃から同じ夢を繰り返し見るようになった。 顔も何も見えない、男か女かもわかんねぇやつが、いつも夢に出てくる。でも夢の中の俺はいつも笑ってた。

その夢を見たあとは、すっきり目覚めることが多かった。普段なかなか眠れなくて睡眠薬を飲んでたせいか、日頃から寝覚めは良くなかったのに。」

片手で口を覆って少し俯きながら道明寺は話し続けた。

「あの夢を見始めてから、なぜかイライラもなくなっていった。変わっていくように見えたのは、そのせいだろ。」



「後継者としての自覚が出てきたのかとも思いましたが、やはりあなたは記憶がなくても、つくしさん次第のようね。」

楓さんがあたしを見るけど、少し顔が赤くなってる気がする。あたしはなんとなく居た堪れなくて、俯いてしまう。



「あなたが大人しくなった理由はどうであれ、つくしさんは大学を卒業したら渡米させることは決まっていました。まだあなた達を引き合わせるつもりなどありませんでしたから。記憶をなくしてすぐの司さんは、とにかくつくしさんにだけ酷い態度だったと聞いています。

いくら落ち着いてきたとはいえ、ここで元の司さんに戻ってしまっては意味がありませんし、つくしさんも道明寺の人間になるにはまだ役に立つ状態ではありませんでしたから、つくしさんの渡米に合わせて司さんを日本支社へと異動させることにしました。」


やっぱり道明寺と合わなかったのは、楓さんが仕組んでたのか。というか、そんなことで日本とアメリカの異動ってどうなの?!



「つくしさんはNYで一から働かせました。いくら学業が優秀でも、ここで挫けているようでは、これから先とても道明寺財閥では使い物になどなりません。最後の1年は私の秘書をやらせましたが、元は雑草ですし、根性だけはありましたから。」

この褒めてるのか貶してるのか分かんないのは道明寺の人間の特徴なの?根性だけってなによ!本当のことだけど!



今まで黙って話を聞いていた西田さんが道明寺に尋ねる。

「司様は日本へ来てから、さらに落ち着いて仕事をしているように見受けられましたが、やはり少しずつ記憶が?」

西田さんも何か思うところがあったんだ。


「日本に来てから、確かに少し夢が変わった。特に変わったのは、牧野が秘書になってからだ。夢の中で一緒に笑ってる相手の顔は分からないままだったが、女だと分かった。俺が、女と話して笑ってるんだぞ?」


「あれだけいろんな女性と噂になっといて、何が女と話して笑ってるくらいでビックリしたみたいなこと言ってんだか。」

フンッと思わず鼻で笑って言ってしまった。

「おっと、失礼しました副社長。」


ツンとして言ったら、西田さんが「だから牧野さん、勘違いしていますよ。」と言うけれど、勘違いってなにがよ!本当に一回聞いたら分かりますよね的なやつ!そういう言い回しとか、嫌味とか、道明寺スタイルって呼んでやる!



「司様は昔から変わらず、まぁNYでの約1年はともかく、記憶がなくても女性は苦手なままです。」



はい?そんなわけなくない?NYの時も日本に帰ってきてからも随分色々聞いたけど?


「だから誤解だって言ったじゃねぇか。」とかなんとか道明寺がブツブツ言ってる。

どういうこと?毎回と言っていいほどゴシップ誌に載ったりニュースのネタになっていた女の人たちは?


「牧野さんは素になると表情が豊かになっておもしろいえ、分かりやすいですねぇ。」

そんなことを西田さんが言ってるから、今あたしは思ったより呆けた顔をしているのか。



「あっ、噂と言えば、」と言いかけたところで、例の噂の件は今は関係ないから途中で止めたんだけど、それを拾ったのは西田さんだった。


「司様と牧野さんに関する噂ですね?」

西田さんも噂のこと知ってたんだ!本当にあたしだけ気付いてなかったの?!


「そうですけど、今は関係ない話ですので。」と返したら、

「関係ありますよ。」と返ってきた。


「それは俺も気になってた。なんでこいつ帰る時はいつも道明寺の車なんだ?どうして噂を放置している?」

そうよ!それも気になってた!

何の関係があるのよ!こうなったら聞いてやる!


「その噂ですが、私も美作様たちから聞きました。彼らには事実無根だと説明はしたのですが。なんの関係があります?」





「関係あります。あなたはこれから司さんの婚約者として発表するつもりですから。」







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You belong with me. 7


You belong with me. 7





「それで西田、どこまで?」

「牧野さんがNYで楓社長の秘書をしていたところまでです。ですが社長、牧野さんは誤解されているようですよ。」


誤解?どういうこと?

「誤解ってなんですか?さっきも西田さんは違うとか何とか言ってましたね。」


「牧野さんは、 楓社長が司様の側に秘書として牧野さんを置いたのは、他の令嬢と並んでる姿を見せつけ、財産も家柄も何もない人は仕事だけしてなさい、という見せしめの為だと思っていらっしゃいます。」

そこまで言わなかったはずだけど、さすが西田さん。汲み取ってた。


「そうね、そのつもりだったわ。」

そうですよね!ほーら違わない!


「こいつも分かってるみたいだぜ。仕事が辛いから類のとこに転職するってよ。」

余計なことを!


「全然分かってない道明寺は黙ってて!」


楓さんがあたしを見る。

あっ!

「ちっ、違います!道明寺って司さんのことでっ、楓さんのことでは!」


「分かっています。あなたは私のことを道明寺と呼び捨てたことがありまして?つくしさんもお黙りなさい。話が進みません。」

楓さんにギロリと睨まれたあたしは小さい虫けらの気分だ。こっわい。




「まず誓約書の件からですが。」西田さんが話す。


「『道明寺 司の記憶喪失と、この誓約書に関して、その全てを一切公言・口外しないこと。そしてこの事実を元にした犯罪・違法行為をしないこと。』これらが主に書かれている誓約書です。

これは司様の記憶喪失の件を知る、松岡優紀様と中島海様に誓約書にサインをいただいております。

万一、破った場合の違約金は到底一般家庭で支払える額ではないでしょうね。なにせ相手はこの道明寺財閥ですから。


西門様、花沢様、美作様はご自身の家のことも道明寺財閥のことも立場は良くご存知でしょうし、何より司様の幼い頃からのご友人です。他言などして司様を貶めるような行為はなさらないでしょう。


ご実家の立場と言えば三条様も大河原様も同じですが、牧野さんが絡んでいますからね。このお二人は特に牧野さんを慕っていたご様子でしたから、事を大きくして騒いでもメリットは何もありませんし、誓約書の件がなくとも、みなさん慎重になるでしょう。」

桜子に滋さん。もう何年も連絡してない。

あんなに迷惑を掛けたのに、あたしが一方的に連絡を断った。

ずっと道明寺とあたしのことを応援してくれていたのに、あの時はその応援が辛いと、言えなかった。

ひどいことを、した。



「ただ、松岡様、中島様については誓約書へのサインはしていただきましたが、あとは行動を年に数回確認することだけです。道明寺の完全監視下に置かれていたのは牧野さん、あなただけなんです。」


なにそれ。どういうこと?

海ちゃんはともかく、まさか優紀まで誓約書へサインを書かされていたのは知らなかった。だけど、どうしてあたしだけ?!


「先日、美作様たちとご一緒した時に教えてくださったんですが、私が就職した頃から行方が分からなくなって焦ったと話してくれました。随分と私のことを探してくれたみたいなんですけど、全く痕跡が掴めないことで何か圧力が掛かっていると思い至ったところで、副社長の秘書として現れた私に大変驚かれたそうです。どうして私だけをそうする必要が?」



「そこからは私が説明します。」

楓さんはあたしと道明寺を見て、小さく息を吐いてから話し始めた


「10年前のあの頃の司さんは、バカみたいにしつこくつくしさんを追いかけていたと聞きましたから。」

「バカみたいにしつこく?!」と道明寺がガンを飛ばすけど、楓さんは無視。楓さんの表現としては乱暴だけど、間違ってないと思う。


「あなたたち2人を司さんが記憶喪失の間に引き離し、どこかの企業の御令嬢を婚約者として司さんの側におくことは簡単です。ですが、もし司さんの記憶が戻った時に事が知れたら、それこそ昔の司さんに戻るか、今度こそ道明寺を捨ててつくしさんのところへと行く可能性は十分ありました。なので、むしろつくしさんを側に置いておいたほうが良いとの結論です。隠したのはご友人方につくしさんを連れ出されたら、それこそ困りますから。」


「それに、もし司さんが記憶を戻しても、自らつくしさんを手放すようなら監視下から外す予定でした。」



嘘でしょう?あんなに道明寺とあたしの邪魔をしていたのに?なぜ?

疑問はいくらでも湧いて出てくる。


きっとまた道明寺と離されると思ってた。

その時の為に、最終手段としていろいろと準備をしていたけれど、まさか、こんな理由で監視されていたとは思いもしなかった。

でももう、道明寺はあたしを手放そうとしている。それさえも無駄になった。



10年前と同じ気持ちじゃなくても、道明寺があたしさえ拒否しなければ、それだけで良かったのに。




「楓さん、今まで本当に感謝してるんです。監視下にあったとはいえ、今までの牧野家では出来なかったことを沢山させていただきました。

司さんは、私に花沢物産への転職を薦めています。秘書としての仕事に不満があるようですし、私は不要とのことですから、司さんの秘書はやめさせていただきます。」


頑張ったんだけどなぁ。

家柄も財産もない、美人でもなければ豊満な体つきでもない。仕事でさえ、転職を薦められた。



分かったよ、道明寺。

いつまでも10年前にしがみついていたのは、あたしだけ。



フゥーっと大きく息をする。

「楓社長、仕事については西田さんと相談して秘書課の方に引継ぎます。この様な急な状況ですので、一週間は必要だと思います。」

一気に話す。まだ冷静に話せるうちに。

「それでは今日は帰らせていただきます。では。」


道明寺は黙ったまま。やっぱりあたしのことをチラリとも見ない。

それが余計に、いらないとダメ出しの様に言われているみたいで。

早くこの場を去りたくて、誰の顔も見たくなくて。

みんなに背を向けたところで、楓さんが「お待ちなさい。」と声をかけてきた。

これ以上何を話すことがあるの?



「秘書を辞めるなど私が許可しません。」



なんで。どうして。

道明寺にいらないって言われたんだから、側にはいられない。

道明寺が、あたしを望んでいないから。

もう、これ以上あたしを拒む道明寺の側にいるのは辛すぎる。



「これは、私の指示ではありません。」



意味が分からない。楓さん以外に誰が

まさか。



「もしかして、おじさまですか?」


「おじさま?だれのことだ?」

道明寺が不思議に思うのは無理もない。それこそ本当にまさかだろう。




「あなたの父親ですよ。」










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You belong with me. 6


You belong with me. 6




そろそろ定時という頃。

西田さんから、今日はそのまま退社して病院まで来なさいと連絡が来た。

すぐに退社してタクシーで病院に向かう。まだ面会時間内、受付を通って病室へ。


いつになく緊張する。本当に道明寺は全部を思い出したのだろうか。

この時を想定していなかったわけではないけれど、あまりにも急で。

とりあえず、道明寺の状態を知るのが先だ。



もう10年。

記憶がなくても、道明寺も同じ10年を過ごしている。その半分以上はどんな生活をしていたのか、お互いに知らない。


今の道明寺の前では、あたしは秘書だ。

秘書として、道明寺の現状を把握し、西田さんと今後の話をする。


病室の扉の前で深呼吸をする。

落ち着いて、冷静に。

胸元に手を当てて、いつもの言葉を繰り返す。


胸元に当てていた手を握って、扉をノックする。

「牧野です。失礼します。」と扉を開けて病室に入った。




道明寺のいる病室は特別室と呼ばれる部屋だった。

広い病室の奥に大きい窓があり、外の景色が一望出来る。まだ日が落ちて間もない時間だが、眼下に広がり始めた都内のキラキラとした夜景は、この病室内の雰囲気と相反しているようで違和感を抱く。

この夜景もこんな時でなければ、純粋に綺麗だと思えたかもしれない。



部屋の中央にある大きなベッドに道明寺は上半身を起こして横になっていた。

傍らには西田さんが立っている。西田さんは部屋に入ってきたあたしを見たけど、道明寺は窓の外に視線を向けたまま。


「副社長、お加減いかがですか?」

道明寺はあたしが聞いても何も答えず、ただひたすら外の景色を見続ける。

無視すんなと言いたいところだけど、まだ混乱しているんだろうと、自分を諌める。


「西田さん、楓社長はもう間もなく日本に到着する予定です。副社長の代行として一件、オンライン会議に出席してもらいました。あとは全てキャンセル、後日再度連絡という形で対応しています。

副社長はいつから復帰出来そうですか?早めに再度連絡をしなければいけない取引先があります。」



「牧野。」

突然、道明寺が声をかけてきた。それでも外を見たまま、あたしを見ない。


「お前がどういうつもりか知らねぇが、道明寺財閥にいるのはお前の意思か?違うよな、ババァか親父だろ?脅されてたか?」


冷たい、声。

このあとの言葉を聞きたくないと、本能が警鐘を鳴らす。



「いいぞ、もう。俺がババァにも親父にも何もさせない。何か脅されてたんだろ?辛いって言ってたもんな。うち辞めて類んとこ行け。悪かった。

あとはもうお前の好きなように生きろ。」




心が壊れそう。

こんなにもあっさり。記憶が戻った途端に。


まだ何の話もしてないのに、こんな簡単にあたしを手放す道明寺。

記憶が戻ったからって、気持ちまで10年前に戻るわけじゃない。わかっていたことじゃないの。

耐えろ。今は泣く時でも落ち込む時でもない。



「副社長が何をお考えかは存じ上げませんが、私の人事権は楓社長にあります。副社長にその権限はありませんし、それに私が従う義務もありません。」


落ち着いて。


「西田さん、副社長はまだ記憶の混乱はありますか?明日からの予定はどうするのか決めたいのですが、状態はどうなんでしょうか。」


冷静に。


「副社長は、MRIの結果も問診も問題ありませんでした。記憶についても、失われていた牧野さんのことを思い出していますね。記憶がなかった間のことも、確認した限りでは覚えているようですので、仕事には差し支えないかと。」

西田さんも冷静だ。


「ただ、頭を打ったことに変わりはないので、一日入院していただきます。」

そう、あたしが突き飛ばした。こんなことになるとも思わずに。


「分かりました。明日の予定も念の為、午前中はキャンセルにしてましたから、午後もキャンセルにします。これから楓社長がこちらに到着されましたら、会議等の出欠席については相談して決めます。西田さんもスケジュール確認お願いします。」



「牧野!」

道明寺が怒ってる。早く出て行けとでも言うつもり?冗談じゃない!



「うるさい!」



記憶が戻ったのに話も聞かず、こんな風に放り出されるとは想定外だ。

こんな、人の話に耳を傾けようともしない男ではなかったはずなのに!



「何にも知らないくせに!ちょっと記憶が戻ったからって偉そうに言わないで!あんたがあれから10年過ごしたように、あたしにもあたしの10年があるの!知ろうともしないで勝手なこと言わないで!」



冷静になんて出来ない。落ち着いてなんかいられない。

こんなやつ、なんでこんなやつを10年も。


それでもこんなに好きなのに。




「牧野さん、少し落ち着きましょう。」



西田さんが穏やかな口調で声をかけてくる。

西田さんは高校時代のあたしと道明寺を知る、数少ない人だ。

そして、この10年を知っている人でもある。


道明寺に話も聞かずに拒否されたショックで、乱暴な言い方をしてしまった。

ここは特別室とはいえ病院で、面会時間中だけど、もう夜だ。

落ち着いて、冷静に。



「副社長、突然声を荒げてしまいまして、申し訳ありません。

脅されていたのではと言ってましたけど、そんなことはありません。

私が副社長の秘書をしていることについては、楓社長に聞かないと本当のところは分かりかねますが、まぁでも脅しではないですけれど、似たようなものでしょう。

副社長の側に置いて、私に立場と言うものを分からせたかったのではないかと。そんなことは特に気にしてもいませんし、そうでなければ誓約書にサインすることもありませんから。」


「牧野さん、そこは違います。」


何が違うって?そこってどこよ!

一つ言ったら全部分かりますよね的なのって道明寺独特の話し方なの?!



「私から少しお話をしてもよろしいですか?」と西田さんが話し始めた。



「司様が記憶を失われてからですが、牧野さんには誓約書にサインをいただき、道明寺家の監視下に置くことを決めました。しかし予想外だったのは牧野さん、あなたが思いの外とても優秀だったことです。」

優秀って言われるのは嬉しいけど、予想外に思いの外ってひどくない?


「あの後、優秀な成績で英徳高校を卒業され、そのまま英徳大学に内部進学、特に留学経験がないのに、語学力は素晴らしいものだったとか。英徳大学は経済学部を首席で卒業し、そしてそのまま道明寺財閥に就職しましたが、そこから3年間NYにいましたね。」


道明寺は外に向けていた視線を、話し始めた西田さんに向けていたけど、あたしがNY3年間いたことを聞いた時は、少し驚いた顔をした。


「そうですね、入社してすぐにNY本社勤務でしたが、メールルームスタッフから始めて、最後の1年間は楓社長の秘書をしていました。」

ババァの秘書なんかやってたのか。と道明寺は呟くけど、西田さんはそのまま話し続ける。


NYで楓社長の秘書をやっている間も優秀だったようで、元々の明るく前向きな性格もあったんでしょうが、名前の通り、根性逞しかったようで。

取引先の役員たちの趣味嗜好、家族構成までインプット出来る頭の良さ、パーティーでの会話もスムーズに進む思考の回転の速さ、今どき珍しく誰にでも阿ることなく接する姿と人柄に惹かれる財界人も多くいるそうです。

米国一、二位を争う大企業の社長ともお知り合いですしね。」

チラリと西田さんがあたしを見る。


なんなの?これ褒められてるの?ちょいちょい嫌味のようなものを感じるけど、これも道明寺独特の言い回し?


「それに、私が見て知り得る限りですが、牧野さんは誓約書にサインをしたものの、道明寺の監視下に置かれることを望んで受け入れ、自ら勉学に励み、仕事にも邁進していたように見受けられましたが。」

嫌だな、この人。全部分かってて言ってる気がする。


「ちょっと待て。その前に、誓約書だの監視下だの、どういう事だ?なんで牧野にそこまでする?」




「そこは西田、あなたが説明なさい。」

突然、扉が開いて部屋に入ってきた楓さんに、3人ともビクッとしてしまう。


すぐに楓さんの側に行く。思ったよりも早い帰国だ。

「楓社長、お疲れさまです。副社長はMRIの結果、問診共に異常なしとのことですが、頭を打っているので本日は入院、明日の午前中には退院とのことです。」

話しながら楓さんの荷物を受け取る。


「つくしさん、あなたもお疲れのところ悪いけれど、お茶を淹れてくださる?」


急に決まった帰国だ。時差もあるし、長時間のフライトに体も堪えるのだろう。

一つ頷いて応接セットのソファに荷物を置き、特別室に備え付けられている簡易キッチンに向かう。

後ろの方で道明寺が「つくしさん?!」と驚いている声が聞こえる。そりゃびっくりするよね。あたしもびっくりだ。



今あの場を離れられるのは良かった。

さっきから西田さんの話に突っ込みを入れていた。思考が良くない方へ働いている証拠だ。

落ち着いて、冷静に。


さすが特別室。道明寺が検査をしている間に揃えたのだろう、日本茶やコーヒー、紅茶などが置いてある。

楓さんの言うお茶は日本茶のことだ。一つ一つに思い出がよみがえり、こんな時なのに懐かしさに笑みがこぼれた。


人数分のお茶を淹れて病室に戻る。

楓さんはソファに座っていたから、その前のテーブルにお茶を置く。

道明寺と西田さんの分はベッドのサイドテーブルに。



「お茶だけは、つくしさんが淹れたものが一番美味しいわね。」


「楓さんに美味しいって言っていただけるのが、一番嬉しいです。」



穏やかに話す楓さんとあたしを見て、道明寺が驚愕の顔をしている。


「楓さん、司さんの顔がおかしなことに。」


司さん?!と道明寺が一々びっくり顔で反応している。

さっきまで不機嫌だったのはどうしたのよ!










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You belong with me. 5

You belong with me. 5




類たちにあたしの気持ちがバレているのがわかったあの日から1か月が過ぎていた。


この日の午前中最後のアポは類だった。道明寺と花沢の合同事業計画の件でと来たのだが、その件は近いうちに会議があるから特に今、わざわざ類が来る必要もない。

話もそこそこに類は「牧野、もう帰るから下まで送ってくれる?もうお昼休憩でしょ?」そう言ってあたしを連れて副社長室を出る。


前回会った時のことを思い出すと気まずい。会話もなくエレベーターホールまで歩いていると、「ちょっと話せるかな」と類が声をかけてきた。

食堂や休憩室に類を連れて行ったら騒がれてしまうしと考えて、非常階段へ連れて行くことにした。



「非常階段って何だか懐かしいね、牧野。」

階段の手すりに背中を預けて類が話す。


「うん、高校の頃を思い出すね。」

類の茶色い髪の毛がサラサラと風に靡くのを類の横に立って眺めていたら、私の頬を類の大きな手が包んだ。

「牧野。この間言ったことは本当だよ。忘れろって言ったけど、もうあいつのこと忘れろなんて言わない。俺と付き合おうよ。」


類、ごめんなさい。」



あたしが好きなのは道明寺だから。



「うん。返事は分かってるけどね。でも今のあんた、すごく辛そうだから。」

なんで類はこんなにあたしのことが分かるのかな。なんで類はこんなに優しいんだろう。

「ごめんね、類。」

「あんたのごめんねは聞き飽きたよ。でも本当に辛くて身動き出来なくなったら、俺のところにおいで。」

少し寂しそうな顔をしながらそう言って類は優しく抱き締めてくれた。

「ありがとう類。」

「あんたのありがとうも聞き飽きたって言ってるだろ?」

スーツ越しに類がクスリと笑うのが分かった。





「おい、ここは職場だぞ牧野。」

また!なんで急に現れるのかな!

道明寺は非常階段への出入り口の扉に寄り掛かるように立って、こっちを見ていた。

そっと類の腕から離れる。


「類を下まで送って行くって出ていったきり、なかなか戻ってこねぇから探しに来た。受付に聞いてもまだ出てないって言うし、どこほっつき歩いてるんだと、なんとなくここに来てみればこれか。お前ら今までもこうやって俺に隠れて会ってたのか?」

道明寺は眉間に皺を寄せながら、類を睨んで言う。


「牧野が昼休憩に誰と会おうが、司には関係なくない?」

類は無表情で司を見ているけど、なんでこんな険悪な雰囲気になってるの?


そうだな。だが、午後もスケジュールが詰まってる。早めに返せよ。

牧野、何がそんなに辛いのか知らんが、この仕事が辛いなら類に頼んで花沢物産に転職でもさせてもらえ。」




なにそれ。なんで?

仕事が辛いなんて、思ったこともないのに。

禄に話も聞かないで、急にどうして、そういう事を言うの?




道明寺のばーーーか!!!」

道明寺をドンと突き飛ばして類の手を掴み、一緒に非常階段を出て、階段を蹴飛ばす勢いで降りる。

なによ!一応、2年も秘書やってたのに!

秘書として、そんな簡単に転職薦めるほど無能って言いたいわけ?!



司、記憶戻ってきてるのかな。」

類がポツリと呟く。

「まさか!なんでそう思うの?」

と返しても、類はもう何も言わなかった。


今度こそ本当に類をエントランスで見送る。

「牧野、何かあったらすぐに連絡するんだよ。」

また頭をなでなでされながら言われて、「うん。」と素直に返事をすれば、類はニコッと笑って帰って行った。




さっきは怒って思わず道明寺を突き飛ばしてしまったけど、いくらなんでも上司にしていい態度ではなかった。

つい感情が昂ってしまって、再会して初めて道明寺の前で爆発した。

本人を目の前にして呼び捨てにしちゃったし。バカって言っちゃったし。


午後の業務が始まる前にと、急いで副社長室に戻ってノックして、返事も聞かずに慌てて扉を開けて中に入る。

「副社長、先程のことですけれど。」

一言謝罪しようと道明寺を見れば、窓際に立って、ただ外を眺めていた。

副社長がこんな風に今さら景色を眺めてるところは見たことが、ない。


「どうされました、副社長?」

いつの間にいたのか、あたしの後ろにいた西田さんも、いつもと違う、様子のおかしい道明寺に声を掛ける。


「牧野、話がしたい。」

西田さんが訝しげな表情であたしを見る。


「牧野、お前は何でここにいる?」

やっぱり怒ってるよね。

「先程の突き飛ばした件で謝罪を。あれは本当に申し訳ありませんでした。」

こんなの早く謝ってしまったほうがいい。



「そうじゃない。」

そうじゃない?でもそれしか言いようがないけど、土下座までしないとダメだった?!あ、それともさっきの転職のこと?もうクビ決定なの?!

道明寺はずっと外を見たまま動かないから、表情がよく見えない。



「お前、ババァに散々嫌がらせされてたよな?なのに、なんで今、俺の秘書をやってる?」




まさか、そんな。

西田さんも驚きに目を見開き、道明寺を見て尋ねる。

「副社長、もしかして記憶が?」



「牧野、俺が忘れていたのはお前だったのか。」







道明寺の話によれば、さっきあたしが突き飛ばした時に、壁に頭をぶつけたらしい。

それだけ?!それであたしを思い出したの?!

「牧野さん、あなた副社長を突き飛ばしたんですか?」

普段、無表情の西田さんが眉根を寄せてあたしを睨んでる!


「すっ、すみません!勢いというか、副社長に転職を薦められたので少しカッとなってしまいまして。」

「転職その話は一旦置いておきましょう。今はまず内密に副社長を病院に連れて行くのが先です。」


そうだ。なにせ10年振りに記憶が戻ったのだ。あたしが突き飛ばしたせいで、頭も打っているらしいし、診てもらわなくては。

「牧野さん、私が病院に連絡します。あなたは副社長の午後の予定を全てキャンセルして別日にまわしてください。ただし、システム上はそのままで。」

副社長が急に休んで病院に行ったなど、わざわざ大事にするわけにいかない。表面上はいつも通りに。西田さんが冷静に指示を出す。

5年前に日本に帰ってきた道明寺には、ずっと西田さんが秘書として側にいたという。いつか記憶が戻って、もしそれで道明寺がパニックになってもフォローが出来るようにだろう。


もうすぐお昼休憩が終わる。早くしなければ。今日も予定が詰まっていたから、急がないと先方に迷惑がかかる。

秘書室で取引先にキャンセルと再度アポを取り付ける為の電話をしている間に、道明寺と西田さんが副社長室から出てきた。

道明寺はあたしを一目も見ることもなく出て行った。

西田さんがあたしの机の横を通り過ぎる時、置いていったメモには『楓社長に連絡を。』


ついに、この時が来た。


道明寺が婚約するか、記憶を戻すか、どっちが先かと思ったけど

道明寺が記憶を戻した今、あたしのこの先の、これからの未来が決まる。




10年前、道明寺が記憶を失くした。この時点で道明寺はまだ高校三年生だった。

しかし既に社交界に顔は広く知られていて、パーティーに出れば、いくつもの会社の社長たちに声を掛けられていた。

そんな道明寺が一部とはいえ、記憶喪失。

道明寺は事件後の記憶が特に曖昧になっている。後に聞いた話では、事件後NYに来た時、あれだけ罵倒していたあたしのことも覚えていなかったと言う。

人の記憶ほど当てにならないものはない。だから多くの人は大事なものほど紙面などの媒体に残す。

もちろん全ての人に当てはまるわけではないが、記憶喪失になった人は記憶の欠落した部分を「無意識」に補おうとして、事実とは違う事柄を、作り話をする場合もあるという。


いつ戻るのかも分からない記憶。

もし戻ったとしても、今度は記憶が失われていた間の記憶を失う可能性もある。

それだけ脳とは未知で不可解なものなのだ。

これが外部に知られれば、これから先、仕事をしていく上で不利にしかならない。

そんな信用ならない人物では困るのだ。


道明寺 司は、あの道明寺財閥を背負って生きていかなくてはいけないのだから。


この記憶喪失という事実を知っているのは、西門総二郎、花沢類、美作あきら、三条桜子、大河原滋、松岡優紀、中島海、道明寺家使用人頭のタマさん、椿お姉さん、西田さん、そして牧野つくし。あたしだ。



10年前のあの光景を思い出す。

しっかりしろ、牧野つくし。今は仕事に集中しなければ。


とにかく今は楓社長に電話をすることが最優先だ。

楓社長のスケジュールを確認すると、今はカナダのバンクーバーにいる。

日本に来てから普段はメールでのやり取りが主な為、緊急時以外の電話はほとんどしない。流石に緊張する。

なんせ話すことが道明寺の記憶についてだ。携帯電話を手に取り番号を押す。



『どうしました、つくしさん。』

まさかのワンコール。びっくりした。


『司さんの記憶が戻りました。司さんは今、西田さんと病院に向かっています。取り急ぎ楓社長に連絡をと西田さんに指示されました。』

用件は簡潔に。これも楓さんの秘書時代に教え込まれた。


『そうですか。これから日本に向かいます。それまで司さんの仕事は私も補います。必要な案件があればメールで送りなさい。』


楓さんはそう言うと、あっさり電話は切られた。

一件だけ、取引先とのオンライン会議は比較的重要なものだったので、それだけ代わりに出席してもらう。きっと楓社長が出たら取引先の方々はビックリするんだろうな。


全ての予定の都合を付けて、一息つく。

いずれはこの時が来るだろうと思ってはいたけど、目の前で遭遇するとは思わなかった。しかもあたしが突き飛ばしたのが原因とは。


そして類が『記憶が戻ってきてるのかな』と言っていたのが妙に気になった。

やはり類の言う通り、道明寺の中で記憶に関する何かが起こっていたのかもしれない。


いつから?

最近は非常階段で道明寺と会うこともあったけど、人と会うのに選ぶような場所ではない。類だから連れて行った。

なのに、「なんとなく」

今まで戻ってくるのが遅いからと探しに来ることなどなかったのに?

もしかして、初めて非常階段で会った時には何か片鱗があったのだろうか。


止めよう。ここであたし一人で考えても、どうにもならない。道明寺から話を聞いてからだ。

もし話を聞いて何かが分かったとしても、あたしが道明寺の側にこのままいられる可能性は少ないだろう。楓さんには道明寺と接触しないところに異動させられるはず。

もしそうなったら。

あたしには、どんな手を使っても、何をしてもやらなければならないことがある。



道明寺、あたしのこと全く見なかったな

楓さんに散々嫌がらせされてた、か。そうだね、そんなこともあった。

楓さんもビンボーな家の女子高生に、よくあそこまでしたと思う。いや、今も道明寺の言う嫌がらせは続いていると言えるのかも。

とりあえず西田さんから連絡が来るのを待とう。楓さんだって日本に到着するのは、遅くても8時間は後だ。


それまではいつも通りに仕事をしなくては。













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You belong with me. 4

You belong with me. 4





道明寺とあたしの噂の話を聞きたいだけだったのに、あたしの過去の謎まで遡る羽目に。

どうしよう。



「それで。なんでこんな噂が囁かれるようになったのか。」

そうそれ!そこです!あたしから聞いておきながら、早く教えて欲しくて勿体つけて話す美作さんに少し苛立つ。



「司がパーティーに出る時の、パートナーだよ。」

美作さんがニヤリと笑う。


「道明寺財閥主催はもちろん、子会社とか多少なりとも道明寺と関わりがある会社のパーティーは牧野、絶対お前が司のパートナーなんだよ。社外のレセプションパーティーとかは、どこかの御令嬢。分かるか?道明寺の管轄外に、お前は出されない。それで、主催側になると必ず牧野だ。ただの秘書のはずなのに。」


えー!そうなの?!

「でもさ、私は道明寺の秘書だもん。道明寺関連だけってのは、あり得る話じゃないの?」


「なくはないが、極端すぎるんだ。徹底して道明寺関連外に出さないんだからな。道明寺財閥の目が届く範囲にのみ、お前は存在する。まるで守られてるみたいにな。それに噂になった、もう一つの理由がある。」

「もう一つ?」なんだろう。



「牧野。お前、司の秘書になる前はどこにいた?」

2年前に再会してから、この3人には月に一度はご飯に連れて出されるようになった。

会っていなかったなんて感じさせない程に優しい人たち。

今まで誰も何も聞いてこなかった。

いつかは聞かれると思ってたけど、聞かれても答えにくい。一つ話したら全てを話さなくてはいけなくなる。


それ、何の関係があるの?それよりも、パートナーは第一秘書の西田さんが決めてるだけだし、守られてるとかあり得ない。あたしは道明寺のパートナーが見つからない時の、ピンチヒッター的なものだから。」


「ピンチヒッターこそ、あり得ないだろ。司のパートナーをやりたがる女は、いくらでもいる。

マスコミ使って写真撮らせるだけならかわいいほうで、そこからあわよくばなんて薬まで盛るやつもいるからな。司は滅多に女を近寄らせないから、相手も必死になるんだろ。」

西門さんが苦い顔をしながら話してるけど、本当にそんなことする人がいるの?!

美作さんと類を見ると、2人とも苦笑いしてる。


「ちょっとその話はびっくりだけど。でも、噂でもあたしが道明寺の婚約者だなんてあり得ないっつーの。

第一、楓さんが許さないでしょ。」



「楓さん?!お前、司のお袋さんのこと楓さんなんて呼んでるのか?!」

3人がギョッとした顔であたしを見る。



あっ!ヤバい。さっきよりもヤバい。

また口が滑った。あたしのバカ!

思わず自分の口を手で塞ぐ。



「あれだけ散々嫌がらせされて溝鼠まで言われてたのに、どういうことだ?何があった?!」

西門さんが眉間に皺を寄せた顔で詰め寄ってくる。そうだよね、あの頃は滋さんに和也くん、優紀の家にも迷惑をかけた。




「ねぇ、あのさ。」

類があたしをジッと見ながら呟く。



「牧野の高校から大学も就職も行動も何もかも全部、司の母ちゃんいや、道明寺家にかな?見張られでもしてるの?」


心臓がバクバクしてきて、震える手を膝の上でギュッと握る。

誰の顔も見れない。見られたら全てを暴露してしまいそうで、ひたすら俯くしかない。


「ただ、なんで司の母ちゃんが牧野をそこまでして道明寺に置いてるのかが分からないけど。噂の件もあるし、楓さんなんて呼んでるくらいだから、関係は良好?どうしたらそうなる?」


「類!美作さん、西門さん。

本当に今まであたしの為に色々としてくれてありがとう。すごく嬉しい。とても感謝してるけど、でもごめんなさい!今はまだ全てを話すことは出来ないんだけど、いつか必ず話すから。」


みんなをずっと心配させているのに、目線も合わせられず、顔すらも見て話せないあたしは、なんてひどいことをしているのかと辛くなってくる。



「今の俺の話。肯定もしないけど、否定もしない?」

類の顔をチラリと見ると、あたしを真っ直ぐに見ていた。

「ごめんね、類。」


しょうがないね。牧野が話してくれるのを待つよ。」

やっと、いつもの天使の笑顔でニコッと微笑んで、あたしの頭をポンポンしてくれた。あたしも少し落ち着いて類に微笑み返す。




そこに突然、個室の扉が開いた。

従業員は必ずノックをする。こんな唐突に扉を開けるのは一人しかいない。


「司!」

美作さんと西門さんが道明寺に歩み寄るが、道明寺は類とあたしをジッと見ていた。ハッと気が付いて、あたしの頭に置かれたままになっていた手を取って顔を真顔に戻す。


「副社長、今日は直帰ではなかったんですか?明日は朝からNY出張ですよね。」

道明寺の前では、あたしは秘書だ。

副社長のプライベートに干渉は出来ないけど、何かあればスケジュールを変更しなくては。



「司、なんでここに来たの?」類が聞くと、

「今日はここに泊まろうと思って来たら、お前らがバーにいるって聞いてな。ちょっと顔を出そうと思ったんだが。それで、なんで牧野までいる?」

道明寺と合っていた視線が下を向いたから何かと思ったら、まだ類と手を繋いでる!

「ひっ!類!あんたいつまで手を繋いでんのよ!」

類の手を乱暴に振り払うと、クスクスと類が笑う。



「なんだ、やっぱりお前、類の女になったのか。」


「副社長、何度も言っていますが、私は類とお付き合いしておりません。いい加減にしてください。」

本当にいい加減にしてほしい。道明寺の秘書になってからの2年間、類が副社長室を訪ねて来た時、あたしと話しているところを見て何度か同じことを言われていた。



「俺は良いよ、牧野。付き合っちゃう?」

こうやって類はいつも揶揄ってきて、

「もう!類もふざけないで。」ってここまではいつもと同じお決まり会話。だけど、今日の類はいつもと違った。


「牧野。俺は本気だよ。じゃなければこんなに何回も言わないよ。」

「類?どうしたの?」

いつものようにジョーダンだよって言うと思ったのに、違う反応をする類に些か戸惑う。



「いい加減さ、あいつのことなんて忘れて俺にしなよ。」



「類!」

あたしは話をやめさせようと、思わず類の腕を掴んだ。美作さんと西門さんの驚いた顔。

「おい牧野、お前まさかまだ。」

「やめて、類。違う、違うの。そんなんじゃないから。」

なんで急にそんなことを。


「私は帰ります。類、美作さんも西門さんも今日はありがとうございました。副社長も明日は寝坊して遅刻されませんように。」

もう誰の顔も見れなくて、荷物を片手に立ち上がり部屋を出た。




前から類は聡いところがあるとは思っていたけど。

誰にも、類にすら気付かれないように振る舞っていたつもりなのに。失敗した。

あんな風に動揺して帰れば、肯定も同じだ。



あたしはあれからずっと、ずっと道明寺が好きなまま。

道明寺に忘れられても、あたしは道明寺を忘れることなんて出来なかった。

訳あって道明寺家と関わりを持つことになったけれど、秘書として道明寺と対面した時、もしかしたら、あたしを見て思い出してくれるかもしれないなんて心のどこかで一瞬でも思っていた。

そんな希望はあっさりと打ち砕かれたけど。それでも記憶を失ったばかりの頃とは違って、道明寺があたしを拒否しない。

始めこそ無視されたりした。でも今では普通に会話ができることが嬉しい。


わかっていたことだけれど、秘書として側で道明寺が女性と一緒に並んでいる姿を見る度に胸が痛んだ。

だけど、あたしには道明寺に見合うだけの財産も家柄も何もない。あるのは今まで頑張って詰め込んだ知識と培ってきた経験だけ。



もし道明寺が、別の女と結婚したら。

想像しただけで吐きそうだった。


楓さんには、どんな理由があったにしても、今までのことは感謝してもしきれない。今では尊敬もしている。

でも、どんなにあたしが頑張っても道明寺に8年間近づけさせず、最後は仕事でしか一緒にいられないってことを知らしめたかったんだろう。


わざわざ、こんなことをしなくても。


始めからわかってる。今はまだ秘書として近くにいられたらそれだけで良い。

いつか、道明寺に婚約の話が出るまでは。






道明寺とは、あれから何回か非常階段で遭遇していた。

なんで今まで会わなかったのか、不思議なくらいだ。

あたしが叫んでる時に声をかけられることもあるし、道明寺が先にいることもあった。

道明寺が来られる時間じゃない時を狙ってるはずなのに、これじゃ叫べないじゃん!なんて思ったりするけど。

だからといって、いつもみたいに喧嘩腰で話すこともなく、ただ外を眺めて、そこにいるだけのことが多かった。



普段と違う、穏やかな時間だった。








You belong with me. 3


You belong with me. 3




あたしの憩いの場、非常階段。

高校の時とは景色も雰囲気もかなり違うけど、あたしには必要な場所。今日も今日とてあたしは叫ぶ。



「道明寺ー!」

「道明寺のばかー!」

「道明寺ー、なんでよー!」

「道明寺の、女たらしー!」



先日、出席したパーティーで以前に道明寺のパートナーを務めた御令嬢に絡まれた。

化粧室に入った途端、後ろから声をかけてきて、また何を言われるのかと思ったら、秘書のくせに図々しいとか、秘書のくせにでしゃばり過ぎとか、秘書のくせに厚かましいとか。

秘書のくせに秘書のくせにって賑やかなお嬢様だった。

もう少し口を謹んだほうが良ろしいのでは?なんて心で突っ込みを入れながら、ウフフと微笑みスルー。

前は一人ひとり対応してたけど、楓さんに時間の無駄と言われた。それからは無視はしないけど、返事をしないで微笑むだけにした。

そうすると、『お仕事でしか司さんのお側にいられないなんて、お可哀想ね』とか言われる始末。

やかましい。

あたしは秘書として仕事をしているだけなのに、なんでそこまで言われなきゃいけないのか。



「楓さーん!どうしてですかー!」

「つらいよー!」




「牧野、お前ババァのこと楓さんなんて呼んでんのかよ。」

カツンと革靴の音が聞こえたと同時に道明寺の声。


「副社長、盗み聞きは悪趣味ですよ。」



ビックリしたー!!

いきなり現れたけど!いつの間に?!

今まで誰も来たことなかったのに、選りに選って道明寺!

無表情で振り返ってみるけど、大丈夫かな?!今回ばかりは動揺が顔に出てそう!


「てめぇの俺に対する文句に比べたらマシだろ。」

えー、最初から聞かれてた?

ヤバくない?結構言っちゃってるよ、あたし。道明寺って呼び捨てしてるし。


「少し外の空気を吸いに来ただけなのに随分なこと聞いたなぁ?しかも女たらしとは聞き捨てならねぇな、牧野?」

こわぁい。

コイツ怒った顔はちょっとこわいんだよね。本当にちょっとだけど。



「それは仕方ないんじゃないですか?

パーティーでパートナーを務めた女性たちと毎回楽しんでいる様ですし。」


そうなのだ。パーティーのあと、あたしは即!現地解散!そしてなぜか道明寺家のリムジンがお迎えに来て、あたしだけ帰されるのに、あたし以外の時は高確率でスクープされている。

お盛んですね!!もうやだ!


「おい、それは誤解だからな!あれは俺とのスクープ写真を撮らせて話題作りに使われたり、俺と関係を持ったように見せかけて婚約を迫ってきたりだな!」


「副社長。言い訳する男ほど、みっともないものはないですよ。それに、私に誤解されても困ることなんかないと思いますけど。」と冷たく言い返してみる。


!言い訳じゃねぇよ!そもそも俺と一番噂になってんの、おまえだろうが!」


「おまえって誰ですか。私には牧野という名前。」いつものクセで呼び方の突っ込みをしてしまったけど、コイツ今なんて言った?


「副社長。噂とは一番程遠い私を揶揄っても何もならないですよ。それに、どのような噂かは知りませんけれど、その噂が本当だとして、なんで私が副社長と噂にならないといけないんですか。」


俺と噂になって嫌がる女、お前ぐらいじゃねぇ?」と顔を顰めてあたしを非難する。

なにこの自惚れ屋!意味分かんない!


「そもそもに。そんな噂、聞いたことないですけど。」と反論してみるも、

「そりゃ噂なんて、本人にはなかなか届かないもんだが、なんで噂になるのか本当に気付いてないのか?」



どういうこと?

なんで秘書がパートナーとしてパーティーに出ただけで噂になるの?秘書がパートナーって普通じゃない?

そもそもにあんたも当事者なのに、あたしだけ知らないって何よ!


ジッと黙って考えていると、道明寺は呆れた顔をした。

「おまえマジで気付いてなかったのか!

鈍感にもほどがあるぞ。よくそれで俺の秘書やってられるな。スケジュール管理はお前の仕事だろ!」


道明寺がクルクルの髪の毛をかき上げた時に見えた腕時計。チラリと見えた時刻。

はっ!と、こんなこと話している時間がないことに気が付く。

「副社長!次の会食の時間が迫っています!早く戻ってください!」道明寺の背中をグイグイ押して、移動を促す。


「おっ、おい!まだ話は終わってねぇぞ!」

道明寺が叫ぶけど、今はそれどころじゃないから!

「お話はあとです。先にお支度を!」



なんとか間に合わせて道明寺を見送る。

少し遅れそうになったから、一緒に現れたあたしを見た西田さんに無言の圧力を受けた。

スケジュール管理担当のあたしが道明寺の予定を狂わすなど、あってはならない。

それにしても何であたしと噂になるのか。

話はあとでと言ったけれど、道明寺は今日は会食が終わったら直帰だ。

明日は朝からNYに出張でいないから聞くことも出来ないし、少し自分で調べてみるか。







「ということで、手っ取り早くあんたたち呼んだんだけど」

噂を聞くなら、この2人が適任だろうと美作さんと西門さんを誘って飲みに来た。お店の予約をしてくれたのは美作さんだ。


今や次代の経済界を担うイケメン御曹司として、美作さんと類は持て囃されているし、西門さんもルックスを活かして茶道を世界に広めるとか言って、頻繁にメディアに出て活躍している。

こんな人たちが話をすれば、いつも誰かがどこかで聞き耳を立てている。

ましてや今日は道明寺の話。こういう時は信頼の置けるお店の個室になる。

今日はメープルホテルのバーで待ち合わせ。ここは楓さんのお膝元だから、他に比べたら全然安心だ。

類は誘ってないけど、西門さんに聞いて付いてきたらしい。

類はパーティーとか嫌いだから、そういう噂は知らないだろうと思ったんけど。




「俺達を手っ取り早くとか言って呼べるの、お前だけだからな!」と西門さんに睨まれる。


「牧野、ありがとう。おかげで会議に出なくて済んだよ。」

類は今回誘ってないけど。

仕事したくないからって!そういう勝手な行動して、秘書がどれだけ大変か分かってないんだから!

「それで?牧野は俺らに何を聞きたいんだ?」美作さんが切り出してくれたので、率直に聞いてみる。


「最近、道明寺と私の噂があるらしいんだけど、知ってる?」

聞かれた3人はキョトンとして顔を見合わせた。


「牧野、お前は今まで知らなかったのか?」美作さんが少し呆れたように聞いてくる。

類まで訝しげな表情で見てくるけど、みんな知ってたの?本当に気付いてなかったの、あたしだけなの?!


「え、こないだ道明寺から、俺と噂になってるのはお前だって言われたんだけど、私はそんな噂自体が初耳で。」


ハァッと大きくため息をついた西門さんは、

「マジでお前さ、他人の事には敏感なのに、自分のことになると急に超鈍感になるの何なの?てか、司の秘書やってて司の噂を知らないってヤバいだろ。」

そこまで言わなくても良くない?だって本当に噂なんて、聞いたことないもん。西門さんひどくない?


「俺と噂になって欲しいんだけどな。」

どんな噂か知らないけど、あたしの隣に座ってワインを飲みながらのんびり話す類は、ほとんどパーティーに来ない。

たまに来ても、のらりくらりとお偉方の話を躱しながら、気付くとあたしの横にいたりする。



「ちょっと!その噂の内容を知りたいんだけど!」あまりに話が進まなすぎてイラッとする。


「おい、そんな怒るなよ。司んとこでクールに仕事やってるかと思ったらプライベートはこれだもんな!」


「うっさい西門!早く教えてよ!」ギロッと西門さんを睨んでみれば、


「教えてもらうのにヒデェ言い草だなお前は!

あのな、お前は司の秘書をやってるが実は婚約者で、楓社長の計らいで司の側に置いてるんじゃないかって。」

西門さんも負けじとあたしを睨みながら文句を言いつつ、噂の話をしてくれた。けど!


「ちょ、ちょっと待ってよ、何その噂!なんでそんな噂になるの?!」

思わず立ち上がって、正面に座る美作さんのネクタイを掴んでガクガク揺さぶってしまった。

「や、やめろ牧野!落ち着け!」と美作さんがあたしの手を離そうとするけど、これが落ち着いていられるか!

ただの秘書のあたしが、どうしたら道明寺の婚約者になっちゃうの?

類はテーブルをパシパシ叩きながらケタケタ笑ってるし!西門さんはあたしの激昂ぶりに腰が引けてるし!



「私はそんな理由で道明寺の秘書になったんじゃないわよ!あたしが秘書になったのは、むしろその逆で、婚約者になれるわけないってあたしに知らしめる為のようなものだもん!」




「牧野、それどういうこと?」

類の冷たい声が、あたしを射竦める。


うっかり口を滑らせてしまった。

類が冷たい目であたしを見てる。こわい!西田さんよりこわい!あのビー玉のような綺麗な瞳が今はこわい!

「どういうことだ?」と美作さんと西門さんも訝しげな目であたしを見てる。そして美作さんが口を開いた。



「牧野、前からおかしいとは思ってたんだ。

司の記憶喪失のことがあってから、しばらくして牧野と連絡を取らないようになっただろ?

俺らといると司を思い出して嫌なんだろうと思ったし、あの時は牧野の気持ちも考えずに頑張れって言い過ぎたなって、3人で見守ることにしたんだよ。大学まではよかったんだけどな、その大学も疑問だった。」美作さんが真面目な顔で話を続ける。



「おまえんち、ビンボーだったろ?高校だって通うのに大変でバイトしてたのに、そのまま英徳高校を卒業して英徳大学に内部進学した。

相変わらずバイトもしてたみたいだけど、なんでもっと学費の掛からない公立大学に行かなかったのか。お前は成績も良かったから奨学金を受けて公立大学も行けたはずだ。それに、道明寺家の影響が大きい英徳は嫌なんじゃないかとも思ってたんだが。」


「疑問ではあったが、俺らがまだ近くで見守れる距離だったからな。そのほうが都合が良かったし、その時はそこまで深く考えなかった。それで英徳大学は首席で卒業したろ?お前は元々真面目で勤勉だ。流石だと思ったよ。そのあと就職はどうしたのかと思ったら、そこからお前の足取りがパタッと消えた。」


「あの時はビックリしたな。

今まで連絡を取ってなくても近くにいたから安心して油断してた。」西門さんも首を傾げながら話す。


「そこからは美作、西門、花沢で調べても、お前の行方が分からなかった。」

知らなかった。みんながそこまであたしを気にかけて心配して見守っていてくれたことも、探してくれていたことも。


「ここまでして見つからないのは、誰かが牧野を隠してるんだろうという結論になったよ。」

知らなかった。まさか楓さんが、みんなからもあたしを隠してたなんて。


「そうしたら、まさかの司の秘書として再会だ。記憶の戻ってない司が、お前をどうこうするわけないしな。これは司のお袋さんが関わってるんだと確信した。

道理で俺らが探しても見つからないわけだよ。相手はあの道明寺なんだからな。」

美作さんは苦笑いしながら、あたしを見る。なんだか本当に申し訳なくなってきて、思わず俯いてしまう。


「それでも、あんたが司の横にいても元気にしてたからね。でも何年も連絡もくれないのは悲しかったよ、牧野。」ニコッと類が微笑む。でも目が笑ってない。こわい!


「ご、ごめんなさい。まさかそんなにみんなを心配させてるとは思いもしなくて。」チラッと3人を見ると、また美作さんが話し始めた。


「まぁ元気でいるならと、今までどうしてたか聞かなかった。お前から話してくれるのを待ってたのもあるけどな。

そうしてたら、一年か半年くらい前からか?司とお前の噂がまことしやかに流れ始めた。」








You belong with me. 2


You belong with me. 2




「おい。」


おい!この後どこか時間空けられるところあるか?」


「おい!牧野!」


「なんでしょうか、副社長。」


道明寺が怒鳴りながら、あたしを呼ぶ。

「てめぇ、さっきから呼んでんのに無視すんな!」


「覚えの悪い副社長ですね。何度もお伝えしておりますけど、私の名前は牧野です。おいと言う名前ではありませんので。」

副社長だろうが何だろうが、部下の名前はきちんと呼べ。


「今までいろんな方とお仕事させていただきましたけれど、楓社長ですら私をおい!だなんて呼びませんでしたよ。」


「おまえ、マジで子どもかよ。呼び方一つ、そこまでうるさい秘書もいなかったぞ!」

道明寺は顔を顰めながら言ってくるけど、子どもはあんただ。


「副社長も賑やかな話し方をされますね。

それで、時間を空けて何をするんですか?相手によっては空けられますけど、事によっては空けられませんね。」





記憶がなくても、道明寺とはこんなやり取りになってしまうらしい。

再会してまた怒鳴られたりしたら、どうしようなんてグズグズと悩んでた。

でも道明寺は10代の一時いただけの人なんて、思い出しもしなくて。事件前のあたしも、事件後のあたしも、道明寺の中から一切消えていた。

道明寺はあたしが秘書になった当初、存在を無視なんかしてくれていたが、半年経つ頃には流石に話しかけてくるようになった。


「これから類が来るって言ってるんだが。やっぱり無理か?」

「類?」と声に出してから気付く。いけない、仕事中だ。


「花沢様でしたら、30分程でよろしければ空けられますよ。副社長のお昼休みを削ります。」





疎遠になってしまっていた、西門さんと美作さん、そして花沢類。

あたしが大学に入った頃から連絡することも会うこともなくなっていたけど、道明寺が副社長に就任した時、3人が揃って会社まで挨拶に来たのだ。

そこで初めてあたしが道明寺財閥に勤めていることを知ったらしい。

8年振りの再会だった。


いつもあたしを気に掛けてくれていた3人。

再会した当初は不義理をしていたのが申し訳なくて、でも3人は気にすることなく再会を喜んでくれた。



最初に気が付いて話しかけてくれたのは美作さんだった。

「牧野!まさか道明寺財閥にいたとは知らなかったぞ。ずっと頑張ってたんだな。」って相変わらず優しい顔で、今まで会ってなかったなんて感じさせない。さすがF4唯一の気遣い屋さん。


「おっ。牧野じゃねぇか!ずいぶん綺麗になったな!脱・鉄パンしたのか?」

西門さんは、あたしが気を使わないようにか、前と変わらず揶揄うように、おちゃらけて話してくれた。


類はあたしの頭をなでなでしながら、

「牧野、可愛いね。」って昔と変わらない、あのビー玉のような綺麗な瞳を細くして、天使の微笑みをみせてくれた。

久しぶりに会ったのに頭なでなでからの可愛いねって。もう27歳なんだけど、と思わず頬を染めて口元も緩んでしまう。

そんな様子を見ていた道明寺が言った。



「おまえら、牧野と知り合いなのか?ずいぶん親しげだが、類の女だったのか。」



それ、久しぶりに聞いた。8年経ってるのに、また同じこと言うのすごくない?


思わず深いため息をついて、

「相変わらず何度もくっだらないこと言ってるわ」って心の中で言ったつもりが、声に出ていたようで。


?何度もってなんだ?おまえと類が知り合いなのは初めて聞いたんだが。」

F3が顔を見合わせ、そしてあたしの顔を一斉に見る。聞きたいことは分かるけど、顔の整った3人にジッと見られると流石に照れる。


「なんだ?事件直後の記憶もなくなってるのか?」

「みたいですよ。再開して挨拶しても無視されたもん。」

「うーん、この様子だとそんな感じだな。」

「牧野、コーヒー飲みたい。」


ヒソヒソと4人で話していたら、

「おい!お前らは俺に挨拶に来たんじゃねぇのかよ!」と放っておかれた道明寺が怒りだした。

「副社長、すぐに怒るのはどうかと思います。花沢類、すぐにコーヒーおかわり持ってくるね。」


こんな再会だったけど、それから3人はしょっちゅう副社長室に遊びに来るようになった。今は3人とも、それぞれの家を継いでそれなりに忙しいはずなのに。

きっとあたしと道明寺のことを心配してくれてるんだろう。





8年振りに再会した道明寺は、すっかり仕事の出来る男になっていた。

外見は相変わらず整った顔をしていたが、少年らしさはすっかりどこかへいってしまっていた。だからといって、あたしの好みではないのは今も変わりなく、特に道明寺の顔を見ても見惚れることなどない。


道明寺はまず、女と言うだけで、あたしを無視した。

この態度で今までの辞めていった女秘書がどんなだったのかは想像出来る。


仕事とプライベートは別だ。


女と見れば誰しも自分に媚び売って擦り寄って来るとでも思ってんのかと腹が立ったので、あたしも素っ気なく無表情で必要最低限でのみ接していた。

誰も彼もあんたに興味のある素振りをすると思うなよ。




第二秘書のあたしはほとんどが内勤で、社内会議の出欠、他社とのアポイントメントの調整や出張・会食の手配など、スケジュール管理が主な仕事だ。

スケジュール管理を複数人でやってしまうとダブルブッキングしやすいから、これは一人でやらなければならない。


他にも書類・会議資料の作成、来客・電話への対応、贈答品や慶弔品などの選定配送、お礼状作成などは他の2人で手分けして行う。


来客の際はあたしがお茶出しすることが多い。

女だからではなく、高校生の頃に道明寺家でメイドをした経験からか、あたしの入れるお茶は来客からの評判が良いらしい。

たまーに『女秘書が入れてくれるお茶は格別』などと言う社長様もいるけど。


そして出張同行や会食、視察や他社へ赴く時など、対外的なことは第一秘書の西田さんが対応することになっている。

だから普段はあまり道明寺本人と行動を共にすることはないが、唯一、関わらなければならないのはパーティーの時。


その時々で、どこぞの御令嬢が充てがわれるが、どうしても都合が付かない時はあたしがパートナーを務めることになる。

パーティーはあまり好きではないけれど、今は顔繋ぎにとても重要な場所だと理解出来る。

NY時代に楓さんの秘書として、いくつものパーティーに同伴していたから、もうこの雰囲気にも慣れたものだ。




道明寺も始めはあたしをパートナーにすることを嫌がっていた。

「いくら秘書でも、こんなチビのブスを連れて歩けるか!」なんてことを言われた。あたしも道明寺のパートナーに思うところがあったからブスくれた顔をしてたかもしれないけど、そんな言い方はないでしょうよ!


「牧野さんはNYで何度もパーティーに出席していますので、安心していただいてよろしいかと。」

西田さんがフォローしてくれた。

あたしだってもう20代後半よ!チビだろうがブスだろうが、それなりの格好も出来るわ!



実際に正装したあたしを見た道明寺は、特に文句を言う訳でもなく、相変わらずのスマートさで、あたしをエスコートしてくれた

まぁここまで来たら、文句を言ってもどうこうならないのは分かってるんだろう。

西田さんこわいもん。




道明寺に対して、少しも馴れ馴れしく触れようとしない、必要以上に話さない、愛想も素っ気もなくニコリともしないあたしに、どこか思うところがあったのか、段々と道明寺から話し掛けてくるようになった。

美作さんと西門さんがナンパもせずに話しかける女で、あの類が笑いながら気兼ねなく話す姿を見たのもあったのかもしれない。

そういうところじゃなくて、仕事で評価して欲しいんだけど!



少しずつ副社長と秘書としての距離は縮み始めていた。

それでもあたしが秘書になってから2年。

記憶を失ってから10年経っても道明寺は記憶を取り戻しはしなかった。










You belong with me. 1


You belong with me. 1





あの忌まわしき道明寺記憶喪失事件から約10年。

未だに道明寺の記憶は戻っていない。





牧野つくし27歳。

今は道明寺財閥日本支社の秘書課で働いている。

なんで道明寺の記憶が戻っていないのに、今も道明寺と関わりのある仕事をしているのか。

これには深い訳がある。



道明寺が記憶をなくした当時は、とにかく会いに行く度に怒鳴られ罵倒され、そういう扱いをされることに段々と疲れてきていた。

なんでこんなに言われながらも道明寺の元に通っているのか分からなくなりそうだったけど、ただ、好きだという気持ちだけはあったから。

あの島で、道明寺と気持ちを確かめ合ったことが忘れられない。


海ちゃんはいつも道明寺の側にいた。

道明寺にとってあたしはもう何者でもなくなってしまったけど、あたしにとって道明寺は。


好きな人が他の女といちゃついてるところを誰が見たいと言うのか。

本当は道明寺の隣にいるのはあたしだったはずなのになんて思ったこともある。

せっかく道明寺のお母さんに1年もらったんだけどな。

西門さんや美作さん、桜子たちからは毎日のように頑張れ、きっと側にいれば司の記憶も戻るだろうからと励まされた。

でも道明寺に怒鳴られて追い出されてを繰り返していたら、段々と精神的にキツくなってきて、みんなに頑張れって言われるのも辛くなってきてしまって、励まして応援してくれてるのに申し訳なくて。

悲しくて辛くて、あたしも次第に道明寺邸に近寄らなくなっていった。

気が付いた時には、海ちゃんもいなくなっていたと聞いた。


少しずつみんなとも会うのを避けてしまうようになり、いつしか疎遠になった。

そして、いつの間にか道明寺はNYへと旅立っていた。




道明寺と出会ってからは怒濤の日々を過ごしていたから、道明寺のいなくなった穏やかで静かな環境に、ささくれだった心も少し落ち着いてきていた。

だけれど、ポッカリと空いた心の穴が埋まることもなく、この先の未来をどうしようかと考えていた頃。

突然、道明寺 楓があたしの自宅に現れた。


一体、何しをに来たのか。

もう道明寺とは一切関係ないし、なんせアイツは、あたしのことだけ忘れてる。


あれだけ人のこと振り回しといて、忘れられてポイってされたあたしの心を返してよ!


そう叫んで追い返してやりたいけど、あたしが道明寺と関わりがなくなったことは、この人が一番分かっているだろう。

ならば何故、今になってあたしのところに来るのか。

あたしがいなければ、あの島に行くこともなかったし、刺された理由がどうであれ、行かなければ刺されることもなかっただろう。

もしかしてそこ?慰謝料や治療費を払えとか、そういうこと言われる?!

内心ドキドキしながらも、とりあえず飲みはしないだろうお茶を出す。道明寺 楓はチラリと湯呑みを見たけれど、結局最後まで手を付けられることはなかった。分かってたけど失礼しちゃう。

一応、道明寺邸のタマさん仕込みなんだけどな。



そして道明寺 楓が話し始めた内容に高校生のあたしは驚いた。ただ、それもそういうものかと納得するしかなくて、同意した。

これは道明寺がいなくなってから、ぽっかり空いた穴を埋めるものが見つかったと思った。


やるしかない。今のあたしには、それしか術がない。

これは、あたしの夢だ。


例えそれが何年かかってでも。



そして10年後。

あたしは今、道明寺財閥副社長の第二秘書をしている。

2年前に日本支社の秘書課に配属された。

英徳高校に通っていた時には考えられなかったが、あの道明寺 楓とは今では「楓さん」「つくしさん」と呼び合う間柄にまでなった。10年ってすごい。


10年前に楓さんに突撃訪問されたあとも英徳高校に通い続け、そのまま英徳大学に進学。大学を首席で卒業したあと、道明寺財閥に就職。

いきなり道明寺財閥NY本社配属となったものの、メールルームスタッフとしての勤務から始まった。

それからの2年間、業務や同僚たちに慣れた頃にまた違う部署へと異動を繰り返し、最後は楓社長の秘書として1年間働いた。


日本に戻って秘書課に配属になってから、NYからの異動ということもあり、楓社長の秘蔵っ子と噂され(強ち間違ってないかも)、しかもいきなり副社長秘書。

副社長の秘書は4人、その内3人は男性。女性が配属されたのは初めてではないが、どの女性秘書も1ヶ月持たなかったらしい。

また今回も楓社長の秘蔵っ子とはいえ、すぐ辞めるだろうと思われていたが、1ヶ月経っても辞めず、まさかの2年。1ヶ月以上保った時点で、しばらく社内はざわついたと聞いた。


秘書課に限らず、主に女性の先輩社員や同僚から陰口を叩かれたり、地味な嫌がらせをされた。そういう事は高校時代に散々経験しているし、それをどうのこうの言うつもりもない。あたしはあたしの仕事をしている。それだけ。

それでもNY本社では実力主義よろしく、向上心ありきで誠実に確実に熟していれば、こんなことはあまりなかったから、多少なりともストレスが溜まっていた。




そんなあたしの社内で唯一のストレス発散方法は、支社ビルの屋上へと続く非常階段。

屋上に続く階段の1階下に出入り口がある。そこを出ると結構広めのバルコニーのようになっていて、外へと出られるのだ。


ここを見つけた時、高校時代を思い出した。

高校と違って、ここの非常階段は高層階にあるから、誰かに聞かれることもなく、叫びたい放題だ。

もちろん外だから、夏は暑いし冬は寒い。誰もここから外に出られると知らないのか、今まで誰にも会うことはなかった。



「道明寺のバーーーカ!!!」

「道明寺の怒りんぼーーー!!!」

「道明寺の髪の毛クルクルーーー!!!」



あの記憶喪失事件の後、いつの間にかNYへ行った道明寺。

渡米してすぐは荒れ狂っていたようだけど、次第に落ち着いてきたと言う。

まぁ見た目は良いせいか、熱愛だの何だのと常にゴシップ誌を賑わせていた。あんなに女嫌いだったのにね!

それでも道明寺は様々な女性との噂や熱愛スクープはあるものの、特に婚約とか結婚とかのニュースがなかったのは不思議だった。


そしてあたしが大学を卒業して渡米すると、今度は道明寺が日本支社の取締役として日本へ帰国。

その後も常務、専務とトントン拍子に道明寺は昇進していった。


要はずっとすれ違いで、あたしが日本へ帰国するまで道明寺とは会うことがなかったのだ。これはきっと楓さんが仕組んだことだろうと思っている。

それこそ記憶をなくしてすぐの道明寺は、あたしにだけ敵意剥き出しだったし、楓さんからしたら、あたしたち2人を引き離すチャンスだ。記憶を失っている間に後継者教育をもしようという判断だったのだろう。



そしてあたしが日本への帰国すると、秘書課に配属が決定。

今まで道明寺財閥で仕事をしていて、これほど複雑な気持ちになったことはなかった。

あまりに困惑し過ぎて、思わず上司になぜ秘書なのか直談判したけれど、

「楓社長のご指示ですので。」

それしか言ってくれなくて、そんなの絶対命令の理由なんて聞けないやつじゃん!って言わないけど、顔に出ていたらしく。

「牧野さん、秘書としてあるまじき顔になっていますよ。」と真顔で言われた。

なによ!とんでもない顔って!

いくら上司でもひどくない!そう思っても、やはり口に出せないから、小休憩の時に非常階段へと向かうあたし。

「道明寺の、クルクルパーーーー!!!」


はぁ、ちょっとスッキリ。

なにもかもスッキリではないけど、この現代社会で仕事中に叫べる所ってなかなかない。

専ら叫ぶことと言ったら道明寺のこと。



今あたしが秘書をしている副社長は、あの道明寺 司。


あたしが日本へ帰国するのに合わせたかのように、道明寺が副社長に昇進。

副社長第一秘書は西田さんだ。

そしてあたしは副社長第二秘書の辞令。


楓さーん!

なんでこのタイミングなんですか?!

今まで8年も会わせないでいたのに!