You belong with me. 後書き
You belong with me. 後書き
「You belong with me.」を最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
「You belong with me.」のテーマは、「つくしちゃん、執念の10年間」でした。
「You belong with me.」は、「あなたは私と結ばれる運命」とか、「あなたは私と一緒にいるべき」とか、そういう感じの意味です。執念めいたものを感じますね。
一度は書いてみたかった、道明寺の記憶喪失ネタです。
またしてもありきたりな感じですみません。
このお話は、つくしちゃんに「あんたは、あたしの男なの!」って言うセリフを言わせたかっただけです。
つくしちゃんこだわりの名前で呼べのセリフですが、何だかんだ理由を付けつつも、前みたいに「牧野」って道明寺に呼んでもらいたいが為です。
とにかく、つくしちゃんが道明寺の為だけに10年間過ごす。
道明寺の側にいたい、その為なら道明寺の両親さえも脅してやるっていう。
おかげで『企業犯罪』を検索しまくりました。
これがどれ程の脅迫になるかは分かりません。字面で凄そうと思って書いたので、大したことなければご容赦ください。
まぁでも、結局は道明寺のお父さんとお母さんの掌で転がされてたわけですが。
そして、楓さんがめっちゃ話す。
いや、楓さんに限らずなんですけれども。
これはもう、はらぺこ02の限界でした。すみません。
登場人物に話をさせないと、どうにもならないとか、文才のなさを露呈しました。
書いていくうちに辻褄が合わなくなってきたり、自分の中では完結していても、何回も推敲していると、これを入れないと読んでる人は分からないんじゃないかとか考え始めて、セリフが長くなる。悪循環でした。
うさぎのぬいぐるみのお話も入れるか入れないか悩みました。
でも、あれが楓さんとつくしちゃんのターニングポイントかなと思っています。
あの道明寺が重体になった場面で、こんな母親でかわいそうってつくしちゃんに言われたからなのか、うさぎを司さんの身代わりにしちゃいけないと思ったのか、そこは楓さんじゃないと分からないですが、うさぎのぬいぐるみを捨てましたよね。
でもそれを見て拾った人がいて、それを拾った人がこのことを伝えたいと思った人がいた。
その話を聞いて、楓さん相手でも素直にごめんなさいと言える子だったから、そんな子が司さんの側にいてくれるならと、楓さんはうさぎを受け取らないで、つくしに託した。でも全てを許したわけではない。って言う、はらぺこ02的な解釈です。
あと、初めてRを書きました。
楽しかったです。はい。
10年前の呪い…じゃない、言霊です。
こわいですよね、言霊。
28歳と27歳の童貞処女設定にしましたけど、この歳でそこまで恥ずかしがったりとか、躊躇うとかって流石にもうないかな、と。
道明寺の上半身裸を見てびっくりしちゃったけど、もうヤッちゃえって。
ここまで来たら、身も心もあたしのモノですからね。
あと、土星のネックレス。
これもどこで入れるのか悩みました。
道明寺の記憶が戻ってからのつくしちゃんは、道明寺と対面する前、病室の扉を開く時に胸元に手を当ててます。
病室の扉を開けるシーンは2回ありますが、これです。
服の上から握り締めさせるかとも思いましたが、仕草としてはあからさまに不自然だし、ブラウスに皺が寄るのも大人の女性として身だしなみ的にみっともないと思ったので、手を当てるだけです。
記憶の戻った道明寺に、運命共同体と信じていたいけど、10年の月日に不安が付き纏う。そんな時に力をもらっていたっていう。
そして、今回のお話を書きながら思いましたが、道明寺のことがめちゃくちゃ好きなつくしちゃんを書くのが好きみたいです。
はらぺこ02の中のつくしちゃんは、道明寺が大好きなんですよ。素直に言えないだけで。
こんなことを言ってますが、次のお話は類つくです。
短いです。3話で終わります。
この類つくは、「You belong with me.」の最終話を推敲している間に浮かんだお話なんですが、ハピエンつかつくの最中に、つかつく破局から始まる類つくを思い付いたので、若干脳内が混乱しました。
こちらもお楽しみいただければと思います。
それではまた。
はらぺこ02
You belong with me. 19(完)
You belong with me. 19(完)
エレベーターから降りてきたのは、女性を抱きかかえた道明寺財閥日本支社副社長。
女性を抱えたまま歩き出し、突然のことにまわりの社員も、来社していた他社の人も注目する中、しんと静まり返るエントランスホールの真ん中でピタリと止まったかと思えば、彼女の耳元で何かを話したあと、優しく労るような動作でその女性を降ろし、片手を握ったまま片膝を付けて跪く。
「牧野。俺がお前を幸せにしてやる。お前も俺を幸せにしろ。」
「ちょっと!なんでプロポーズまで俺様なのよ?!そういうとこ10年前と変わんないわよね!」
「返事はイエスだろ?ほら、早く俺を幸せにしろ。」
「もう!しょうがないなぁ、あたしがあんたを幸せにしてあげる!」
副社長は立ち上がり、再びこの女性を抱き上げキスをしたあと、微笑み合いながら歩きだし、そのままエントランスを出て行った。
なにその動画!!!
誰よ!誰がそんなものを撮って拡散させたわけ?!
恥ずかしすぎてどうにかなりそう…!
道明寺財閥日本支社のエントランスホールど真ん中でされたプロポーズ、あの時は周りが見えてなかった。
道明寺にしがみついたままだったから、いつの間にかエントランスにいたのも気が付かなかったし、そのあとも道明寺しか見えてなかったから、知らなかったの!
まさか周りにあんなに人がいて、しかも動画まで撮られてたなんて…!
このプロポーズのあと、本当にそのまま役所に行って婚姻届を出した。
あの時、指輪はなかったけれど、後日改めて夜景の見えるレストランで大きい石の付いた指輪を贈られた。
そして婚姻届けを出したその日から、夫婦なのだから一緒にいるべきと道明寺に押し切られ、一度だけ荷物をまとめに帰ったきり自宅に戻ることはなく、気が付けば道明寺のマンションに引っ越していた。
今、道明寺と住むマンションの、広いリビングの大きいソファの隅で、丸っこく蹲るあたしを丸無視して話す人たちがいる。
ここにいる6人、美作さんと西門さんに類、滋さんと桜子と優紀は、あたしと道明寺の知らないところで密かに、10年間ずっと連絡を取り合っていたらしい。
道明寺の記憶が戻ったことは類から美作さんに、美作さんからみんなに伝わり、道明寺財閥からの副社長結婚のニュースリリースと、今回の動画が拡散したことで全員の知るところとなった。
滋さんも桜子も、優紀も。みんなと泣きながらの再会だった。
お互いにごめんねを言い合って、この10年を話した。
「いやー、滋ちゃん本当に良いもん見せてもらった!もう一回見よっと!」
「しかし司の母ちゃんも父ちゃんもエグいな。結局は全て跡取りの司の為なのは分からなくもないけど、それで一人の女を10年も監視して縛り付けるってすげーよ。
たまたま牧野が司のことが大好きで側にいたいが為に、司の母ちゃんたちの話に乗ったのかもしんねぇけど。」
「え、一般市民の私からしたら、全く分からない話なんですけど…。」
西門さんと優紀も男女の関係はないけど、今でもたまに連絡を取って会うこともあるとか。
「それにしても人一人の人生、何だと思ってんだ?しかも、お前の意思、丸無視じゃねーか。まさに非人道的過ぎて、お前裁判でもしたら勝てるんじゃね?」
「牧野、コーヒーおかわりちょうだい。」
「類!コーヒーばっかり飲んでないで、お茶も飲みなさい!胃を悪くするわよ?
西門さんも!説明したでしょ。私が選んだことなんだから、裁判なんて意味ないわよ!」
「しかし10年もすげぇわ。もう執念だよな!側にいなかっただけでストーカーだよ。」
そこは自分でも思わないでもなかったけど、いくら美作さんでも、人に言われると嫌な気分だ。
「要は司が牧野と出会って変わったからこその話でしょ?俺らだって、牧野がいなかったら今頃、酷い経営してたかも。」
類〜!良いこと言う!
「牧野と出会う前の司はマジで酷かったもんな。目が合っただけで相手を殺しかねない勢いだろ?そんなんで仕事させたら訴訟問題だらけで、さすがの道明寺財閥も潰れてたかもな!」
この美作さんの言葉には、みんなが一斉に頷く。
「お前らいい加減に帰れよ!」
言われっ放しの道明寺が遂に青筋立てて怒りだす。
「司!お前は何も言えねーからな!」
「そうですわ。道明寺さんが先輩を忘れてしまったのが全ての始まりですもの。」
「つくし、本当に良かったね。」
数年振りに再会した優紀が、あたしの横に座る。
「優紀も、誓約書にサインしたんだって…?」
「うん。でも、あの頃つくしを側で見てたからね。そういうものかって自然に納得してたよ。」と笑いながら話す。
「それにしても先輩、道明寺さんのお母様たちを脅迫するつもりだったと仰いましたけど、どんな内容だったんです?」
桜子が興味津々と言った風に聞いてくる。
「聞かないほうが良いと思うけど…。」
「おっ、それは興味あるな。脅迫出来る程ってのは、中々ないぞ?」
美作さんも身を乗り出して、聞く気満々だ。
道明寺もそんなに大したことないと思ってるのか、話してみろ!なんて言ってる。良いのかな?
「えーと、A社のM&Aの不正リスクDDで発覚した個人情報漏洩隠蔽の件でしょ、C州の市庁舎建設に関する競争入札での談合の件とか、R社の未公開情報によるインサ「おい!」…とか、N社に対する優先的地位の濫用による独占禁止法違反に関して、内通者を「おいって!」…とか。ん〜、あとはI国の原油パイプライン!そこの担当大臣に贈賄…「牧野!やめろ!」
大声で叫んで、あたしの話を遮る道明寺。だから言ったのに。
「…牧野、どこでそういう情報を?」
美作さんも薄々知っているところもあったのか、訝しげに聞いてくる。
「一部はNYにいる時かな。2年間いろんな部署を回ってたでしょ?一番下っ端からだったし、東洋人だからか、かなり幼く見られるみたいで。語学も弱いと思われてたのかしらね?楓さんにも、あたしが実際どこまで何か国語話せるかまでは教えてなかったから。
司の秘書になってからも、私はほとんど内勤で司と行動することはなかったから、社内では顔もほとんど知られてないし、暇を見つけてはこっそりいろんな部署に忍び込んだりね!
みんないーっぱいお話してくれたわよ。会社も社員も、コンプライアンス見直したほうが良いかもね。」
うふふと笑って話せば、なぜかみんな引き攣った顔をしていた。
「司、おまえ、何てことしたんだ。道明寺財閥ダメだろ!なに記憶なんか失ってたんだよ!」
「こわい!つくしがこわい!10年で人ってこんなになるの?!」
「いくら社員たちが話してたって限度があるだろ!どうやって知るんだよ、こんなこと!」
「あとは、おじさまたちかなぁ。」
小首を傾げて話してみれば、道明寺も驚く。
まさかの情報源がおじさまとか、まずは考えないわよね。
「親父?!」
「うん。ほら、NYにいた時は道明寺邸にお世話になってたでしょ?お夕飯なんかは時間が合えば、おじさまや楓さん、椿お姉さんとも一緒に戴いたりしてたの。その時におじさまと楓さんがね、あれ、何語だったかなぁ。スペイン語か、いや、アラビア語?あ、広東語だったかな?とにかく、こっそり話してるの聞こえちゃった!」
「こっわ!なになになに?!アラビア語?!そこまで?!」
滋さんが叫んでる。美作さんと西門さんは無言になっちゃうし。
「牧野、あんた、道明寺財閥どうするつもり?」
類がクスクスと笑いながら聞いてくる。
「そうねぇ、恨みが全くないわけではないし…、どうしようかな?」
チラリと道明寺を見てみたら、なんとも言えない顔。
確かに、道明寺が記憶をなくさなければ、こんなことしなかったし。でも。
「司、安心して。この10年、あなたの為だけに生きてきたの。あたしが一緒にいる限り、これからも道明寺財閥は潰させやしないわ。」
にっこりと微笑んで道明寺を見れば、ホッとしたような顔をするからおかしくて。
「ねぇ、つくしって楓社長の秘書もしてたんだよね?てことは、他社の情報も…、」
「滋さん!やめときましょう!」
桜子が滋さんの口を手で庇って話を遮る。
そうだ、一つ聞きたいことがあった。
「美作さん、あたしと司の噂のことだけど。もう一つ理由があるって言ってたよね?それって何?」
ずっと気になってた。楓さんもその話はしなかったし。
「あぁ、噂にはなってたんだ。楓社長が相当気に入っていて、マスコミに写真すらも撮らせない秘書を付けてるって。楓社長はよくテレビにも出るし、付いてる秘書も自然と写ったりするが、その秘書は絶対にメディアに出ない。
楓社長に付いてるくらいだから優秀なのは間違いないだろうが、他社に引き抜かれたくないのか、常に楓社長や社員が側にいて、なかなか声も掛けられない。
その秘書をNYのパーティーや会食、会議の場か何かで見た経営者が、今度は日本で司の秘書として現れたのを見つけたんだろうな。そこから、楓社長の噂の秘蔵っ子が息子の副社長に付いた、これはもしかして婚約者なのかって噂が一気に拡がったってわけ。送り迎えは必ず道明寺家の車だしな!」
全然知らなかったし、全く気が付かなかった。
おじさまがあたしと司を結婚させるつもりだったとしても、賛成しかねていたはずの楓さんが、いつからどこまで考えていたのか検討もつかなくて恐れ入る。
やはり敵には回したくない人だ。
「しかし牧野が10年間も司の為にって言うのが信じらんねぇな!」
まだ西門さんが何か言ってるけど。
「だって、花盛りの10代に、こんなにしつこい男に追いかけられて、今さら普通の恋愛なんて出来ないわよ!だから良いの、あたしは司さえ側にいれば、それだけで幸せなんだから!」
「な、しつこいは余計だが、こんな素直な牧野は想像してないだろ?」
道明寺がそう言いながら、あたしのそばに来て包むように抱きしめる。
運命が自分たちの意志に関係なく巡ってくる幸、不幸だと言うのなら、それが不幸だと諦めた時点でおしまいで。
あたしと道明寺はその幸せを掴むのに10年掛かっただけのこと。
どこでも、どの瞬間にも、大切な人が目の前から突然いなくなることがある。
だからこそ、これまでの10年よりも、もっと多くの時間を一緒に過ごしたいと思える人を諦めないで良かったと思いながら、道明寺にキスをした。
fin.
You belong with me. 18
まぁ、うちの両親は小躍りして喜んで、反対なんかしないだろうけど。
You belong with me. 17
You belong with me. 17
それから、あたしと道明寺は一緒に布団に包まって、眠くなるまでいろんな話をしながら眠りについた。
道明寺が副社長になってから、こんなゆっくりしたお休みは初めてだねって言いながら。
翌朝、下半身に違和感はあるものの、これなら一緒に会社に行けると準備をしようとしたけど、スーツがないことに気が付いた。
どうしようかと相談したら、レディースのブランドスーツ一式と化粧品類を出してきて、昨日のうちに邸の使用人に持って来させたと言うから、有難く使わせてもらった。
西田さんが迎えに来て、あたしが一緒にいるのを見ると開口一番、至極真面目な顔で、
「公私混同はやめてください。」
と言われた。
ちゃんと秘書の仕事は今まで通りやるわよ!失礼だわ!
それに、それを言うなら公私混同を一番してたのは、おじさまと楓さんでは?!
息子の為に、人ひとり10年も監視し続けて、秘書にさせてるんだから!
道明寺財閥日本支社。
今日もエントランスの車寄せにリムジンが停まる。
副社長の出社に遭遇出来るのは運が良い。
いつも通り、副社長と第一秘書の西田さんが降りてくる。
しかし、今日はいつもと違う。第二秘書も一緒だ。初めてのことに社員たちは、ざわめいた。
何やら朝から随分と騒がしい。
「副社長、出社の時はいつもこうですか?」
あたしはいつも、道明寺より先に出社して準備をしている。一緒に出社というのは初めてのことだ。
「大体こんなもんだが、今日はいつもより少し騒がしいな。」
「ふぅん、何ででしょうね?」
「何でだろうな?それよりもお前、大丈夫か?」
少しだけ口角を上げて道明寺が聞いてくる。
出た。道明寺スタイル。何が大丈夫なのか、はっきり言ってよ!なにが大丈夫だって?
「何がでしょう?」
そう聞くと、道明寺が顔を寄せてきて、耳元で「体、キツくないか?」って、道明寺!
思わず道明寺の背中を音が出るほど強く叩いてしまった。
「いてぇな、そんな怒んなよ。」って笑いながら歩く道明寺とあたしを、呆れ顔で見ている西田さんがいた。
副社長の背中を叩く秘書に、それを笑って許している副社長。
あの副社長が笑ってる。
あの滅多に笑わないと言われる副社長が、秘書とはいえ女性に向かって笑いながら話しかけているという事実は、瞬く間に社員たちの間で広がった。
「牧野さん。」
秘書課の先輩社員で専務付きの高梨さん。
とても綺麗な人で、スタイル抜群、仕事も出来るとあって、社内で一番モテる女性だ。
午前中の小休憩にコーヒーでも飲もうと給湯室に来たら、声をかけられた。
「あなた、今朝エントランスホールで副社長に暴力を振るったんですって?どういう理由があったにせよ、秘書課の人間として恥ずべき行為だわ。」
高梨さんが道明寺に好意を持っているのは知っていた。というより、秘書課公然の事実だ。
前の女秘書がいなくなった時、次は高梨さんが副社長付きになるのだろうだと思われていたらしい。
なのに蓋を開けてみれば、いきなりNYから来た小娘だもん。目の敵にされるされる。
「すみません。」
事実はどうあれ、確かに良くない。素直に謝ったけれど。
「牧野さん、エントランスは会社の顔よ。取引先の方もいらっしゃるのに、そんなところで副社長になんてことを。あなたはNYからの異動だし、仕事だけは出来るようですけど、今回のことはどう責任を取るつもり?副社長付きは相応しくないと思いますけど。」
あー、責任取って副社長の秘書を辞めろってこと。結構、無理矢理じゃない?
「責任、ですか?」
「そうよ。副社長に暴力を振るい、社の入り口で評判を落とす行為をしたのよ?分かるでしょう?」
「それを決めるのは高梨、お前じゃねぇな。」
「副社長!」
いつの間にか道明寺が給湯室の入り口に立っていた。
給湯室は秘書室の隣にあるが、役員室とは反対側にある。つまり、わざわざ給湯室に来たってことになるけど、何しに来た?
「しかし副社長、牧野さんがしたことは、秘書課の人間の前に、道明寺財閥の社員としての自覚が足りないと思いますが!」
高梨さんが道明寺に訴える。
「責任な、責任なら牧野が取ってくれんだよな。」
ん?道明寺を叩いた責任だよね?
え、秘書辞めなきゃだめ?
「お前、昨日の夜に責任ならいくらでも取ってやるって俺に言っただろ。」
「ばか!それは違う話でしょ!」
思わず叫んで突っ込んだけど、言葉選びを間違えた。一昨日までの、冷静な牧野つくしはどこ行った!
「牧野さん!副社長に向かって馬鹿とは何事ですか!」
ですよね、流石に分かってます!
この流れを見ていた道明寺が笑ってる。
「ちょっと!あんたのせいでしょ!なに笑ってんのよ!」
「牧野さん!副社長にあんたって、先程からどういうつもりなの?!いくら2年間秘書をやっていたからって、副社長に対して言って良いことと悪いことがありますよ!」
あー、もうめんどくさい!全部こいつのせいじゃん!
「副社長!責任ってどう取ればいいですかね?!」
「つくしさん、大声を出して何事ですか。」
突然現れた楓さんに、高梨さんがびっくりして固まってる。
「楓社長、今日はどうされたんですか?NYにお帰りになられたかと思っていました。」
楓さんもなんで給湯室の前にいるの?ここ通らなくても役員室行けるよね?
「あなた達のことで総帥から伝言を預かってます。」
「おじさまから伝言ですか?」
そういえば、婚約の話はどうするのかな、なんて思ってたら、楓さんはあっさりと告げた。
「明日、婚約発表しますから。そのつもりで。」
明日?!
「随分と急な話だな。」
道明寺も明日と聞いて少し驚いている。
あたしもびっくりだ。
「早く孫の顔が見たいそうですよ。」
そんなことを楓さんは言うけれど、せっかち過ぎない?!そんなことで明日発表するの?!
「それは心配ねぇよ。な、牧野。」
ニコニコしながら道明寺が話すから、恥ずかしさのあまり、道明寺の腕を叩く。
「道明寺!楓さんの前でやめてよ!」
「なんだよ!誤魔化したってしょうがねぇだろ!昨日だって、」
「誤魔化すとかじゃなくて!デリカシーの問題!」
昨日だって、って何よ!何を言うつもりなの、この男!
「あの…、」
横から声が聞こえて、そちらに顔を向ければ高梨さん。
ここ、給湯室!こんなところで話すことじゃない!とんでもない話をしてるんじゃない?!聞いてたよね?!
「あなた、明日まで他言無用ですよ。秘書ならお分かりね?」
楓さんがいつものポーカーフェイスで高梨さんに向けて話すけど、なぜだか、いつもよりすごい圧力を感じる。
道明寺は平然としてるし、なにこれ。
「どういうことですか?牧野さんは、一体、「お分かりね?」
被せてきた!こわい!高梨さん逃げて!
「でも!牧野さんは、」
「高梨さん、戻りましょう!これから専務は会議じゃありませんでした?
副社長は決裁の書類が溜まってます。このあと会議もありますから、早く処理してください。」
さあさあと高梨さんの背中を押しながら、道明寺に声をかけ給湯室を離れる。
コーヒー飲みたかったのに!
でもあのままいたら、高梨さんクビになりかねない。
「つくしさん、あとで副社長室に来なさい。」と声をかけられたので、はーい!と返事をして急いで秘書室に戻ると、一言二言話していた楓さんと道明寺も役員室の方へと歩いて行ったのが見えた。
「牧野さん!あなた、一体なんなの?!社長を楓さんと呼んだり、副社長を呼び捨てにしたり!どういう関係なの?!まさか、副社長に秘書としての立場を使って色仕掛けでもして取り入ったのかしら?!」
人聞き悪いこと言わないでよ!もう、本当にめんどくさい!色仕掛けしようとしてたのは、あなたでしょ!
道明寺の前ではいつもよりボタン多く外したりして胸元開けてるの、知ってるから!
「すみません、楓社長に呼ばれてますので!」
そう言って、どうにか秘書室を抜け出したけど、一昨日から一気にいろんなことが起こりすぎて、わけが分からなくなりそう。
一昨日、道明寺の記憶が戻ったばかりなのに。
明日、婚約発表ってどういうこと?!
You belong with me. 16
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「それで?お前の長期計画ってどんなんだったんだ?」
あ、それを聞く?
「えー、別にどんなんでも良くない?今こうして道明寺と一緒にいるんだし。」
「10年はデカイな。そんなに素直に俺を受け入れる牧野は想像出来なかった。」
唐突にそんなことを言うものだから、堪らず顔も赤くなってしまう。
「あたしの長期計画の話を聞きたいなら、コーヒー淹れて!」
はいはい、と素直に淹れようとしてくれる道明寺だって想像してなかったもん、と小さい声で言えば、「牧野以外にしたことねぇよ。」と返ってきて、思わずニンマリ笑ってしまう。
しばらくして道明寺がコーヒーを淹れて戻ってくると、コーヒーをリビングテーブルの上に置いて、あたしの隣に座る。
「本当に長くなるよ?大筋は楓さんや西田さんの言った通りなんだけど。」
「全部じゃないだろ?お前が何を考えてたのか知りたい。」
あたしはコーヒーを一口飲んでから話し始めた。
「あのね、誓約書に関してはさ、高2のあたしでも何となくは理解出来たのよ。短い期間だったけど、あんたの家の大きさは多少なりとも分かったからね。
あたしも楓さんにクソババアなんて言ったこともあるし、あんたを追いかけてNYまで行ったこともあったし?信用されてないのは分かってたから、誓約書を出されて監視下に置くって言われても疑問には思わなかったの。
学校も英徳は道明寺家の寄付金が一番多いんでしょ?監視しやすいところにいてもらう、その代わり大学まで学費は出すって言うから。
これ聞いた時に、あたしのやるべきことが見つかったって思った。あんたがいなくなってから、何もやる気がなくなっちゃって、自分の未来が見えなかったの。あの時は、どうしたら道明寺といられるのかばかり考えてたから。」
ギュッと横から抱きついてきた道明寺に、
まだ話し始めたばっかりなんだけど、と話を続ける。
「道明寺家に監視されるからこそ、あたしが道明寺を諦めなければ、あんたに再会するチャンスがあると思って。だから、どうしたらあんたに近づけるか考えた。理由はどうあれ、お金を出してもらってる以上は無駄には出来ないし、見られてるからこそ、可能性に賭けた。
どこまで監視されてるのか分からなかったけど、道明寺本人に近づくには、道明寺財閥に入社が大前提。その為には武器がないとね。」
「あたしが英徳大学に入学する頃は、道明寺はまだNYにいたから、まずはNYで仕事をすることを目標にした。その為に語学力は絶対でしょ?学費の心配はなかったから、アルバイトもして、その分を語学勉強に注ぎ込んだ。学部も少しでも道明寺に近づきたい一心で経済学部にして。もう、とにかく必死で。
楓さんはさ、あたしの想いはどうでもいいだろうけど、使えるものは使いそうじゃない?」
高校生のあたしは道明寺の好意を受けるのに精一杯で、何の努力もしてなかったから。
「で、3年生の時にインターンシップ行こうと思ったら西田さんが来てね、道明寺財閥の入社は決まっていると言われたの。入社が難しい企業のランキングトップに名を連ねているのに、試験も受けないで。びっくりしたわよ。
まぁでも、まだ楓さんはあたしを見てるんだと思った。配属先はまだ教えてもらえなかったけど、就活に時間を取られることがなくなったから、また勉強に没頭出来たの。
結果として首席で卒業したのは大きかったんだと思うけどね。NY本社配属と言われた時は、道明寺に一歩近付けたと思って、喜んだのに!
入れ違いに道明寺は日本へ行っちゃったから、がっかり感すごかった!なにこれ!って。やっぱり楓さんは、道明寺に会わせるつもりはないんだって確信したのも、この時かな。
それでもこの時点で道明寺の婚約も結婚も、そういう話は出ていなかった。
世間を賑やかせてるわりには?何にもなくて不思議だったけどね!」
道明寺を見れば、何とも言えない、複雑な顔。まぁ、ここは道明寺のさっきの話を信じよう。
「それでもNY本社だから、こんな経験滅多に出来るものでもないし、道明寺が見ていたものを少しでも見れるかもしれないと思って。楓さん指示だろうけど、とにかくいろんな部署に回された。今はわからなくても、いつかは必要になる時が来るはずだと思って、色々な情報を頭に叩き込んだ。」
「NY最後の年は、まさかの楓さんの秘書だったのはびっくりしたわよ。
何を考えてるのか分からなかったけど、ここまで何とか来れちゃったから、最後に叩きのめそうとしてるのかと思ったけど。まさか、使い物になるまで鍛えられてるとは思わなかった!
もうこの時点で道明寺財閥の大きさを、まざまざと思い知らされてたわ。高校生の時に井の中にいたのはあたしで、あんたたちF4に偉そうなことを言って、楓さんにもクソババアなんて言ったけど、あの時のあたしは確かに楓さんから見たらミジンコよね。」
溝鼠と言われたけど、ミジンコって言われなかったから良しとする。
「だからと言って、自分の子どもが起こした揉め事をお金で解決したり、おざなりにしていいはずがないけどね。今はそうせざるを得なかったと納得は出来ないけど、理解は出来る。それでも愛情が確かにあるのをあたしは知っているから。楓さんは殊更わかりにくい愛情だけどね。
ほら、あのうさぎのぬいぐるみ。あれをあたしが持ってる限り、楓さんからの愛情があんたに在り続けるんだよ。」
「うさぎのぬいぐるみ?」
「覚えてない?あんたが小さい頃、お邸にひとりぼっちで、楓さんは側にいてあげられなかった。その代わりにプレゼントしたぬいぐるみよ。」
「…覚えてるけど、なんで牧野が持ってんだ?」
「あんたが刺された時。実は楓さん、大きい取引を潰して大損害出してまで、あんたの様子を見に帰国してたのよ。その時にね、そのボロボロになったうさぎのぬいぐるみを持ってきてた。そのぬいぐるみを見て、あたしに向かって、汚くてあなたみたいねって。いらないから、…いらないからあなたが捨ててって言ったの。楓さんのことを心底嫌いになれなかったのは、きっとその時のせいかな。」
「なんでボロボロのうさぎ捨てろって渡されてんのに?」
道明寺は、さっきよりも強く抱きしめてくる。ちょっと苦しいけど、きっと道明寺も複雑な気持ちのはず。
「そのぬいぐるみを捨てるか捨てないかをあたしに委ねたの。あの時はなんであたしに捨ててって言ったのか、そこまで気が付かなかった。でも道明寺財閥に入って、その組織の大きさを知った時、気付いたの。たぶんだけど、あの頃から楓さんはあたしのこと、そこまで嫌ってなかったのかなって、今なら思えるよ。」
絶対に、あのうさぎのぬいぐるみは捨てない。
あの『汚い人形』は、あたしみたいで、楓さん自身だ。きっと楓さんも、あたしが捨てないって分かってて渡してる。
だってあれは、楓さんと道明寺を繋ぐ、愛だから。
「楓社長には、とにかく秘書として厳しく指導してもらった。先輩秘書に張り付いて、スケジュール管理から資料作成まで教えてもらった。そして頻繁に楓社長はあたしをパーティーに連れ出したの。
始めは紹介されても挨拶くらいしか出来なかったし、誰が誰かなんて分からなかった。けれど先輩を見ていると、分かることってたくさんあるのね。
挨拶する人の情報をね、耳打ちしてフォローしてたの。秘書がそんなこともするのかと驚いたけど、確かに全ての人物を覚えるなんて、そんなことしていられないほどの量の案件を抱えているでしょ?直接関わるのは本当に大きい案件が主で、全てに関わっているわけじゃない。だけど、取引の全てはトップの責任で、身の振り一つで全てが決まってしまう。おじさまも、楓社長も、副社長のあんたも、当たり前みたいに、この巨大な財閥を抱えてて生きてる。なんて世界にいるんだと怖くなった。」
「…8年振りに道明寺に会った時ね、自分の中で、違った、この人じゃなかったって、思ったらどうしようって考えてた。
でも、姿を見て、声を聞いて、一緒に仕事して。あたしを覚えていなくても、そんなの関係なくて。
やっぱり道明寺しかいないって、思ったの。あんなに、あたしを好きでいてくれたのも、好きになったのも、道明寺だけなんだよ。」
「だから、こんな世界でも道明寺といたかった。少しでも、いつか一緒に道明寺を支えられる力になれるならって。それだけなんだけどね。」
えへへと笑って道明寺を見れば、泣きそうな、それでもこんなに優しい顔をする人だったと、泣きたくなった。
「なんでお前が泣いてんだよ…。」
「だって、道明寺が、泣いてるから…。」
You belong with me. 15
You belong with me. 15
結局、次に起きたらもう夜だった。
お腹空いた、と思って目覚めてみれば、今度は道明寺がしっかりとあたしを抱きしめて一緒に眠っていた。
相変わらず綺麗な顔。長い睫毛に、真っ直ぐな鼻筋。
そしてクルクルでフワフワの髪の毛。
こんな近くに、道明寺がいる。
嬉しくて嬉しくて、クルクルの髪の毛をフワフワと触りながら、ふふっと笑みが溢れる。
幸せだなぁ。
そして唐突に思い出す。
仕事!
ガバリと起き上がれば、つられて道明寺もゴロンと転がった。
「おい、まだ寝てろよ…。」
と道明寺が寝ぼけ眼で言ってくる。
かわいい!こんな顔もするんだ!って眺めていたいけど、仕事!
「副社長!明日のスケジュール、確認しました?!」
「…その格好で副社長って呼ばれるの、結構クるセリフだな。」
寝転がったまま道明寺がニヤついた顔で言うから、改めて自分を見ると何も着てない!
「ぎゃ!ちょっと、なんか服は?!」
慌ててシーツを手繰り寄せて身体を隠しながら聞くと、道明寺は起き上がってバスローブを羽織り、服を取りに行ってくれた。
渡されたのは道明寺の大きいTシャツ1枚。とりあえずそれを着て、自分のカバンは、…リビングだ!
急いでカバンの中からタブレットを出し、ダイニングテーブルの上で起動させる。
いくつかメールが来てたけど、緊急のものはなかった。
そのまま明日のスケジュールを確認する。
全部西田さんが作り直してくれてる!代わりに処理してくれるとは言っていたけど、これは謝罪とお礼をしなければ。
ブツブツ言いながら確認していると、後ろから手が伸びて来て、するりと内腿を撫でられた。
ペチン!とその手を叩いて、
「ちょっと!いま仕事の確認してるんだからやめてよ!」
と言えば、首筋に顔を埋めて今日は休みだろと更に奥へと指を滑らせて来る。
「もう!いい加減にして!あたし、初めてって言ったでしょ!もうしんどいの!」
「俺だって初めてだったんだから、しょうがねぇだろ!」
は?あんた今、28歳だよね?
いや、年齢でとやかく言うことじゃないけど!今までの女性たちはどうした!
「また!そんな嘘つく必要ないって。」
「お前、まだ誤解してんじゃねぇだろうな?」
道明寺が睨んでる気がするけど、後ろからあたしを抱きしめて、まだ内腿を撫でている。直接触れられてないのに、ゾワゾワしてしまう。
「だから、誤解って何よ!」
「今までの噂だのなんだの、どこかの女とは誰ともシてねぇからな!」
ふっ、笑える。
「本気にしてないだろ。」
「当たり前でしょ!別に気にしないことも、ないけど…。そりゃ、ちょっとは…本当はかなり嫌な気持ちにはなるけど、そんなの、あんたの記憶がない時期のことなんだし。あたしは、ずっと道明寺の側にいられるならそれで良いし、それであんたがあたしを好きなら文句ないもん。」
「牧野、やっぱり無理。」
え、何が無理?結婚が?!嘘でしょ、なんで?と一人戸惑っていると、首筋を舐められ、Tシャツの上から胸を、
「だから!やめてって!」
身を捩って道明寺と向き合うと、チュッとキスをされ、「無理って言っただろ。」と今度はお尻を撫でられ掴まれる。
無理って、こっちか!
「やぁだ!本当にあたしが限界だってば!」
「俺も限界。」と固くなったモノをバスローブ越しに下腹部に当てられる。
ひっ!何コイツ!
「ちょっと!せっかく、明日はあんたの記憶が戻って初めての出勤なんだよ?一緒に仕事行きたい…。」
あたしを抱きしめたままの道明寺を見上げながら、恥ずかしいけど素直に言ってみる。
「むり。それ、明後日にしろ。」
そう言って道明寺はまた、あたしの唇を食べた。
信じらんない!
あたし初めてって言ったよね?!
流されちゃったあたしも何も言えないけど!
一緒に仕事行けるの楽しみにしてるのに。
結局、何の話もしてないし。
あのあと、立ったまま道明寺に翻弄されてしまった。恥ずかしい。
なんでアイツあんなに元気なの?昨日今日、入院してたとか嘘でしょ!
道明寺は足腰立たなくなってしまったあたしをお風呂に入れ、着替えをさせ、ご飯を食べさせてくれた。
こんなに甲斐甲斐しい人だったのかと驚いた。
今あたしはやっとご飯を食べ終わって、お腹も落ち着いたところ。
リビングのソファにちょこんと座らされ、道明寺はあたしを後ろから抱えるようにして座っている。
今なら話せそう。
「道明寺はさ、なんで10年も忘れてたのに、あたしのこと好きだと思ったの?」
そう聞いてみれば、ぽつりぽつりと話してくれた。
「刺されて退院してから、俺が記憶の一部を失っているっていうのは聞いたが、俺が何を忘れているのか誰も教えてくれなくてな。忘れてるんだから、何も分からないんだ。思い出そうっていうものでもなくて、ないのが日常だった。
夢もNYにいる時から見始めてたし、夢を見たあとは気持ちが落ち着いてることが多かった。ただ、それは高校時代を懐かしんで見てると思ってたんだ。」
「日本に帰国してからは、本当に最近まで頻繁に夢を見てた。その夢の中に高校の非常階段がよく出てくるんだが、そこにはいつも類がいて、顔の見えないやつと一緒に笑ってるんだ。」
高校の非常階段は、あたしにとって大事な場所だ。あそこで類に会わなければ、英徳なんて辞めていたかもしれない。
「そいつの笑顔が、常に類に向けられてて、なんで俺には笑わないんだって思ってた。」
思わずクスリと笑う。当時のことを思い出し、そんなに気にしてたんだと知った。
「お前が秘書として来てから、また夢が変わったんだ。そいつが顔までは分からなくても女だと分かった。しかも、その女が俺を見て「道明寺」って呼び捨てた。俺を「道明寺」なんて呼び捨てにする奴、今までいないからな。でも夢の中の俺は、それを当たり前に受け入れてた。」
あたしだけの呼び方だったね。他にあんたを道明寺なんて呼び捨てにする人見たことない。
「夢のせいもあるとは思うが、なんとなくだ。仕事中だったけど、息抜きに非常階段へ行った。そしたらお前がいたんだ。大声で叫んでてな、「道明寺」って呼び捨てにしてるし、なんだか文句ばっかりでよ。何回かそんな場面に遭遇した。部下にだって息抜きは必要だ。黙認してたんだぞ。」
あれが初めてじゃなかったんだ。バカとかクルクルとか言っちゃってたことに気が付いて、少し気まずい。そんなあたしに道明寺はまたギュッと強く抱きしめる。
「正直戸惑った。夢の中の女と牧野が重なったような、似てるような気がしたからな。同じように俺を呼び捨てにして。
おまけに現実でも類が仕事で訪ねてくる度に、お前と笑顔で話してる姿に夢が重なって何度も苛ついた。あの類が、女相手に笑ってて、その相手は俺の前では笑わない牧野だ。」
「夢と現実が重なって、あまりにも似てる状況に、なんでこの夢ばかり見るのか、俺の高校時代に失った何かの記憶が関係してるのか確かめたくてな。暇さえあれば何度も非常階段に行った。それでもあの時、初めてお前に声をかけたのは、女たらしって事実と違うことをお前に思われてるのがなぜか不愉快だったんだ。」
そういうことだったんだ。
非常階段に来ている時の道明寺は、あたしを邪険にすることもなく、本当に穏やかで静かだった。
「類と非常階段にいる時に、俺が探しに行っただろ? あれも夢が気になって仕方なかった。「なんとなく」なんて言ったが、類とお前は非常階段にいるんだと確信して行ったんだ。そうしたら、お前が辛いって言ってて、…類と抱き合ってた。
今まで女になんか興味がなかったのに、夢の中の女と牧野が気になって、類に抱かれて抵抗しない牧野に、どうしようもなく苛ついて。それでつい、お前に嫌なことを言った。悪かった。」
あの日だ。道明寺が記憶を戻した日。
「お前に突き飛ばされて、壁に頭をぶつけたのも、そんな大げさな打ち方じゃなくて、軽くぶつかっただけなんだ。でも、その瞬間に、本当に牧野を忘れてたことすら分からないくらい、何もかもが自然に頭に戻ってきたような感じだった。あの感覚はなんだろうな…。」
「刺された後、意識が戻ってからのことも、NYに行って日本に帰ってきたことも記憶にあるのに、いつの間にか牧野だけがいない。でも夢に出てきた女が全部牧野に変わって、一瞬、どこからが夢で、いつから過去なのか現実なのか混乱した。
牧野を忘れてる間に、俺の秘書をしてる牧野は現実にいて、それを過去の2年間は記憶として覚えてるのに、牧野を忘れてたのが不思議で…、何を言ってんのか分かんなくなってきたな。」
道明寺は話しながら首を傾げ、うーんと唸り始めてしまった。
「要は、夢の影響もあるとは思うが、牧野、お前を忘れてても気になってたんだ。夢で女が笑顔で類と話してることすら気に食わなかったのに、現実では女に似た牧野は類の前だと笑うし、おまえらは自然に触れ合ってるんだ。それを見ると、なぜか怒りが込み上げるって言うのか?
それも牧野を思い出して納得したけどな。」
記憶喪失なんてなったことないから、よく分からないけど、あたしの記憶はなかったけど、感情だけは覚えてたような感じなのかな?
「でも、類とだって再会したのは道明寺と同じ2年前だよ。あんたが記憶をなくした時、一番あたしを心配してくれたのは類だったから…、記憶の戻ってない道明寺の側にいるあたしを、とても心配してくれてたの。」
「ムカつく。」
急に言うもんだから、何がムカついたの分からず、首を捻って道明寺を見る。
「類って呼ぶのやめろ。マジでムカつく。一番苛ついてたの、それだな。」
はい?
「いつから類って呼んでのか知らねぇけど、あきらと総二郎は名字で呼んでんのに、なんで類だけ類なんだよ!だからおまえら付き合ってんじゃねぇかって勘違いしたんだろ、俺が!」
「それは、そう言われると困るけど…。類はいつもあたしが困ってると助けてくれてたし、いつの間にか自然に?」
思わず笑いながら、「いつでもあたしを困らせてるのは道明寺だけどね!」と言うと、道明寺はムスッとした顔をして黙ってしまった。そんな顔さえも可愛くて、完全に絆されてるなとしみじみ思う。
「…でも、ずっと10年前から好きなのは、…つかさ、だけだよ?」
めちゃくちゃ恥ずかしい。自分で言ったことだけど、恥ずかしい!
「おまえ、本当に勘弁しろよ…。」
あたしに初めて名前を呼ばれた道明寺が顔を真っ赤にしてる。
かわいい。今は道明寺の仕草一つ一つを間近で見れることが嬉しくて、自然と笑みが溢れる。
「なんだよ、めちゃくちゃ笑うじゃねぇか…。なぁ、お前が辛いって言ってたのは、何がそんなに辛かったんだ?」
「えー、だってさ、あたしがすぐ近くにいるのに道明寺は何にも思い出しもせず、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ色んな女の人と噂になってるだもん。いくら秘書でもプライベートには口出し出来ないし、そりゃ辛いわよ!」
「なんだ、お前ずっと嫉妬して俺にツンツンした態度取ってたのか!」
急に道明寺はニコニコしながら話し始めたから、ちょっとイラッとしてしまった。
「あんただって、あたしが秘書として会った時に「また女かよ」って言ったあと、しばらく無視したじゃない!他の女と同じに扱われたらムカつくもん!どうせ前の秘書たちは公私混同しようとしたから切ったんでしょ?
あたしはね、長期計画なの!その場限りの女とは違うの!」
フンッとそっぽを向いたけど、急に道明寺はあたしの体を持ち上げて向かい合うように膝の上に乗せられた。
「ちょっと!いきなり何すんのよ!」
と道明寺を見れば、あたしを睨んで怒ってる?
怒ってるのはこっちなんだけど!
「その場限りとか何とか言ってるが、そういう関係になった女はいねぇって言ってんだろ。」
まだ言ってる!と思って、尚も顔をフンッと背ける。すると道明寺の手があたしの両頬を挟んで無理矢理、正面を向かされる。
「あれは、お前が言ったんだろ。」
何のことだか分からず、首を傾げていると、
「10年前に、うちの邸でそういう雰囲気になった時、お前が俺を怖がって出来なかったことがあっただろ?その時にお前、あと5年くらい待たせるかもって言ったの覚えてるか?」
そんなことを言ったような…?
「あれが牧野を忘れてても無意識にあったんだろうな。お前の記憶がない間に、確かに他の女とそういう流れになった事は何度もあった。」
やっぱりあったんじゃん!とムッとする。
「最後まで聞け。
そういう雰囲気になっても、誰に何をされても全く体が反応しねぇんだよ。健全だと思ってた10代後半だぞ?何度試しても、どの女に変えてもダメで、病気かと思ったぜ。
そのうち夢を見るようになってから、女が触ってくるのが気持ち悪くて仕方ねぇんだ。香水はクセェし、体をタコみてぇにぐにゃぐにゃくねらせて近付いて触ってくるし、それでも取引先の社長の娘とかだと無碍にも出来ないしな。一応笑って対応するけど、基本無視だ。
まぁ写真はしょっちゅう撮られるし、薬を盛られた時は焦ったけどな。あとは勝手にマスコミが騒いでただけだ。」
ちょいちょいムカつく話だけど、だから5年どころか10年待ったって言ったんだと納得。
他は確かに西門さんたちが話してたことと一致する。あの時も『司は滅多に女は近寄らせない』って言ってた。
「もう分かっただろ?俺はお前にしか反応しないんだ。責任取れよ。」
「そういう責任ならいくらでも。まさかそんなことになるなんて、言ってみるものね。
それに、あたしだけなんて、そんなの願ったり叶ったりだわ!」
You belong with me. 14
You belong with me. 14
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道明寺が好き。
きっとこれはずっと変わらない。
あたしからキスをすると、道明寺は応えてくれた。
道明寺とキスをするのが好き。
道明寺のコロンの香りが好き。
しがみついてもふらつかない、がっしりした体が好き。
抱きしめられると、すっぽり包まれる感じが、好き。
道明寺の何もかもが好きで、好きで大好きで。
抱きしめられてキスをすれば、全部が一瞬でよみがえる。
いつの間にかソファの近くにいて、唇を離して目を見つめたまま、ゆっくりソファに座らされる。
離れていく唇が惜しくて、またキスをしようとしたら、道明寺からキスをしてくれた。
もう、何も考えられない。
10年分の気持ちが、あふれだす。
何度も何度もキスをして、もう口の中が道明寺の味になっている。
角度を変えるのに唇が離れる、その一瞬さえも惜しくて、好きって何度も言いたいのに言えなくて。
いつの間にかソファに押し倒されていて、ブラウスの裾から手を入れられる。
道明寺の手は暖かい。
ちょっと高めの体温に、肌に触れられる手のひらの熱さに、10年前と比べて変わっていないところを見つけて安心する。
この暖かさが気持ち良くて、本能の赴くまま自分からも舌を絡ませ、道明寺に体を弄られ始めた、その時。
甘い空気を打ち破るバイブ音。
また!またあたしのスマホが鳴ってる!
無視!今は、道明寺のことが好きなの!
そう思うのに、いつまでも音が止まない。
名残惜しく離れた道明寺の唇から、チッと小さい舌打ちが聞こえて、いつの間にかソファの足元に落ちていた、あたしのスマホを手に取る。
離れた体温が、なんだか寂しい。
そんなあたしを見て、大きな手で頬を一撫でされる。その暖かい手に頬を寄せると、道明寺は優しく微笑んでくれた。
道明寺は画面を見て顔を顰め、通話ボタンをタップして、
「総二郎、ブッ殺す!」
そう言い放って、スマホの電源を切ってしまった。
これで少し気持ちが落ち着いてしまったあたし。
少し上半身を起こして自身を見てみれば、ブラウスの襟元は肩から落ちていて、裾はキャミソールと一緒にたくし上げられているし、いつの間にかブラもホックが外れてる。
スカートも太ももまで上がってしまっていて、一気に羞恥心で顔が赤くなる。
そんなあたしを見ていた道明寺は、
「おまえのそういう顔、久しぶりに見たな…。」
なんて感慨深げに言うから、ますます恥ずかしくなってしまった。
「あ、あの、恥ずかしいから、見ないで…?」
服を整えようとすると、道明寺はあたしの目線より下を見ていた。
どこを見てるのかと思ったら、
「そのネックレス…、」
「あぁ、これ?あたしのお守り。チェーン長くして付けてたから、今まで見えなかったでしょ?」
道明寺にもらった、土星のネックレス。
ずっと付けてた。
忘れられても、離れていても、このネックレスとあの言葉があったから気持ちを保てた。
「『運命共同体』だからね。」
「おまえ、本当にもう…何なんだよ…。」
と言って、また道明寺がのし掛かってきて、両手とも指を絡めてソファに縫い止められ、キスをしてくる。
ちょっと待ってと言いたいのに、手と唇を塞がれてしまったから言えなくて、足をバタバタさせてたら。
「なんだよ!止めんな!」と道明寺の昂ぶったモノを太ももに押し付けられる。
「ぎゃっ!」
さっきはそのまま良いかな、なんて思ったけど、改めて状況が分かると無理!
「あっ、あたし!初めてスルのに、ソファじゃヤダ!」
自分で言っておきながら、そういう問題じゃない!って心の中で自分にツッコミを入れる。
「よし、ベッドまで連れてってやる。」
ほら!そういうことになる!
道明寺はあたしを横抱きにして、寝室へと連れて行く。
お姫さま抱っこ!この歳でやられると恥ずかしい!
「ちょ、違う!場所の問題じゃなくて!」
「シャワーなんかさせないからな!お前はすぐ冷静になろうとするだろ。」
図星を突かれて、ぐぅ…とうめき声が出てしまうけど、そうじゃなくて!
「一回ちゃんと話をしたいの!」
「これ以上何を話すんだよ!
俺はお前が好き、お前も俺が好き。だから結婚する!これで全部だろうが!」
単純明快。
そうだ、コイツはこういう奴だった。
今までの10年間を話したいとか、どうして記憶がないまま10年経ったのに、あたしを好きだと思ったのかとか、まだ昼前で明るいのにとか。色々考えてしまうけど、きっと道明寺の中ではそんなのとっくに埋まってて、
「おい、また余計なこと考えてるだろ!」
道明寺はそう言って、いつの間に来たのか寝室のベッドの上にあたしを落とすと、話す間もなく覆い被さってきて、そのまま唇に噛みつかれた。
あ、喰われる。
そんなことを思った。
あたしは今、捕食者に捕らえられた餌のよう。
合わせた唇を開かれ、舌を絡めとられる。その舌さえも甘噛みされて、吸われてしまう。
恥ずかしくて閉じていた目を、そっと開いて道明寺を見たら、燃えるような熱い瞳で見つめられていた。それが男の色気と相まってあたしの心が、溶かされる。
もう、抵抗できない。
こんな瞳で見られたら、抗う理由は何もない。
あたしは、これを待っていた。
そのまま道明寺に身を委ね、そこから先はもう何も考えられなかった。
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読まなくても次話に差し支えありません。
ふと肌が冷たいものに触れて、目が覚めた。
頭だけを動かして、周りに視線を巡らせてみる。もう日が傾いてきているのか、薄暗い室内。
隣にいたはずの道明寺がいない。
シーツが冷たい。道明寺が、いない。
シーツで裸の体を包んでベッドから降りようと立ち上がったら、下半身の違和感と、足の間からトロリと零れて伝い落ちたナニか。
え。
思わずペタンと床に座ってしまう。顔が、赤くなっていくのが分かる。
初めてで何も考えられなくて全てを道明寺に任せきりにしてしまったけど、これは…。
一人、床に座ったまま赤くなったり青くなったりしていたら、寝室のドアが開いて道明寺が部屋に戻ってきた。
シャワーでも浴びていたのか、バスローブを羽織って髪の毛もストレートになっている。
久しぶりに見たストレートの髪形に、思わずキュンとして見惚れてしまう。
「お前なんで床に座ってんの?」
不思議そうな目で見てくるけど、あんたのせいでしょ!と睨み付ければ、なんだよ?と聞いてくるから、なぜ避妊しなかったのかと聞くと、
結婚すんのにいるか?と言う。
まだ結婚してないし、大きいお腹でウェディングドレス着たくないし、やっと10年振りに記憶が戻って話したいこともたくさんあるのにとか色々考えていたら、
「また余計なこと考えてるな」と、シーツごとベッドに戻された。
「ちょっと!」
なんだよと聞いてくるものの、身体からシーツを剥ぎ取られ、またあたしの体を弄り始める。
「…っあ、やだ、待って…!」
「待たない。お前を待ってると碌なことにならねぇ。」
首筋に唇を這わせて囁かれれば、さっきの余韻か、それだけで体が震える。
「5年どころか、10年待ったんだ。良いだろ?」
と言われ、なんのことか分からなかったけど、10年待ってたのはあたしでは?!
一回シャワーを浴びたいし、いま何時かも気になる。
「まだ午後の5時前だ。気にすんな。」と言いながら胸を優しく揉まれ、その先端をペロリと舐められる。前に出されたモノで潤んだままのそこに指を入れられたら、声が漏れ出てしまう。
道明寺のだけじゃない、自分からも少しづつ蜜が溢れてくるのが分かる。
「あ…、んぅ…っ」
「かわいい。牧野、もっと声を聞かせろ。」
潤みを増したところに、更に指を奥に入れられて、親指で蕾を擦られる。
舌を絡ませながらキスを繰り返し、同時にもう片方の手は、あたしの身体を舐めるように、それでも優しく触れていく。
身体が無意識に震え、追い上げられる刺激にゾクリとしたものがこみ上げてくる。
指を曲げ内襞を擦られ、どんどん溢れる蜜に何も考えられなくなってきて、思考も、理性も、なにもかも全てが本能に支配されていく。
身体の中を這い上がるような、何かが来る、と思った、その時。
突然指が抜かれたと思ったら、道明寺の固く太いものが躊躇うことなく入ってきて、抑えきれない嬌声と、卑猥な水音が寝室を満たしていく。
「やぁぁ…ぁっ、いま、…だめぇ…っ!ど、みょうじ、…まって、あ…ぁ…っん!」
道明寺のを挿れられたのと同時に強烈な刺激が身体を震わせ、子宮と内股が痙攣するような感覚が襲う。
さっきとは違う、痛みだけじゃない堪え難い快感に、道明寺の両肩に手をかけて動かすのを止めようとするけど、全然力が入らなくて逆に縋っているようになってしまった。
「待てるか…!おまえのナカ、気持ちよすぎ、…っ!」
道明寺はあたしの足を持ち上げ、律動を止めることなく、段々と速度を上げながらあたしの中を突き上げ、さらなる熱さを与えられる。
時折、屈んでキスをして、あたしの首筋に顔を埋める道明寺の熱い吐息さえも、ゾワゾワと甘い痺れに変わっていく。
なに、これ…!
知らない、こんな初めての、身の置きどころのない気持ち良さに、頭の中が真っ白になる。
また、さっきの何かが来るような感覚に、声も抑えられず、どうしたらいいのか分からなくて、手を伸ばして道明寺の腕を掴む。
自分の身体なのにどうにも出来なくて、もうどうにかなってしまいそうだと思った瞬間、最奥を突かれたと同時に蕾を摘まれ、弾けた。
「やぁぁあぁ…っ!」
自分の意志とは関係なく、ガクガクと身体が震え、あたしのナカが道明寺を逃がさんとばかりに締め付ける。
それと同時に道明寺も絶頂を迎えたのか、低く呻いた。
あたしのナカがじわりと満たされて、それさえも気持ち良さに変わっていく。
またナカに出したなと思いながらも、お互い息も荒くキスをして、ギュッと抱きしめられれば、それがまた包まれるような安心感のある心地良さで。
すっかり力が抜けてしまったあたしは、また眠ってしまった。
You belong with me. 13
You belong with me. 13
マンションに着いてからも、道明寺はダンマリだった。
このマンションは道明寺財閥日本支社から程近く、お邸よりも通勤には楽なようで、道明寺が好んで使っている。
あたしもマンションの場所は知っているけど、来るのはニ度目だ。一度目はエントランスまでだったけど。
タクシーを降りる際も、領収書を貰おうと運転手さんと話している間に、道明寺はあたしを待つことなく先に降りて行ってしまった。
自分の荷物も持たずに!
領収書を貰って荷物を抱え、慌てて後を追い掛ければ、指紋認証のオートロックを解除してまたしても一人で先に行ってしまう。
いいもん。一応、秘書だからね!
オートロック解除できる手続きしてるもん!と思ったら、片手に領収書と財布、片手に道明寺と自分の荷物で、指紋認証が出来ない!
認証パネルの脇で財布を仕舞ったり荷物を持ち直したりと、あたし一人こちゃこちゃしてる間も、道明寺は振り返ることなく一人でエレベーターに乗って行ってしまった。
なによ!何をそんなに怒ってるのよ!
怒り心頭でオートロックを解除し、もう一台のエレベーターに乗って道明寺の住む部屋がある最上階まで一気に行く。
もちろん部屋の鍵も持っているけど、今まで使ったことはなかった。
一度目に来た時は西田さんが対応出来ない緊急時用に、あたしの指紋をコンシェルジュさんが登録してスペアの鍵を預かったただけ。
エレベーターを降りると、玄関らしき扉が一つだけ。
わ〜!ペントハウスだ〜!なんて感動はない。NYの時は楓さん用のペントハウスがいくつかあったから、見慣れたものだ。
勝手に鍵を使って室内に入る。
「副社長、お部屋入りますね!」と一応断りを入れてから靴を脱いで廊下を歩き、リビングへ繋がると思われる扉を開く。
合ってた、リビング!広い!無駄に広い!
道明寺は何人座れるのか試してみたいくらい大きいソファに、一人デデーン!と不機嫌丸出しな顔で座っていた。
持ってきた道明寺の荷物をソファの脇に置いて、
「もう私は帰ります。お疲れさまでした。」
と言って踵を返す。
「おい!」
無視してやる。
「牧野!」
よし!
「何でしょうか、副社長。まだ何か?」
振り返って、つっけんどんに返せば、
「なんでおまえずっと怒ってんだよ!」と言われた。
そんなの、怒ってる理由なんて一つしかないじゃん。
昨日あんなに好きだって、もう一度好きになってって言って、愛してるまで言ったのに。
あれから、なんの反応も言葉もなく、いつも通り喧嘩腰の会話だから、やっぱり10年女は面倒くさいと思われてるのかと考えていたところだ。
そりゃ落ち込む。
あ、10年女は自分で言って落ち込む!やめよう!
今日の道明寺は、もう類がどうのこうの言わないし、仕事を辞めろとも言わないけど、微妙な距離を感じるのは、この10年で出来た想いの差であり、壁なんだろうと思う。
それだったらビジネスライクに接してるほうがまだ耐えられる。あたしの心が。
「何でだか知らないですけど、怒っているのは副社長ですよね。もう良いですか?会社戻って病院とタクシーの領収書を処理したいんですが。」
振り返って道明寺を睨みつけながら、暗に仕事を匂わせる。しかし、そんなのが通用するわけもなく。
「おまえ今日は休みだって昨日、西田に言われてただろ。」
「休みですけど、今朝、西田さんから連絡がありまして。副社長の退院手続きをするように言い付かりました。副社長を自宅まで送り届けましたので、今日は領収書の処理が終わったら自宅に帰ります。」
「10年恋人がいなかったのは本当か?」
もう本当に!いい加減にして!
「それではまた明日。失礼します。」
「待て!帰るな!」
「うるさいな!今まで恋人がいようがいなかろうが、あんたには関係ないでしょうが!仕事の話じゃないなら帰ります!」
怒り心頭を発するどころか、爆発しそう!
「関係あるだろ!俺はおまえと別れた記憶はねぇからな!」
やっぱりおかしいんじゃないの?
もう一度病院連れてく?
「おかしくねぇよ!病院にも行かねぇからな!」
「おっと、失礼しました。うっかり言葉に出してしまいましたね。」
秘書という仕事を始めてから気を付けていたのに、怒りのあまり昔の癖で思ったことが口から出てしまった。
別れたって、記憶がある、ないの問題じゃなくない?それを言ったら、
「副社長のほうがお盛んでしたよね!別れてないって言うなら、副社長にとやかく言われたくないです!」
「だから!誤解だとあれほど言ってんだろが!」
「誤解だとかどうでもいいです。私は!言葉がなくても、別れたと同義だと思ってましたけど?!」
そもそもにあれは付き合ってたの?付き合ってはいなかったよね?と冷静に10年前を思い返す自分がいる。
記憶を遡ってる間、それを遮るように鳴るバイブ音。
またあたしに電話!落ち着け!
「もしもし?!」
『お?!何をそんなに怒ってるんだ?』
ダメだ。全然落ち着いて話せてない!
「美作さん!どうしたの?」
『司の記憶が戻ったって?』
「そうなんです。類から聞いたの?」
すると、横から手が伸びて来て、またしても奪われてしまったスマホ。
「おい!あきら!牧野に電話すんじゃねぇ!」
「道明寺!返してよ!」
奪われてしまったスマホを取り返そうとするも、25cmの身長差に敵うはずもなく。
必死に道明寺の腕をグイグイと引っばってスマホを取り返す。
「なんで、あきらまでお前の番号知ってんだよ!」
「美作さんはプライベートでは友達なの!記憶のなかったあんたとは、ただの上司と部下なんだから知る必要ない!ごめん美作さん、道明寺が…」
あれ、電話切れてる!
「道明寺!本当にいい加減にしてよ!ここまで来たら、かかってくる前に言っとくけど、西門さんも知ってるからね!」
隣に立ってあたしを見下ろすコイツに目線も鋭く言ってやる。
「牧野、」
いきなりギュッと抱きしめられた。
あ、道明寺のコロン。
あたしの一番、好きな香り。
「俺は、仕事で結婚なんかしないからな。」
あ、泣きそう。
やっぱりダメなの?
「離して、」と道明寺との間に腕を入れて離れようとしてみるけど、さらに力を強めて抱きしめてくる。
「あの、離してください。」
「頼む、話を聞け。」
え、頼む?聞け?お願いなのか、命令なのか分からない。
「さっきから話をしてるじゃないですか。これ以上何の話を?それに、結婚しないなら総帥と楓社長に言ってくださいと、昨日もお話しましたけど。」
「結婚するって言ってるだろ。」
「でもさっき、しないって、言いました!」
「仕事ではしないって言ってんだろ!」
「ほら!しないって!言った!」
泣きそうなのを我慢してるけど、道明寺の洋服が霞んで見えるから、そろそろ涙がこぼれるのかも、なんて自分のことなのに、どこか他人事のように感じる。
「俺は、おまえとだから結婚する。」
ほら、こぼれた。
「…そんな、無理して言わなくて良いよ。仕事でしたほうが、あんたも楽でしょ?」
「本当におまえは頑固なのか、鈍感なのか…、どうすりゃ分かるんだ?」
「あのね、あんたがあたしと同じように10年前と同じ気持ちだなんて微塵も思ってないし、結婚するからって無理して好きとか言わなくて良いよ。あたしを嫌わないでいてくれれば、それで良いの。
今度こそ頑張って、あんたにあたしのこと好きになってもらうし。そこは勘違いしてないから大丈夫なんだけど。」
「そこだな。」
「そうでしょ?あたしは結婚してくれるなら仕事でも十分だよ。」
「そこは違うな。」
「は?違うって何がよ。あたしが言ってるのに何が違うのよ。」
「おまえさ、本当に俺のこと好きなの?」
疑われた。昨日よりショックかもしれない。
涙止まんない。
「そこを疑われたら、もうどうしようもないんだけど。」
「俺は、10年前と同じ気持ちだし、牧野が好きだから、結婚したいって言ってる。」
嘘だ。
「嘘じゃねぇよ。だから、なんでさっきからそこだけ疑うんだよ。」
「だって、記憶戻って初めて、言ったよ。10年前と同じ気持ち、好きって…」
嘘だよね?あたしの聞き間違い?
「うん?言ってなかったか?」
「言ってない…!昨日だって、地獄まで追いかけるとか、今日は別れたつもりはないとかは言ってたけど…!」
「言ってんじゃねぇか。」
「は?!あんたの思考回路どうなってんの?!やっぱりおかしい、のは10年前もか…。ちょっともう一回病院行きます?」
「マジでおまえ、いい加減に黙れ!」
そういうと、道明寺はあたしの口を塞いだ。
そういえば昔から道明寺はキスが上手かった。
道明寺は片手をあたしの背中に、もう片手は頭を後ろから押さえられていて逃げられない。
唇を合わせていただけだったのが、段々と深くなっていく。歯列をなぞられ、戸惑い逃げる舌を追いかけられる。
あ、求められてる。
そう思ったら、あたしも手を伸ばして道明寺の背中にしがみついていて。
何度も角度を変えて深くなっていくキスに、あたしの思考回路もボヤケてくる。
キスがこんなに気持ち良いこと、忘れてた。あたしも道明寺を知りたくて、求められれば応えたくなる。
唇を離して、道明寺を見ると、あの瞳。
あたしを好きだって言ってくれた、10年前に見た、あの。
道明寺、あたしのこと、好きなんだ。
そう思ったから。
今度はあたしからキスをした。
You belong with me. 12
You belong with me. 12
あれから、あたしと道明寺はちゃんと話をしたかと言えば、出来なかった。
結局、あの後すぐ、道明寺の返事を聞く前に部屋がノックされて、入ってきたのは看護士さん。
面会時間が過ぎてるのに騒がしくしたことで怒られ、病室を出るまで見張られてしまって、あたしは大人しく家に帰るしかなかった。
翌日早朝、西田さんから連絡が来て、
「今日一日、楓社長に同行することになりまして、病院には行けそうにありません。お休みのところ申し訳ないですが、牧野さんは副社長の退院手続きなどお願いします。今回だけはこちらでスケジュール変更しますから、あとで確認はしてください。」
と言われた。
昨日の今日で気まずいと言うか、恥ずかしいと言うか。
行かないわけにもいかず、一応スーツではなく、シフォンブラウスにフレアスカート、カーディガンを羽織って、そのまま出勤しても大丈夫そうな服装で行く。
これは仕事だ!昨日は休みって言われたけど、西田さんに頼まれたことだし、今はやはり仕事だと思っているほうが冷静に道明寺と話せそうだと気合を入れて病院へ行く。
すぐに退院手続きを済ませ病室へと向かい、扉の前で胸に手を当てて深呼吸。
よし、大丈夫。
ノックをして名乗ると、入れと返事がきたから扉を開けたら、着替え途中で上半身裸の道明寺。
「ぎゃっ!」と思わず叫んでしまった。慌てながらも、すぐに扉を閉めてくるりと体を反転させ、道明寺から目を逸らす。
「おまえ27にもなって男の上半身裸ぐらいで叫ぶなよ。」
道明寺は呆れ顔で言ってそうだけど、そんなこと言われても!
「すみません。この10年、男性とお付き合いしたことがありませんでしたので、見慣れていないものですから。」
ずっと道明寺だけが好きだったから、誰とも付き合おうなんて思わなかった。
大学卒業までは実家暮らしで、NYの時は道明寺邸にいた。日本に戻ってからは一人暮らしだから、男の人の裸なんて滅多に見ることなかったし。
「は?10年間も誰ともか?」
「そうですけど?お付き合いを申し込まれたことは何度かありましたけどね。」
実際、大学の時から道明寺の秘書をしている間までも、あたしの何が良いのか、何人かにお付き合いを申し込まれたのは確かだ。
それまで会えば世間話をする程度の人、と認識していたから、そんな素振りも全然気付かず、申し訳ない気持ちになったものだ。
「そういえば。副社長はNYにいる時からお盛んなようでしたからね。裸を見られることくらい、何ともないんでしょうけど。」
そう言ってみれば、焦ったように道明寺が言い返してきた。
「あれは誤解だって昨日言っただろ!お前、話聞いてたのかよ!」
「誤解かどうかはともかく、別に気にしてませんので。それよりも副社長、早く着替えを終わらせてもらえません?退院手続きは終わりましたので、お荷物運びますよ。」
着替え終わるまで病室の扉を眺めなきゃいけないあたしの身になって欲しい。
せっかく見るなら、あの大きい窓から都内を一望したいのに!
「おい!」
「私の名前は、おい!ではありません。」
「クソッ!牧野、その話し方やめろ!」
「副社長!着替え終わりました?!」
昨日は甘い空気が漂いそうな雰囲気だったけど、結局こうなるんだ。
今は昨日と違って、あたしのことを拒否してるわけではなさそうだけど、やっぱり10年前とは気持ちが違うんだろう。
その時、あたしのスマホに着信を告げるバイブ音。
咄嗟に名前を確認もせずに通話ボタンを押す。「もしもし?!」と勢いで出て言えば、電話の相手は類だった。
『こわっ!どうしたの?なんかあった?』
「類!ごめんね、ちょっと今は病院にいて。」
『病院?大丈夫なの?』
「うん、特別室だから通話は大丈夫だよ。病院もあたしが罹ってるわけじゃないから。」
『あぁ、司の記憶でも戻った?』
えっ。なんで分かったの?!とびっくりして、咄嗟に言葉が出なかった。
一瞬、道明寺の存在を忘れていて、気配を感じて振り返れば目の前に道明寺。
いつの間に私服に着替え終わっていたのか、すぐに反応出来なかったあたしと違って、道明寺はあたしのスマホを奪い取って話し始めた。
「類か?今日はもう電話してくんなよ!」
そう言うと通話を切ってしまった。
「ちょっと!なにするんですか!」
「俺が知らねぇのに、類が知ってるってのが気に食わねぇ!」
何の話をしてるんだコイツは!
「少々意味が判りかねますけど。」
「俺はお前の番号知らねぇ!」
そりゃそうだ。今のはプライベート用で、道明寺は仕事用の番号しか知らない。
「知らないからって何か問題あります?今まで困ったこともないですし、仕事用ので十分ですよね。」
「問題大ありだろうが!これから結婚すんだろ!」
「はいはい、上司命令ですからね。もう帰りますよ。今日のご帰宅は?お邸で良いですか?」
荷物を持って病室を出ようとしたら腕を掴まれ、 勢いそのままいきなりキスをされた。
冷静に!今は!仕事中!
道明寺の胸に手を置いて、腕を突っ張って唇を離す。
「セクハラですか?」と睨んで言えば、
「おまえ、この10年付き合った奴いなかったとか嘘だろ。」って言われた。憤慨。
道明寺の胸辺りにドン!と荷物を押し付け、「お元気なようなので、私は帰ります。お荷物もご自身でどうぞ。明日からのスケジュールは後でメールで送ります。それでは!失礼します!」
なにあれ!
やっぱり昨日の話、聞いてなかったんじゃない?!一日経って、また記憶喪失にでもなっちゃったの?!
ドスドスと音を立てんばかりに歩いていたら、後ろから、
「ちゃんと昨日の話は聞いてたって言ってんだろ。二度と記憶なんてなくすか!じゃなかったら、おまえと結婚とか言うわけないだろうが。」
いつの間に道明寺!こっちは早足で歩いてるのに、道明寺は悠々と隣を歩く。
「タクシーは呼んでありますので。」
「おい、いつまでそう言う口調で話し続けるつもりだ?」
「私は牧野です!仕事ですから!」
エレベーターに乗ってる間も喧嘩腰の会話は続く。
「おまえ、仕事で結婚すんのか。」
「副社長がそうお望みなのでは?そもそも、あたしは副社長の恋人でもなんでもないですから!今のところ、それ以外で結婚する理由、副社長にはないですよね?!」
エントランスで2人一緒に呼んでいたタクシーに乗り、運転手さんにお邸の住所を伝える。しかし横から道明寺がマンションに行き先を変えるように告げた。
「ちょっと!副社長は退院したばかりなんですから、お邸でお世話されてたほうがよろしいですよ!」
一人で何もできないだろうと思って言ったのに、「うるせぇ!」の一言で、あとはマンションに着くまで、ずっと目を瞑ったままダンマリだった。
You belong with me. 11
You belong with me. 11
「あんたの前で笑えるわけないでしょ…!10年前あの島で、離れないでって言った!あんただって道明寺家を出るって…!それなのに、あたしだけよ…?!
あたしだけ忘れられて、邪険にされて、別の女を近くに寄らせてるのを見てた!楓さんには誓約書にサインまでさせられて監視まで…!あんたには忘れられてるのに!」
「ここまでされたら意地でも道明寺家に食らいついてやろうと思った!それこそ秘書として辞令が出た時、最後はここで知り得た道明寺財閥の情報を使って、楓さんたちを脅迫して!それでもあんたの側にいようとした!
あんたのことが、好きで、大好きで、忘れられなかったからよ!」
ただ、それだけだった。
「でもそれは、楓さんたちが道明寺からあたしを離そうとした時で、記憶を戻しても戻さなくても、あんたがあたしを拒否さえしなければ…」
道明寺に拒否された。
一度目は記憶喪失になってすぐ。ニ度目は秘書になって無視された。三度目は、これだ。
記憶が戻っても拒否されたら、もう、どうしようもない。
脅迫して無理矢理あたしと結婚させても、それは政治的なものがないだけで、やってることは政略結婚と同じだ。
それでは意味がない。
あたしが欲しいのは、道明寺の気持ちだ。
「好きなのに、あんたにそれを伝えることもできない!言ったら、楓さんたちに勘づかれたら、また道明寺と離されると思ったから…!
それなのに、10年前と同じことを、類なら幸せにしてくれるだろうなんて、他の男をあてがうみたいに言われて!あんたに何度も拒否されて耐えられるわけない…!あんたに、道明寺に避けられたら…っ、」
道明寺の側にいたい。その為だけの10年だった。
「これは道明寺のせいなんかじゃない!あたしが、自分で選んだことなの!
あたし以外の、他の女と結婚なんて許さない!記憶を戻さなくても、あんたが側に置いても良いと思える女はあたしだけ!そう思って10年やってきたの…!」
「あんたは、あたしの男なんだから…!」
他の男になんか目が向くわけもない。
記憶が戻って尚、道明寺に拒否されたら、もう一生恋愛も結婚しないつもりでいた。
それほどまでに。
あたしの計画も、一か八かの博打だと途中で気が付いた。
全ては道明寺本人に近づけるようになるまで、道明寺に恋人がいないこと、そして婚約をしないことが大前提だったからだ。
今、改めて考えてみても、楓さんたちの思惑がなければ、記憶を失ってすぐに政略結婚なんて簡単にできたはずで。
道明寺だって、記憶がないのだから、恋人なんていくらでも作れた。
そうならなかったのは、たまたま運が良かっただけ。
たらればで計画して、どんな覚悟をして努力したとしても。あたしだけでは、どうにも出来なかった。やはりあたしは世間知らずの小娘で、努力すれば報われるなんて理想でしかなかったのだ。
道明寺が好き。
これだけでどうにかしようと思っていたのだから。
「やっぱりお前はバカだ…、」
道明寺がポツリと呟いた。
「あたしの10年をバカだって言っていいのは、あたしだけよ!本当にバカみたい。あたしを忘れたあんたを嫌いになれたら、もっと楽だったかもしれないのに…。」
これで最後にしよう。これでダメだったら、
「ねぇ、道明寺…。もう一回、あたしを好きになって…。」
「バカだな…」
…ダメだったら、もう本当に諦めるしか、ない。
「今のは違うぞ。俺が、バカだったんだ。
…なぁ、前みたいに、また一緒に笑って話せるようになるか?」
あたしが望むことは、ひとつだけ。
「あたし、道明寺がいないと思いっきり笑えないみたいなの。それに、なんの為の10年だったか、聞きそびれた?」
「聞いてたよ。牧野、こっち来い。」
ベッドと出入り口の扉の間あたりに立っていたあたしは、数歩進んで道明寺に近付く。
「もっとこっち来い。」
そう言って道明寺が手をこちらに伸ばすから、ベッド脇まで行く。
道明寺があたしの両手を取り、繋ぐ。
10年振りに触れる、道明寺。
大きい手。10年前、この手が繋がれる度に安心できた。
道明寺。今度こそ、あたしはこの手を繋いで一緒に歩いていきたい。
道明寺が真っ直ぐにあたしを見てるから、あたしも真っ直ぐ道明寺の瞳を見つめる。
「牧野。お前、今も、10年経っても俺のことが好きか。」
何聞いてくるのこの男。本当に話を聞いてなかったのかな。まだ記憶がおかしいのかな。
「記憶が混乱してるんじゃない。お前の話も聞いてた。
言え。俺のことが、好きか?」
道明寺。
あの時、言えなかった言葉があるよ。
恥ずかしくて、素直になれなかった過去のあたし。
そのまま10年も経ってしまった。
「愛してる。」
昔も今も、一人だけを。