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花より男子の二 次 小 説。つかつくメインのオールCPです。

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Call out my name. 11

Call out my name. 11





道明寺と二人きり。
あきらさんと類が出て行ってしまった。
突然の状況に、まずは気持ちを落ち着けなければと、ホットレモネードを手に取り一口飲む。
お互い無言のままの静かな室内に、カップを置く音が響く。


「牧野、」

名前を呼ばれただけなのに、ドキッとする。
いつまでも名前を呼んでいて欲しかったけど、これも今日でおしまいかと思うと胸がきゅうっと締めつけられる。


「牧野、話をしていいか」

「……はい」

道明寺は、あたしから目を逸らすことなく話す。
今までこんなに顔を見て話すことなんて、なかった。


「どうして道明寺HDを辞めようとした?」

「……6年前に、専務のお母様と約束をしました。道明寺家に近付かないと。専務と関係を持ってしまった今、また周りに迷惑をかけるのは本望ではないので」

「お前は、俺が、好きなんじゃなかったのか」


なにを、いきなり。
バレていた?いや、そんなはずはない。
なんでそんなことを聞いてくるのか分からないけれど、今まで会話らしい会話をした記憶もない。
それとも、好きだったら道明寺の気が済むまで体を差し出せるだろうと言いたいのか。

「好きじゃ、ないです。何年前の話ですか、それ。あたしにあんなことしておいて、専務のことなんて好きになるわけ、……ない、ですよ……」

声が、震える。
嘘を付くことに、心が悲鳴をあげそうだ。
本当は大好きなのに、愛しているのに。

あたしはまた、嘘をつく。

震える両手を、道明寺に分からないように膝の上で指を組んで握りしめる。
こんな嘘、顔を見て言えなくて俯く。
道明寺の顔を見たら、きっと泣いてしまう。
こんな話なら早く終わらせてしまいたい。
あたしの本題はこれではないのだから。


「牧野、」

「分かってます。専務が私を憎んでることも、私を好きにならないことも。分かってるから、大丈夫ですよ。それに私が誰を好きかなんて、専務には関係ないじゃないですか」

「関係、ない?」

「はい。専務にはどうでも良いことですよね?専務だって、初めにそう言ったじゃないですか。お前が何を思っていても関係ない、黙って抱かれとけって言ったの、専務ですよ」

「それは、」

「専務。専務も、いつかはどなたかと御結婚されるでしょうに、いつまでもこんなことしてたらダメですよね。
だから話が済んだら、もう会わないほうが……」

「牧野!話を聞いてくれ!」

道明寺が、大きい声を出すから。
顔を上げて道明寺を見てしまった。


なんで?
なんで、そんな泣きそうな顔をしているの。
泣きたいのは、あたしのほうじゃないの?


「……なによ、大きい声、出さないで……」

「……悪い。頼むから、話を聞いて欲しい」


そうだ。
道明寺と話をすると決めたのはあたしだ。
どんな内容でも、まずは道明寺の話を聞かなければ。

緊張でカラカラになった喉を潤そうと、またホットレモネードを手に取る。
もうすっかり冷えてしまったレモネードを一口飲んで、カップをテーブルに置いたのを見た道明寺は、再び口を開いた。


「お前の、土星のネックレスを見つけた時、まさかと思った。二度と見ることはないと、思っていたから」

「……不愉快、でしたよね」

「最初は、そう思った。
俺の気持ちを無視して踏み躙っていなくなったお前に、持っていてほしくなかった。お前は運命の女じゃなかったと思っていたから。
なのに今さら道明寺HDに来て、他の女と同じように俺を見て騒いで。何を考えてたのか知らないが、馬鹿にされてんのかと思った」

道明寺に嫌な思いをさせたいわけではなかったけど、あたしの勝手な想いだけで軽はずみなことをした。
遠くから姿を見るくらい、許されると思ってしまったのだ。


「あれから俺はずっと、お前を絶対に許さないと恨んで憎んで生きてきた。
お前にあんなことをしたのも、俺がされたように、めちゃくちゃにして傷付けてやりたいと、泣いて許しを乞うまで絶対に許してやらないと、そう思って」

「専務、分かってます。あの時はそれだけのことを、専務の気持ちを無視して酷いことを言いましたから。道明寺HDに就職したのも、決して専務を不愉快にさせるつもりではなかったんです……」

「牧野が、花沢物産と美作商事へインターンップに来たという話は聞いてた。みんなお前が元気にしてるのか、ずっと気にしていたみたいだからな。
俺はもう、お前は英徳でのことなんて忘れて暮らしていると思ってた。なのに調べてみたら道明寺HDにもインターンシップに来ていたことが分かった。俺の母親と道明寺家には近付かないと約束をしていたはずが、なぜ就職を希望しているのか分からなかった」

忘れたいと思った。
それでも一日たりとも忘れられなかった。
忘れたくなかった、が正しいけれど。
また道明寺に会いたい。それだけで就職した。


「英徳では短い期間だったが、お前に赤札を貼ったり手下使って襲わせたりしたからな。まわりを巻き込んで、あんな形で英徳を辞めていったし、俺に復讐でもするつもりなのかと」

全然違う。復讐なんて、一つたりともない。
まさか、そんな風に捉えられていたとは。

「それなら俺も、お前にいつかまた会うことがあったら復讐してやろうと思っていたから、あきらたちに有無を言わさず、うちだけ内定を出すようにした。復讐の為に来るなら、俺に近付きやすい道明寺HDだろうと。
系列の子会社もいくつか受けていたみたいだが、他を全て内定を出さないのは不自然だからな、少しは内定を出すように操作したが」

類が言っていたのは、このことだったのか。
まさか就職まで圧力をかけられていたとは思わなかった。
道明寺は、あたしに復讐するつもりで内定を出したと言っている。
でも、それならなんで類は道明寺とあたしがよりを戻すと思っていたのだろうか。
この疑問がまた頭をよぎるけど、2人の言っていることが正反対過ぎてよく分からない。


「土星のネックレスを見つけた時に、混乱した。なんであるのかと。お前は俺に好きじゃないと言っていなくなったのに。なんでまだ持っているのか、聞いてやろうと思って会議室まで戻って…、それなのに、あんなに笑顔でお前は…、」

道明寺は一度言葉を切ったけど、また話を続ける。

「夜に、牧野の知り合いなら迎えに来いと電話が来た時、何が目的で道明寺HDに来たのか今度こそ問いただしてやろうと、そのつもりで迎えに行った。住所は履歴書見れば分かるからな。秘書の西田に調べさせた。」

田中さんたちと飲みすぎて寝てしまった時のことだ。
こんなことになるとは思わず、居た堪れない気持ちになる。


「その時に、お前があの頃と同じように俺の名前を呼んだんだ。……道明寺と。
専務じゃなく道明寺と呼んで、そして、……まだ、好きでごめんって、言った」


なんてことを言ったんだ、あたしは。

電話が繋がるとは思っていなかったとはいえ、酔って寝ていた状態で迎えに来させ、家まで送らせて、あまつさえ呼び捨てにした挙句、本人に好きだと言った?
まさかそんなことを言ったとは思わず、血の気が引いていく。


「わけが分からなかった。あの、6年前の言葉は何だったのか、土星のネックレスと、お前の言葉をどう捉えたらいいのか分からなくて、なのに俺が迎えに来たことにも気が付かず呑気に酔って寝ているお前を見ていたら、それでも復讐してやりたい気持ちが大きくなって、意識のないお前を、……無理矢理抱いた」

「お前が俺を専務と呼ぶ度に、なぜかイライラが止まらなくて傷付けてやりたくなった。だけど同じくらい別の何かが湧き上がってきて、それが何か分からなくて余計にイライラして、またお前に乱暴なことをして。
それでもお前は俺のすることに何も言わなかった。拒否しなければ泣きもしない。だから、もうこのまま傷付け続けて、ボロボロになったら捨ててやろうって、」

そうでしょう?
きっと道明寺は、そう思ってると。だから、何も言わなかった。
あたしは何をされても構わないと思っていたから。
そっとお腹に手を当てる。


「海外出張は、いい機会だと思った。牧野を傷付けてやりたいと思っているのに、出張が決まった時、これ以上お前を傷付けなくて済むと、なぜかそれでホッとしたんだ。この矛盾が何なのか分からなくて、……とにかく何かを考えたかった」

それでも道明寺は、ずっとあたしを見つめたまま、話し続ける。
なぜか目を逸らしてはいけない気がして、あたしも道明寺を見つめたまま視線を動かすことが出来ない。


「出張から帰ってきて、お前があのアパートからいなくなっているのを見て初めて気が付いた。「道明寺」とお前だけの呼び方を聞いた時から、あの頃の気持ちがずっと俺の中に残っていたことに」


道明寺は今、なにを、言った?


「俺は、恨んで憎んでいるのに、同じくらい牧野が好きなんだ。どうしようもなく、好きになるのを止められない」


なんで、どうして。
道明寺は、あたしを憎んでるって言ったのに。
あたしに復讐したいんでしょう?
だからそれを終わらせたくて、ここから一歩を踏み出そうと、決心したのに。
なんで今、そういうことを言うの?
なんで、


「今思えば、恨んでいたいのに、憎いはずなのに、お前を抱けば抱くほど好きになっていくのに気付いてなかった。
好きだから、めちゃくちゃにしてやりたいと思っていたのに、これ以上お前を傷付けたくないと思うんだ。
俺が黙れと言ったのは、お前が、……牧野が、道明寺と呼ばずに専務と呼ぶことに苛ついてたからだ」



嘘だ。
こんなことになるなんて、まさか、こんな、道明寺が。
どうしたらいいのか、分からない。
分からなくて、ただ首を横に振ることしか出来ない。
言葉も、喉がつっかえて、出てこない。


「牧野。俺のしたことを許さなくていい。もう二度と、お前を傷付けるようなことは一生しないと誓う。
母親にも、何もさせないと約束させた。
俺のことを、好きじゃなくてもいい。
それでも、俺の側にいてほしいんだ。まきの、」


「またあの頃のように、俺の名前を呼んで、側にいてくれ……」



名前を、呼んでいい?


ずっと呼びたかった。
でも呼んだらいけないと、あの頃とは違うのだと、一線を引かなければ復讐を求める道明寺に、許しを請いてしまいそうだったから。
謝ることも、泣くことも出来ないあたしには、そう戒めをするしかなかった。

呼んだらもう、止められない。
涙も、気持ちも、何もかも。
きっと全部あふれて出てきてしまう。
こんな都合のいい話があるわけないと思うのに。
口元に手を当てて、声が出ないように押さえても、もう遅かった。


だって、道明寺が、呼んでって。



「どう、みょうじ…、」


「道明寺、」

「道明寺、好きなの…、」



一度言ってしまえば、涙も、気持ちも、溢れてしまって止まらない。
もう、涙で道明寺がボヤケて見えない。
頬が涙で濡れていくのが分かる。

それでも、もう止められない。


「ずっと、ずっと好きなの。どうしようもなく、好きなの」

「牧野、」

「道明寺、ごめんなさい……!あの時、嘘ついて、傷付けて、ごめんなさ……、」


涙も、好きも、後悔も。
何もかもが溢れてきて、うまく話せない。
ちゃんと、謝らないと、いけないのに。

「牧野!」

道明寺があたしの前に跪き、口元で震えるあたしの両手を取り、膝の上で包むように握りしめる。
道明寺の、二度と触れることは叶わないと諦めたはずの温もりが、もう自分でさえも止められないほどに、堪え切れずに溢れ出す。


「憎まれても、恨まれても…、それでも、好きなのやめられなくて、ごめんなさい……!」

「違う、牧野!」

「また、誰かに迷惑掛けたくないのに、道明寺に会いたくて、会社まで、ごめんなさい……っ!」

「謝るのは、俺なんだ。あれは、あの時の俺は、お前に頼りにされるような力は何もなかった。なのに、嘘までつかせて、お前一人で辛い思いをさせて、悪かった……!」

「道明寺ぃ……っ、」


「俺が、俺がバカだったから、だから、牧野。頼むから、
もう俺を諦めないでくれ……!」



道明寺に隙間などないほどに、しっかりと抱きしめられて、再会してから初めてお互いに正面を向いて抱き合っていることに気が付く。

ずっと欲しかったこの人のぬくもりが、我慢も躊躇いもなくしてしまう。

今までほとんど触れることのなかった体温に、
懐かしさと愛しさの混じるコロンの香りに、
あたしも道明寺の大きな背中に手を回して、しがみつく。



そしてそのまま涙も声も抑えられずに、しばらく泣き続けていた。










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Call out my name. 10

Call out my name. 10






考えた。
今までの人生で、一番考えた時期だったと思う。なんせ、あたし一人の話ではなかったから。
あきらさんと類にも、たくさん相談した。
それに、なによりも。
あたしが、どうしたいか。


道明寺。
あたしは、あなたも幸せに暮らしていて欲しいと願う。


基本は全面的に道明寺の意向に沿うつもりだ。
ただ、堕胎と子ども本人が望まない限り、子どもと離れて暮らすことは絶対にしない。
あたしの希望はこれだけ。
これをどこまで通せるかが問題なんだけど。


あとは認知から戸籍の扱い、養育費のこと、子どもをどこまで道明寺家に関わらせたいか、道明寺のお母さんとの約束のことも話さなければならない。
出来る限り書面に残しておくことと、念の為、後々齟齬が出ないよう言質を取るためにボイスレコーダーも用意した。


それにしても、道明寺は一体なにを話しに来るのだろうか。
再会してから、会話らしい会話はなかった。
何で急にいなくなったのかと、文句を言いたいのだろうか。
まだ気が済んだわけではないだろう。あたしが勝手にいなくなったんだし。
…そもそも、なんであたしがあきらさんのおうちにいるって知ってるの?


メルヘンな家具とぬいぐるみが並ぶリビングで、ホットレモネードを飲みながら、あきらさんと向かい合ってソファに座っているけれど、やはり落ち着かない。

午後には道明寺が来る。
その前のお昼頃には類も来てくれることになっている。
今のうちに聞きたいことを聞いてみようかな。


「あきらさん」
「どうした、牧野」
「……専務に、あたしがここにいるって言ったの、あきらさん?」

それを聞いたあきらさんは、読んでいた経済誌を閉じてテーブルに置き、何を言っているんだと呆れたような顔をする。

「俺は牧野の味方だけど、司の味方でもあるって言っただろ。それに俺は、お前の妊娠を知った時からずっと司と話せとも言ってる」

そう言い返されてしまった。
確かに言ってたけど…!もう!
居場所がバレたら、なんの為にあきらさんのおうちに来たのか、分かんないじゃない。

「もう一つ。前に類から聞いたんだけど、あたしが道明寺HDに入社するのは専務が決めたって言ってた。あきらさんも知ってたの?」
「ノーコメント。司に聞け」

む。

「美作商事も花沢物産も大河原財閥も内定もらえなかったんだけど、関係ある?」
「……ノーコメント」

むむっ。

「あきらさん意地悪。あたしの就職に関しては、当事者じゃないの?類が知ってるのに、あきらさんが知らないわけないもの」
「牧野、言ってくれるな。あの時はこんなことになるとは思ってなかったんだ」
「やっぱり知ってるんだ。類はそれで専務とあたしがよりを戻したと思ったって言ったの。なんでそう思ったのか分からなくて。専務はあたしに復讐したいと思ってるはずなのに……」

それでももう、あきらさんは何も教えてくれなかった。
それからしばらくしてお昼ご飯をと呼ばれたけれど、つわりと緊張であまり食べられなかった。



道明寺に、会う。
会いたい気持ちと、会ったら何を言われるのかという恐れる気持ちとで、落ち着かない。
そんな時、類が美作邸に到着した。

「類、来てくれてありがとう」
「今日はどう?つわり、平気?」
「多少つわりもあるけど、今は緊張しちゃって……」

落ち着かない。全然落ち着かない。
そわそわして、うろうろして。


「牧野、東屋行くぞ」

あきらさんに、そう声を掛けられて、類と3人で連れ立って歩く。


美作邸には、これまた洋風のかわいい東屋がある。
東屋と言ってもガゼボのような簡易的なものではなく、最早、小さな離れと言っても良いくらいだ。リビング、ミニキッチン、トイレにお風呂まであるのだから。
内装も可愛く、白をベースにフレンチクラシカルとロマンティックが混ざったようなインテリアで、フリルやレースもふんだんにあしらわれている。

リビングに入り、座り心地が良さそうな、ロココ調のようでそれでもシンプルなファブリックの一人掛けソファを選んで腰を下ろす。
類はすぐ横の二人掛けソファのあたしに近いところに優雅な仕草で座り、あきらさんは座ることなくリビングの奥へと向かう。

「ここなら本邸と離れてるし、使用人たちにも近付かないように言ってあるから。」

話す内容はかなりナイーブだ。外に漏らすわけなはいかない。
そう言いながらあきらさんは、ミニキッチンで飲み物を用意しようと準備を始める。


「牧野、なに飲む?コーヒー、紅茶、いつものホットレモネード?」
「ごめんね、あきらさん。ホットレモネードが良いな。ちょっと前からコーヒーの香りがダメで……」
「じゃあ俺らは紅茶にするか」

あきらさんが気遣って聞いてくれる。本当は飲み物くらい自分で淹れたい。
安静と言われているけれど、絶対安静ではないから、身の回りのことくらいならしてもいいはずなんだけど。
それでも、あきらさんがいる時は極力あたしを動かさないようにしてくれている。

つい先日まではデカフェのコーヒーを飲んでいたのに、今は香りもダメになってしまった。今はホットレモネードばかり好んで飲んでいる。
毎日刻々と起こる自分の変化に戸惑うけれど、これもお腹に道明寺の赤ちゃんがいると思うと耐えられるから不思議なものだ。


あきらさんにホットレモネードを渡され、一口飲んでホッと一息ついたところで、類が気が付く。

「司、来たんじゃない?」

それを聞いて、急に心臓が鼓動を速める。
さっきまでのホッとした気持ちは一瞬でどこかへ飛び去ってしまった。
最早つわりなのか緊張なのか分からないが、吐き気までしてきて思わず口元に片手を当てて俯く。

「牧野、大丈夫?」

類が心配そうに顔を覗き込み、もう片方の手をギュッと握ってくれる。

しっかりしろ。
あたしは、もう母親だ。一人じゃない。
あきらさんと類もいる。

「大丈夫」

しっかり、前を向け!



そして、あきらさんがリビングの扉を開いて見えた姿に。

道明寺に、会えた。
また、会うことが出来た。

本当に自分がバカすぎて嫌になる。
これから話さなくてはいけないことがたくさんあるのに、また会えた喜びに胸が震える。

道明寺を、目を逸らさず、しっかりと見る。
リビングに入ってきた道明寺と、すぐに目線が合った。

何か、言わないと。

「専務、お久しぶりです。今日はご足労いただきまして、ありがとうございます」

そう挨拶をしただけなのに、道明寺は顔を顰めてそっぽを向く。

あぁ、やっぱりあたしの顔なんて見たくなかったんだ。
話もきっと、文句を言いたいとかなのだろう。


「おい、なんで類とあきらもいるんだ?」

道明寺はあたしの挨拶に返事を返すことなく、あきらさんたちに話し掛ける。

「今のお前らが、二人きりでまともに話せるとは思えないからな。立会人だ」
「俺は、つくしの味方だから」

つくし?あれから類と呼ぶようになったけど、類はあたしを牧野のまま呼んでいたのに。なんで急に?
道明寺は更に眉間に皺を寄せて、類とあきらさんを見ていた。

「牧野と二人で話したい」

「ダメだ。俺たちは司がつくしに何をしたのか知っている。そんなやつと二人きりになんか出来るわけないだろ」

類、あきらさん。あなたたちは本当に優しい人だ。
道明寺との話し合いで、あたしが不利にならないようにと言った話を覚えていて、守ってくれようとしている。

「牧野に話をする以外に何かするつもりはない。これ以上、牧野には近寄らないと誓う」

道明寺はそう言って、あたしの座るソファからテーブルを挟んだ、一番離れたところにあるソファに座る。
あきらさんはソファには座らず、道明寺の斜め後ろに少し離れて立っていた。

「それでもダメだ。俺は、つくしといる」


「……分かった。類にも聞きたいことがある。これは、何だ?」

そう言って、あっさりと引き下がった道明寺はスーツのジャケットの内ポケットから、封筒を出した。
ローテーブルに出されたそれを見れば、法律事務所から出されたものだと分かる。
なんのことだか分からず類を見ると、恐ろしく真面目な顔をしていた。

「見たままだけど?」

類はそれでも平然と言う。なんの話か分からない。

「牧野の退職願。なんで牧野でも花沢物産でもなく、花沢家の顧問弁護士から来るんだ?」

え?確かに手続き関連は類にお任せしたけど。

「類?どういうこと?」

あたしも意味が分からず、類に尋ねる。類は口角を上げ少し笑うと、こう言った。

「つくしはもうすぐ、花沢の人間になるからね」

そうだね、花沢物産に転職するからね。
意味が分からず、それでもあたしはポカンとした顔をしていたのか、それを見たあきらさんが道明寺の後ろで小さく肩を震わせて笑っている。

「ふざけんなよ、類」
「ふざけてないよ。ずっとふざけてるのは司だろ」
「横から出てきて取っていく気か」
「それは違う。つくしからだよ。現に司は、つくしから何も聞いてないんだろ?」

どんどん道明寺の顔が険しくなっていく。
どうなってるの?なんの話なの?
あきらさんはずっと笑ってるし。

「類、あんまり言ってやるな」
あきらさんが笑いを堪えながら類に言えば、

「今のつくしの状況を考えたら、このくらい俺がしてやるのは当然だろ」
そう類も返事をする。

「類、なんの話なの?あたしに分かるように話してよ」

本当に何を話しているのか分からなくて、そう声を掛けても、道明寺と類はあたしを無視して話を続ける。

「あの時、お前らは諦めたはずだろ」
「こんなことになるとは思わなかったからだ。
もう全部つくしから聞いてるって言っただろ。それが分かってたら諦めなかったし、そもそもに絶対に許すわけない」
「そうだな、そこに関しては俺も類に同意だ。滋だってそうだろ」

滋さん?
あきらさんの口から出た、久しぶりに聞いた名前に、なぜ今ここで出てくるのか疑問ばかりが浮かぶ。

「だから、そのことも含めて全部を話しに来たんだ」
「司はさ、最初からそういうつもりで、つくしを?」

「最初は、そうだった。でも今は違う。違うんだ、類」

道明寺と類はジッと視線を逸らさず、お互いを見て話していた。
それを聞いた類は、それでも道明寺を見続けていたけど、徐に立ち上がる。


「あきら、外行こ。牧野、何かあったらすぐに呼ぶんだよ。近くにいるから」

そう言うと、あきらさんと2人で東屋を出て行ってしまった。











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Call out my name. 9

Call out my name. 9





「逃げるな」


美作さんがあたしを諭すように話すけれど、話したくないのは道明寺じゃなかったのか。

「あきらさん、専務は話なんかしたくないはずだよ。今までだって、話なんてしたことないし……」

「牧野。お前の思い込みで司が話をしたいかどうかを決めるんじゃない。
それに、司に子供のことは言わないとダメだ。
お前らがどうなろうと知ったこっちゃないが、あいつはもう生物学上の父なんだ。それを知らせないのは、違うと思う。あいつにも子どものことに関しては権利がある。それを話もせずに牧野が勝手に全てを決めてしまうのは、酷いことだと思うぞ」

酷い?

「よく考えろ。子どもの父親は道明寺家の長男で、道明寺財閥の後継者だ。
まわりに知られないように、ひっそりと隠れて暮らすことを子どもにも強制するか?そのうち聞かれるぞ、父親は?ってな。
その時に子どもに堂々と話せるか?子どもに父親がいない理由を話せない、後ろめたい気持ちを抱えたまま生活をしながら、育てられるか?
それに、もし産まれた子どもが司に似ていたら?それこそ時間の問題だ。
子どもが大きくなったら、外に出ることを止められなくなる。高校、大学、就職。
いずれは道明寺家の誰かに知られる。いつか司が別の誰かと結婚して、そこに子どもがいたら?否応なく後継者問題や相続問題に巻き込まれるぞ。
それこそ常に、道明寺家や道明寺財閥を気にしながら生活しなくてはならなくなるんだ。
そこまで覚悟して、司に言わずに産んで、育てられるか?」

「分かるか、牧野。もう既にお前一人の問題じゃない。
子どもの話なんだ。子どもの人生の、一人の人としての権利の話だ。
それを牧野一人で決めるのは、父親の司にも、生まれてくる子どもにだって、あまりにも酷い話だ」



頭を殴られたかの様な衝撃だった。

あたしは馬鹿だ。この子がいれば、なんでも頑張れるなんて言いながら。
頑張るのは、あたし一人じゃない。この子をも巻き込む話だ。
一番大切にしたいのに、この子の人生を、苦難に満ちたものにしたくないのに。

尚もあきらさんは話を続ける。

「話したとしても、まずは認知からだ。父親の司に認知してもらうかどうか。それで子どもの戸籍だって変わる。
お前のことだから、司が認知したとしても金のことを問題にするつもりはないだろう。でもそれも、きちんと決めなければならない。認知をすれば、司には養育費を払う義務が発生するからな。
道明寺家とだって、お前は関わりたくないと思うかもしれないが、司は?
認知をすれば司の戸籍にだって、その事実が記載される。司が良いと言ったとしても、それを道明寺家が許すかも分からないし、認知をするにしてもしないにしても、どこまで子どもを道明寺家に関与させるのか。そういうありとあらゆることを書面に残し、話し合うことをしないと後で大変なのは、お前じゃない。子どもだ」

「牧野、わかるか。産むことを一人で決めることは出来ても、一人の人間を育てるっていうのは大変なことなんだ。
ただでさえ子育てっていうのは決断の毎日なんだよ。それが、相手が一般家庭の男ならまだしも、父親の司は道明寺家の長男だ。
ただの日常だけじゃなく、これだけのことがこれから起こるかもしれない。もっと大きな問題だって起こり得る。それを想定しながら育てるんだぞ。
俺たちだって助けられることなら何だってしてやる。それでも、まずは司と牧野が話さないことには、どうにもならないんだ」

「牧野、あんた行政書士の資格もってるんでしょ?」

突然、花沢類が聞いてくるけど、言いたいことはわかる。

「持ってる。だから、認知さえしなければ戸籍には残らないから、もし調べられても父親が誰かなんて分からないと思ったの。
似てるかどうかとか、そんなの考えてなくて…、どこか片田舎にでも行って、のんびりひっそり二人で暮らそうって。バレないように隠れてって……。
でも…、子どもにだって人生を選ぶ権利があって、その選ぶ権利を親が奪っていいことなんて、ないのよね……」

「牧野、司と二人きりで話すのが怖いなら、俺たちも一緒にいる。牧野が不利にならないように、少しでも牧野の意向に沿えるように付いてるから」

花沢類も優しく話し掛けてくれる。
あたしはどこまでも恵まれていることに、今更ながら気付く。
話せば助けてくれる友人がいることの、なんと有り難いことか。


親としての事情を子どもに押し付けて、我慢や何かを強制するようなことはしたくない。
そんなことにも気付かないほど、あたしは自分さえ頑張れば良いと思い込んでいた。

誰にも話さなければそれで済む、自分で、一人で何とかしなければと。
道明寺のお母さんが怖いとか、まわりに迷惑をかけるとか、そんなことばかりで一番大切なことを忘れていたのではないか。
何よりも、自分よりも、守らなければならないのは。


「分かった。ちゃんと、話す」


決めた。
もう、逃げない。
憎まれても、恨まれても、それでいいと思っていたけど。
これは、あたしの感情とは違う問題だ。
間違えてはいけない。

産むと、育てると決めたのはあたしだけど、生きていくのは、この子だ。
この子の為なら、なんだってする。


「牧野、大丈夫だよ。牧野に酷いことをしたかもしれないけど、司だってもう大人だ。ちゃんと冷静になって話せば、分かるはずだよ。
それに、なんの力もない高校生だったあの頃とは違う。この6年で母親にだって立ち向かえる力を付けてきたはずなんだ。司の母ちゃんとの約束が怖いなら、それも司に言うんだ。お前の母親なんだから、お前が何とかしろ!ってね」

花沢類が、優しい顔で、優しい声で話すから。
どこまでも優しい、初恋の人。
泣いている場合じゃないと涙を拭うのに、次から次へと涙があふれる。

「まぁ、司と牧野がよりを戻せば何の問題もないと思うけど」

類ってば!そんな簡単な問題じゃないって話したばかりなのに。
おかしくて、思わず泣きながら笑ってしまう。


そうだ。笑っていたい。
子どもと、ずっと笑って生きていきたい。
あの人を想い泣きながら、道明寺家に怯えて暮らすことは、したくない。


しっかりしろ、牧野つくし!
あたしは、何度踏みつけられたって起き上がれる、雑草のつくしだ!
ここで逃げるような真似をして、子どもに恥じるような生き方をしてはいけない。6年前、道明寺のお母さんに自分で言ったではないか。
人に恥じるような生き方をしていないと。
まだ膨らみもなにもない、お腹に手を当てる。

今は小さな小さなあなたにも、大きくなった時に何の憂いもなく、しっかりと前を向いて歩いて生きてほしい。



「あきらさん、類。あたしは、自分の力でと思ってた。誰の迷惑にもならないようにって。
でも、もし話し合いが上手くいかなくて、道明寺が、道明寺家が何かしてきたら。この子の為に、あなた達の力を貸してください。会社も巻き込むことになるかもしれない。それでも、ここまで巻き込んだあたしが言うことじゃないけど、協力してください。よろしくお願いします!」

「おいおい、あんなに権力を嫌ってたお前も言うようになったな!」

あははと笑いながらあきらさんが答えれば、類も笑って言う。

「牧野、お前と司が出会った時から俺らはもう巻き込まれてるよ。今さらだから、気にすんな」



道明寺と、ちゃんと話し合う。

まずは一歩、ここからだ。













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Call out my name. 8

Call out my name. 8





穏やかだなぁ。
ここが都内とは思えないほど、のんびりゆったりした環境にあくびを嚙み殺す。


倒れて病院に運ばれてから2週間が経った。
あれから花沢類と美作さんに助けてもらい、今は美作邸でお世話になっている。
単純に、ここなら道明寺のお母さんも迂闊に手は出せないと思ったから。
道明寺HDも辞めたし、道明寺とも縁は切れた。関わりがあるとすれば、お腹の子だけ。
あたしの妊娠を知るのは、花沢類と美作さん、あとは美作さんのお母様の3人のみだけど、美作さんのお母様はお腹の子の父親が誰かまでは知らない。
もし6年前の約束を破ったことを道明寺のお母さんに知られても、何か仕掛けてくるなら、あたしにだけだろう。



美作さんのおうちは、とてもメルヘンだった。
洋風のお邸に、秋薔薇がきれいに咲き誇る庭園。お部屋も色とりどりの花があちこちに飾られ、ファンシーな動物のぬいぐるみたちが室内を明るくさせていた。

美作さんのご家族も、お姉さんにしか見えないほど若々しいお母様に、ふわふわと背中に天使の羽が見えるような気がするくらいに可愛い女の子の双子ちゃん。
突然お世話になることになったあたしを、疎ましく思うことなく受け入れてくれた。
使用人の方もたくさんいて、身の回りのことをしてくれるから、今はとても助かっている。
まぁ、あたしの身の上の事など知らないから、突然来て働きもせず、のんびりしているあたしを、どう思っているかは分からないけれど……。


美作邸に匿ってもらったあと、ちゃんと産科にも行かせてもらって、検診もした。
気付かなかったとはいえ、少し無理をしてしまったのと貧血が酷いからと、お医者様に安静を言い渡されてしまい、仕事もせっかく転職出来たと思ったのに出勤日が決められずにいる。
類にも何の心配もいらないから、今は休んでろと言われてしまった。
手続きなど本来は自分で社に赴かなくてはいけないのに、お言葉に甘えてお任せしているのが心苦しいけれど、こればかりは仕方がない。

ただ、穏やかで至れり尽くせりな環境に、考える時間が増えてしまった。

すると、どうしても気になるのは道明寺のこと。
どうしてるかな。もう出張から帰ってきてるはず。
アパートへ行って何もなくなってるのを見て、何を思うかな。

……何も思わないか。
きっと、あたしがいなくなって清々してる。
やっといなくなったかって、職場でも気にすることなく仕事に邁進出来るって、思ってる、はず。
そもそもにアパートにすら来てないかも。

これで、良いんだ。
道明寺だって、いつかはどこかの御令嬢か誰かと結婚するだろう。
もし、その時が来ても、あたしにはこの子がいるから。
それだけで頑張れる。

でも、いつまでも花沢類や美作さんに頼っているわけにもいかないし、いずれはこの子と2人で生きていかなくてはいけない。
その為にも、なるべく早く仕事に復帰したい。
転職したばかりなのに、あと数ヶ月で産休に入るなんて迷惑がかかるのも分かっているけれど。
また花沢類と美作さんに、これからのことを相談させてもらおう。


もう外はすっかり秋めいて、冬の気配がし始めている。
庭園の秋薔薇がよく見える日当たりの良いテラスで、体が冷えないようにモコモコのストールを巻き付ける。
アカプルコのロッキングチェアをユラユラさせながら、デカフェのコーヒーにミルクをたっぷり入れたものを飲みつつ、出社しなくても在宅で出来る仕事とかないかな、なんてそんなことを考えていたら、花沢類が訪ねてきた。

「牧野、元気?調子はどう?」
「花沢類!」

花沢類は仕事の途中なのか、スーツを着ていた。
ライトグレーに細い白ストライプの入った、見ただけで上質だと分かるようなスーツに、ネクタイは無地の濃紺を締めていた。
前から王子様然としていた男だけど、スーツを着ている姿も大人の男として素敵だな、と思う。
思うだけだけど。

「お仕事中じゃないの?大丈夫?」

そう訪ねてみると、花沢類は何事もないように休憩中だから大丈夫だと言う。
休憩中にここまで来るの?と疑問には思うけど、心配して来てくれたことに変わりはない。
つわりも吐くほどではないけれど、常に吐き気がするし、食の好みの偏りも出てきて匂いにも敏感になっている。

「ありがとう、花沢類。多少つわりはあるけど、今のところ問題もないし大丈夫だよ。美作さんのお母様たちも、みんな良くしてくれてる。申し訳無いくらいで…」

だからこそ、いつまでも迷惑かけられない。

「あの、仕事のことなんだけど、」
と話し始めると、それを遮るように類が話し始めた内容に動揺した。

「牧野、道明寺HD辞めてないね。たぶん、司が退職届を保留にしてるんじゃないかな。まだ退職してないから、雇用保険と社会保険の手続きが進められないんだ。だから、はっきりするまで入社日も決められない」

「え?な、んで?どうして、え?!」
「牧野、大丈夫だから落ち着いて」

花沢類が冷静に話し掛けてくるけど、それどころではない。
辞めたと、離れられたと思ったのに。

「ちゃんと、退職願も上司の総務部長が面談して受け取ってくれたし、人事部の人とも話して、退職の手続きをする書類も書いた!」
「うん、分かってるよ。そこまでして退職扱いになってないなら、留められるのは司しかいないだろう。だから今、うちの会社のやつに道明寺HDに確認してもらってるから。ほら、あんまり興奮すると、お腹の子がびっくりするよ?」

そう言われてハッとする。そうだ、あたしはもう一人じゃない。動揺してる場合でもない。

「花沢類、大丈夫。退職出来る。ちゃんと社内規定に則って退職願を出してるし、退職理由も曖昧にしないで、転職先が決まりましたので、ってはっきり伝えてある。これを保留にするのは、違法のはず。ちょっと時間はかかるかもしれないけど、もう一度、退職願を内容証明郵便で送れば、会社は拒否できない」
「牧野、随分詳しいね。元々辞める意思でもあったの?」

花沢類が少し笑った気がしたけど。本当にいろんな資格の勉強をしていたから。

「行政書士の資格を持ってるんだけど、次は社会保険労務士の資格も欲しくて、勉強してたの」
「資格はいくつあっても困らないけどね。どうしてそんなに資格を?」
「……どうしても道明寺財閥で働きたかったんだもん」

まともに顔を見て話すのは恥ずかしくて、そっぽを向いて呟く。
道明寺に少しでも会えたらと思っただけ。

「牧野、あとはうちに任せて。今の牧野は安静にしてないといけないからね」

花沢類はどこまでも優しい。
あたしのわがままに付き合わせてるのに。

「花沢類、いつもありがとう。本当に迷惑ばかりかけて、ごめんなさい」
「あんたは、ありがとうとごめんなさいが素直に言えるんだね。牧野の良いところだ」

花沢類はそんなことを言いながらクスクス笑う。この人、こんなに笑う人だったっけ?

「ねぇ、そろそろさ、花沢類ってやめようよ。もう高校生じゃないんだし、フルネームで呼ぶって変だから。あきらたちみたいに、類って呼んで?」

もうずっとフルネームで呼んでたから、いきなり名前で呼べって言われても照れて恥ずかしくなってモジモジしてしまう。

「いや、いきなりは無理じゃない…?」
「なんで?別に恋人になってとかじゃなくて、名前で呼ぶだけじゃん。ね、つくし」

やめてー!
なんだか面映ゆくて、両手で顔を隠してしまう。
そんな王子様スマイルで名前を呼ばれたら、初恋を思い出してドキッとするし。

「おまえら、何やってんの?」

突然、声を掛けられて振り返ってみれば、いつの間にか美作さんがいた。

「おい、類。まだ仕事中じゃねぇの?」
「あきらもでしょ。なんでいるの?」
「おい!ここは俺んちだぞ。自分の家に帰ってきただけだろうが」
「あきらさん、おかえりなさい」

そう言うと、美作さんはにっこりと笑って、ただいまと返してくれた。
そうすると黙ってないのは花沢類だ。

「なんで『あきらさん』なの?」

ついさっき、名前で呼ぶ呼ばないの話をしたばかりだからか、不機嫌顔で訪ねてくる。

実は、ここ美作邸でお世話になり始めてすぐの頃。
みんなと一緒に食事をいただいている時に、美作さんと呼んだら、お母様も双子ちゃんもみんな返事をしてしまったのだ。
ここが美作家なのだから、当然みんな美作なんだけど。
紛らわしいとのことで、美作さんは必然的に『あきらさん』で決まってしまった。

そう経緯を話すと花沢類は、次はうちに来れば良いと言い始めた。
なんだかおかしくてクスクス笑ってしまう。
2人とも、あたしが落ち込まないように、明るく会話をしてくれているのだろう。

「あきらさん、類。ありがとう」

そう言えば、類はニッコリ微笑んでくれた。
すると、あきらさんが徐に口を開く。

「そうだ、牧野。今週末に司がうちに来るからな」


道明寺が、来る?

美作さんが何気なく、なんてことないように言うから。

「え、あ、うん。じゃああたしは、その間は外に出てる、ね」

動揺して話し方もしどろもどろになってしまった。
どうしても、道明寺の名前を聞くと心がざわついて、落ち着かなくて、動揺してしまう。

「牧野。司がお前と話がしたいと言ってきたんだ。会うかどうか、お前に聞いてからでも良かったが、余計な時間をやるとまたグズグズ悩むだろ。だからこっちで勝手に決めさせてもらった。ちゃんと司と会って話すんだ。逃げるな」









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Call out my name. 7

Call out my name. 7




「牧野が?」
「はい。一ヶ月ほど前に退職願が出されていたそうで、総務部長が受理しています。退職日は今週末の日付になっていますね。それまでは有給消化して退職です。退職理由は、転職先が決まったからとしか言わなかったそうです」

牧野が、道明寺HDを辞める?

牧野。
またお前はそうやって、俺を置いていく。
俺の気持ちなど、初めから存在しないかのように。
あのアパートからも引っ越して。

予定より早く終わった海外出張に、なぜか逸る気持ちを抑えてアパートを訪ねてみれば、牧野が住んでいたのかさえ、分からなくなるほどに何もなく。
大家に無理矢理開けさせた玄関扉の前で立ち尽くす。

牧野。


いや、牧野に俺の気持ちなど、関係ない。
お前を、牧野を傷付けて、めちゃくちゃにしてやりたかった。
牧野は俺のすることに傷付いた。
だから、俺から離れていった。

それだけ。

俺は、これで満足するはずだった。
そうしたかったはずなのに、どうして、こんな気持ちになる?

どうして、また一人にされたと、置いて行かれたと、感じるんだ。


子どもの頃の自分を思い出す。
親は仕事で忙しく、大きい邸に一人置き去りにされ、他人に育てられたことに幼心は傷付いた。
高校生になっても、運命だと思った女に酷い言葉とともに捨てられ傷付いて。
幼い頃の自分と重ね合わせて、自分は傷付いたと、また一人にされたと自棄になっていたけれど。

それなら今の、この気持ちはなんだ?

牧野も傷付けば良いと思っていたのに、いざいなくなれば、高校生の頃と同じ、置いていかれたと思った、あの日。


自分が傷付いたことばかりに気が向いて、暴れて同じように誰かを、何かを傷付けることで、誰かに止めてもらうのを待っていた。

誰でもいい、俺自身を見ていて欲しくて。
いつも受け身で待つばかりだった、あの頃。


何をやっているんだ、俺は。
今はもう、待つばかりの、一人で何も出来ない子どもではないのに。

出来ることはいくらでもあるはずなのに、過去に縋りつき、大人になっても子どもの頃と同じことをしている。
復讐ばかりに気を取られ、話もさせずに無理矢理体を開かせて、苛立ちだけを押し付けた。
傷付けられたからと、同じことを相手にしていいなんて、そんなことを。

大人になった今も尚、相手が何を思っているのか考えることも話すこともせず、周りが見えていなかったのは、牧野に捨てさせて、置いていかせたのは、
……俺だ。


牧野。
あれは気のせいじゃなかった。
お前は何を思って、俺の名前を呼んだ。
最初に一度呼んだきり、頑なに俺の名前を呼ばなかった。
なのに、あの夜、別れ際。
……最後のつもりで、呼んだのか。


だめだ。

終わりになどさせない。
高校生の頃のように、何もせず諦めるのはやめだ。
俺から離れ、もう二度と会いたくないと思っているかもしれない。

それでも俺は、まだ牧野のことが。



「西田!」
アパート前に停めていた車に乗り込み、指示を出そうとする前に西田が突然話し始める。

「司様、6年前のあの時のことを、お話しさせてください」
「なに?6年前がなんだ?」
「あの日、あの雨の日に、お二人を見ていた使用人頭のタマさんから聞いた話です」

静かに動き出した車の中で、西田は話しにくそうに、あの時、あの後のことを話し始めた。

そして6年前の牧野とタマの話を聞いた時、己のあまりの愚かさに、爪が掌に食い込むほど震える手を握り締める。


嘘、だったのか。
なのに俺は、牧野のことなど、突然別れを告げた牧野に何を思ってそう言ったのか聞くこともせず、言葉そのままを鵜呑みにして。
生まれた家のせいだと、親のせいだと、俺の気持ちを置き去りにして、友達を優先した牧野が憎いと、そんなことを。

あまりにも自分が馬鹿すぎて、笑いが込み上げそうになる。

牧野は自分のことより、他人を大事にするような、優しい女だった。
なんで、そんな大事なことを忘れていたのだろうか。


牧野。
お前は、何を思って俺に抱かれていた。
あの時、同じように傷付いていたはずなのに。
それなのに、どうして言わなかった。
どうして拒まなかった。
どうして、一人で。
どうしてばかりが頭の中を占めていく。


どうしてもなにも。
俺のせい。

一度も話をさせなかった。
昔も今も、傷付いたのは、俺じゃない。

牧野だ。


一気に後悔が押し寄せる。
俺は牧野に、何をした。
いつも、いつまでも、俺は自分のことばかりだ。

牧野。
だから、土星のネックレスを、あんなに必死に探していたのか。
見つけた時、あんなに笑顔で喜んでいた。
お前はあれからも、俺のことを想ってくれていたのか。

それなのに俺は、あんなものと、捨てたと言った。

牧野。
その時、お前はどんな顔をしていた。
振り向きもせず、何も話さず出ていったのは俺なのに。


今すぐに牧野の元へ行きたい。
牧野に、悪かったと言って……、

悪かったと言ってどうする。
俺はどこまでも馬鹿だ。
今さら牧野に何を言う。
女のアイツに、有無を言わさず犯罪紛いのことを、しておいて?
今さらだけど、過去の言葉の理由を知ったから、知らなかった俺を許してくれと言うのか。

そんなこと、許されるわけが、ない。


そう、許されるわけがないと、諦めたら終わりだということを、俺は嫌というほど知っている。

お前の気持ちを知った今、諦めることも出来なくなった。

もしかしたら、もう俺になど愛想を尽かしたかもしれない。
俺を許さないと思っているかもしれない。

許さなくて良い。
許してくれとも言わない。

俺は、諦められない。
もう諦めたくない。
また俺は自分のことばかりだ。

それでも。
まだ牧野から何も聞いていない。
あいつの口から全ての話を聞くまでは、諦めきれない。


そして、もう一度、俺の名前を呼んでほしい。


牧野。
あれは、牧野は、手にすることが出来なかった俺の、唯一の。



「……西田、会長のところへ行く。あとは牧野がどこにいるのか探す」

6年前の話を聞いたあと、黙ってしまった俺を見ていた西田は、その言葉に待っていましたと言わんばかりに口を開く。

「それについては先程、美作様から連絡が。牧野さんは、花沢物産に転職されたそうです。」
「類のところ?類からは何の連絡もないぞ。それに、どうしてあきらが知っている?」
「何があったのか、すぐに調べます。」

「いや、俺が直接あいつらに聞く。今度こそ牧野を諦めない。」

西田は無言で頷くと、どこかへ電話をかけ始めた。


まずは、類だ。
スマホを手に取り、類の番号を呼び出す。
いつもは出ない電話に、すぐ繋がった。

「類か。聞きたいことがある」
『俺は何も話さない。俺は、司の味方じゃない』

だろうな。高校の時もコイツはいつも牧野の味方だった。

「分かった。とりあえず牧野が無事なら、それで良い」

こっちから通話を切る前に切られた。
どこまで牧野から聞いたのか知らないが、類のやつ、相当怒ってんな。…当たり前か。

次はあきらだ。

「あきらか」
コイツはいつもすぐに繋がる。

『司!お前に聞きたいことがあるんだが、』
「牧野のことだろ。牧野は今、どこにいる?」
『それは、教えられない』
「ふん、職場は類のところだろ。相変わらずお人好しのお前は、牧野とは何年も会ってないはずなのに、転職先を西田に知らせてきた。
それに、どこにいるか「知らない」じゃなく、「教えられない」っておかしいよな?今、牧野がどこにいるか知ってるから教えられないんだ。……牧野はお前の家にいるな?」
『来ても会わせないぞ!』

あきらもアホだ。いるって言ったようなもんだろ。

「牧野は俺と会いたくもなければ、話しもしたくないって言うだろうな。しょうがねぇ、牧野が会うって言うまで、お前んちにしつこく行くことにする。」
『……それは、やめてくれ。分かった、俺が牧野に聞いてやるから。それより司!俺は、お前が牧野にしたことは許さないからな』
「なんだ、お前もそこまで知ってんのか。あきら、勘違いするな。俺を許すか許さないか、決めるのはお前じゃない。決められるのは、牧野だけだ」
『……司。俺は、牧野の味方だけど、お前の敵でもないぞ』
「うるせぇ。黙って見てろ」

まだ何か言ってるが、通話を切る。牧野の居場所は分かった。あとは、ババァだけだ。


「一か所、寄ってもらいたい所がある」
運転手に行き先を告げ、ババァのスケジュールを確認。
スラックスのポケットの中で、土星のネックレスを掴み、握りしめる。


牧野。
前に言ったよな?
地獄でもどこへでも追いかけるって。
俺はどこまでも傲慢で、我儘だ。
自分であいつを傷付けて捨てようとしたくせに、何をしているのかと言われても、それでも。

アイツだけは、絶対に諦めない。








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Call out my name. 6

Call out my name. 6






「バイバイ、道明寺」

牧野のアパートを出て扉が閉まる瞬間に、聞こえたような気がした。
いま、俺の名前を呼んだのか。
あの頃のように「道明寺」と、お前だけの呼び方で。

なぜ今、呼んだ?
それとも俺の気のせいだったのか。
もう、牧野の部屋の扉の向こうからは何の音も聞こえなかった。

明後日からしばらく海外出張だ。
牧野に会えない。牧野を傷付けることが出来ない。
なのに、離れることに少しホッとした気持ちと淋しさが混ざったのは、なんなのか。
スラックスのポケットに手を入れる。
いつの間にか、そこにいるのが当たり前になったものを、無意識に握りしめていた。


道明寺が海外出張へ行った。
僅かな有給を使って、花沢物産へ転職の手続きへと赴く。
あとは引っ越しもある。
やることはいっぱいあるのに、ストレスのせいか相変わらず胃の調子が悪く、気持ちが悪い。
それでも、道明寺が日本にいない今のうちに、やらなくては。



昨夜、雨が降ったせいか、今日は朝から気温が上がらなかったようで、午後になっても外に出てみれば肌寒さを感じる日だった。

花沢物産の本社に着いて、受付で用件を伝える。
担当者が降りてくると言うので待っていると、花沢類がエレベーターから降りて、笑顔で「牧野!」と名前を呼びながら、こちらに向かって手を振りつつエントランスホールへと来る。
また!わざわざ花沢類がくることないのに。
普通は人事部とか、総務部の人じゃないの?

しかも、あんな笑顔で来ることなくない?
受付のお姉さんとか、頬を染めて見惚れてる。
お姉さんの視線があたしに向けられて、真顔で見られる。少し睨まれているように感じるのは、穿った見方か。
これから転職してお世話になるのに、受付のお姉さんに睨まれるのは、気まずい。


小さめの会議室へと通されて、対面形式で並べられた机の端に座るよう促される。
机を挟んで花沢類と向かい合って座り、入社に関する書類や、社内規則などの冊子をもらった。

「私、今週末に引っ越す予定なんですけど、この書類に書く住所は新しいほうで大丈夫です?何か書類が届いたりするなら、前の住所にして、転送届出すんですけど」
「なに、牧野、引っ越すの?」
「はい、今のアパートはここまでちょっと遠いので」
「ふぅん。転職も少し驚いたけど、引っ越しもするんだ?よく司が許したね?」

なに?なんでまた道明寺が出てくるの?

「あの、この間から、やたらと専務のこと言うけど何ですか?なんで専務が関係あるんでしょう?」
「え?だって、牧野を道明寺HDに入れるって決めたの、司だもん。てっきりそれでよりを戻したのかと思ってたんだけど。違うの?」


え?
どういうこと?
なんで、道明寺が…?
あたしが入社することを知っていた?
どうして、決めたって何?
なぜ、

「牧野?」
花沢類が話しかけてくるけど、上手く思考がまとまらない。
なんだか、気分も悪い。寒気もする。
胃の調子が悪いことを思い出して、吐き気までしてきたような気がする。

「牧野!」
遠くで花沢類の声が聞こえる。
椅子から落ちそうな感じがして、咄嗟に机の端を掴むけど、力が入らない。
あたしが覚えていたのは、そこまでだった。





薄暗い室内。
ふと目が覚めてあたりを見回してみれば、ここが病院のベッドの上だと分かる。

あたし、倒れたのか。
ここのところ転職と引っ越しで忙しかったし、道明寺のことでストレスもあったからかな。
胃の痛みと気持ち悪さは倒れる前より良くなってはいるが、腕には点滴もされている。
胃炎か、酷ければ胃潰瘍かな、なんて考えながら、ぼんやりと天井を眺めていると、扉の開く音がした。

「入るよ」と声が掛けられ、仕切りのカーテンを開けて現れたのは、花沢類。と、美作さん?

「牧野。久しぶりだな」

なんで美作さんがと思いつつ、挨拶をしようと起き上がろうとしたけど、目眩がしてまたベッドに戻ってしまった。

「牧野、まだ寝てて。貧血もあるし、点滴もあと30分くらいかかるって」
「ごめんね、花沢類。迷惑かけちゃった。美作さんも、寝たままでごめんなさい。お久しぶりです。私のこと、覚えていてくださったんですね」

そう挨拶すると、昔の面影はあるものの、すっかり大人の顔になった美作さんが優しく笑いかけてくれた。
2人はベッドの横にあった簡易椅子に座って、あたしの様子を伺う。

「元気だったか?って聞きたいところだが、点滴打ってる人に言えねぇな」
「あの、なんで美作さんが?」
「牧野のあとに、あきらと仕事の打合せがあったんだ。突然牧野が倒れたから、あきらに打合せ延期の連絡をして、そこからね」

花沢類が説明してくれたけど、美作さんにまで迷惑をかけていることになる。

「美作さん、ごめんなさい。ご迷惑おかけしました」
「大丈夫だよ、そんなに重要な打合せじゃなかったから。それよりも牧野、類から聞いたが、お前こんな時に転職と引っ越しなんて何考えてんだ?もっと体を大事にしろよ」
「そうだよ。たまたま机の端に座ってたから、床に倒れる前に受け止められたけど。そのまま倒れて体を打ってたら大変なことになってたかもしれないよ」

少し怒った様子で美作さんと花沢類に咎められる。

「ごめんなさい…。最近ストレスのせいか、ちょっと胃の調子が悪いとは思ってたけど、あまり気にしてなくて…。倒れるほど悪いとは思ってなかったの」

そう言うと、花沢類と美作さんは顔を見合わせたあと、あたしを見る。

「お前、気付いてないのか?」
「……?なんですか?」

「牧野、お前、妊娠してるって」


ああ、そういうことか。
妊娠の事実に焦るよりも何よりも、このところの不調の原因が分かって安心する。
そっか、妊娠……。

「え、妊娠?!」
「マジで気付いてなかったのか。俺ら、どちらがお父さんですか?って聞かれて困ったよ。司は?お前が今知ったくらいだから、まだ知らないよな?」

道明寺?!ダメ、そんなの、知られたら…!

「専務には、言わないで!」

話しながらスマホを取り出す美作さんに、連絡されたら困ると焦って大きい声を出してしまったあたしを見て、2人は訝しげな顔をする。

「牧野。この前から何かおかしいと思ってるんだけどさ、全部話してくれる?」

花沢類が、ジッとあたしを見つめる。
美作さんも心配そうに見ている。
花沢類はあたしが道明寺HDに就職したことを道明寺が決めたと言っていたし、なぜかこの2人は、お腹の子の父親は道明寺だと確信しているようだ。
妊娠を知られてしまった今、隠し通せるものは何もないだろう。

あたしは諦めて、6年前のあの時の話と、道明寺HDに入社して道明寺と再会してからのことを話すことにした。
そして、全てを聞いた2人は大きなため息を同時に吐いて、


「司、マジで馬鹿じゃねぇの?」

美作さんが渋い顔で言い、類は黙って何かを考えているようだった。

「あの、専務は何も悪くなくて、あたしが6年前のあの時に酷いこと言ったから……」
と、あたしが言えば、美作さんは、それは違うと言う。

「確かに、6年前の牧野は司に酷いことを言ったかもしれない。
でも、そうせざるを得ない事情があった。あの時、友達と友達の家族や会社を盾に取られたお前には、それしか方法がなかったんだろう。司も母親と牧野の約束は知ってるんだろう?
あの時は俺たちだって何も出来なくて、悔しい思いをしているんだ。
でも、今は違う。もうお前も司も、成人して社会で働いている大人だ。過去の遺恨があったとしても、落ち着いて話し合いだって何だって出来たはずなんだ。
それに、司がどんなに傷付いていたとしても、それは司の問題で、やって良いことと悪いことがある。
今回はお前も同意をして行為に及んでいるようだけど、一歩間違えたら犯罪だぞ、これは」

「そんな、大げさな……」

「大袈裟なことなんだ、牧野。
司は男で、お前は女だ。こういう時リスクを負うのは、どうしても女なんだよ。
実際にお前は妊娠までしてる。子どもを授かるっていうのは、本来はお互いの同意を得た上で作るものだ。そこにお前たちの同意はあったか?牧野の話を聞く限りでは、とてもそんな風には聞こえなかったけどな」

その通りだけど、授かった命に罪はない。

「分かってるよ。でも、あたしも分かっててそのままにしてた。すぐに病院へ行って処方薬を飲むことも出来たのに、しなかった。こんなこと、して良いはずないのは分かってたけど、それでも道明寺のことが、」

また、涙が、あの時に泣くのは最後にするって決めたのに。
名前を口にするだけで、涙があふれる。

「どうしても、道明寺を好きでいることを、やめられないの。6年経った今でも、愛してるの」

「恨まれて、憎まれても、それでもあたしを忘れないでいてくれるのなら、それで良いと思った。あたしね、嬉しいの。こんな状況なのに、道明寺の子どもを授かれた事が、嬉しくて仕方ないの」

話をしながら一つ決心をして、花沢類と美作さんを見る。

「花沢類、美作さん。迷惑かけてごめんなさい。それでも、お願いしたいことがあります」


花沢類も美作さんも、黙ってあたしの話を聞いてくれた。

「牧野は、本当にそれで良いの?」

花沢類が聞いてくるけど、それで良い。

「牧野、ちゃんと司と話したほうが良いんじゃないのか?」

話せるなら、話したい。
道明寺に会いたい。
でも、そんな日は来ないと思う。

「道明寺は、あたしのことを恨んで、憎んでいるから。道明寺のお母さんも何をしてくるか分からないし、もう少し、あたしの体が落ち着くまでで良いので、お願いします。
久しぶりに再会して、こんなあたしのわがままをお願いすることが2人に迷惑をかけることになるのも分かってるけど。それでもあたしは、この子を守りたい」

「あきら。最後は俺らで、どうにかしよう」
「類、でも司は……」
「良いんじゃない?いつまでも馬鹿みたいに6年前に縛られて、何が一番大切なのか見失ってる奴なんか放っとけば良いよ」

「牧野、一つ言っておく。俺は牧野の味方だけど、司の味方でもある。それだけは、忘れるな」
ハァ、とため息をついて美作さんに真剣な顔で言われて頷く。

「俺は全面、牧野の味方だからね。牧野を困らせて泣かせる司の味方なんかしてやらない」
フン、と子どもみたいにそっぽを向いて話す花沢類に、こんな時なのに思わず微笑んでしまう。

「牧野。そうやって笑っていて。牧野は笑顔が一番似合うんだから」

類に笑顔で言われれば、また一つ涙がポロリと零れてしまった。








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Call out my name. 5

Call out my name. 5





道明寺と関係を持つようになって2ヶ月。
あれから夏の暑さはいつの間にか過ぎ去り、朝晩の冷え込みが気になり始めた頃。
退職日まであと2週間と迫っていた。

道明寺のお母さんから何かアクションがあるかもと思ったけど、今のところ何もない。
田中さんと佐藤さんも、何も言ってこないから、まだ大丈夫なのだろう。まだあたしの存在には気付いてないのか。

もうすぐ道明寺は海外出張の予定で、2週間は帰ってこないと噂で聞いた。
だからあと少しで道明寺とは、さよならしなくてはいけない。
道明寺が海外出張に行っている間に引っ越しもする。
あと、少し。

道明寺がこの関係をいつまで続けるつもりなのか分からないけれど、もう、この関係も止めなければ。
道明寺のお母さんが気が付く前に。
分かっていたけど、そろそろ辛い。
最近、胃が痛い。食欲も、ない。
体調が良くないのは、やはり精神的にキツいからだろう。

好きな人に、恨まれ憎まれるのは、自業自得だけど辛い。
あたしがこんなことで辛いとか言えた立場じゃないのは分かってる。
でも、道明寺ごめんね。どこまでも自分勝手でごめんね。
あと少し、あと少しだから。

このままいなくなるあたしを、許さないで。
また道明寺の前からいなくなるあたしを、憎んでいて。
それだけで、良いから。

あたしを忘れないで。



海外出張に行く前日に道明寺はアパートに来た。

今夜も無言で交わり合う2人。
お互いの荒い息遣いと、あたしと道明寺の混ざり合う音だけが廊下に響く。

わかってるよ、道明寺。
始めから、今までキスしてくれないのは、そういうことだ。
いつも後ろから攻められるのも、顔を見たくないほどに。

この人は、あたしを傷付けたいのだ。
自分がされたように、同じだけ。
気持ちはないのだと、あたしが6年前に道明寺に言ったように、道明寺もあたしが一番ダメージを受けるであろう方法で、言葉もなく。
だから、あたしもキスを求めない。
求めては、いけない。

「牧野、」

名前を呼ばないで。
涙が出てしまう。
たまに道明寺は思い出したかのように名前を呼ぶことがある。

それが、とても優しい声で。

恨んで、憎まれているはずなのに、勘違いしてしまいそうになる。
だから、名前を呼ばないで。
あたしの中の好きが、あふれてしまう。
もう、これ以上はないと思うほど好きなのに、抱かれるようになってから、もっと。

きっと好きに上限はないのだ。
もし上限があるのなら、それを超えてしまったその先に、何があるのだろう。
なのに、キスをされたら、その時は、


「牧野、」

つい名前を呼んでしまえば、あの頃の思い出が出てきそうになる。
憎いはずなのに、抱けば抱くほど、名前を呼んでしまう度に、あふれそうになる。

この行為に言葉もなく、前戯も禄にしてやらないで、乱暴に扱って。
ただ、俺の欲をコイツの中に吐き出すだけ。

ここまでしているのに、なぜ泣かない。
なぜ、許しを乞わない。
なぜ、なにも言わない。

なぜ。

恨んでいるのに、憎いはずなのに、傷付けたいのに、なぜ。

なぜ俺は、何度もコイツに会いに来て、求めてしまう。

俺は、牧野に、何がしたい。

「牧野、」

キスなどしてやらない。
してしまったら、



己にすら隠していたはずの気持ちが、あふれて止まらなくなってしまいそうで。




外の気温が下がり始めた夜に、冷たい廊下の床で息を整える。
汗ばんだ皮膚が、すぅと冷えていく。
今日も何も言わずに出ていこうとする道明寺。
もう、きっと今日で最後だ。
次に道明寺がこのアパートを訪れる時、あたしはいない。


道明寺。
道明寺が何を思っていても、あたしはずっと道明寺が好きだよ。
ごめんね、道明寺。
こんなことで、あなたの傷付いた心が元に戻ることはないだろうけれど。

道明寺が、靴を履く。
ドアノブに手を掛ける。

忘れないよ。
あたしはずっと、きっとあなたを忘れられない。
だから、どうか、道明寺もあたしを忘れないで。
これが、最後のわがままだから。

最後に、最後だから一度だけ。
扉が閉まる瞬間に。


「バイバイ、道明寺。」


最後まで、キスもなく、道明寺の名前も呼ばなかった。

違う。名前を、呼べなかった。
あの頃のまま、同じように「道明寺」と呼んだら、泣いてしまう。
あの時、本意ではなかったと、あの時も今も好きなのだと、言いたくなってしまうから。
そんなこと、許されるはずもない。

扉は閉まっているのに、寒くて体が震える。
もう二度と、道明寺の温もりに、触れられない。
分かっていたことなのに。


ごめんね、道明寺。
今だけだから、今だけ泣かせて。


もう、あなたを想って泣くのは、これで最後にするから。










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Call out my name. 4

Call out my name. 4




それでも日常は止まることなく続いていく。
今までと違うのは、日を経ずして道明寺が訪ねてくること。
何を話すこともなく、玄関先で事が済めば帰っていく。


今年は残暑が厳しいらしく、真夏日が続く中、あたしは転職活動を始めた。

まずは花沢物産。面接の約束を取り付けて訪ねてみれば、通された部屋に一人、花沢類がいた。
まさか、その可能性は考えてなかった。
だって、転職者の面接に花沢物産の後継者が出てくるとは思わないじゃん。

6年振りの花沢類は、相変わらずの色素の薄い茶色いサラサラした髪の毛で、高校時代よりも少し短くしていたけど、ビー玉のような瞳はそのまま変わらず、優しくあたしを見ていた。

「牧野!」
花沢類が、にこやかに声をかけてくる。
「お久しぶりです」
そう返事を返せば、花沢類はあたしが花沢物産にインターンシップに来たことも、最終選考で落ちたことも知っていたと話してくれた。

そう、あたしは花沢物産に内定をもらえなかったのだ。
美作商事も大河原財閥も同じく内定をもらえなかった。
一度落とされているから、転職先に選ぶのもどうかと考えたのだけど。

花沢物産は非資源分野に強く、特に人の生活に根差した生活消費関連分野に力を入れている。
個人が尊重される社風らしく、人材育成に熱心な会社と言われており、出来る限りその人の能力と希望に沿った人事をしていると言う。それなら、自分の持つ資格でどこまで出来るのか、試してみたい気持ちがあった。


「牧野、道明寺HDにいるのに良いの?うちの最終選考でも最後まで落としたくなくて残ってたくらいだから、来てくれるなら嬉しいよ。資格を見れば能力的にも問題はないだろうし、高校時代だけだけど人柄は俺がよく知ってる。採用するから、うちにおいでよ」

「え、こんな面接で採用決めて大丈夫ですか?志望動機とかは……?」

採用と言われたのに、思わず聞いてしまう。

「牧野だから」

いくら高校の後輩だからと言っても、それが理由で大丈夫か?と不安になってしまう。

「司は?転職するのに何も言わなかったの?」


一瞬、何を、言われたのか分からなかった。
なぜ、道明寺に?

「専務、ですか?」

そう返すあたしに、何がおかしいのか花沢類はクスッと笑う。

「なに、司のこと専務って呼んでんの?」
「はぁ、専務は専務なので」
「ま、良いけど。司も知ってるなら大丈夫か。いつからうち来れる?」

どういうことなのか考えているうちに、話が進んでいる。
ハッとして、事実のみを伝える。

「専務は転職のことは知りませんし、そもそもに会社では関わり合いも、話すこともありませんけど」
「ん?司、知らないの?」
「なんで専務と関係があると?」
「あれ?だって司が…、」

と言いかけたところで顔を逸らし、言葉を濁す花沢類。
なんだろう。少し考えてる風な花沢類だったけど、徐にあたしを見て、

「ま、いいや。それでいつからなら来れる?」
「採用していただけるなら、すぐに退職願を出しますので、大体一ヶ月後くらいには」
「分かった。また詳しくは後日連絡するね」

そう言って花沢類はエントランスまでわざわざ見送ってくれた。
相変わらずの容姿の良さと、花沢物産の後継者がいるということに、周りの人もみんなチラチラとこちらを見ていく。
目立つからやめて欲しいけど、そんなことも言えず、小さくなりながら花沢物産をあとにした。


次の週明けには上司に退職願を出した。
理由を聞かれて、転職先がもう決まっているからと、それで通した。
就業規則に従っているし、まだ入社して1年も経っていない。
そこまで引き止められることもなく、あっさりと転職願は受け取ってもらえた。

これで一つ安心。
次は引っ越しだ。
このアパートも道明寺HDなら通勤に便利だけど、花沢物産までは少し離れる。
このアパートに、愛着も、何もない。

あるのは、あたしの日常と道明寺、だけ。



一度だけ、道明寺が呟いたことがある。

「お前なんか、好きにならない。絶対に」

知ってるよ。分かってる。
どれだけ身体を重ねたって、道明寺はあたしを好きになんかならない。
だから、あたしも何も言わない。

大好きだよ、道明寺。

気が済むまで、好きにしていいよ。
だから、ずっと憎んでいて。
その間だけでも、あたしの側にいてくれるなら。

こんなの間違ってるって分かってる。
でも、それでも。

好きなのをやめられなくて、ごめんね。道明寺。



今日も道明寺は来た。
専務ってそんなに時間あるのか、忙しいイメージなんだけど、と思いながらも、靴を脱いですぐに道明寺に身体を弄られる。
嫌われてると、憎まれてると分かっているのに、道明寺の手に、息に、瞳に、全てに感じてしまう。

気が済むまで好きにして欲しいと思いながら、周りに迷惑を掛けたくなくて、黙っていなくなろうとしているあたしは、なんて狡くて、卑怯な人間だ。

話そうとすると黙れと言われるから、今まで会話もなかったけど、それでも一つだけ聞きたいことがある。
離れる前に、どうしても聞いておきたい。



情事が終わって熱い空気だけが残る中、荒い息遣いを落ち着けて、前だけ寛げていたスーツのスラックスを整えた道明寺は今日も無言で玄関へと向かう。

聞くなら今しかない。
恐る恐る様子を伺いながら聞いてみる。

「専務、あの、……土星のネックレスは、どうしました?」

動きを止めた道明寺は、しばらくそのまま黙っていたけど、大きくため息を一つ吐いて、こう言った。


「……ネックレス?あんなもん、とっくに捨てた」


お前が俺を気持ちごと踏み躙るような真似をしたくせに、あれを今も持っていたのが理解出来ないし、ああいうことをしたお前に、あのネックレスを持っていてほしくない。

お前は、運命の女なんかじゃ、なかった。

今日も黙って玄関を出る。
スラックスのポケットに入っている、土星のネックレスを握り締めて。

一度も振り返らず歩き始めた後ろで、静かに扉の閉まる音がした。




そうか、もう捨てちゃったか。
そうだよね。いつまでも持ってないよね。

道明寺の出て行った玄関の扉が歪んで見える。

泣かない。泣いてない。
頬を冷たい何かが伝う。
これは、涙じゃない。
泣いてはいけない。


あたしの、あの頃の、今までの想いまで捨てられたと思うなんて、気のせいだから。









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Call out my name. 3

Call out my name. 3

※本文中に微R表現と、少々暴力的なシーンを含んだ部分がございます。苦手な方はご遠慮下さい。パスをかけておりませんので、閲覧は自己責任でお願い致します。





めちゃくちゃにしてやりたい、こんな女。
何が目的で道明寺HDに来たのか知らないが、今さら平気な顔で俺の前に現れて。
そこらへんの女みたいに、俺を見て騒ぐ。
馬鹿にしてんのか、コイツ。

6年前のあの雨の日、想いが伝わっていると信じていたコイツに、「好きだったら、こんなふうに出ていかない」の言葉で別れを告げられ、働いていた邸からも、俺の前からもいなくなって、俺は今まで以上に荒れて暴れていた。
運命の女だと思っていた女に、一人の男として見られることなく、好きじゃないと言われて、はいそうですかと平気でいられるわけもなく。
自棄になって酒を飲みまくり、酔った勢いで見知らぬ女と関係を持った。
街ではすれ違いざま喧嘩を吹っ掛けたり。
でもそれも一年程で馬鹿馬鹿しくなってやめた。

こんなことをしても、何もならない。俺は、同じように、あいつを傷付けてやりたい。

いつか、どこかで会うことがあったら、許さない。絶対に。


「専務、お先にシャワーどうぞ」
自分勝手に抱いたのに、平然としているコイツ。
なんとも思ってなさそうな雰囲気で、腹が立つ。
何の返事もせず、そのまま服を着て身なりを整え、黙って部屋を出た。

許さない。

同じように傷付けて、泣いて俺に許しを懇願するまで、アイツのことは、許さない。



泣かない。
このくらいで、あたしが泣いたらダメだ。
それだけ、あの人を傷付けていた。
シャワーを浴びて、中に出されたものを洗い流す。

まだ頭痛がする。
涙が零れたような気がしたけど、頭上から流れるお湯が顔を伝い落ち、それは元々なかったかのように跡形もなく消え去った。

泣かない。泣いてない。泣いてはいけない。

ごめんね、道明寺。
まだ、好きでいてごめん。
もう、好きでいることも、謝ることも許されない気すらしてくる。

早く、準備をしよう。
今ならまだ会社の始業時間に間に合う。
二日酔いに痛む頭に耐えながら、スーツを着て痛み止めの薬を飲む。

あたしは傷付いてなんかいない。
大丈夫。いつも通りに、また毎日が始まるだけ。


ギリギリ遅刻せずに会社に到着。
朝から、あんなことをされたのに、遅刻を気にする自分の神経の太さに呆れる。

ロッカーに着き、焦って小走りで来たせいか、少し汗ばんだ首元を冷感シートで拭いたあと、身だしなみを確認していたら、佐藤さんと田中さんがあたしの元に来た。
昨日はごめんねと謝ると、2人とも真剣な顔をしてあたしを見る。
いつもと違う言葉少なな2人に、どうしたのかと返すと、今日のお昼は外にランチ行こうと誘われた。


お昼休み。
時間ピッタリに迎えに来た2人。
やはり、いつもより口数の少ない2人の後を付いていけば、社屋の近くにあるランチセットが美味しいと評判のお店に着いた。
案内された席に、並んで座る2人と対面する形で腰を下ろし、今日のオススメランチを注文をする。
料理が運ばれてくる前に、相当昨日は迷惑を掛けたのだろうと、もう一度謝ろうとして口を開きかけた時。

「牧ちゃんごめんね。勝手にスマホ見たの。酔い潰れて寝ちゃった牧ちゃんをどうしようかと思って。実家は離れてるって言ってたし、牧ちゃんの住んでる所も知らない。でも、うちらで担いでも行けないし、困って誰かに連絡しようって」

佐藤さんと田中さんがお互い顔を見ながら話す。

「履歴も会社の人の名前しかなくて。よく使う項目ってところを開いたら、一つだけ登録されてたから、かけたの。名前は登録されてなかったけど、一人だけなら、きっと親しい人だよねって。とりあえず掛けてみようってなったの。本当にごめんなさい」

それは、もう二度とかけることの出来ない番号、のはずだった。

「すぐに電話も繋がって、相手の人も牧野かって言うから、大丈夫だと思って、事情を話したら迎えに行くって言うから……」
「まさか、道明寺専務が来るとは思わなくて……」

佐藤さんと田中さんが、あたしをジッと見つめて聞く。

「牧ちゃんが言ってた、昔の忘れられない好きな人って、まさか本当に専務なの……?」


道明寺。
昔の番号から変えてなかったんだ。
どうしてあたしの連絡先、知ってたの。
なんですぐに出てくれたの。
どうして迎えに来てくれたの。

なんで、どうしてばかりで。
でも、あんなことになってしまった。


道明寺本人に会ってしまったなら、佐藤さんと田中さんにはもう隠せないと、今朝の出来事以外の全てを話した。
高校時代のあの頃の話を。
そして、それからのあたしの話を。
途中で料理が運ばれてきたけれど、あたしが話している間、誰も口を付けなかった。

「ごめんね。そんな大っぴらに話せることじゃなかったから。英徳高校を退学してから、この話をするのは2人が初めてだよ」

苦笑いをして2人を見れば、泣きそうな顔をしていて。
やはり不愉快にさせてしまったかと、
「ごめん、こんな話聞きたくなかったよね……」
そう言って席を立とうとした。

「牧ちゃん、辛かったね……!」
「牧ちゃん、話してくれてありがとう」

そんな風に言ってくれるから。朝から我慢していた涙が、ポロリと零れてしまった。

「泣かないで〜、牧ちゃん!」
2人が慌てて、あたしを宥める。
とりあえず、もうあまり時間がないから早く食べようと促され、3人で急いでランチを食べる。
オススメランチはすっかり冷めてしまっていたけど、それでも美味しくて。
次に来る時は、温かいうちに食べようって2人は言ってくれた。でも。

「それで昨日再会して、どうなったの?また復縁するの?」
「ありえない。それは、絶対にない」

こればかりは断言できる。
今朝の道明寺の様子を見てもそうだけど、あたしは道明寺に恨まれている。
そもそもに、あの雨の日に道明寺のお母さんと約束してるから。
道明寺家には近付かないと。
いや、「道明寺家」が経営する財閥も、だめだとしたら?

もうあれから6年も経っている。
今さら何かされることもないかもしれない。

でも、まだあの約束が有効だったら、その時は?

このことが知られたら、次に何かされるのは佐藤さんと田中さんかもしれないし、また優紀の家かもしれない。
まさか道明寺があたしを覚えてるとも思わなかったし、こうして関係を持つことも考えていなかった。
もう既に社内と社外で1回ずつ会ってしまっている。
何かが起きてしまう前に、道明寺とは接触しないように気を付けて、そして会社は辞めなければ。

「ごめんね、せっかく仲良くしてくれたのに。私、会社辞めないとダメだと思う。2人に迷惑掛けたくないし」

「なんで?!この歳になっても母親が口を出してくるとかある?」
そう言うけれど、あの人は何をするか分からない。

「分からないから、離れておかないと。もう二度と私のわがままで誰にも迷惑掛けたくないの」

あんな思いをするのは嫌だ。
念には念を入れないと。
こんなに早く道明寺と接触するとは思わなかったし、姿さえ遠目にでも見られれば、それだけで良かったのに。

「ごめん。なるべく早く退職願を出す。まだ新人だから有給も殆どないし、辞めるのに引き止められることもないと思うけど、念の為もう私に声もかけないほうが良いと思う」

2人は呆然とあたしを見る。本当にそこまでしないと駄目なのかと、信じられない気持ちなのだろう。

「今までありがとう。楽しかったよ」

そう言って、あたしは伝票を持って2人を置いて席を立った。


会社に戻る道すがら、転職先はどこにしようか、道明寺財閥系列じゃなければ大丈夫かな、なんて呑気に考えてしまう。

それでも僅かでも、遠くからでも道明寺を見たい気持ちが抑えられない。
今朝あんなことされて、道明寺のお母さんも、いつ何をしてくるかも分からないし、また誰かに迷惑をかけるかもしれないのに。

たった一度、どんな形であれ、道明寺と触れてしまったが為に。
本当にバカみたい。

花沢物産か、美作商事に転職を考えようかな。
そう思って会社に転職がバレないように、スカウト機能がなくて、非公開機能がある転職サイトを探し、登録して会社に戻った。


お昼休みの後も、いつも通りに仕事をする。
佐藤さんと田中さんも、チラチラとあたしを見るけど、もう声を掛けてくることはなかった。

そして定時で退社、帰路に着く。
昼間は転職サイトにとりあえずのプロフィールしか入れてなかったから、資格を入力するところから始めようと考えながら自宅アパート近くまで来ると、アパートの入り口に人影があった。
駅から少し離れ、人通りも少ない道で、アパートの目の前に誰かが立っているというのは怖いものだ。
一旦コンビニに寄ってから、また戻って様子を見ようと踵を返すと、「牧野」と声をかけられた。

この声は、道明寺?
なんでいるの。
今朝の、あれでおしまいじゃなかったの?
会わないように気を付けなければと思っていたのに、向こうから来られたら、どうしようもない。


「……専務」
そう呟いたあたしの近くに来て、道明寺に腕を引かれる。

「早く家の中に入れろ」

何しに来たのか、それでもいつまでも外で話しているわけにもいかない。
鍵を開けて狭い玄関に2人。
先に上がろうと靴を脱いだら、またしても腕を強く引かれ、廊下の壁に押し付けられる。

「ヤラせろ」

あぁ、そういうこと。
確かにこれが女にとって一番ダメージが大きい。

道明寺、ごめんね。
道明寺の気持ちを無視して、友達や道明寺のお母さんとの約束を優先した。
そして道明寺の気持ちを知っていて、その日のお昼まで話していたのに、前触れなく好きではなかったと告げた。

酷いことを言ったと分かっていたけれど。
そんなに長い間、道明寺を苦しめて傷付けてたなんて、思いもしなかったの。

ごめんなさいと、心の中で何回謝ったって、言った言葉は取り消せない。
でも、謝るしかなくて。
許してもらえるまで、どうしたら良いかな。
もう、許してもらえないのかな。

……許して、もらう?

違う。あたしが許しを乞うてはいけない。
許されなくていい。


道明寺を傷付けていた事実から目を逸らし、忘れたいのは、あたしだ。


なのに都合良く相手も忘れているだろうとか、そこまで傷付いていると思わなかったとか、人の気持ちを勝手に推し量り、決めつけて。

どうしてこんな酷い傲慢な考えをしたんだ、あたしは。

もう思いを通わすこともない。
それなら、ずっと恨んで、憎んでいて。
そうしてでも、あなたの心の中に、住んでいたい。
まだそんな酷いことを思ってしまう。
それでも。



そう思ってしまうあたしは、どこまでも道明寺を愛してやまないのだ。



廊下の壁に押し付けられたまま、スカートを捲くられ、ストッキングと下着を下ろされた状態で後ろから道明寺に責められる。

泣くな。泣いてはいけない。
なんでもない振りをしろ。

あたしが全部、悪いのだから。

本当にただの処理のように、なおざりに扱われ、またしても同意を得ず中で果てる道明寺。
そして前回同様、何も言わずに部屋を出て行った。


道明寺。
また誰かに迷惑がかかると分かっているのに、乱暴にされても拒めないあたしは、それでも好きでいることをやめられないあたしは、どうすれば良い。


僅かに触れた道明寺の温もりがなくなっていくのを感じて、それを誤魔化すようにシャワーを浴びる。
目から流れる何かも、この気持ちも、シャワーと一緒にどこかへ流れていってしまえばいいのに、と思いながら。







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Call out my name. 2


Call out my name. 2


本文中にR表現と、少々乱暴なシーンを含んだ部分がございます。苦手な方はご遠慮下さい。パスをかけておりませんので、閲覧は自己責任でお願い致します。







ネックレスを探すのに夢中で片付けを終わらせていなかったと気が付いて、まだ居たらどうしようと気まずいながらも会議室に戻ってみたら、道明寺はもういなかった。


唯一、道明寺からもらった宝物だったのに。

でも本人がダメって言ったらダメだもんね……

会議室の片付けをして、お昼ご飯もそこそこに、しょぼくれたまま午後の仕事に戻った。


表現の比喩とかではなく、本当に肩ががっくり落ちていたらしく、仕事帰りに飲みに行く?と田中さんと佐藤さんが誘ってくれた。

もう飲むしかない。

あたしにとって、唯一無二がなくなった。



お酒に弱いあたしは、カクテル1杯でほろ酔いだ。

2人に落ち込んでいる理由を聞かれ、過去を掻い摘んで話す。


「高校生の頃なんだけど、本当に大好きだった人がいてね、その人の母親に付き合いをやめろって友達や、その友達の親が勤める会社を盾に脅迫されてね……

仕方がなかったとは言え、ひどい言葉を言って別れたの。その人がくれたネックレスだったんだけど、なくしちゃって……


「まだ、その人が好き。ずっと好きなの」

一度口を開いて話し始めれば、止まることなく、想いが溢れでる。

2杯目のカクテルを、ちびりちびりと飲みながら、6年前に想いを馳せる。

あたしって、こんなに陰でウジウジしてるような女の子だったっけ、なんて酔いの回った頭でぼんやり思う。


「若い2人を別れさすのに、母親がそこまでするとかヤバい!」とか、「親の会社を盾にするとか、どんな権力者よ!」とか色々言ってたけど、「道明寺、好き」と思わず溢れた言葉に2人は、「専務のこと呼び捨てとか勇者!」「好きな人と専務が混ざり始めた!さすが酔っ払い!」と本気には捉えられなかったのは不幸中の幸いだった。



次の日、二日酔いで痛む頭に堪えながら出勤。

エントランスで会った2人に昨日は酔って愚痴ばっかり言っちゃってゴメンと謝る。

酔っ払った牧ちゃんは楽しいから大丈夫!と励ましてもらった。

無意識にため息が出てしまっているようだけど、こんなのあたしらしくない。ポジティブにいこう。


宝物がなくなってしまったショックは大きいけれど、これから会社で間近に道明寺を見ることが出来るようになった代償だと思おう。

あんなに近くで道明寺を見れることなど、二度とないと思っていたくらいだ。


「牧ちゃんもさー、モテるんだから他に男でも作って忘れなよ〜!

エレベーターに乗りロッカーに向かう間も、絶え間なく会話は続き、遂にはそんな風に2人に励まされる。

今まで他に男を作っても忘れられなくてコレなんだけど!なんて、言ったら余計に悲しくなりそうで、言えなかった。


「モテないって。私がモテたら世も末だから……


「これだから自覚のない子は!」と言われるけど、社会人になってから告白とかされたことないし。


「めっちゃきれいな子が入ったって入社した時も、結構話題になったらしいよ〜」


そんなの絶対違う人と間違えてるっつーの!



大学に入ってからも勉強ばかりだったけど、優紀に良い人見つけなさいと、一緒にメイクの練習をするようになったおかげか、その頃から男性に声をかけられることが増えたと思う。高校の時に比べれば見られるようになったということだろう。

髪の毛は、整える程度に切るだけで道明寺と別れてから伸ばし続けている。毎日のお手入れは大変だけど、もう腰の辺りまで伸びた。

願掛けのようなもので、いつか、道明寺を忘れることが出来たら切ろうと思っている。

こういうところも自分で未練たらしいとは思うけど。もう仕方のないことだと諦める。

いつかは道明寺より好きになれる人が出来るのかな。


それからしばらく何事もなく毎日は過ぎていき、あれ依頼、道明寺に会うこともなかった。




今日も田中さんと佐藤さんと誘い合わせて、社屋近くにあるイタリアンバルに来ている。

ここには個室もあるから、周りを気にせずに話して飲めるし、料金もお手頃だから、この3人で飲む時はよく利用していた。


今日も飲む。飲むしかない。


まだ、あの土星のネックレスに未練が。

だって、あれから道明寺を見かけない!

道明寺を間近に見れる代償のはずなのに、全然見かけない!



サーモンのカルパチョや、アンチョビ詰めオリーブに生ハムとチーズの盛り合わせ、パスタにピザと3人でシェアしながら食べて、飲む。飲む。飲む。


「牧ちゃーん!飲み過ぎじゃない?大丈夫?」

佐藤さんと田中さんが心配してるけど、飲まないとやってらんない。

いつもはカクテルが多いけれど、今日はワインも少し飲んだ。


「最近、道明寺は会社に来てるの?全然見かけないんだけど!」


「出た!道明寺呼び!勇者再び!」なんて言ってるけど、こっちは真剣なのに!

いつもより酔っているあたしは、饒舌になっていたと思う。


「ネックレス返したんだから、少しぐらい姿を見せてくれても良くない?!」

「ネックレスは返したんじゃなくて、なくしたんでしょ?」

「最近の牧ちゃんは酔うと元カレと専務が混ざるよね。ウケる〜!


笑いながら2人は話してるけど、混ざってない!同じ人だもん!

飲む!



飲み過ぎた自覚はあったけど、いつの間にか眠ってしまっていたようで。

フワフワと、暖かいものに包まれて、心地いい。お布団だ。

いつの間に家に帰ったんだろう。


どこからか、あたしの一番、好きな香りがする。


「道明寺、」



ごめんね。

まだ、好きでごめんね。

道明寺以上に、好きになれる人が、まだいないの。


ごめんね、大好きなの









頭の痛みと、アラームの音で目が覚めた。

やっぱり昨日は飲み過ぎたか〜、と寝返りを打つ。

あたしのベッド、こんなに狭かったっけ?と、いつもより窮屈に感じつつも、とにかく頭が痛くてどうしようもない。

まだ寝ていたいけど、スマホでセットしたアラームが鳴り続けているし、なんだかお布団もいつもより温かい。


まだ日中は夏日が続き、熱帯夜の日も多い。いつもは節約でクーラーのオフタイマーを設定しているけど、昨夜は酔っていたからかタイマーをせずに寝てしまったらしい。

だからいつもより、お布団が温かく感じるのかな。


鳴り続けるアラームを一回止めようと手を伸ばしたら、同じように布団の中から伸びてきた手に触れた。

ん?あれ、あたし万歳してないよね?


これ、誰の、手?



目を開けてガバッと起き上がる。

布団から手が出てる!あたしのじゃない、手!


ここ、あたしの部屋だよね?!

キョロキョロと見回すまでもなく、あたしの部屋。

うそ、誰を連れ込んだの、あたし。


恐る恐る、布団を捲ってみる。


あーーーー、アウト!

全部捲らなくても、わかるやつ!

フワフワのクルクル髪の毛が見えてるんだもん。


ヤバイ、なんで?どうして?


頭が、痛い。ガンガンする。


あたし、いつものパジャマ着てない。

裸だ。

道明寺は?ともう一度布団を捲ってみる。

裸だ。


そういうこと?本当に?

憧れのアイドルとセックス出来る確率ってどのくらいだっけ?

違う違う。専務はアイドルじゃなかった、専務だ。


そもそもにどうして、この人がここにいるのかも分からない。

昨日、佐藤さんと田中さんと飲んだあとの記憶が朧げだ。


「専務、」

ゆさゆさと揺すって起こす。


「専務、起きてください。」


……牧野?」


あ、好き。

名前呼ばれた。


「あの、なんでここにいらっしゃるか分からないですけど、起きなくて大丈夫ですか?出勤は何時です?」


「牧野」


あたしのこと、覚えててくれたんだ。

もっと、名前を呼んで欲しい。

でも、道明寺だって今日も仕事があるはず。


「専務の出勤のほうが早いですよね?シャワー使うならお先にどうぞ」

「おい、」

「何でしょう?」

「もう一回」

「うん?もうシャワーしました?」

「もう一回ヤラせろ」


なに、言った?

ポカンとしていたら、そのまま腕を引かれて布団に横になっていた。


「え?」


「牧野」


耳元で自分の名前を囁かれて、ぞわりとしたものが、這い上がる。


「牧野」


耳朶を甘噛みされて舐められ、また名前を囁かれる。

その間も片腕は掴まれたままベッドに縫い止められていて。

道明寺はあたしの耳から首筋、鎖骨を唇で辿っていく。


ん、あ、あの専務、」


「黙れ。話すな」


そんなこと言われても!

多分、昨夜は道明寺と一晩過ごしたのだろうけど、記憶にないままだ。

それなのに、朝起きて突然ヤラせろと言われても、混乱する。


「あの、お仕事は、あ、」


もう片方の手は、あたしの胸の膨らみを少し痛みを感じるくらい強く揉みながら、辿り着いた唇でその先端を咥え、舐められる。

腕を抑えていた手は、いつの間にか外されていて、あたしの太ももを撫でている。

そのまま内腿を撫で擦るが、肝心なところになかなか辿り着かない。

焦らされてる。

その間も胸への刺激は続けられていて、声が漏れ出る。


「はぁぁ、ん、あ、」


ソコから蜜が溢れていくのがわかる。

触って、欲しい。

薄い茂みをかき分け、周りを撫でられる。


「専務、ぁん、待って、専務っ」


「喋るな、黙ってろ!」


「でも、はっ、あんっ、」


「お前が!何を、どう思おうが、俺には関係ない。黙って抱かれてろ!」


そう言った次の瞬間、指で秘所を広げられ、道明寺の熱く固いものがいきなり、あたしの中に入れられた。


「いっ、うぁ、っ、そんな、いきなりっ、ん、」


少し痛みを感じる。

いくら何でも、いきなり過ぎる。

それでも道明寺は律動を止めない。

こちらの様子などお構いなしに、あたしの足を広げて押さえつけ、動きを早める。


まるであたしのことを、無視するように。


なんで、こんなことするの?

なんで、



あぁ、そうか。



道明寺は、あたしを恨んでるんだ。

6年経った、今でも。


ごめんね、道明寺。

もう、忘れてると思ってた。

あたしのことなんて、とっくに過去になって消え去っていると。

あの言葉が、あの時したことが、そこまで道明寺を傷付けていたなんて思わなかった。

こんなことするぐらいだから、きっと本当は会いたくもなかったんだよね。


それなのに、あたしは馬鹿みたいに、道明寺に一目会いたいなんて、軽々しく。

就職までしてしまった。


せんむ、ぅ、」


「黙れって、言ってんだろ!」


大きな手で口を塞がれ、そのまま行為を続けた道明寺は、あたしの同意を得ることなく中で果てた。









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