All you need is love. 10
All you need is love. 10
あの日、帰る時に見つからなかった、あたしの下着!
パンツの偉大さを、下着1枚であんなにも安心出来るものなのだと初めて知ったあの日。
誰に知られるわけでもないけれど、下着なしで歩く心許無さは未だかつて体験したことのない羞恥心を、あたしに与えた。
「かっ、返して!それ、あたしの…!」
慌てて下着を取ろうとするけど、道明寺はニヤニヤしたまま、またズボンのポケットに入れてしまった。なんでまたポケットに戻すのよ!あたしに返してよ!
「おまえ、あの夜のこと覚えてないのか。そうかそうか。どこからどこまで覚えてないのか知らねぇが、道理で会話がおかしいわけだ。」
記憶がないということの、なんと不安なことか。あたしは一体何を言って、何をした?
そもそも、何で道明寺と一夜を過ごすことになったのか。
もうあたしの下着を道明寺が持ってるってことは、あの夜の相手は道明寺で確定だ。見知らぬ誰かじゃなくてマジで安心したけど、だけど!貞操義務違反だからっ!
「これ、いつ返そうかと思ってたが、土日は忙しくて連絡出来なくてな。挨拶まわりの時に会えると思ったが、みんなの前で渡すわけにいかないだろ?だから後でって言って連絡したのに、反応ねぇしよ。」
あの挨拶のあと、みんなの前で連絡するって言われた言い訳に使った「忘れ物」が本当にあったなんて…!
「でも連絡なんて来てないわよ!」と思わず言い返したものの、お昼休みが終わってからスマホを見ていない。カバンから取り出してみれば、道明寺からの着信履歴が残っていた。
「マナーモードにしてたから気が付かなかった…。」
「全く反応がないからよ、んなことだろうと思ったぜ。しょうがねぇから、エントランスホールで待ってれば確実だろ?
なのに、おまえは俺に気付かず素通りするしよ。相変わらずおまえは俺に対して扱いが適当だよな!」
めちゃくちゃ痛いところ突いてくる。
適当にしてるつもりなんか一切ないんだけど。そう思わせてたんだね。
「…あんた、忙しいんじゃないの?今日は就任初日でしょ?いくら忘れ物を届けるからって、ただの一社員をエントランスホールで待ち伏せるなんておかしいし、西田さんに余計な仕事増やしてんじゃないわよ!」
道明寺はピクリと片眉を上げて、顔を顰めた。
「さっきから、ただの一社員だの、婚約者だのと、おまえは何を言ってるんだ?」
「何ってそのまんまだけど?あたしは道明寺HDに勤める、ただの一社員で、今はあんたとは高校時代の先輩と後輩でしょ?確かに5年間連絡しなかったのも、こないだの夜も覚えてないとはいえ、婚約者がいるあんたと関係を持っちゃったのも本当に申し訳ないとは思うけど、せめて別れようくらいは言って欲しかった…。」
「別れよう?誰と誰が?」
何言ってんのこいつ。やっぱり5年のブランクは大きい。またしても会話が成り立ってない!
「あたしと!道明寺が!別れたの!」
もう!言いたくなかったのに!いつの間にか別れていた事実に、いまだ泣きそうなのに!
「本当におまえが何を言ってるのか意味がわかんねぇ。ふざけんのも大概にしろよ?いつ俺がおまえと別れたんだ!?」
「なに言ってんのは、こっちのセリフ!なによ!5年連絡しなかったからって!別れようの一言もなく、他のおんなと…!ヒッ…、婚約したくせに…!グスッ…」
ヤバい、また泣いちゃう。あたしの涙腺どうなってんの?こんな話をしてる時に泣くような女になりたくないのに。しかも連絡しなかった自分が悪いのに、話の要領を得ない道明寺に苛ついて。これじゃあ別れたくなくて、駄々こねてるみたいでイヤだ。
「もう良いでしょ!車から降ろして!下着もそっちで勝手に処分していいから…!もう帰りたい…。」
「おい牧野!おまえ、何か勘違いしてるだろ!覚えてないって言うが、どこまで覚えてないんだ?あの夜に説明したのも覚えてないのか?!」
「なにが勘違いよ!こないだの夜のことは何にも覚えてないって言ったでしょ!」
もう本当にヤダ。なんの説明か知らないけど。
他の女と婚約した話だったらもう聞きたくないし!
「あぁぁ!めんどくせぇ!」
道明寺がそう叫ぶと、いきなりあたしを抱きしめた。