You belong with me. 1
You belong with me. 1
あの忌まわしき道明寺記憶喪失事件から約10年。
未だに道明寺の記憶は戻っていない。
牧野つくし27歳。
今は道明寺財閥日本支社の秘書課で働いている。
なんで道明寺の記憶が戻っていないのに、今も道明寺と関わりのある仕事をしているのか。
これには深い訳がある。
道明寺が記憶をなくした当時は、とにかく会いに行く度に怒鳴られ罵倒され、そういう扱いをされることに段々と疲れてきていた。
なんでこんなに言われながらも道明寺の元に通っているのか分からなくなりそうだったけど、ただ、好きだという気持ちだけはあったから。
あの島で、道明寺と気持ちを確かめ合ったことが忘れられない。
海ちゃんはいつも道明寺の側にいた。
道明寺にとってあたしはもう何者でもなくなってしまったけど、あたしにとって道明寺は。
好きな人が他の女といちゃついてるところを誰が見たいと言うのか。
本当は道明寺の隣にいるのはあたしだったはずなのに…なんて思ったこともある。
せっかく道明寺のお母さんに1年もらったんだけどな。
西門さんや美作さん、桜子たちからは毎日のように頑張れ、きっと側にいれば司の記憶も戻るだろうからと励まされた。
でも道明寺に怒鳴られて追い出されてを繰り返していたら、段々と精神的にキツくなってきて、みんなに頑張れって言われるのも辛くなってきてしまって、励まして応援してくれてるのに申し訳なくて。
悲しくて辛くて、あたしも次第に道明寺邸に近寄らなくなっていった。
気が付いた時には、海ちゃんもいなくなっていたと聞いた。
少しずつみんなとも会うのを避けてしまうようになり、いつしか疎遠になった。
そして、いつの間にか道明寺はNYへと旅立っていた。
道明寺と出会ってからは怒濤の日々を過ごしていたから、道明寺のいなくなった穏やかで静かな環境に、ささくれだった心も少し落ち着いてきていた。
だけれど、ポッカリと空いた心の穴が埋まることもなく、この先の未来をどうしようかと考えていた頃。
突然、道明寺 楓があたしの自宅に現れた。
一体、何しをに来たのか。
もう道明寺とは一切関係ないし、なんせアイツは、あたしのことだけ忘れてる。
あれだけ人のこと振り回しといて、忘れられてポイってされたあたしの心を返してよ!
そう叫んで追い返してやりたいけど、あたしが道明寺と関わりがなくなったことは、この人が一番分かっているだろう。
ならば何故、今になってあたしのところに来るのか。
あたしがいなければ、あの島に行くこともなかったし、刺された理由がどうであれ、行かなければ刺されることもなかっただろう。
もしかしてそこ?慰謝料や治療費を払えとか、そういうこと言われる?!
内心ドキドキしながらも、とりあえず飲みはしないだろうお茶を出す。道明寺 楓はチラリと湯呑みを見たけれど、結局最後まで手を付けられることはなかった。分かってたけど失礼しちゃう。
一応、道明寺邸のタマさん仕込みなんだけどな。
そして道明寺 楓が話し始めた内容に高校生のあたしは驚いた。ただ、それもそういうものかと納得するしかなくて、同意した。
これは道明寺がいなくなってから、ぽっかり空いた穴を埋めるものが見つかったと思った。
やるしかない。今のあたしには、それしか術がない。
これは、あたしの夢だ。
例えそれが何年かかってでも。
そして10年後。
あたしは今、道明寺財閥副社長の第二秘書をしている。
2年前に日本支社の秘書課に配属された。
英徳高校に通っていた時には考えられなかったが、あの道明寺 楓とは今では「楓さん」「つくしさん」と呼び合う間柄にまでなった。10年ってすごい。
10年前に楓さんに突撃訪問されたあとも英徳高校に通い続け、そのまま英徳大学に進学。大学を首席で卒業したあと、道明寺財閥に就職。
いきなり道明寺財閥NY本社配属となったものの、メールルームスタッフとしての勤務から始まった。
それからの2年間、業務や同僚たちに慣れた頃にまた違う部署へと異動を繰り返し、最後は楓社長の秘書として1年間働いた。
日本に戻って秘書課に配属になってから、NYからの異動ということもあり、楓社長の秘蔵っ子と噂され(強ち間違ってないかも)、しかもいきなり副社長秘書。
副社長の秘書は4人、その内3人は男性。女性が配属されたのは初めてではないが、どの女性秘書も1ヶ月持たなかったらしい。
また今回も楓社長の秘蔵っ子とはいえ、すぐ辞めるだろうと思われていたが、1ヶ月経っても辞めず、まさかの2年。1ヶ月以上保った時点で、しばらく社内はざわついたと聞いた。
秘書課に限らず、主に女性の先輩社員や同僚から陰口を叩かれたり、地味な嫌がらせをされた。そういう事は高校時代に散々経験しているし、それをどうのこうの言うつもりもない。あたしはあたしの仕事をしている。それだけ。
それでもNY本社では実力主義よろしく、向上心ありきで誠実に確実に熟していれば、こんなことはあまりなかったから、多少なりともストレスが溜まっていた。
そんなあたしの社内で唯一のストレス発散方法は、支社ビルの屋上へと続く非常階段。
屋上に続く階段の1階下に出入り口がある。そこを出ると結構広めのバルコニーのようになっていて、外へと出られるのだ。
ここを見つけた時、高校時代を思い出した。
高校と違って、ここの非常階段は高層階にあるから、誰かに聞かれることもなく、叫びたい放題だ。
もちろん外だから、夏は暑いし冬は寒い。誰もここから外に出られると知らないのか、今まで誰にも会うことはなかった。
「道明寺のバーーーカ!!!」
「道明寺の怒りんぼーーー!!!」
「道明寺の髪の毛クルクルーーー!!!」
あの記憶喪失事件の後、いつの間にかNYへ行った道明寺。
渡米してすぐは荒れ狂っていたようだけど、次第に落ち着いてきたと言う。
まぁ見た目は良いせいか、熱愛だの何だのと常にゴシップ誌を賑わせていた。あんなに女嫌いだったのにね!
それでも道明寺は様々な女性との噂や熱愛スクープはあるものの、特に婚約とか結婚とかのニュースがなかったのは不思議だった。
そしてあたしが大学を卒業して渡米すると、今度は道明寺が日本支社の取締役として日本へ帰国。
その後も常務、専務とトントン拍子に道明寺は昇進していった。
要はずっとすれ違いで、あたしが日本へ帰国するまで道明寺とは会うことがなかったのだ。これはきっと楓さんが仕組んだことだろうと思っている。
それこそ記憶をなくしてすぐの道明寺は、あたしにだけ敵意剥き出しだったし、楓さんからしたら、あたしたち2人を引き離すチャンスだ。記憶を失っている間に後継者教育をもしようという判断だったのだろう。
そしてあたしが日本への帰国すると、秘書課に配属が決定。
今まで道明寺財閥で仕事をしていて、これほど複雑な気持ちになったことはなかった。
あまりに困惑し過ぎて、思わず上司になぜ秘書なのか直談判したけれど、
「楓社長のご指示ですので。」
それしか言ってくれなくて、そんなの絶対命令の理由なんて聞けないやつじゃん!って言わないけど、顔に出ていたらしく。
「牧野さん、秘書としてあるまじき顔になっていますよ。」と真顔で言われた。
なによ!とんでもない顔って!
いくら上司でもひどくない!そう思っても、やはり口に出せないから、小休憩の時に非常階段へと向かうあたし。
「道明寺の、クルクルパーーーー!!!」
はぁ、ちょっとスッキリ。
なにもかもスッキリではないけど、この現代社会で仕事中に叫べる所ってなかなかない。
専ら叫ぶことと言ったら道明寺のこと。
今あたしが秘書をしている副社長は、あの道明寺 司。
あたしが日本へ帰国するのに合わせたかのように、道明寺が副社長に昇進。
副社長第一秘書は西田さんだ。
そしてあたしは副社長第二秘書の辞令。
楓さーん!
なんでこのタイミングなんですか?!
今まで8年も会わせないでいたのに!