You belong with me. 2
You belong with me. 2
「おい。」
「…おい!この後どこか時間空けられるところあるか?」
「おい!牧野!」
「なんでしょうか、副社長。」
道明寺が怒鳴りながら、あたしを呼ぶ。
「てめぇ、さっきから呼んでんのに無視すんな!」
「覚えの悪い副社長ですね。何度もお伝えしておりますけど、私の名前は牧野です。おいと言う名前ではありませんので。」
副社長だろうが何だろうが、部下の名前はきちんと呼べ。
「今までいろんな方とお仕事させていただきましたけれど、楓社長ですら私をおい!だなんて呼びませんでしたよ。」
「おまえ、マジで子どもかよ。呼び方一つ、そこまでうるさい秘書もいなかったぞ!」
道明寺は顔を顰めながら言ってくるけど、子どもはあんただ。
「副社長も賑やかな話し方をされますね。
それで、時間を空けて何をするんですか?相手によっては空けられますけど、事によっては空けられませんね。」
記憶がなくても、道明寺とはこんなやり取りになってしまうらしい。
再会してまた怒鳴られたりしたら、どうしようなんてグズグズと悩んでた。
でも道明寺は10代の一時いただけの人なんて、思い出しもしなくて。事件前のあたしも、事件後のあたしも、道明寺の中から一切消えていた。
道明寺はあたしが秘書になった当初、存在を無視なんかしてくれていたが、半年経つ頃には流石に話しかけてくるようになった。
「これから類が来るって言ってるんだが。やっぱり無理か?」
「類?」と声に出してから気付く。いけない、仕事中だ。
「花沢様でしたら、30分程でよろしければ空けられますよ。副社長のお昼休みを削ります。」
疎遠になってしまっていた、西門さんと美作さん、そして花沢類。
あたしが大学に入った頃から連絡することも会うこともなくなっていたけど、道明寺が副社長に就任した時、3人が揃って会社まで挨拶に来たのだ。
そこで初めてあたしが道明寺財閥に勤めていることを知ったらしい。
8年振りの再会だった。
いつもあたしを気に掛けてくれていた3人。
再会した当初は不義理をしていたのが申し訳なくて、でも3人は気にすることなく再会を喜んでくれた。
最初に気が付いて話しかけてくれたのは美作さんだった。
「牧野!まさか道明寺財閥にいたとは知らなかったぞ。ずっと頑張ってたんだな。」って相変わらず優しい顔で、今まで会ってなかったなんて感じさせない。さすがF4唯一の気遣い屋さん。
「おっ。牧野じゃねぇか!ずいぶん綺麗になったな!脱・鉄パンしたのか?」
西門さんは、あたしが気を使わないようにか、前と変わらず揶揄うように、おちゃらけて話してくれた。
類はあたしの頭をなでなでしながら、
「牧野、可愛いね。」って昔と変わらない、あのビー玉のような綺麗な瞳を細くして、天使の微笑みをみせてくれた。
久しぶりに会ったのに頭なでなでからの可愛いねって…。もう27歳なんだけど、と思わず頬を染めて口元も緩んでしまう。
そんな様子を見ていた道明寺が言った。
「おまえら、牧野と知り合いなのか?ずいぶん親しげだが、類の女だったのか。」
それ、久しぶりに聞いた。8年経ってるのに、また同じこと言うのすごくない?
思わず深いため息をついて、
「相変わらず何度もくっだらないこと言ってるわ…」って心の中で言ったつもりが、声に出ていたようで。
「…?何度もってなんだ?おまえと類が知り合いなのは初めて聞いたんだが。」
F3が顔を見合わせ、そしてあたしの顔を一斉に見る。聞きたいことは分かるけど、顔の整った3人にジッと見られると流石に照れる。
「なんだ?事件直後の記憶もなくなってるのか…?」
「みたいですよ。再開して挨拶しても無視されたもん。」
「うーん、この様子だとそんな感じだな。」
「牧野、コーヒー飲みたい。」
ヒソヒソと4人で話していたら、
「おい!お前らは俺に挨拶に来たんじゃねぇのかよ!」と放っておかれた道明寺が怒りだした。
「副社長、すぐに怒るのはどうかと思います。花沢類、すぐにコーヒーおかわり持ってくるね。」
こんな再会だったけど、それから3人はしょっちゅう副社長室に遊びに来るようになった。今は3人とも、それぞれの家を継いでそれなりに忙しいはずなのに。
きっとあたしと道明寺のことを心配してくれてるんだろう。
8年振りに再会した道明寺は、すっかり仕事の出来る男になっていた。
外見は相変わらず整った顔をしていたが、少年らしさはすっかりどこかへいってしまっていた。だからといって、あたしの好みではないのは今も変わりなく、特に道明寺の顔を見ても見惚れることなどない。
道明寺はまず、女と言うだけで、あたしを無視した。
この態度で今までの辞めていった女秘書がどんなだったのかは想像出来る。
仕事とプライベートは別だ。
女と見れば誰しも自分に媚び売って擦り寄って来るとでも思ってんのかと腹が立ったので、あたしも素っ気なく無表情で必要最低限でのみ接していた。
誰も彼もあんたに興味のある素振りをすると思うなよ。
第二秘書のあたしはほとんどが内勤で、社内会議の出欠、他社とのアポイントメントの調整や出張・会食の手配など、スケジュール管理が主な仕事だ。
スケジュール管理を複数人でやってしまうとダブルブッキングしやすいから、これは一人でやらなければならない。
他にも書類・会議資料の作成、来客・電話への対応、贈答品や慶弔品などの選定配送、お礼状作成などは他の2人で手分けして行う。
来客の際はあたしがお茶出しすることが多い。
女だからではなく、高校生の頃に道明寺家でメイドをした経験からか、あたしの入れるお茶は来客からの評判が良いらしい。
たまーに『女秘書が入れてくれるお茶は格別』などと言う社長様もいるけど。
そして出張同行や会食、視察や他社へ赴く時など、対外的なことは第一秘書の西田さんが対応することになっている。
だから普段はあまり道明寺本人と行動を共にすることはないが、唯一、関わらなければならないのはパーティーの時。
その時々で、どこぞの御令嬢が充てがわれるが、どうしても都合が付かない時はあたしがパートナーを務めることになる。
パーティーはあまり好きではないけれど、今は顔繋ぎにとても重要な場所だと理解出来る。
NY時代に楓さんの秘書として、いくつものパーティーに同伴していたから、もうこの雰囲気にも慣れたものだ。
道明寺も始めはあたしをパートナーにすることを嫌がっていた。
「いくら秘書でも、こんなチビのブスを連れて歩けるか!」なんてことを言われた。あたしも道明寺のパートナーに思うところがあったからブスくれた顔をしてたかもしれないけど、そんな言い方はないでしょうよ!
「牧野さんはNYで何度もパーティーに出席していますので、安心していただいてよろしいかと。」
西田さんがフォローしてくれた。
あたしだってもう20代後半よ!チビだろうがブスだろうが、それなりの格好も出来るわ!
実際に正装したあたしを見た道明寺は、特に文句を言う訳でもなく、相変わらずのスマートさで、あたしをエスコートしてくれた
まぁここまで来たら、文句を言ってもどうこうならないのは分かってるんだろう。
西田さんこわいもん。
道明寺に対して、少しも馴れ馴れしく触れようとしない、必要以上に話さない、愛想も素っ気もなくニコリともしないあたしに、どこか思うところがあったのか、段々と道明寺から話し掛けてくるようになった。
美作さんと西門さんがナンパもせずに話しかける女で、あの類が笑いながら気兼ねなく話す姿を見たのもあったのかもしれない。
そういうところじゃなくて、仕事で評価して欲しいんだけど!
少しずつ副社長と秘書としての距離は縮み始めていた。
それでもあたしが秘書になってから2年。
記憶を失ってから10年経っても道明寺は記憶を取り戻しはしなかった。