You belong with me. 4
You belong with me. 4
道明寺とあたしの噂の話を聞きたいだけだったのに、あたしの過去の謎まで遡る羽目に。
どうしよう。
「それで。なんでこんな噂が囁かれるようになったのか。」
そうそれ!そこです!あたしから聞いておきながら、早く教えて欲しくて勿体つけて話す美作さんに少し苛立つ。
「司がパーティーに出る時の、パートナーだよ。」
美作さんがニヤリと笑う。
「道明寺財閥主催はもちろん、子会社とか多少なりとも道明寺と関わりがある会社のパーティーは牧野、絶対お前が司のパートナーなんだよ。社外のレセプションパーティーとかは、どこかの御令嬢。分かるか?道明寺の管轄外に、お前は出されない。それで、主催側になると必ず牧野だ。ただの秘書のはずなのに。」
えー!そうなの?!
「でもさ、私は道明寺の秘書だもん。道明寺関連だけってのは、あり得る話じゃないの?」
「なくはないが、極端すぎるんだ。徹底して道明寺関連外に出さないんだからな。道明寺財閥の目が届く範囲にのみ、お前は存在する。まるで守られてるみたいにな。それに噂になった、もう一つの理由がある。」
「もう一つ?」なんだろう。
「牧野。お前、司の秘書になる前はどこにいた?」
2年前に再会してから、この3人には月に一度はご飯に連れて出されるようになった。
会っていなかったなんて感じさせない程に優しい人たち。
今まで誰も何も聞いてこなかった。
いつかは聞かれると思ってたけど、聞かれても答えにくい。一つ話したら全てを話さなくてはいけなくなる。
「…それ、何の関係があるの?それよりも、パートナーは第一秘書の西田さんが決めてるだけだし、守られてるとかあり得ない。あたしは道明寺のパートナーが見つからない時の、ピンチヒッター的なものだから。」
「ピンチヒッターこそ、あり得ないだろ。司のパートナーをやりたがる女は、いくらでもいる。
マスコミ使って写真撮らせるだけならかわいいほうで、そこからあわよくばなんて薬まで盛るやつもいるからな。司は滅多に女を近寄らせないから、相手も必死になるんだろ。」
西門さんが苦い顔をしながら話してるけど、本当にそんなことする人がいるの?!
美作さんと類を見ると、2人とも苦笑いしてる。
「ちょっとその話はびっくりだけど。でも、噂でもあたしが道明寺の婚約者だなんてあり得ないっつーの。
第一、楓さんが許さないでしょ。」
「楓さん?!お前、司のお袋さんのこと楓さんなんて呼んでるのか?!」
3人がギョッとした顔であたしを見る。
あっ!ヤバい。さっきよりもヤバい。
また口が滑った。あたしのバカ!
思わず自分の口を手で塞ぐ。
「あれだけ散々嫌がらせされて溝鼠まで言われてたのに、どういうことだ?何があった?!」
西門さんが眉間に皺を寄せた顔で詰め寄ってくる。そうだよね、あの頃は滋さんに和也くん、優紀の家にも迷惑をかけた。
「ねぇ、あのさ。」
類があたしをジッと見ながら呟く。
「牧野の高校から大学も就職も行動も何もかも全部、司の母ちゃん…いや、道明寺家にかな?見張られでもしてるの?」
心臓がバクバクしてきて、震える手を膝の上でギュッと握る。
誰の顔も見れない。見られたら全てを暴露してしまいそうで、ひたすら俯くしかない。
「ただ、なんで司の母ちゃんが牧野をそこまでして道明寺に置いてるのかが分からないけど。噂の件もあるし、楓さんなんて呼んでるくらいだから、関係は良好?どうしたらそうなる?」
「類!美作さん、西門さん。
本当に今まであたしの為に色々としてくれてありがとう。すごく嬉しい。とても感謝してるけど、でもごめんなさい…!今はまだ全てを話すことは出来ないんだけど、いつか必ず話すから…。」
みんなをずっと心配させているのに、目線も合わせられず、顔すらも見て話せないあたしは、なんてひどいことをしているのかと辛くなってくる。
「今の俺の話。肯定もしないけど、否定もしない?」
類の顔をチラリと見ると、あたしを真っ直ぐに見ていた。
「ごめんね、類…。」
「…しょうがないね。牧野が話してくれるのを待つよ。」
やっと、いつもの天使の笑顔でニコッと微笑んで、あたしの頭をポンポンしてくれた。あたしも少し落ち着いて類に微笑み返す。
そこに突然、個室の扉が開いた。
従業員は必ずノックをする。こんな唐突に扉を開けるのは一人しかいない。
「司!」
美作さんと西門さんが道明寺に歩み寄るが、道明寺は類とあたしをジッと見ていた。ハッと気が付いて、あたしの頭に置かれたままになっていた手を取って顔を真顔に戻す。
「副社長、今日は直帰ではなかったんですか?明日は朝からNY出張ですよね。」
道明寺の前では、あたしは秘書だ。
副社長のプライベートに干渉は出来ないけど、何かあればスケジュールを変更しなくては。
「司、なんでここに来たの?」類が聞くと、
「今日はここに泊まろうと思って来たら、お前らがバーにいるって聞いてな。ちょっと顔を出そうと思ったんだが。それで、なんで牧野までいる?」
道明寺と合っていた視線が下を向いたから何かと思ったら、まだ類と手を繋いでる!
「ひっ!類!あんたいつまで手を繋いでんのよ!」
類の手を乱暴に振り払うと、クスクスと類が笑う。
「なんだ、やっぱりお前、類の女になったのか。」
「副社長、何度も言っていますが、私は類とお付き合いしておりません。いい加減にしてください。」
本当にいい加減にしてほしい。道明寺の秘書になってからの2年間、類が副社長室を訪ねて来た時、あたしと話しているところを見て何度か同じことを言われていた。
「俺は良いよ、牧野。付き合っちゃう?」
こうやって類はいつも揶揄ってきて、
「もう!類もふざけないで。」ってここまではいつもと同じお決まり会話。だけど、今日の類はいつもと違った。
「牧野。俺は本気だよ。じゃなければこんなに何回も言わないよ。」
「類…?どうしたの?」
いつものようにジョーダンだよって言うと思ったのに、違う反応をする類に些か戸惑う。
「いい加減さ、あいつのことなんて忘れて俺にしなよ。」
「類!」
あたしは話をやめさせようと、思わず類の腕を掴んだ。美作さんと西門さんの驚いた顔。
「おい牧野…、お前まさかまだ…。」
「やめて、類。違う、違うの。そんなんじゃないから。」
なんで急にそんなことを。
「私は帰ります。類、美作さんも西門さんも今日はありがとうございました。副社長も明日は寝坊して遅刻されませんように。」
もう誰の顔も見れなくて、荷物を片手に立ち上がり部屋を出た。
前から類は聡いところがあるとは思っていたけど。
誰にも、類にすら気付かれないように振る舞っていたつもりなのに。失敗した。
あんな風に動揺して帰れば、肯定も同じだ。
あたしはあれからずっと、ずっと道明寺が好きなまま。
道明寺に忘れられても、あたしは道明寺を忘れることなんて出来なかった。
訳あって道明寺家と関わりを持つことになったけれど、秘書として道明寺と対面した時、もしかしたら、あたしを見て思い出してくれるかもしれないなんて心のどこかで一瞬でも思っていた。
そんな希望はあっさりと打ち砕かれたけど。それでも記憶を失ったばかりの頃とは違って、道明寺があたしを拒否しない。
始めこそ無視されたりした。でも今では普通に会話ができることが嬉しい。
わかっていたことだけれど、秘書として側で道明寺が女性と一緒に並んでいる姿を見る度に胸が痛んだ。
だけど、あたしには道明寺に見合うだけの財産も家柄も何もない。あるのは今まで頑張って詰め込んだ知識と培ってきた経験だけ。
もし道明寺が、別の女と結婚したら。
想像しただけで吐きそうだった。
楓さんには、どんな理由があったにしても、今までのことは感謝してもしきれない。今では尊敬もしている。
でも、どんなにあたしが頑張っても道明寺に8年間近づけさせず、最後は仕事でしか一緒にいられないってことを知らしめたかったんだろう。
わざわざ、こんなことをしなくても。
始めからわかってる。今はまだ秘書として近くにいられたらそれだけで良い。
いつか、道明寺に婚約の話が出るまでは。
道明寺とは、あれから何回か非常階段で遭遇していた。
なんで今まで会わなかったのか、不思議なくらいだ。
あたしが叫んでる時に声をかけられることもあるし、道明寺が先にいることもあった。
道明寺が来られる時間じゃない時を狙ってるはずなのに、これじゃ叫べないじゃん!なんて思ったりするけど。
だからといって、いつもみたいに喧嘩腰で話すこともなく、ただ外を眺めて、そこにいるだけのことが多かった。
普段と違う、穏やかな時間だった。