You belong with me. 8
You belong with me. 8
「つくしさんを監視下に置くと決めたのは、司さん、あなたの父親です。」
「ハァーーー?!親父?!なんで、てか牧野がなんで、おじさまって、あぁッ?」
さすがに混乱してるのか、文脈がめちゃくちゃになってる。
西田さんも、そこまで知らなかったらしく、いつものポーカーフェイスが崩れて驚愕の面持ち。珍しい。
実はNYにいる間、あたしは道明寺家のお邸に居候していた。
これも監視下にあったからだと思うけど、そこで初めて道明寺のお父さんと対面した。
ラオウみたいな姿を想像していたけれど全然そんなことなくて、経済界を牛耳る堂々たる風格と威圧感があるものの、優しい笑顔の素敵なおじさまだった。
道明寺の顔のパーツなんかは楓さんに似てるけど、髪の毛や雰囲気は父親譲りか…なんて思ったっけ。
「なんで?親父が牧野を?」
さっきまで頑なに、あたしの顔を見ようとしなかったのに、さっきからチラチラと見てくる。
「あなたもご存知の通り、幼い頃から司さんの行動はずっと報告として日本のお邸から書面で写真と共に送られて来ていました。ですが高校3年生になってから段々とあなたの表情が変わっていくのを見て、あの人も司さんの身辺調査をさせました。そこでつくしさん、あなたの存在を司さんの父親も知るところとなりました。」
「あの人は司さんの凶暴性や、非人道的な振る舞いを危惧していました。これから先、道明寺財閥を継いでいく人間が、取引先に対して無慈悲な振る舞いをし、強引な契約ばかりしていくようでは、行く末は見えています。
それでもまだ高校生でしたから、表情が多少変わったところで一時のくだらない感情に振り回されているだけとし、司さんを無理矢理NYへ連れて行ったりもしました。そしてつくしさん、あなたにも随分なことをしました。」
楓さんがあたしを見ているけど、表情は相変わらずのポーカーフェイスだ。
「そして、…NYでつくしさんに借りを作った件ですが、あれで司さんの父親もつくしさんの人となりを改めて認識するに至りました。あの頃の司さんは、つくしさんとの未来の為にと道明寺家を捨てようとまでしていましたね?」
毎日がジェットコースターに乗っているような、全力疾走の日々だった。それでもあの頃が一番楽しくて、キラキラした想い出ばかりだ。
「この道明寺財閥の大きさを幼い頃から分かっていても尚、それを捨てようとしている。それなら司さんから、つくしさんを離すのではなく、側にいることを許したら?その為なら、司さんは道明寺財閥の、道明寺財閥の社員たちの為にどこまで出来るのだろうか、と。」
「司さんがつくしさんによって、どこまで変わるのか思案していたところで、あの事件が起こりました。早く後継者教育をと思っていましたが、怪我の療養を理由にして、あなたたちに1年間の猶予を与えることにしました。
まさか司さんが記憶喪失に、しかもよりにもよって、つくしさんのことだけを忘れてしまうとは思いませんでしたけれど。」
クスリと楓さんが笑った。確かにタイミングが悪過ぎた。
そっか、その為の1年間だったんだ。
「司さんの記憶がなくては、1年間の猶予も何もありません。それでも、第一は司さんの為でしたが、つくしさんの人間性が余程気になったのでしょうね。あの人はつくしさんを道明寺の監視下に置くと決めました。」
フゥと息を漏らした楓さんは一口お茶を飲んで、話を続けた。
「つくしさんの記憶を失った司さんは、昔ほど荒れているわけではありませんでしたが、大学や仕事上では何も表情に出したりはしないものの、人嫌いは相変わらず。暴力こそ振るわないものの、暴言はひどいものでした。」
想像出来る。こいつNYでもそんなことしてたんだ。西田さんも渋い顔してる。
「女性関係も事実、どうだか預かり知らぬところはありますけれど、それなりに噂もありました。多少は噂になるのも宣伝の一部だと、悪質なものでなければマスコミにも容認していました。」
楓さんが顔を顰めた。
そんなに酷かったのかと、道明寺を伺い見ると、なんとも言えない、微妙な顔をしていた。心当たりあるんだ。ふーん。
「ところが、NYに来てから1年程経った頃から司さんの雰囲気が少し変わり、暴言なども少なくなりました。」
楓さんは道明寺を見て尋ねた。
「司さん、あなたはその頃から、記憶に関する何かがありましたか?」
道明寺は少しバツの悪い顔をして、
「あれは…、思い出したわけじゃねぇんだ。ただ、その頃から同じ夢を繰り返し見るようになった。 顔も何も見えない、男か女かもわかんねぇやつが、いつも夢に出てくる。でも夢の中の俺はいつも笑ってた。
その夢を見たあとは、すっきり目覚めることが多かった。普段なかなか眠れなくて睡眠薬を飲んでたせいか、日頃から寝覚めは良くなかったのに。」
片手で口を覆って少し俯きながら道明寺は話し続けた。
「あの夢を見始めてから、なぜかイライラもなくなっていった。変わっていくように見えたのは、そのせいだろ。」
「後継者としての自覚が出てきたのかとも思いましたが、やはりあなたは記憶がなくても、つくしさん次第のようね。」
楓さんがあたしを見るけど、少し顔が赤くなってる気がする。あたしはなんとなく居た堪れなくて、俯いてしまう。
「あなたが大人しくなった理由はどうであれ、つくしさんは大学を卒業したら渡米させることは決まっていました。まだあなた達を引き合わせるつもりなどありませんでしたから。記憶をなくしてすぐの司さんは、とにかくつくしさんにだけ酷い態度だったと聞いています。
いくら落ち着いてきたとはいえ、ここで元の司さんに戻ってしまっては意味がありませんし、つくしさんも道明寺の人間になるにはまだ役に立つ状態ではありませんでしたから、つくしさんの渡米に合わせて司さんを日本支社へと異動させることにしました。」
やっぱり道明寺と合わなかったのは、楓さんが仕組んでたのか。というか、そんなことで日本とアメリカの異動ってどうなの?!
「つくしさんはNYで一から働かせました。いくら学業が優秀でも、ここで挫けているようでは、これから先とても道明寺財閥では使い物になどなりません。最後の1年は私の秘書をやらせましたが、元は雑草ですし、根性だけはありましたから。」
この褒めてるのか貶してるのか分かんないのは道明寺の人間の特徴なの?根性だけってなによ!本当のことだけど!
今まで黙って話を聞いていた西田さんが道明寺に尋ねる。
「司様は日本へ来てから、さらに落ち着いて仕事をしているように見受けられましたが、やはり少しずつ記憶が?」
西田さんも何か思うところがあったんだ。
「日本に来てから、確かに少し夢が変わった。特に変わったのは、牧野が秘書になってからだ。夢の中で一緒に笑ってる相手の顔は分からないままだったが、女だと分かった。俺が、女と話して笑ってるんだぞ?」
「あれだけいろんな女性と噂になっといて、何が女と話して笑ってるくらいでビックリしたみたいなこと言ってんだか。」
フンッと思わず鼻で笑って言ってしまった。
「おっと、失礼しました副社長。」
ツンとして言ったら、西田さんが「だから牧野さん、勘違いしていますよ。」と言うけれど、勘違いってなにがよ!本当に一回聞いたら分かりますよね的なやつ!そういう言い回しとか、嫌味とか、道明寺スタイルって呼んでやる!
「司様は昔から変わらず、まぁNYでの約1年はともかく、記憶がなくても女性は苦手なままです。」
…はい?そんなわけなくない?NYの時も日本に帰ってきてからも随分色々聞いたけど?
「だから誤解だって言ったじゃねぇか。」とかなんとか道明寺がブツブツ言ってる。
どういうこと?毎回と言っていいほどゴシップ誌に載ったりニュースのネタになっていた女の人たちは?
「牧野さんは素になると表情が豊かになっておもしろ…いえ、分かりやすいですねぇ。」
そんなことを西田さんが言ってるから、今あたしは思ったより呆けた顔をしているのか。
「あっ、噂と言えば…、」と言いかけたところで、例の噂の件は今は関係ないから途中で止めたんだけど、それを拾ったのは西田さんだった。
「司様と牧野さんに関する噂ですね?」
西田さんも噂のこと知ってたんだ!本当にあたしだけ気付いてなかったの?!
「そうですけど、今は関係ない話ですので。」と返したら、
「関係ありますよ。」と返ってきた。
「それは俺も気になってた。なんでこいつ帰る時はいつも道明寺の車なんだ?どうして噂を放置している?」
そうよ!それも気になってた!
何の関係があるのよ!こうなったら聞いてやる!
「その噂ですが、私も美作様たちから聞きました。彼らには事実無根だと説明はしたのですが。なんの関係があります?」
「関係あります。あなたはこれから司さんの婚約者として発表するつもりですから。」