You belong with me. 9
You belong with me. 9
あまりにも突然過ぎて、あたしも道明寺もポカンとして口を開けたまま。
「お2人ともみっともないですよ。口はお閉じなさい。」
楓さんに言われて慌てて口を閉じるけど、どーでも良い!
「楓さん!私は司さんに秘書を辞めて転職を勧められました!話も聞かずに私を簡単に手放すような人なんですよ!」
「なんだよ!お前は、類と付き合ってるんだろ?!類に辛いって、類もいつでも来いって言ってたじゃねぇか!」
なに、こいつ。
何度も何度も何度も何度も同じことを!
「あたしは類の女じゃないって言ってるでしょうが!何回言ったらわかるのよ、このバカ男!」
「いい加減になさい!」
こっ、こわ…!窓ガラスさえもビリビリと震えるような低い声で怒る楓さんに道明寺と2人、慌てて口を噤む。西田さんも固まってる。
眼光鋭く道明寺とあたしを睨んだ楓さんは、続きを話した。
「司さんも日本で勤務するようになって、随分と落ち着いてきたこと、つくしさんも秘書として十分な力をつけたこと。これにより、2人を会わせることに決めました。」
副社長の秘書に決まった時は西田さんに直談判したけど、こんな事情じゃ、あたしの話も梨の礫だった訳だ。納得。
「始めこそ司さんはつくしさんを無視したりしていた様ですけれど。今まで一切の女性を認めなかった司さんが、つくしさんを秘書として容認したことで、やはり記憶が戻らなくても司さんにはつくしさんしかいないのではと認識せざるを得えませんでした。」
「ただ、司さんの変化は見られるものの、もう10年になります。もし記憶が戻っても司さんはつくしさんを離さないと思いましたからね。それならと、このままいつ戻るか分からない記憶を待つ理由もなく、2年も一緒に仕事が出来るなら、いっそのこと結婚させてしまえとあの人が。」
ハァーっと大きなため息をつく楓さんは珍しい。きっとおじさまと揉めたんだろうな。
でも記憶が戻った道明寺は、あたしを突き放した。
「つくしさん…、」
楓さんが珍しく話すのを躊躇ったけど、それも一瞬で、次の言葉には驚きを隠せなかった。
「つくしさんには、申し訳ないことをしたわ。道明寺家の監視下に置いてから、プライベートなどなかった。どなたかとお付き合いされたかったかもしれない。でも、それも私たちがそうならないよう、操作していました。つくしさんに対して多少強引な方もいましたが、そういう方は二度と接触出来ない様、圧力をかけたり異動させたりもしました。この10年、あなたの意思などなかった。」
楓さん、そんなことしてたんだ。
言葉にならなくて、ただ首を振ることしか出来ない。
そんなことで謝らないで、楓さん。
「もう10年です。つくしさんも限界なのではないかと、思いました。
つくしさんは道明寺家を憎んでいるかもしれない。それでもここまで来たら、もう後戻りなど出来ません。
まずは道明寺家が認めた司さんの婚約者だと周囲に認識させる為に、道明寺財閥関連のパーティーのみ、つくしさんを司さんのパートナーとして出席させ、道明寺家の車で送迎させるようにしました。あなたを道明寺家が大切にしている人物だと、既成事実を作り上げ、逃がさない為に。」
家柄や財産とか、それをあたしに認識させるつもりで道明寺の側に付かせたんじゃないのはわかった。これが勘違いと言えばそうだけど、そんなことはどうでも良かった。
そこまで、あたしを評価してもらっていたことが嬉しい。でも。
「…昔の、楓さんにされた事に遺恨が残らないとは言い切れないですけど、どんな状況にせよ高校から今までお世話になったことは本当に感謝しているんです。
された事ばかりに目を向けて憎むより、してもらったことを大切にすること、まず相手を知ることが大事だと常々思っていましたから。」
真っ直ぐに楓さんを見て話す。
「大学で経営を学んで就職して、実際に働いて、間近で楓さんの仕事に対する姿勢を見たら、尊敬する以外のものはありませんでした。」
本当にそう。知らなければ、もしかしたら道明寺家を、道明寺財閥を恨んでいたと思う。
「10年前、おじさまや楓さんが私を監視下に置きましたが、私も黙って従っていたわけではありません。」
たとえどんな状況でも、私の気持ちは変わらなかったから。
「道明寺家が私を監視下に置く代わりに高校と大学の学費を出していただいているのは聞いていましたが、これはチャンスだと思いました。就職もそうです。道明寺財閥は就職するのも一筋縄ではいかないと聞きました。それをNY本社からの勤務ですから、これ以上のことはないと。」
フッと短く息を吐く。
どんな結果になるにせよ、あたしの目標はただ一つ。
「どんな状況だろうと、私の気持ちは変わりません。10年前からずっとです。」
道明寺が、あたしを見た。
「私は、今も道明寺のことが好きですから。」
どんな状況でも、あたしはつくし。
雑草なんだから。
「私は、監視下に置かれるというこの話を受け入れました。まさかの道明寺家から出た話でしたから。これを束縛ではなくチャンスと捉え、少しでも繋がりがある限り、司さんにまた会えるのではと、これを掴まなければ司さんとの未来はないとさえ思いました。」
我武者羅に生きた10年だった。
「私は、楓さんに認めてもらいたかった。記憶が戻らなくても、…司さんの隣に立つことを。その為には何もかも犠牲にしても良いと覚悟して。
だから楓さんが謝る理由なんて何もないんです。この10年は、私の意思なんですから。」
あたしは今でも、道明寺を幸せにしたいと思って生きている。
「私はここまで自力で来たとは思っていません。一生をかけて道明寺家に恩返しするつもりです。司さんの婚約者ではないかと噂を聞いた時も、本当は嬉しかったです。事実はどうであれ、家柄も財産もない、司さんに忘れられた私でも噂される様になったんだと。まさかおじさまたちの思惑までは分かりませんでしたけど。」
自力でと思ってたけど、これは完全におじさまたちの意向がなければ成立しなかったことになる。
「でも、司さんに拒否された今、私の夢は終わりました。10年前の想いにしがみついていたのは私だけです。」
「だから楓さん、私を司さんの秘書から外してください。でも、まだ何の恩もお返しできていませんから、それまでは道明寺財閥から逃げるつもりもありません。
…さすがに司さんが他の女性と結婚するのは見たくないので、どこか、テレビも映らない、携帯も通じないような僻地にでも飛ばしてもらえますか?」
初めから、勘違いなんてしてない。
家柄や財産とか元々持っていないもので勝負しようだなんて思ってない。どこぞのお飾りだけの、座ってるだけで婚約者になれる御令嬢とは違う。
あたしは自分で掴みにいかなければならなかった。
楓さんやおじさまの意向もあったかもしれないけど、少なくとも実力がなければ秘書は出来なかったと自負したい。
束の間の道明寺のパートナーだったな。
「つくしさん。あなたもバカね。」
「分かってます。雑草は雑草なりに、頑張ったんですけどね。」
楓さんがボヤケて見える。あたし泣きそうなのかな。
「違います。ここまで来たのに、司さんに拒否された程度で諦めるあなたに対してです。」
だって、だって道明寺が、いらないって言ったから。
「相変わらず頭が悪いわね。拒否されても何をされても、諦めるのはやめなさい。」
楓さん?何を言ってるの?
「道明寺財閥の総帥と社長が、司さんとつくしさんの結婚を決めたんです。これは上司命令です。」
楓さんがあたしにそう言ったあと、道明寺を見て言い放つ。
「一番の大馬鹿者はあなたです、司さん。」
冷たい目で道明寺を見遣る。
「記憶が戻って混乱しているなんて理由になりません。つくしさんがあなたの為に努力した10年を、あなたの一言で捨てようとしているのに、何も言わずに黙っていることに心底呆れます。西田!私は帰ります。」
西田さんがいつものポーカーフェイスを崩しに崩してニコニコしながら、荷物をまとめ始め、あたしに話しかける。
「牧野さん、あなたも明日はお休みです。あとは私が各所手配、処理します。有給余ってますよね?」
「え、待ってください!私も帰ります。」
置いてかないでよ!まだ話も途中じゃないの?道明寺と2人にしないでほしい!
「つくしさん、あなたは司さんとしっかり話しなさい。司さんもいつまでも馬鹿みたいな勘違いをしているようでは、道明寺の跡取りに相応しくありませんよ。」
そう言って楓さんと西田さんは帰ってしまった。