You belong with me. 16
You belong with me. 16
「それで?お前の長期計画ってどんなんだったんだ?」
あ、それを聞く?
「えー、別にどんなんでも良くない?今こうして道明寺と一緒にいるんだし。」
「10年はデカイな。そんなに素直に俺を受け入れる牧野は想像出来なかった。」
唐突にそんなことを言うものだから、堪らず顔も赤くなってしまう。
「あたしの長期計画の話を聞きたいなら、コーヒー淹れて!」
はいはい、と素直に淹れようとしてくれる道明寺だって想像してなかったもん、と小さい声で言えば、「牧野以外にしたことねぇよ。」と返ってきて、思わずニンマリ笑ってしまう。
しばらくして道明寺がコーヒーを淹れて戻ってくると、コーヒーをリビングテーブルの上に置いて、あたしの隣に座る。
「本当に長くなるよ?大筋は楓さんや西田さんの言った通りなんだけど。」
「全部じゃないだろ?お前が何を考えてたのか知りたい。」
あたしはコーヒーを一口飲んでから話し始めた。
「あのね、誓約書に関してはさ、高2のあたしでも何となくは理解出来たのよ。短い期間だったけど、あんたの家の大きさは多少なりとも分かったからね。
あたしも楓さんにクソババアなんて言ったこともあるし、あんたを追いかけてNYまで行ったこともあったし?信用されてないのは分かってたから、誓約書を出されて監視下に置くって言われても疑問には思わなかったの。
学校も英徳は道明寺家の寄付金が一番多いんでしょ?監視しやすいところにいてもらう、その代わり大学まで学費は出すって言うから。
これ聞いた時に、あたしのやるべきことが見つかったって思った。あんたがいなくなってから、何もやる気がなくなっちゃって、自分の未来が見えなかったの。あの時は、どうしたら道明寺といられるのかばかり考えてたから。」
ギュッと横から抱きついてきた道明寺に、
まだ話し始めたばっかりなんだけど、と話を続ける。
「道明寺家に監視されるからこそ、あたしが道明寺を諦めなければ、あんたに再会するチャンスがあると思って。だから、どうしたらあんたに近づけるか考えた。理由はどうあれ、お金を出してもらってる以上は無駄には出来ないし、見られてるからこそ、可能性に賭けた。
どこまで監視されてるのか分からなかったけど、道明寺本人に近づくには、道明寺財閥に入社が大前提。その為には武器がないとね。」
「あたしが英徳大学に入学する頃は、道明寺はまだNYにいたから、まずはNYで仕事をすることを目標にした。その為に語学力は絶対でしょ?学費の心配はなかったから、アルバイトもして、その分を語学勉強に注ぎ込んだ。学部も少しでも道明寺に近づきたい一心で経済学部にして。もう、とにかく必死で。
楓さんはさ、あたしの想いはどうでもいいだろうけど、使えるものは使いそうじゃない?」
高校生のあたしは道明寺の好意を受けるのに精一杯で、何の努力もしてなかったから。
「で、3年生の時にインターンシップ行こうと思ったら西田さんが来てね、道明寺財閥の入社は決まっていると言われたの。入社が難しい企業のランキングトップに名を連ねているのに、試験も受けないで。びっくりしたわよ。
まぁでも、まだ楓さんはあたしを見てるんだと思った。配属先はまだ教えてもらえなかったけど、就活に時間を取られることがなくなったから、また勉強に没頭出来たの。
結果として首席で卒業したのは大きかったんだと思うけどね。NY本社配属と言われた時は、道明寺に一歩近付けたと思って、喜んだのに!
入れ違いに道明寺は日本へ行っちゃったから、がっかり感すごかった!なにこれ!って。やっぱり楓さんは、道明寺に会わせるつもりはないんだって確信したのも、この時かな。
それでもこの時点で道明寺の婚約も結婚も、そういう話は出ていなかった。
世間を賑やかせてるわりには?何にもなくて不思議だったけどね!」
道明寺を見れば、何とも言えない、複雑な顔。まぁ、ここは道明寺のさっきの話を信じよう。
「それでもNY本社だから、こんな経験滅多に出来るものでもないし、道明寺が見ていたものを少しでも見れるかもしれないと思って。楓さん指示だろうけど、とにかくいろんな部署に回された。今はわからなくても、いつかは必要になる時が来るはずだと思って、色々な情報を頭に叩き込んだ。」
「NY最後の年は、まさかの楓さんの秘書だったのはびっくりしたわよ。
何を考えてるのか分からなかったけど、ここまで何とか来れちゃったから、最後に叩きのめそうとしてるのかと思ったけど。まさか、使い物になるまで鍛えられてるとは思わなかった!
もうこの時点で道明寺財閥の大きさを、まざまざと思い知らされてたわ。高校生の時に井の中にいたのはあたしで、あんたたちF4に偉そうなことを言って、楓さんにもクソババアなんて言ったけど、あの時のあたしは確かに楓さんから見たらミジンコよね。」
溝鼠と言われたけど、ミジンコって言われなかったから良しとする。
「だからと言って、自分の子どもが起こした揉め事をお金で解決したり、おざなりにしていいはずがないけどね。今はそうせざるを得なかったと納得は出来ないけど、理解は出来る。それでも愛情が確かにあるのをあたしは知っているから。楓さんは殊更わかりにくい愛情だけどね。
ほら、あのうさぎのぬいぐるみ。あれをあたしが持ってる限り、楓さんからの愛情があんたに在り続けるんだよ。」
「うさぎのぬいぐるみ?」
「覚えてない?あんたが小さい頃、お邸にひとりぼっちで、楓さんは側にいてあげられなかった。その代わりにプレゼントしたぬいぐるみよ。」
「…覚えてるけど、なんで牧野が持ってんだ?」
「あんたが刺された時。実は楓さん、大きい取引を潰して大損害出してまで、あんたの様子を見に帰国してたのよ。その時にね、そのボロボロになったうさぎのぬいぐるみを持ってきてた。そのぬいぐるみを見て、あたしに向かって、汚くてあなたみたいねって。いらないから、…いらないからあなたが捨ててって言ったの。楓さんのことを心底嫌いになれなかったのは、きっとその時のせいかな。」
「なんでボロボロのうさぎ捨てろって渡されてんのに?」
道明寺は、さっきよりも強く抱きしめてくる。ちょっと苦しいけど、きっと道明寺も複雑な気持ちのはず。
「そのぬいぐるみを捨てるか捨てないかをあたしに委ねたの。あの時はなんであたしに捨ててって言ったのか、そこまで気が付かなかった。でも道明寺財閥に入って、その組織の大きさを知った時、気付いたの。たぶんだけど、あの頃から楓さんはあたしのこと、そこまで嫌ってなかったのかなって、今なら思えるよ。」
絶対に、あのうさぎのぬいぐるみは捨てない。
あの『汚い人形』は、あたしみたいで、楓さん自身だ。きっと楓さんも、あたしが捨てないって分かってて渡してる。
だってあれは、楓さんと道明寺を繋ぐ、愛だから。
「楓社長には、とにかく秘書として厳しく指導してもらった。先輩秘書に張り付いて、スケジュール管理から資料作成まで教えてもらった。そして頻繁に楓社長はあたしをパーティーに連れ出したの。
始めは紹介されても挨拶くらいしか出来なかったし、誰が誰かなんて分からなかった。けれど先輩を見ていると、分かることってたくさんあるのね。
挨拶する人の情報をね、耳打ちしてフォローしてたの。秘書がそんなこともするのかと驚いたけど、確かに全ての人物を覚えるなんて、そんなことしていられないほどの量の案件を抱えているでしょ?直接関わるのは本当に大きい案件が主で、全てに関わっているわけじゃない。だけど、取引の全てはトップの責任で、身の振り一つで全てが決まってしまう。おじさまも、楓社長も、副社長のあんたも、当たり前みたいに、この巨大な財閥を抱えてて生きてる。なんて世界にいるんだと怖くなった。」
「…8年振りに道明寺に会った時ね、自分の中で、違った、この人じゃなかったって、思ったらどうしようって考えてた。
でも、姿を見て、声を聞いて、一緒に仕事して。あたしを覚えていなくても、そんなの関係なくて。
やっぱり道明寺しかいないって、思ったの。あんなに、あたしを好きでいてくれたのも、好きになったのも、道明寺だけなんだよ。」
「だから、こんな世界でも道明寺といたかった。少しでも、いつか一緒に道明寺を支えられる力になれるならって。それだけなんだけどね。」
えへへと笑って道明寺を見れば、泣きそうな、それでもこんなに優しい顔をする人だったと、泣きたくなった。
「なんでお前が泣いてんだよ…。」
「だって、道明寺が、泣いてるから…。」