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Killed by your gaze. 後書き
[No.163] 2023/03/31 (Fri) 18:00
Killed by your gaze. 後書き
「Killed by your gaze.」をお読みいただきありがとうございました。
クソ忙しい中、ぽわっと湧いて出たお話を書き殴っただけで、今回は特にテーマも何もないです。
ただ、「君の視線に殺される」という言葉を使って、壁の中に二人きりというイメージで、R18が書きたい!で書きました。
そして、最後の最後にぽろりと言うまで「好き」という言葉を使わないで表現できないかなぁなんて、またド素人が無謀なことをしましたね。
「それ」=「視線」なんですけど、あれですよ、「目は心の鏡」で「目は口程に物を言う」って諺。そんな感じです。
このお話、ほとんど会話がないんですよね。2話の類のターンは一切セリフなしの独白だし、3話は言わずもがなアレな言葉と「すき」だけですし。
名前も1話は会話で出てくるまで「あたしと彼」だけだし、2話も「俺と彼女」が主体で「牧野」の名前は確か5回?しか出てきてなかったですね。
道明寺なんて「あいつ」だけで名前すら出てきてないのに、道明寺とつくしちゃんが別れた後の類と牧野の話だと分かるような雰囲気になるのは、それだけ原作の世界観とか設定が確固たるも所以だと思います。原画展行きたかったです。
なのに、はらぺこ02の考えるお話は設定も緩くて適当にも程があるし、行間少ないしうえに句読点は多いし、読みにくかったと思います。精進します。はい。
つかつくのお話の途中で類誕をupしたので、つかつくをお待ちいただいてる方には申し訳なかったです。
類のお誕生日に免じて許してください。
「Re: notitle」がめちゃくちゃ初々しい感じで焦れったく進んでいるので、その反動だと思いますが、エロシーンを書くのがとっても楽しかったです!はい!
冒頭からすでに始まっていましたし、表現があからさま過ぎたので、初めてパスワード掛けました。
ちゃんと設定出来てるか、そわそわして落ち着かなかったです。
そして、おかげさまで体調も落ち着いてきまして、義母のギブスも思いの外早く外れたので、おさんどん解除になりました。
ただ、春休み真っ只中で、毎日子ども三人のケンカと外遊びと習い事と家事に追われております。
まだもう少しゆっくりのんびり更新になってしまいますが、新学期が始まる頃には通常通りに戻れればなと思っています。
それではまた。
はらぺこ02
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Killed by your gaze. 3
[No.162] 2023/03/30 (Thu) 23:00
Killed by your gaze. 2
[No.161] 2023/03/30 (Thu) 19:00
Killed by your gaze. 2 (類つく)
「それ」がいつからと問われれば、始まりは高校生の頃だったと言える。
でも一度は諦めて、ただ幸せでいてくれるならと見守ることにした。
だから付かず離れずの距離を保って接していたけど、そのことに一番に気が付いたのは俺だったと思う。
二人がその結論を出した時、さして驚かなかったのは、それこそずっと見守っていたからに他ならない。
そのことに一番に気付いた時、あいつが本当に彼女の手を離すなら、その離された小さな手は俺が掴もうと心に決めていた。
だって、本当は俺が幸せにしたいし、一緒に幸せになりたいし、そもそもに一緒にいてくれないと息も出来ないのは俺だし。
でも一度は向けられたものを掴まなかったのは俺で、今更そのことを本人に告げたところで同じように気持ちを返してくれると確信を持てるような自信もなかった。
そっちが終わったなら俺と付き合って、なんて言うのもかっこ悪いし。
それでも欲しい。
側にいて欲しい。
だって、俺の知らない他の誰かに攫われたら、一緒にいられない。
今までは俺があいつの親友だったから彼女の側にいられたわけで。
一緒にいられなくなったら、俺は。
だから逃げられないように、いつものように、ゆるりゆるりと側にいて、するりと隣に居座って。
それが当たり前になるように、でも「それ」は強く、見過ごされないように。
その為なら努力は惜しまない。
惜しんでる場合でもないし、横から攫われないように自分の足元をしっかりと固めなければならない。俄然やる気になった俺は、勉強も仕事も選り好みせずに何でもやった。
そんな俺を見た両親は何があったのかと問うてきた。
幼い頃に厳しくし過ぎたことを後悔しているらしい両親は、今まで目的もなく息を吸って吐くためだけに生きているように見えていた俺に、やる気を出させたものが何なのか気にしていたようで。
これは好機かもと切々と話してみれば、両親に諸手を上げて賛成を得られた俺は、あとは彼女に逃げられないようにと少しずつ逃げ道を塞ぐことにした。
進路も、就活も、配属先も、親も、家も、時間すらも。
俺の向ける「それ」に彼女が気付いたのは、いつだったか。
彼女が就職してしばらくした頃だったか、仕事中でも彼女の配属先にふらりと顔を出しては「それ」を見せていたし、会うたびに何を言うわけでもなく、共通の友人たちの前でもただ側にいて「それ」を見せていたから、彼女が気が付いてくれた時は密かに喜んだ単純な俺。
そして、彼女の中にある壁。
実のところ、これが一番大変だった。
大企業の御曹司と恋をすることに疲れていた彼女の恋愛に対する壁は厚く、そして同じような環境にいる俺に対しては更に高い壁をいくつも作っていた。
それを無理矢理壊すようなことをせずに、一つずつ最適なルートを探って乗り越えていった。
俺が大企業の御曹司だから。
家柄が違うし、財産もないから。
教養もそこまであるわけでもないとか、美人じゃないとか、貧相な体付きだからとか、それはもう数え切れないほどの違いを列挙してたけど、俺の「それ」に気付いてないふりをしている壁すらも乗り越えた。
そう、俺は登るより簡単だろう、壊すという行為は出来なかった。
なぜ壊せなかったか。
だって彼女の心は傷付いた。
あいつとの別れが穏やかな別れだったとしても、それまであいつに向けていた彼女の気持ちは本物だった。
その気持ちの形が変わって、そして別れを選んだ時から、それ以上あいつと思い出を積み重ねることはなくなっても。
嬉しいことも、楽しいことも、悲しいことも、悔しいことも。
彼女は、あの日々を忘れることは出来ないだろう。
それを未来ではなく過去のものにすることに、躊躇いも後悔もないはずもなく。
友人たちには見せなかった涙を、俺には見せてくれたから。
その後に出来た彼女の心の壁を、壊して何の意味があるのだろうか。
彼女の思い出も、想いも、それは彼女だけのもので、それを守って、そして同じことにはなりたくないと怯えているから作られただろう壁を他人が壊したり、むやみに傷を付けていいものではない。
もしそれを無理矢理、強引に壊して、彼女の心を囲うものがなくなった時。
その時はそれこそ、どこへでも彼女は行けてしまうのではないかという恐怖心。
自分本位な言動で、自己中心的な考えだ。
でも、俺は俺の為に、彼女の心を壊すことなく手に入れたい。
彼女の一番近くにいるのは俺。
一番近くで彼女を見てきたのは俺だ。
壁が作られて、彼女の心が落ち着くのを見ていたのも俺で、その壁がどうやって作られたかを見ていたのも、俺だけ。
牧野、忘れなくていい。
その過去も、想いも、思い出も、それは牧野だけのもので、全部ひっくるめて今の牧野なんだから。
だから壊さずに乗り越えた先は、壁に囲われた彼女の心と、俺の心の二人きり。
絶対に、逃さない。
他の誰でもなく、その手を繋ぐのは、俺でありたい。
彼女の為なら、俺に出来ないことはない。
彼女が壁の中から出たいと思った時、その時は俺も一緒だ。
壁の乗り越え方を知っているのは俺だけだから。
壊さずに、守ってきたのは、俺だから。
その零した涙もため息も、一つ残らず掬って俺のモノにして、身体中に彼女を巡らせたい。
そして気付いた彼女の「それ」。
やっとだ。
少しずつ強くなっていく彼女の「それ」を感じる度に、心が震えた。
早く、早く、早く。
早く気付いて、俺だけになって。
そして俺と彼女の間で揺れる桜色の向こうに見えた彼女の瞳に、「それ」を見た。
どちらからともなく重なった唇に、彼女はまたなんだかんだと理由を付ける。
もう、いいのに。
もう二人きり、なんだから。
勝ち負けなんてどうでもいい。
生かすも殺すも、奪うも与えるも、俺の全てを委ねるから、早く。
俺だけを、見て。
でもそうだな、ずっと二人きりでも良いけれど、俺は一人っ子だったから自分の子どもは兄妹が多いほうが良い。
そう言ったら順番が違うと顔を赤くして怒るけど、いずれそうなるんだから順番なんて瑣末なことで。
だから早く言って欲しいのに、彼女は勝ち負けばかりを気にして、肝心なことに気が付かないふりをする。
それでも俺の瞳に写っただろう自分の「それ」に気付いた彼女は、何を今更恥ずかしがることがあるのか、今度は見ないふりをしようと目を閉じるから。
俺の心臓を、「それ」で何度も貫いて。
早く、その言葉で俺を、繋いでいて。
牧野の「それ」で、俺は何度も殺されたい。
あとは、その言葉があれば、何でも、全て、君のためなら。
牧野。
そしてその熱を、何度も何度でも、君の唇に、身体に、心臓に、心にあげるから。
だから、俺の「それ」に殺されて。
I want to be killed by your gaze.
君の「視線」に殺されたい。
Then, Happy birthday Rui!
「 Killed by your gaze. 3」は、がっつりエロです。
それしかないし、マジのR18なので鍵をかけます。すぐに分かるパスにしますが、うっかりクリック防止として念の為に壁を一枚作っておきます。
読まなくても何の問題もないですし、本当にそれしかないので、読まれる方は自己責任でお願いします。
Killed by your gaze. 1
[No.160] 2023/03/30 (Thu) 15:00
Killed by your gaze. 1 (類つく)
それは、ふとした時。
高校生の頃から続いていたらしい「それ」に、あたしが気が付いたのは社会人になる前だったと思う。
ジェットコースターのような恋は最後、緩やかにスピードを落として終わりを告げた。
お互い特に遺恨があったわけでもなく納得の上で終わりにしたその恋は、高校生の頃から見ていた友人たちには、あまりにも呆気ない幕切れのように見えたらしく、それはもう多大に心配された。
確かにまわりを巻き込むだけ巻き込んで大騒ぎして、高校生の恋と言うには一般的なラブストーリーではなかったから、そう思われても当然かもしれないけど。
でも大人になるにつれて世の中が見えてきて、それが家柄とか財産とか、そういうことでもなくて、かと言って別の誰かに気持ちを持っていかれたわけでもなかったけど、常にフルスロットルで走り続けていられるわけでもなかっただけ。
そんな風に終わりにしたあの恋を、まわりと同じように何でどうしてと騒ぐわけでも心配するわけでもなく黙って見ていた人が、一人。
あいつと別れてすぐには自分ですら気付かなかった傷。
終わった恋への想いと思い出の大きさに、それは思ったよりも深く残っていた。
別れたことに後悔はない。それでも、大事にしていたものを未来ではなく過去のものにするということが、こんなにも痛みを伴うものだと知らなかった。
別れから時間が経ったある日突然それに気付いて、図らずもほろりと零れた涙は、いつの間にか隣にいるのが当たり前になっていた彼の指に掬われた。
一つの恋が終わる前から、するりするりと懐に入ってきて、いつの間にか当たり前のように常に隣にいた人。
いつも側にいるからといって何をするわけでもなく、ただ一緒にご飯を食べたり、お茶を飲んだり、課題を見てもらったり、いろんなことへのアドバイスをもらったり、あくまで友達の範囲を越えないものだった。
そして、一つの恋に終わりを告げた途端に、見えた「それ」。
ゆるりと過去に思考を巡らせて辿ってみれば、「それ」は高校生の頃からだったのかな、と想像するに至るのは簡単だった。
「それ」はあたしも同じ意図を持って向けていたことがあったからに他ならない。
だからと言って「それ」に気付いたからと、高校生の頃と同じ意図をあたしが持つことはなかった。
二度と同じことは繰り返したくなくて、あの喪失感と、深い傷を作りたくなくて、心の中に堆く作った壁。
それにあっちがダメならこっちみたいに思われるのも嫌だったし、それは違うと思ったから。
それなのに。
あまりに強い「それ」は段々と無視することが難しくなってきて、高校生の時に一度は終わらせたものが再び頭を擡げてあたしの心に住み始めるのに、さして時間はかからなかった。
なまじ同じ会社にいるものだから遭遇率は高く、そして「それ」は社内でも社外でも同じように、あたしにのみ注がれていた。
ただ、「それ」に気付くのはもちろんあたしだけで、社内の人には全く気付かれていないことだけは不幸中の幸いと言える。
でも、そろそろ「それ」に、あたしは殺される、かもしれない。
「殺される」なんて穏やかな言葉選びではないけど、まさに心境としては「殺される」がぴったり当てはまる気がしてならない。
彼のスタイルはジェットコースターでもないし、常時フルスロットルの乗り物でもなく、あえて言うなら徒歩。
そう、まさに徒歩。そして散歩。
なのに「それ」はいつか「殺される」なんて思わせるほどに強い。
強くて、強すぎて、無視できない。
ふだんはのんびりしているようで、ぼんやりしているようで、のらりくらりという表現がぴったりなのに「それ」だけは強い。
そして、あたしが「それ」をあえて無視していることに気付いたのか、それともその前からだったのか、メキメキとやる気を出し始め、やれば出来る子だと知っていたよなんて親に言われてて、挙句あたしに末永くよろしくねなんて涙ながらに頼まれ託されてしまった。
確実に、正確に、あたしの中に築き上げた壁を壊すことなくロッククライミングよろしく攻略して登って乗り越えてきて、気付けばその壁の中に二人きり。
厄介なことに、向けられるのは「それ」だけで、一度も言葉にされたことはない。
もういっその事、言葉にしてくれれば如何様にも出来るのに。
ずるい。
駆け引きのつもりなのか、それとも無意識なのか。
いや、無意識ってことはないか。
付き合いの長い友人たちの前でもあたしに向けられる「それ」は、あまりにあからさまらしく、社内の人は気付かなくても昔からの友人たちには嫌でも分かるらしい。
そして、よく堪えられるなとも言われる。
うっさい。
あたしだって堪えたくてそうしてるわけじゃない。
これはもう、プライドの問題だ。
言葉にしないで「それ」だけなんて、ずるい。
春の光りが満開の桜の間から柔らかく二人に降り注いでいるような、のどかでお花見をするのにぴったりな陽気に、気持ちもうらうらとして。
広大な敷地に建つ大きなお邸を横目に、広い庭にそびえ立つ大きな桜の木の下で芝生にレジャーシートを広げて寝転ぶ二人。
シートの横には簡易テーブルに椅子もあるけど、それには一度も座らずテーブルの上にはジュースとお菓子と果物が並べられている。
その桜の木から少し離れたところにある花壇には、マーガレットと菜の花と、チューリップが咲いていた。
赤と、白と、ピンクと色とりどりのチューリップ。この花を見ると、あの頃の気持ちと今の気持ちが混ざり合って、この春の香りも、風も、色も、じんわりと広がるように、心の中に染み込んでいく。
お互いの肩がくっつきそうでくっつかない距離で、なのに手はイタズラをするようにくすぐったり、繋いでいるように絡ませたり。
傍から見れば恋人同士の戯れのように見える、かもしれない。
「類」
「なに、牧野」
「言いたいことがあるなら、はっきり言って」
「それは牧野もでしょ?」
「あたし?類が言わないなら、あたしも言いたいことなんてないけど」
「嘘つき」
「言うに事欠いて嘘つきですって?良いよ、それならもう類が言うまで、あたしも言わないから!」
「え、ずるい。そんなこと言われたら俺、牧野に殺されるの待つだけじゃん」
「……うん?」
カラン、とグラスの中の氷が崩れて聞こえた音に、ふわりと類の髪の毛に舞い降りた桜の花びらに、そして、あたしが類の瞳の中を見た時、同じ「それ」をあたしも類にも見せていたことに気が付いて。
ああ、それなら相討ちだなぁ、なんて考えていたら、それだけ瞳の中が見える距離に類がいることに気が付いた。
あ、と思った時には重なっていて、それでも言葉もなく始まろうとしていることに過ぎった不安を、いとも簡単に振り払うように何かを紡いでくれるのかと思ったのに、類の口から聞こえた言葉は何とも穏やかとは言い難いもので。
「牧野に殺されるなら本望だけどね」
「……ふぅん、生かすも殺すもあたし次第?」
「どう?最高にスリルある人生を送れると思わない?」
「なによ!あたしの逃げ道、全部塞いでまで言わせたいことなの?」
「言わせたいね。俺だって必死だから」
「そんなの、ずるい」
「そりゃあ、ずるくもなるよ。俺はジェットコースターより散歩が良いもん。散歩なら寄り道だって遠回りだって出来るし、手を繋いでゆっくり歩いて進んでいけるよ。隣に並んでお互いの顔を見て、あれこれ話しながらね。だからもう、急ブレーキも途中下車も、逃げ道だっていらないんだ」
「やっぱり、類はずるい」
「……俺、子どもは三人以上欲しいな」
「ばっ、なっ、なんでいきなり、順番が違うでしょぉ?!」
「違くないよ。外堀埋めて、乗り越えて、それでも大事に壊さず守ってきたんだ。どっちにしろ結果は同じなんだし、もう俺しかいないだろ?」
類は、俺のしていることを壁の中から黙って見ていたのに、今さら何を言ってるの?みたいな顔をしてあたしを見る。
それに言い返せなくて、うぐ、と言葉に詰まってしまうけど、何も言わないのも悔しくて。
「相討ちなんだからね!おあいこなの!」
「え、おあいこってことは牧野の殺生与奪権、俺が持ってていいの?」
また一つ、カランとグラスの中の氷が崩れて、あたしと類の間に桜の花びらがひらりひらりと揺れ落ちて、ピントが合うのはお互いの瞳だけ。
そのぼやけた桜色の向こうに見えた類の「それ」に、やっぱり殺されるなら類が良いな、なんて思ったりして。
「おあいこって、言ったでしょ!類の生殺与奪権はあたしが持ってるのを忘れないで!」
「うーん、勝ち負けのつもりはないけど、それって言っちゃってるよね?もう同義じゃない?」
「さっき類からキスしてきた」
「えー、牧野からだったよ」
「類からだった!それだって同義じゃないの?」
生かすも殺すも、奪うも与えるも、あなたの気持ち一つで繋がれる人生。
それがジェットコースターに乗るよりこわいことに気が付くのは死ぬ時で良いと思うなんて、あたしの心が「それ」にすでに殺されてしまっていることに他ならないけど、そんなことはきっと、あたしの「それ」に気付かれた時に知られてる。
言葉遊びのような駆け引きも、その言葉を口にしないでいることも、それは類が側にいることが当たり前になってしまったように、いつの間にか我が物顔で隣にいた。
もう一度、類の瞳を覗いて見れば、ビー玉色に染まったあたしの「それ」と目が合って、途端にそれが恥ずかしくなって自分の「それ」に見てないふりをしようと目を閉じれば、フッと類の笑った吐息を感じた後に最初に与えられたのは唇で。
そしてそれは、それまで唯一知らなかった、さっきよりもアツい、類の熱。
Killed by your gaze.
あなたの「視線」に殺される。
Re: notitle 39
[No.159] 2023/03/26 (Sun) 18:00
Re: notitle 39
カランカランと、いつもの喫茶店の扉を開くと鳴る音に、もう流石に手を離すだろうと思ったけど、ミドウさんはずっと手を繋いだままだった。
いつもカウンターの向こうにいるマスターらしき年配の男性と、いつもの若いアルバイトの子が、ミドウさんとあたしと繋がれた手を見て、おや?と言うような顔をした。
ですよね!
いつもと違うパターンですよね!
あたしもびっくりしてるんです!なんて言えるはずもなく、ミドウさんは案内しようと近付いてきたアルバイトの子に、いつもの席の座るぞと声を掛けて店内をゆったり歩いていく。
そしていつもの窓際の席に座る時になって、やっとそれに気付いたように繋いでいた手をパッと離した。
もう、なに、それ。
なんで今日は色んなことがいつもと違うの?
もうすぐ終わりだからと、色々試しているのだろうか。どのくらい長く触っていられるか挑戦してみよう!みたいな?
いつもの癖で悪い方へズブズブと思考が沈んでいく手前で、ご注文は?とアルバイトの子に声を掛けられた。
ミドウさんはいつものブレンドコーヒー、あたしはアイスカフェオレとチーズケーキにした。
注文を済ませて、そして二人の間に流れる沈黙は、いつもと違うパターンでお店まで来たにも関わらず、それだけは変わることなく気まずさはなかった。
「風邪はもう大丈夫なのか」
「あ、うん。あの時は本当にありがとう。ああいう時、一人暮らしだとどうにも出来ないことのほうが多いから、来てくれて本当に嬉しかったの」
まぁ、それでミドウさんを好きになってることを自覚したんだけど。
今はまだそれを表に出して見せてはいけないモノだから、静かに心の中にしまっておくことにした。
「そうか。それなら、行って良かった」
「うん。いつかミドウさんが風邪を引いたら、今度は私に看病させてくれる?お粥でも何でも作れるし!」
「ああ、その時は遠慮なくクシマに頼む」
「えへ。任せといて。料理は得意だから、……、」
いつか。
自分で未来の話をしておいて、そんないつかはきっと来ないだろうことに、言ってしまってから気が付くなんて。
いつかの未来への希望もないのに、会って、顔を見て、話せば話すほど、隠そうとしても隠しきれなくなりそうなくらい、風船みたいにどんどん膨らんでいく彼への好きの気持ち。
それがふわふわと宙を舞って彼のところへ行かないようにと、膨らむ気持ちに紐を括り付けて必死になって引っ張りながら、まだそっちに行かないでと引き止めて、心の中にもう一度閉じ込めた。
優紀には、どうやって好きになってもらうかなんて色々知恵を授かったけど、今まで誰とも交際などしたことないだろう彼に気付いてもらえる自信もない。
「クシマ?」
一瞬ぼんやりとしてしまって、何とか誤魔化そうとした。
「ううん、風邪なんて引かないで元気でいるのが一番なのに、ミドウさんが風邪引いたら~なんて言っちゃったから」
「クシマが付きっきりで看病してくれるなら、風邪を引くのも悪くないけどな」
あーーーっ!
もう!なんなの今日は!
どうしたの、この人!
だって、あたしが看病するなら風邪を引くのも吝かではないって、そういうことだよね?
もうすぐこの関係も終わりかもなんて思ってるのに、彼はそれを簡単に打ち消すようなことを言う。
何を考えてるの?
もうすぐお姉さんに会ったら終わりなんだよね?
そうしたら、いつ引くかも分からない風邪の看病だって出来るわけがないのに。
「ああああ、あのさ、こないだのさ、約束ダメにしちゃったお詫びと、お見舞い来てくれたお礼がしたいんだけどさ、何か、して欲しい事とか、欲しい物とか、ある?!」
なんでクシマがそんなに慌てたように話すのか分からないけど、そんな変なこと言ってないよな、俺。
でも確かに今日はいつもと違うようなことばかりしている自覚はある。
正直に言えば、クシマと手を繋いで歩いたことも、病気になったら付きっきりで看病すると言ってくれたことも、彼女にとっては何でもないようなことなのかもしれないけど、俺にとっては初めてのことばかりで、それが好きな女のことだから余計に浮かれているとは思う。
それに、お詫びにお礼。
別に大したことはしていないし、あんなのどうしようもないことなんだから気にしなくて良いのに。
だからそんなものはいらないと言おうと思った。
ただこれからもずっと一緒にいてくれれば、俺はそれだけで満足だし。
でも、あえて一つだけ、言っても良いなら。
「何でも良いのか?」
「へぇぃ?!あっ、あの、あんまり高い物とかは困るけど」
「……飯、作って」
「え、ご飯?」
「ああ。クシマの作った飯が食ってみたい」
類が食ったことあるのに、俺がクシマの手料理の味を知らないままなのは、腹が立つ。
「なんだ、そのくらいならいつでも、いくらでも作るよ~!でも、それってお礼になる?それよりも、どこかのレストランとかで食べたほうが良くない?」
「いや、クシマのじゃないと嫌だ。クシマの作ったものが食べたい」
そう言いながら彼女を見たら、今まで見たことないほど顔が真っ赤になっていて、何かを言いたいのか言いたくないのか口を開けたり閉じたりしていた。
え、何だ?
何か変なこと言ったか?
クシマの作った飯が食いたいって言っただけだよな?
今はもう店の中にいて、空調は十分効いてるからそんな暑くないし、何がそんなに彼女の顔を赤くさせているのか分からなくて首を傾げた。
「コーヒーとケーキお待たせしました~」
そこへニコニコとしながら店員がコーヒーとケーキをテーブルに並べていく。もう何も言わなくてもケーキとカフェオレは彼女の前に置かれるようになったし、ブレンドコーヒーはもちろん俺の前に。
しかし、いつもと違うことをしている俺たちに、周りも違うことをするのは必然だったのかもしれない。ましてや、ここの店員は半年間の俺たちを見ていたのだから。
「あの~、ここしばらくいらっしゃいませんでしたけど、いつの間にお二人はお付き合いを始められたんですか?」
「えっ?」
「ははは、良いですよう、照れなくても!見てれば分かりますって!これからもご利用お待ちしてますね~!」
そう言いながら店員はニコニコ顔を崩すことなく、別の客に呼ばれてテーブルから離れて行った。
なんだ?!
何があの店員にそう思わせた?
いつもと同じだったはずなのに、特に店に入ってからは別段なにかしたわけではなかったはずなのに。
あ、手を繋いだまま店内には入った。
でもあれは、ずっと繋いでいたくて、でも店内に入って席に着く前に、一瞬空調の冷たい空気が俺とクシマの繋いだ手の間を通り抜けて、ひやりとした感覚に手に汗をかいていたことを知られるのが急に気恥ずかしくなって、だから……、
でもそれだけで付き合ってるとか思わなくないか?!思われるもんなのか?!
いや、そう見られたら良いなとは思ったけど!
どうなんだ?!
一度も恋愛なんてしたことない俺には何でそう思われたのか、いくら考えても分かるはずもなく、呆然としながらも店員から目を離してクシマはと正面に座る彼女へ視線を向ける。
彼女は、両手で顔を被ってテーブルに突っ伏していた。
当然、顔は伏せているから見えないけど、今日はポニーテールにしていてるから、いつもよりよく見える耳は真っ赤に染まっていた。
あぁ?
なんだ?彼女は一体どうしたんだ?
何で彼女はさっきから顔が赤いのか、何で店員は俺たちが付き合っていると思ったのか、もう何がなんだか分からなくて、俺の中でいつもと違うのは、待ち合わせ場所が違ったこと、手を繋いで歩いたこと、彼女のことが好きだと思い始めた気持ちがあることだけ、なんだけど。
あ!
こいつ、もしかして、また風邪がぶり返して熱でも出てるのか?!
Re: notitle 38
[No.158] 2023/03/20 (Mon) 18:00
Re: notitle 38
待ち合わせはいつもの喫茶店。
そう、いつも会って話をするのは初めて会った時に利用した喫茶店。
約束の時間になると、どちらかが先に来ているパターンが定着していて、流石に半年間二週間置きに来るあたしたちを店員さんたちも認識し始めていた。
ミドウさんが先に来ていれば、もう来てますよって言われるし、あたしが先に来た時はいつもの窓際の席に案内されるようになった。
なのに、ミドウさんは今日は初めて会った時に待ち合わせをした駅ビルの中の本屋さんで、と言った。
なんだろう。何か買いたい本でもあったのかな。でもそれなら別にあたしと一緒じゃなくても一人で行けばいいことだし。
あれからずっと喫茶店以外では待ち合わせることも会うこともなかったから、いつもと違うことに何だか少しドキドキする。
本屋さんに着いて店内の入り口付近をぐるりと見回してもミドウさんらしい人は見当たらなかった。スマホを確認しても彼から連絡は来てないし、とりあえず既に本屋さんにいることだけをメールで送る。
連絡が来るまで時間を潰そうと、トラベルコーナーへと足を向けた。
そこに平積みしてあった『世界の可愛い食べ物巡り』と言う本が目に入ったから手に取ってパラパラと立ち読みを始めると、イタリア特集の中に掲載されていたリモンチェッロが目に留まった。
『リモンチェッロとはイタリアを起源とするレモンを用いたリキュールで、レモンの香りがし、甘味もあるので口当たりは良いが、アルコール度数は30%以上ある。南イタリアにある酒造メーカーから販売されているリモンチェッロは、二人の絵師による手描きのイラストと、その瓶のデザインが可愛いとお土産としても人気の一品。』
これは可愛い~!お酒は少しずつしか飲めないのが悔しいところだけど。
容器の瓶はバイオリンやギターみたいな形や、イタリア本土を模したような靴の形だったり、ハートや月と星なんてものもある。飾って見てるだけでも癒やされそう。
ネット通販とかしてないのかなとページ内の文字列を追っていたら、そこにフッと影が入り込んだ。
「酒は飲めないんじゃなかったのか」
ドッ、と心臓が一跳ねする。
そんな近くで、耳元で、その響くようなバリトンボイスで話さないで欲しい。
もう!心臓持たないから……!
「……飲めなくはないよ。すぐに酔っちゃうだけで。ただ、このデザイン可愛いなぁって」
「今度イタリア出張あったら買ってきてやろうか?」
「……うん」
思わず、それまでこの微妙な関係が続いてれば良いな、なんて独り言つ。
「ん?なんか言ったか?」
「うん、お土産楽しみだなーって言ったの!」
そう言いながら本を置いてミドウさんに向き直って、彼を見た。
今週に入ってすぐ梅雨明け宣言があって、一歩外に出ればジリジリと夏の暑さが身を包む陽気になっていた。
前回ミドウさんと会った時はまだ梅雨で、風邪を引いて熱を出したあの日も確か、天気予報では降水確率も高かくて気温は上がらないって言ってたような気もするし、ミドウさんも薄めの上着を羽織ってたから、今までの季節に合わせた服装では知らなかったと言うか、見えなかったところなんだけど。
今日のミドウさんは黒いTシャツとジーンズとスポーツサンダルっていう、極ありふれたようなコーディネートなのに、なにこれ。
なに、この人。
そのフワフワな髪の毛と瓶底メガネで相殺になんてならないくらい、ファッション誌からそのまま飛び出してきたようなスタイルの良さで、そのTシャツの袖から見えた程良く筋肉の付いた二の腕と、足の長さと、少しロールアップしたジーンズの裾から見える踝まで、その高身長と相まって何もかもが格好良く見える。
なに、これ。
これは惚れた欲目なの?
この人、こんなに、あれだった?
「おい」
「……あ、うん?ごめん」
思わずぼんやり見惚れていたら、ミドウさんに声をかけられてハッとした。
そして差し出された左手。
手がどうかしたのか、何だか分からなくて首を傾げてミドウさんを見れば、少し頬が赤い気がして、今日も外は暑いからかななんて考えてた。
「練習!」
「……え、あ、うん?」
練習……。
手と手を触れる、あの練習しかないよね?
え、なに?え?
ここから?手を繋いで歩くってこと?
「早くしろって。いつまで俺は手を出してりゃいいんだ」
「あ、ごめん」
そう言われて特に何かを考えもせずミドウさんの手を取った。
その瞬間に、ぴくりと少し腕が震えたような気がしてミドウさんの顔を伺い見るけど、特に何かを気にした様子もなくて、手を繋いで彼に引かれるまま本棚の間を抜けて歩く。
夏で、良かった。
暑いだけじゃない熱さが手のひらに集まって、少し汗ばんでしまってる気がする。
でも、元々体温が高いらしいミドウさんの手のひらも熱くて、それがどっちの汗か分からなくて、そしてぴったりくっつく手のひらが更に温度を上げていくような。
そういえば。さっきミドウさんの手を取った。
それは初めてあたしからミドウさんに触れたことに気が付いて、いつも触れるのはミドウさんからで、あたしから彼に触れたことは一度もなかったはずで。
そこまであたしに気を許してくれてるのかのと思うと何だかこそばゆくて、でもそれだけ女の人と触れ合うことに抵抗がなくなっているのかとも取れるそれに、なおさら別れが近付いたことになるのかと、浮いたり沈んだりする気持ちが自分でも掴めないでいた。
「梅雨、明けたな」
「ね。初めて会った時は冬だったのに、もう夏になっちゃったね」
あの時はミドウさん一人で先を歩いて行ってしまって、でもその長身と頭一つ飛び出して見えるフワフワの髪の毛に置いて行かれないようにと小走りで彼を追いかけた。
あれから半年しか経っていないのに随分前の出来事のようで、それが今は手を繋いで同じ歩調で隣にいるなんて。
ふと口が緩んでしまったところを見たのか、なに笑ってんだよと彼が言うから、じぃと彼を見上げてニコッと笑うと、ミドウさんはついと顔を逸して進行方向を見るだけになってしまった。
背けられた顔に少し寂しさを感じたけれど、その代わりと言わんばかりに、ギュッと手を握られて、なんかもう、この瞬間だけでも恋人同士のような、そんな感覚に囚われる。
これがずっと、続けばいいのに。
ジワジワと、都会のビルとビルの合間から遠くで鳴く蝉の声が聞こえて、そしてじんわりと首筋に汗が滲んだ気がした。
でもこれは夏の暑さだけじゃなくて、彼女に上目遣いでニッコリと笑いかけられたからに違いない。
今日のクシマは初めて会った時のように髪の毛を一つに束ねてポニーテールにしていた。
こっそりでも彼女を見ていたくて25cmも彼女より背が高いことを有利に使って視線をチラリと下に向けて盗み見れば、それは一歩一歩と前へ足を進めるたびにゆらゆらと揺れていた。
今日は珍しくピアスも揺れるタイプのものを付けていて、ポニーテールと後れ毛と、揺れるピアスから、こっそり見ていたはずの視線を背けることが出来なくて。
そしてふわりと何かで微笑む彼女に、なんで笑ったのか知りたくて、教えてくれたら良いなと思いながら聞いたのに、その大きな瞳で見上げられて笑みを深くするから、また俺自身も知らない妙なこそばゆさを心臓とみぞおちの辺りに感じて、その感じたものをコントロール出来ずに咄嗟に彼女を視界から遠ざけた。
自分で顔を背けたのに、それが不自然に思われてないか途端に不安になった。
クシマのせいではないのだと伝えたくて、でもそれは言葉にも出来なくて、代わりに繋いだ手をギュッと握った。
そもそも今日はいつもと違う始まり方だった。
待ち合わせの時間にはまだ少し早かったけど、彼女から本屋に着いたとメールが来て、待たせたら悪いと少し急いで本屋に行って探してみれば、また食べ物の本をジッと見ている彼女を見つけた。
そんな彼女は緩いオーバーサイズの白いTシャツに、淡い色のジーンズをロールアップにして、鮮やかなターコイズブルーのパンプスを履いていた。なんだか打ち合わせたわけでもないのにTシャツとジーンズという服装が少し似ていたし、練習と称して彼女にたくさん触れたいが為に、いつもと違う待ち合わせ場所にしたのだけれど。
そして、初めて彼女から触れてもらった。
いつもと違うパターンにクシマは慌てることなく自然に俺の手を取った。
男の手を取ることに、躊躇いのない彼女。
今まで彼女は一体何人の男の手を取り、こうやって街中を歩いたりしたのか。彼女に触れたことのある男たち全てを抹殺してやりたいような、このじわりと心に擡げたものは、先日類が言っていた嫉妬というものなのだろうか。
それでも彼女から触れられたことに気持ち悪いとか、吐き気がするとか、もうそんなことは全くなくて、いつも俺より体温の低いクシマの手が夏の暑さだけじゃなく火照った俺の手のひらを冷やしてくれると思ったのに、なぜか今日は彼女の手のひらも暑くて、次第にどちらともつかない手の汗が、俺とクシマをぴたりとくっつけた。
彼女を遠ざけようとして先を歩いた、あの日。
それが今では横に並んで、同じ歩調で、手を繋いで歩いている。
この一瞬だけしかすれ違わない、同じように街中を歩いてる人たちにだけでも良いから、自分たちが恋人同士にでも見えたら良いのにと思えば、やはり心臓とみぞおち辺りがカァッと熱くなったように感じた。
これがこのまま続いて欲しいと、彼女も思ってくれたら良いのにと願ってしまう俺は欲張りだろうか。
Re: notitle 37
[No.157] 2023/03/17 (Fri) 18:00
Re: notitle 37
「本当にさ、つくし何やってるの?」
「分かってるから言わないで~!」
「分かってない。分かってないから、そんな名前も素性も知らない男を好きになるんでしょ?」
身も蓋もない言い方だけど、幼稚園からの幼馴染みである優紀の言う通りで、あたしの今までの恋愛事情を知っている彼女の言葉に何も言い返せない。
今日はメープルホテルの中層階にあるガーデンレストランで期間限定開催のスイーツブュッフェを二人で楽しんでいるところ。
六月末から一ヶ月限定の人気ブュッフェで、今回は予約開始と同時に申し込んだ。
同じ季節でも毎年テーマが変わるここのレストランのスイーツブュッフェ、今年のこの時期は「NYスタイル」がテーマで、ミントブルーとセレストブルーをメインカラーにしたインテリアとデコレーションで統一されていた。
メロンやマスカットのフルーツをふんだんに使ったタルトやケーキは、そのフルーツの上に掛かったゼリーがキラキラと照明を反射して輝いて、これからの梅雨明けを予感させるような雨の滴る葉っぱが陽の光を浴びたものをイメージさせるし、白いクリームが乗ったブルーのゼリーはまるで夏の晴れた空をそのままスプーン掬ってグラスに移したように爽やかにきらめいて見える。
ミントブルーはもちろん、色とりどりのクリームで可愛くデコレーションされたカップケーキから、もちろんNYと言えばのチーズケーキや、チョコレートにドーナツもあった。
そして晴れている日はガーデンスペースも開放される。
そこは、ここが都心のビルの中だということを忘れてしまいそうになるほど緑が豊かで、それなのに中層階に位置する為に空が近く見えるから、なんとも不思議な空間になっている。ここのレストランでは少人数向けのガーデンウェディングも出来るらしい。
今日はラッキーなことに晴れていて、昨日まで続いた梅雨の長雨で鬱々としてしまいそうな気分も吹き飛ばしてくれるような緑あふれる空間は、そこにいるだけで空も吹き抜ける風も爽やかに感じられる。
それなのに。
そんな爽やかな空気すらもどこかに行ってしまったのかのように、あたしの気持ちは梅雨真っ只中、暗雲立ち込め土砂降りの様相を呈していた。
気付いてしまった、恋心。
つい一週間前の、風邪を引いてお見舞いに来てくれたミドウさんを思い出す度に心臓がいつになくドッと早鐘を打つ。
そして近付く終わりに落ち込んで。
この、どうしようもない胸の内を誰かに聞いてほしかった。
「せめてさ、名前ぐらい聞いたら?」
「だって、聞かれても答えたくないことには答えなくて良いって約束してるんだよ?聞いても言いたくないって言われたら落ち込むよ。本当にそれだけの関係なんだって再認識させられるのが、こわいもん…」
きれいにカットされていたマスカットのタルトも、あたしがフォークで突いたせいでタルト生地がパラパラとお皿に散り始めていた。
「そのミドウさんは、毎回会う度に出張先のお土産をくれて?だんだん女の人にというか、つくしに触れるようになって、手も繋げるようになって?笑顔も増えてきたって?」
「うん……。いつもいろんな国の、いろんな景色を写真に撮ってきて見せてくれたりね、お土産もあたしが好きそうなお菓子ばっかりなの。カラフルだったり、入ってる箱や容器が可愛かったり。あれ、ミドウさんがどんな顔して買ってるのかなって想像するだけで楽しくなっちゃう。あたしに触れてくる手も、こわれものでも触るみたいに優しくてさ……」
「つくし~、傍から聞いてるとさ、ただの惚気にしか聞こえないんだけど」
惚気だったらどんなに良いか。
こんなに報われない思いをすることがあるんだって知るのは、別に初めてのことじゃない。
今までの彼氏には何度も浮気されて詰られて、散々嫌な思いをさせられた。どうして、なんでって、自分の何がいけなかったのかなって悩んで、それでも次は、次こそはきっとあたしを、あたしだけを見てくれる人がいるはずだって。
結婚を人生の目標としてるわけじゃない。
ただ、自分の家族みたいに、いつも寄り添って助け合っている両親のように、苦しい時も辛い時も楽しい時もいつでも、そんな時間を一緒に共有したいと思える人を見つけたいだけ。
どんなに大変な時でも、きっと明日は大丈夫だよって一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、眠りにつきたい。
ただそれだけ。
一人より二人、それだけなのに。
「自分が馬鹿すぎて嫌になる時があるよ、優紀……」
「それが恋ってもんじゃないの?「恋は思いの外」って言うくらいだし、自分じゃどうにも出来ないこともあるよ。まぁ、今回はさすがに名前も知らない人を好きになってるとは思いもしなかったけど」
ふふ、と笑いながら言うその言葉に顔を上げて優紀を見たら、いつもの優しい笑顔であたしを見てるから、なんだか涙が出てきそうになった。
「つくし、今はまだ泣く時じゃない」
「え」
「つくしが婚活アプリ始めるなんて言い出した時は、そんなに結婚したかったんだって少しびっくりしたけど、進くんの為だったとはね。でもその婚活アプリで結婚したくない同士が出会う確率がすごいと思わない?それこそ運命みたいな出会い方だし、それに!そのミドウさんが触れるのは今のところ、つくしだけなんでしょ?」
「……うん?まぁ彼が言うにはそうみたいだけど」
「分からないのは、名前と勤め先くらい?」
「確かに名前と勤め先は知らないけど、他にも知らないことはたくさんあると思う……」
運命みたいな出会い方。
それが恋愛に発展するなら良い言葉かもしれない。でもお互いに結婚したくなくて協力関係の元に友達になったのに片方が好きになってしまったら、その言葉も途端に陳腐なものに聞こえるし、それが露見したらその関係も容易く崩れてしまうのがこわい。
名前を知らなくても友達になれるんだっていうのは30歳目前にして初めて知ったこと。
そう考えれば、先入観なしにミドウさんのことを知れている気はする。
でも、きっと本当は何も知らない。
知っているようで知らない。
知っているのは、乱暴な口調の中にも優しさがあること。
体温が高めなのかいつも手が温かいことと、その手はあたしの手を包み込めるくらい大きいこと。
仕事中はミントタブレットをいつも持ち歩いていて、タバコを吸うこと。
お酒は好きではないけど、たくさん飲んでも滅多に酔わないくらい強いらしいこと。
いつものコロンが、スパイシーで少し甘い香りから、帰る頃には甘さを残したままウッディー系で香ること。その香りが、練習で触れたあたしの手に移ること。
甘いものが苦手で、コーヒーはブラック派で、お好み焼きが好物なこと。
あたしとミドウさんが話している時の、穏やかな時間と居心地の良い空間。
いつもの喫茶店、いつもの窓際の席。
ブレンドコーヒーと、カフェラテと甘いケーキ。
世界中のお土産と、ミントタブレット。
知っているようで知らない。
知らないようで知っていることもあるかもしれない。
知りたい。
知りたいと思うけど、聞けない。
「つくし!」
「あ、ごめん」
「もう、一度考え始めるとグルグルと考えすぎるところ、それが良い時もあるけど大抵は悪い方にしか考えられなくなるんだから、今はやめ!もっと単純に考えなよ」
「単純にってどういうこと?」
気付けば更に細かくなってしまったタルトをパクリと食べる。
甘いクリームにマスカットの爽やかな風味が口の中で絶妙なハーモニーで混ざり合う。
「ミドウさんに好きになってもらえば良いのよ」
「優紀……、それが一番難しいんじゃないの……」
何を言い出すのかと思えば、それが出来れば何も難しいことなんてないし、こんなに落ち込んで考えたりもしないのに。
女の人が嫌い。
触りたくもない。
女の人と付き合うことだってしたくない。
結婚なんて、絶対にしたくない。
そんなことを言う人に、結婚を阻止する為に協力しているのに、好きになってもらうなんて無理に決まってる。
触れるようになったから。
手を繋げるようになったから。
もし、もし万が一それで女の人への認識が良い方へ変わったとしても、その時その相手はきっとあたしじゃなくても良い話で。
もっと美人で、スタイルも良くて、世の中にはこんなに素敵な女性がいるんだって、彼もいつかは知るかもしれない。
結婚願望がなくて、誰かと付き合う気もなくて、会う時はいつも体のラインを強調しないボーイッシュな格好の女。
きっといつかはそんな女は霞んでフェードアウトして。そういえば女に慣れるきっかけは、大したことない雑草みたいな女だったなって、思われて終わる。
「つくしー!」
「あ」
「もう!また悪いほうに何か考えてたでしょ!」
「……うん。ごめん」
「せっかく予約取れたんだし、今日はいっぱい甘いもの食べて元気だそう!落ち込んでる時は甘いものが一番、でしょ?」
「優紀~!ごめん!そうだよね、今日はいっぱい食べよう!」
「そうよ!それでお腹がいっぱいになったら、どうやってミドウさんに好きになってもらえるのか考えよう!」
え。
本気で言ってるの、それ?!
なかなか更新出来なくてすみません。
コメント返信、もうしばらくお待ちください。
Re: notitle 36
[No.156] 2023/03/07 (Tue) 18:00
Re: notitle 36
姉ちゃんを騙す。
これが一番厄介な問題で、姉ちゃんを知ってるやつは皆、あの人を騙そうとするなんて無理だと言うだろう。
特に弟の俺は姉ちゃんに絶対逆らえない。もう無意識レベルで逆らえないように刷り込まれていると言っても過言ではない。
「分かってる。女と話すだけだったら仕事でも出来る。それじゃあ姉ちゃんを騙せないし、何の意味もない。だからクシマが知り合いから始めようって言ってくれたあと、姉ちゃんにはプライベートで女と知り合ったこと、少しずつ女に慣れる練習をしてるから俺を焦らすなって言った。それで……」
「でも司、お前は女と話す以上のことなんて出来ないだろ?慣れるも何も……」
「クシマなら大丈夫なんだ。彼女には、触れる。手も繋げるところまで出来るようになった」
三人が今までに見たことないほど驚いた顔をして俺を見た。
これまで俺が女に対してどれだけ拒絶反応を示していたか知っているだけに、手を繋げるようになっただけでも驚くだろうとは思っていたけど、そんなに目を見開かなくても。
「触れる?お前が、女に?手も繋げるって?」
「ああ、クシマ限定だけどな。もう俺からなら手以外も触れる。だから、そろそろ姉ちゃんに会わせて、それでおしまいにしようと思った。そう、思ってたんだけどな……」
また大きなため息が出てしまう。ソファの背もたれに身を預けて、両手で顔を覆って。
誰かを好きになるというのは、こんなにも人を弱気にさせるのか。
今の俺はどんな顔をしているのだろう。
とんでもなく情けない顔をしているような気がして、そんな姿を本当は誰にも見られたくなくて、それを隠すようにいくら両手で顔を覆っても、きっとこいつらには隠せない。隠してもきっと長年の付き合いというものはそんなもの簡単に見抜いてしまう。
そして、こういう時は多少ふざけた言い方はしても絶対に馬鹿にしたりしないことを分かってるから。
良いことも、悪いことも。こいつらと一緒に過ごした時間は誰よりも長く、信頼は他の誰よりも深い。
それに仕事はともかく、人との、特に女との関わり方は俺よりもよく知ってる。
今の俺が頼れるのはこいつらしかいない。
「そう思ったのに、好きになっちまったか。まぁ、誰かを好きになるってのは理屈じゃねぇよなぁ」
総二郎がポツリと呟く。
こいつにも学生時代に女と何かあったらしい話は耳にした。でも、話そうとしないことは無理に聞き出そうとしたりしないから俺も詳しいことは知らないし、女の話など興味も湧かなかった。
経験者はかく語りき。
『誰かを好きになるのは理屈じゃない』
この言葉は俺を妙に納得させるものがあった。
全く以てして同意せざるを得ない。
「あいつ、類が言ってたみたいに本当に良いやつなんだ。未だに名前も勤め先も何も言わない俺に、何も聞かずに女に慣れるだなんて馬鹿みたいな話に付き合って半年も続けてくれてる……」
「30過ぎて何を中学生みたいな恋愛してんだよ……。いや、今時の中学生のほうがヤることヤッてんじゃねぇの?」
「うるせぇよ!俺だってこんなことになるなんて思ってなかったんだよ!」
「でもさ、そんな難しい話じゃないよね?」
類はキョトンとした顔で俺たちを見回して、そう言った。
それを聞いた総二郎とあきらは納得と言うか何かを汲み取ったような表情になったが、俺にはその言葉の意味が分からなくて、そんな様子の三人を眺めることしか出来ない。
「まぁ普通は難しい話じゃないかもしれねぇけど、司だぞ」
「30過ぎて、やっと初めて女を好きになったぐらいだしな。難易度高くねぇか?」
「おい、何の話だよ!」
俺には難易度が高いとかどうとか、当事者の俺に分かりやすくはっきりとした言い方をしないこいつらにイラッとする。
そんな俺に類はあっけらかんとした口調で話した。
「彼女に好きになってもらえばいいんだよ」
「そうだな、そうなれば何の問題もない」
「まぁ、結婚するしないは本人たちの意志がないとどうにもなんねぇけどな。おばさんと椿姉ちゃんを納得させて彼女と平穏に過ごしたいなら、それが一番良いな」
類の言葉に総二郎もあきらも同意をしてるし、そんなことが出来ることなら俺も同意したいところだが。
「どうやって?」
「そんなの、お前が正体明かせば一発じゃねぇの?なんせ道明寺財閥の後継者、道明寺 司だぜ?それにお前ほどのイケメンなら靡かない女はいないだろ」
総二郎がさも当然かのように言い放つが、残念なことにそんな簡単な話じゃないことは俺が一番よく知っている。
だって彼女は。
「いや、それは俺の強みにはならない。クシマは過去にイケメンに何か嫌な思いをさせられたことがあるらしいし、一度だけ道明寺 司の姿で彼女に会ったことがあるが、何の反応もなかったぞ」
「おい!いつの間に変装しないで会ったんだよ?!」
「ちげーよ!会ったのは偶然だ。今、道明寺財閥と大河原財閥で共同企画の話があってな、向こうの社長と話をするのに大河原財閥の本社まで出向いてやったんだよ。その時にたまたま、エレベーター前で遭遇した」
「へぇ!大河原財閥に勤めてんのか」
「ああ、財閥系企業の総務課で主任やってるって聞いてはいたけどな。まさか大河原財閥だとは思わなかった」
偶然会った時に見た、彼女の私服じゃない仕事中のビジネスカジュアルっぽい服装も可愛かった。
珍しくスカートを履いていて、それが彼女のふんわりと和むような雰囲気にとても似合っていたのを思い出す。
そういえば、彼女が「ミドウ ジョウ」と会う時の服装はいつもパンツスタイルだ。
初めて会った時はスカートだったのに、あれから彼女のスカート姿を見たことがないことに気が付いた。毎回ゆるめの、ふわっとした洋服ばかりで言うならボーイッシュな感じのものが多かったように思う。
アクセサリーも華美なものは一切なく、控えめな小さいものばかりで、付けてこない時もあった。
なぜだろうか。
……もしかして、俺が女が嫌いだと言ったから?
あんまり女を感じさせないような服装にしていたとか?
いや、まさかそこまで気にして?
またグルグルと彼女のことを考えていると、また総二郎とあきらから矢継ぎ早に質問を投げかけられた。
「何、イケメンに嫌な思いをさせられたって何だ?」
「彼女と恋愛話かなんかしたのか?」
「何があったかまでは知らねぇよ。でもイケメンは見るだけなら良いけど、絶対に付き合うとかしたくないって不機嫌になったし、それ以降はそういう話もタブーになってる。
お前らだってクシマに会った時の反応思い出せよ。あきらは無表情で対応された挙句に胡散臭いと思われてる。総二郎は俺の様子を見に店に入ってきた時、彼女はチラ見しただけで二度とお前を見ることはなかっただろ?
俺だって大河原財閥でクシマに会った時は他の女どもが俺を見てぎゃあぎゃあ騒いでるのに、彼女だけはニコリともせずに頭下げて見送られて終わったんだからな」
「あー、そういうことか。俺と会った時も無表情ってことはなかったけど、大抵の女はしつこく連絡先聞いてきたり、強引に次の約束取り付けようとしたりするのにさ、彼女は全くそういうのなかったね。こう、きちんと一線引いてる感じで」
類も彼女と会った時のことを思い出したのか、なるほどと納得したように話していたが、彼女が類に連絡先も聞かなかったということにホッとしている自分がいた。
お知らせ。
[No.155] 2023/03/07 (Tue) 12:00
こんにちは。
いつも当ブログにお越しいただきありがとうございます。
しばらく更新出来ず、申し訳ありません。
コロナに感染してから、熱はすぐに下がったし味覚も二週間ほどで戻ってきたんですが、夜な夜な激しい咳に襲われまして、さすがに二週間も続くとこれは何かおかしいと思って病院に行ったら、喘息でした。
まさかこの歳で突然喘息になるとは思わず、びっくりしました。
今は薬と吸引器が手放せない日々です。
さらに義母が利き手の右手首を骨折しまして。
如何せん住んでる家が目の前ですので、はいそうですかと何もしないわけにもいかず、義家族の食事作り、子どもたちの習い事の送り迎えに平日休日関わらず家事育児はワンオペなので、二進も三進もです。
楽しみにしていただいてる方には申し訳なく、大変心苦しいところではありますが、やはりしばらく不定期更新になりそうです。たぶん週一更新できれば良いほうかもです。
なるべく更新できるように頑張りますので、これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
以上、お知らせでした。
はらぺこ02