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Re: notitle 37
[No.157] 2023/03/17 (Fri) 18:00
Re: notitle 37
「本当にさ、つくし何やってるの?」
「分かってるから言わないで~!」
「分かってない。分かってないから、そんな名前も素性も知らない男を好きになるんでしょ?」
身も蓋もない言い方だけど、幼稚園からの幼馴染みである優紀の言う通りで、あたしの今までの恋愛事情を知っている彼女の言葉に何も言い返せない。
今日はメープルホテルの中層階にあるガーデンレストランで期間限定開催のスイーツブュッフェを二人で楽しんでいるところ。
六月末から一ヶ月限定の人気ブュッフェで、今回は予約開始と同時に申し込んだ。
同じ季節でも毎年テーマが変わるここのレストランのスイーツブュッフェ、今年のこの時期は「NYスタイル」がテーマで、ミントブルーとセレストブルーをメインカラーにしたインテリアとデコレーションで統一されていた。
メロンやマスカットのフルーツをふんだんに使ったタルトやケーキは、そのフルーツの上に掛かったゼリーがキラキラと照明を反射して輝いて、これからの梅雨明けを予感させるような雨の滴る葉っぱが陽の光を浴びたものをイメージさせるし、白いクリームが乗ったブルーのゼリーはまるで夏の晴れた空をそのままスプーン掬ってグラスに移したように爽やかにきらめいて見える。
ミントブルーはもちろん、色とりどりのクリームで可愛くデコレーションされたカップケーキから、もちろんNYと言えばのチーズケーキや、チョコレートにドーナツもあった。
そして晴れている日はガーデンスペースも開放される。
そこは、ここが都心のビルの中だということを忘れてしまいそうになるほど緑が豊かで、それなのに中層階に位置する為に空が近く見えるから、なんとも不思議な空間になっている。ここのレストランでは少人数向けのガーデンウェディングも出来るらしい。
今日はラッキーなことに晴れていて、昨日まで続いた梅雨の長雨で鬱々としてしまいそうな気分も吹き飛ばしてくれるような緑あふれる空間は、そこにいるだけで空も吹き抜ける風も爽やかに感じられる。
それなのに。
そんな爽やかな空気すらもどこかに行ってしまったのかのように、あたしの気持ちは梅雨真っ只中、暗雲立ち込め土砂降りの様相を呈していた。
気付いてしまった、恋心。
つい一週間前の、風邪を引いてお見舞いに来てくれたミドウさんを思い出す度に心臓がいつになくドッと早鐘を打つ。
そして近付く終わりに落ち込んで。
この、どうしようもない胸の内を誰かに聞いてほしかった。
「せめてさ、名前ぐらい聞いたら?」
「だって、聞かれても答えたくないことには答えなくて良いって約束してるんだよ?聞いても言いたくないって言われたら落ち込むよ。本当にそれだけの関係なんだって再認識させられるのが、こわいもん…」
きれいにカットされていたマスカットのタルトも、あたしがフォークで突いたせいでタルト生地がパラパラとお皿に散り始めていた。
「そのミドウさんは、毎回会う度に出張先のお土産をくれて?だんだん女の人にというか、つくしに触れるようになって、手も繋げるようになって?笑顔も増えてきたって?」
「うん……。いつもいろんな国の、いろんな景色を写真に撮ってきて見せてくれたりね、お土産もあたしが好きそうなお菓子ばっかりなの。カラフルだったり、入ってる箱や容器が可愛かったり。あれ、ミドウさんがどんな顔して買ってるのかなって想像するだけで楽しくなっちゃう。あたしに触れてくる手も、こわれものでも触るみたいに優しくてさ……」
「つくし~、傍から聞いてるとさ、ただの惚気にしか聞こえないんだけど」
惚気だったらどんなに良いか。
こんなに報われない思いをすることがあるんだって知るのは、別に初めてのことじゃない。
今までの彼氏には何度も浮気されて詰られて、散々嫌な思いをさせられた。どうして、なんでって、自分の何がいけなかったのかなって悩んで、それでも次は、次こそはきっとあたしを、あたしだけを見てくれる人がいるはずだって。
結婚を人生の目標としてるわけじゃない。
ただ、自分の家族みたいに、いつも寄り添って助け合っている両親のように、苦しい時も辛い時も楽しい時もいつでも、そんな時間を一緒に共有したいと思える人を見つけたいだけ。
どんなに大変な時でも、きっと明日は大丈夫だよって一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、眠りにつきたい。
ただそれだけ。
一人より二人、それだけなのに。
「自分が馬鹿すぎて嫌になる時があるよ、優紀……」
「それが恋ってもんじゃないの?「恋は思いの外」って言うくらいだし、自分じゃどうにも出来ないこともあるよ。まぁ、今回はさすがに名前も知らない人を好きになってるとは思いもしなかったけど」
ふふ、と笑いながら言うその言葉に顔を上げて優紀を見たら、いつもの優しい笑顔であたしを見てるから、なんだか涙が出てきそうになった。
「つくし、今はまだ泣く時じゃない」
「え」
「つくしが婚活アプリ始めるなんて言い出した時は、そんなに結婚したかったんだって少しびっくりしたけど、進くんの為だったとはね。でもその婚活アプリで結婚したくない同士が出会う確率がすごいと思わない?それこそ運命みたいな出会い方だし、それに!そのミドウさんが触れるのは今のところ、つくしだけなんでしょ?」
「……うん?まぁ彼が言うにはそうみたいだけど」
「分からないのは、名前と勤め先くらい?」
「確かに名前と勤め先は知らないけど、他にも知らないことはたくさんあると思う……」
運命みたいな出会い方。
それが恋愛に発展するなら良い言葉かもしれない。でもお互いに結婚したくなくて協力関係の元に友達になったのに片方が好きになってしまったら、その言葉も途端に陳腐なものに聞こえるし、それが露見したらその関係も容易く崩れてしまうのがこわい。
名前を知らなくても友達になれるんだっていうのは30歳目前にして初めて知ったこと。
そう考えれば、先入観なしにミドウさんのことを知れている気はする。
でも、きっと本当は何も知らない。
知っているようで知らない。
知っているのは、乱暴な口調の中にも優しさがあること。
体温が高めなのかいつも手が温かいことと、その手はあたしの手を包み込めるくらい大きいこと。
仕事中はミントタブレットをいつも持ち歩いていて、タバコを吸うこと。
お酒は好きではないけど、たくさん飲んでも滅多に酔わないくらい強いらしいこと。
いつものコロンが、スパイシーで少し甘い香りから、帰る頃には甘さを残したままウッディー系で香ること。その香りが、練習で触れたあたしの手に移ること。
甘いものが苦手で、コーヒーはブラック派で、お好み焼きが好物なこと。
あたしとミドウさんが話している時の、穏やかな時間と居心地の良い空間。
いつもの喫茶店、いつもの窓際の席。
ブレンドコーヒーと、カフェラテと甘いケーキ。
世界中のお土産と、ミントタブレット。
知っているようで知らない。
知らないようで知っていることもあるかもしれない。
知りたい。
知りたいと思うけど、聞けない。
「つくし!」
「あ、ごめん」
「もう、一度考え始めるとグルグルと考えすぎるところ、それが良い時もあるけど大抵は悪い方にしか考えられなくなるんだから、今はやめ!もっと単純に考えなよ」
「単純にってどういうこと?」
気付けば更に細かくなってしまったタルトをパクリと食べる。
甘いクリームにマスカットの爽やかな風味が口の中で絶妙なハーモニーで混ざり合う。
「ミドウさんに好きになってもらえば良いのよ」
「優紀……、それが一番難しいんじゃないの……」
何を言い出すのかと思えば、それが出来れば何も難しいことなんてないし、こんなに落ち込んで考えたりもしないのに。
女の人が嫌い。
触りたくもない。
女の人と付き合うことだってしたくない。
結婚なんて、絶対にしたくない。
そんなことを言う人に、結婚を阻止する為に協力しているのに、好きになってもらうなんて無理に決まってる。
触れるようになったから。
手を繋げるようになったから。
もし、もし万が一それで女の人への認識が良い方へ変わったとしても、その時その相手はきっとあたしじゃなくても良い話で。
もっと美人で、スタイルも良くて、世の中にはこんなに素敵な女性がいるんだって、彼もいつかは知るかもしれない。
結婚願望がなくて、誰かと付き合う気もなくて、会う時はいつも体のラインを強調しないボーイッシュな格好の女。
きっといつかはそんな女は霞んでフェードアウトして。そういえば女に慣れるきっかけは、大したことない雑草みたいな女だったなって、思われて終わる。
「つくしー!」
「あ」
「もう!また悪いほうに何か考えてたでしょ!」
「……うん。ごめん」
「せっかく予約取れたんだし、今日はいっぱい甘いもの食べて元気だそう!落ち込んでる時は甘いものが一番、でしょ?」
「優紀~!ごめん!そうだよね、今日はいっぱい食べよう!」
「そうよ!それでお腹がいっぱいになったら、どうやってミドウさんに好きになってもらえるのか考えよう!」
え。
本気で言ってるの、それ?!
なかなか更新出来なくてすみません。
コメント返信、もうしばらくお待ちください。
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