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Re: notitle 39
[No.159] 2023/03/26 (Sun) 18:00
Re: notitle 39
カランカランと、いつもの喫茶店の扉を開くと鳴る音に、もう流石に手を離すだろうと思ったけど、ミドウさんはずっと手を繋いだままだった。
いつもカウンターの向こうにいるマスターらしき年配の男性と、いつもの若いアルバイトの子が、ミドウさんとあたしと繋がれた手を見て、おや?と言うような顔をした。
ですよね!
いつもと違うパターンですよね!
あたしもびっくりしてるんです!なんて言えるはずもなく、ミドウさんは案内しようと近付いてきたアルバイトの子に、いつもの席の座るぞと声を掛けて店内をゆったり歩いていく。
そしていつもの窓際の席に座る時になって、やっとそれに気付いたように繋いでいた手をパッと離した。
もう、なに、それ。
なんで今日は色んなことがいつもと違うの?
もうすぐ終わりだからと、色々試しているのだろうか。どのくらい長く触っていられるか挑戦してみよう!みたいな?
いつもの癖で悪い方へズブズブと思考が沈んでいく手前で、ご注文は?とアルバイトの子に声を掛けられた。
ミドウさんはいつものブレンドコーヒー、あたしはアイスカフェオレとチーズケーキにした。
注文を済ませて、そして二人の間に流れる沈黙は、いつもと違うパターンでお店まで来たにも関わらず、それだけは変わることなく気まずさはなかった。
「風邪はもう大丈夫なのか」
「あ、うん。あの時は本当にありがとう。ああいう時、一人暮らしだとどうにも出来ないことのほうが多いから、来てくれて本当に嬉しかったの」
まぁ、それでミドウさんを好きになってることを自覚したんだけど。
今はまだそれを表に出して見せてはいけないモノだから、静かに心の中にしまっておくことにした。
「そうか。それなら、行って良かった」
「うん。いつかミドウさんが風邪を引いたら、今度は私に看病させてくれる?お粥でも何でも作れるし!」
「ああ、その時は遠慮なくクシマに頼む」
「えへ。任せといて。料理は得意だから、……、」
いつか。
自分で未来の話をしておいて、そんないつかはきっと来ないだろうことに、言ってしまってから気が付くなんて。
いつかの未来への希望もないのに、会って、顔を見て、話せば話すほど、隠そうとしても隠しきれなくなりそうなくらい、風船みたいにどんどん膨らんでいく彼への好きの気持ち。
それがふわふわと宙を舞って彼のところへ行かないようにと、膨らむ気持ちに紐を括り付けて必死になって引っ張りながら、まだそっちに行かないでと引き止めて、心の中にもう一度閉じ込めた。
優紀には、どうやって好きになってもらうかなんて色々知恵を授かったけど、今まで誰とも交際などしたことないだろう彼に気付いてもらえる自信もない。
「クシマ?」
一瞬ぼんやりとしてしまって、何とか誤魔化そうとした。
「ううん、風邪なんて引かないで元気でいるのが一番なのに、ミドウさんが風邪引いたら~なんて言っちゃったから」
「クシマが付きっきりで看病してくれるなら、風邪を引くのも悪くないけどな」
あーーーっ!
もう!なんなの今日は!
どうしたの、この人!
だって、あたしが看病するなら風邪を引くのも吝かではないって、そういうことだよね?
もうすぐこの関係も終わりかもなんて思ってるのに、彼はそれを簡単に打ち消すようなことを言う。
何を考えてるの?
もうすぐお姉さんに会ったら終わりなんだよね?
そうしたら、いつ引くかも分からない風邪の看病だって出来るわけがないのに。
「ああああ、あのさ、こないだのさ、約束ダメにしちゃったお詫びと、お見舞い来てくれたお礼がしたいんだけどさ、何か、して欲しい事とか、欲しい物とか、ある?!」
なんでクシマがそんなに慌てたように話すのか分からないけど、そんな変なこと言ってないよな、俺。
でも確かに今日はいつもと違うようなことばかりしている自覚はある。
正直に言えば、クシマと手を繋いで歩いたことも、病気になったら付きっきりで看病すると言ってくれたことも、彼女にとっては何でもないようなことなのかもしれないけど、俺にとっては初めてのことばかりで、それが好きな女のことだから余計に浮かれているとは思う。
それに、お詫びにお礼。
別に大したことはしていないし、あんなのどうしようもないことなんだから気にしなくて良いのに。
だからそんなものはいらないと言おうと思った。
ただこれからもずっと一緒にいてくれれば、俺はそれだけで満足だし。
でも、あえて一つだけ、言っても良いなら。
「何でも良いのか?」
「へぇぃ?!あっ、あの、あんまり高い物とかは困るけど」
「……飯、作って」
「え、ご飯?」
「ああ。クシマの作った飯が食ってみたい」
類が食ったことあるのに、俺がクシマの手料理の味を知らないままなのは、腹が立つ。
「なんだ、そのくらいならいつでも、いくらでも作るよ~!でも、それってお礼になる?それよりも、どこかのレストランとかで食べたほうが良くない?」
「いや、クシマのじゃないと嫌だ。クシマの作ったものが食べたい」
そう言いながら彼女を見たら、今まで見たことないほど顔が真っ赤になっていて、何かを言いたいのか言いたくないのか口を開けたり閉じたりしていた。
え、何だ?
何か変なこと言ったか?
クシマの作った飯が食いたいって言っただけだよな?
今はもう店の中にいて、空調は十分効いてるからそんな暑くないし、何がそんなに彼女の顔を赤くさせているのか分からなくて首を傾げた。
「コーヒーとケーキお待たせしました~」
そこへニコニコとしながら店員がコーヒーとケーキをテーブルに並べていく。もう何も言わなくてもケーキとカフェオレは彼女の前に置かれるようになったし、ブレンドコーヒーはもちろん俺の前に。
しかし、いつもと違うことをしている俺たちに、周りも違うことをするのは必然だったのかもしれない。ましてや、ここの店員は半年間の俺たちを見ていたのだから。
「あの~、ここしばらくいらっしゃいませんでしたけど、いつの間にお二人はお付き合いを始められたんですか?」
「えっ?」
「ははは、良いですよう、照れなくても!見てれば分かりますって!これからもご利用お待ちしてますね~!」
そう言いながら店員はニコニコ顔を崩すことなく、別の客に呼ばれてテーブルから離れて行った。
なんだ?!
何があの店員にそう思わせた?
いつもと同じだったはずなのに、特に店に入ってからは別段なにかしたわけではなかったはずなのに。
あ、手を繋いだまま店内には入った。
でもあれは、ずっと繋いでいたくて、でも店内に入って席に着く前に、一瞬空調の冷たい空気が俺とクシマの繋いだ手の間を通り抜けて、ひやりとした感覚に手に汗をかいていたことを知られるのが急に気恥ずかしくなって、だから……、
でもそれだけで付き合ってるとか思わなくないか?!思われるもんなのか?!
いや、そう見られたら良いなとは思ったけど!
どうなんだ?!
一度も恋愛なんてしたことない俺には何でそう思われたのか、いくら考えても分かるはずもなく、呆然としながらも店員から目を離してクシマはと正面に座る彼女へ視線を向ける。
彼女は、両手で顔を被ってテーブルに突っ伏していた。
当然、顔は伏せているから見えないけど、今日はポニーテールにしていてるから、いつもよりよく見える耳は真っ赤に染まっていた。
あぁ?
なんだ?彼女は一体どうしたんだ?
何で彼女はさっきから顔が赤いのか、何で店員は俺たちが付き合っていると思ったのか、もう何がなんだか分からなくて、俺の中でいつもと違うのは、待ち合わせ場所が違ったこと、手を繋いで歩いたこと、彼女のことが好きだと思い始めた気持ちがあることだけ、なんだけど。
あ!
こいつ、もしかして、また風邪がぶり返して熱でも出てるのか?!
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