sei l'unico che può rendermi felice.

花より男子の二 次 小 説。つかつくメインのオールCPです。

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Re: notitle 52

Re: notitle 52








見守る。

信頼があれば、出来ること。
自分を信じてくれる人がいると、思えること。



「彼はもう何も知らない、こわがるだけの子どもじゃないんです。大人で、責任を持って自分のことは自分で決めて実行出来るんです。親として、職場の上司としても心配するのは分かります。でも、その人が何歳であっても、自分のことは自分で決める権利があるんです。だからと言って、何でもかんでも一人で決めて良いわけでもないですけど……。だから、その為に話すんです。お互いにどうしたいのかを、お互いが納得して前に進む為に。
彼の声を、話を聞いてください。こうして会長とお姉さんが心配しているように、彼も会長とお姉さんのことで何かを考えている。その為に女性に慣れようと頑張っているんじゃないですか?
どうして今、女性に慣れようと頑張っているのか、聞きましたか?それを聞いて話さない限り、彼の気持ちなんて分かるはずがないんです。そして、どうして結婚してほしいと思っているのか、私に話していただいたように押しつけではなく、強制するでもなく、伝えるべきです。
お願いです。例え彼が話してくれるまで時間がかかったとしても、無理強いせずに、辛抱強く彼の話を気持ちを聞いてあげてください。
きっと、大丈夫です。彼は、名前も知らない私の話を聞いてくれる、優しい人ですから」

「司が、優しい人……」


会長もお姉さんも、何だか呆気に取られたような、ぼんやりとした顔で呟いたあと、しばらく黙ってしまった。
相変わらず料理には誰も手を付けることなく、配膳された時にはあった湯気も今はない。

言いたいことは言い切ったと思ったあたしは少し気が抜けたのか、会長たちの前だというのに、暖気にも目の前の豪華なお膳から目が離せないでいた。


「つくしちゃん、司が優しいって、どこらへんが」

つくしちゃん?!
お姉さんに名前で呼ばれたことに驚いて、お膳から顔をあげて見てみれば、また二人してあたしの顔をジッと見つめてくる。二人とも綺麗な顔立ちをしているから、真顔だととても迫力がある。
しかも少し身を乗り出して聞いてくるから、ちょっとこわい。


「え、優しいところいっぱいありますけど……」

「どこ?どこらへんが優しいの?!」

「そうですね、出張に行く度にいろんな所の写真を私に見せながら、どんな所だったか話してくれたりとか、私が甘いもの好きだからって出張のお土産にスイーツいっぱいくれたりとか、タバコも私の前では絶対吸わないし、いつも静かにニコニコしながら私の話を聞いてくれます。
さり気なくエスコートしてくれたりもしますし、あ、あとは私、夏前に風邪を引いてしまったんですけど、その時は薬とか飲み物とか持ってお見舞いも来てくれました!」

「司がニコニコ……タバコを吸わない、それに司が写真を撮って司がお土産を選んで渡してる……?しかも、お見舞いですって……?!そういえば、さっきお好み焼きも一緒に作ったって言ってたわね?!」

「そうです。一緒に作りました!初めは危なっかしい手付きでしたけど、最後は上手にひっくり返して作ってくれました!」

会長とお姉さんは、「司が!そんなことを!ニコニコと!」と何やらざわついている。
やっぱりお好み焼きはダメだったか……と不安になっていたら、今度は会長から質問が。


「司は初めからあなたにはそんなにフランクに接していたのかしら?」

「いいえ、初対面の時は全く会話をしないし意地悪なこともされました。かなり態度も悪かったです。だから、どういうつもりで婚活アプリなんてしてるのか聞いたりしました」

懐かしい。
あれからもうすぐ一年になる。世話の焼ける兄のお願いに付き合うくらいの、軽い気持ちで始めた関係。
果てしなく面倒なことになるかもとは思ったけど、まさか今こうして道明寺財閥の会長と一見さんお断りの料亭で話をすることになろうとは思いもしなかった。


「少し話したと思ったら口は悪いし、礼儀もなければ、もちろん礼節もないし、ずっと腕組みしたままで。本当にびっくりするくらい態度が悪くて、思わず「あなた何様のつもり?」って言っちゃいました」

「あの司に?それは、なかなか言えることじゃないわね」

お姉さんはクスクスと笑ってくれたけど、それも彼が道明寺 司の本当の姿だったら、あたしは同じように言えただろうか。
……言っちゃうかもしれない。彼が何者であろうと、初対面の人間にして良い態度と悪い態度がある。


「そのあとは嫌な顔をしてる彼の目の前で、ひたすらパンケーキ食べてました。私が食べてる間もため息は吐くし、甘いものを見てるだけで胸焼けがするとか、美味しく食べてる人の前で言います?!本当にどんな教育されてきたんだか……、」

そこまで言ってからハッとした。

しまった……!
目の前にいるのは彼の母親とお姉さんだった……!

「すっ、すみません!あの、違うんです!いや、違くはないんですけど、違うというか、あの、えーっと、あの時はそう思ったって話で、今は違うって知ってますので!えと、彼は素敵な人ですから!」

慌てて言い直したけど、時すでに遅しと思いきや、それを聞いた会長とお姉さんはまたクスクスと笑い始めた。
不機嫌な司の前で何かを食べ続けられる女の子は見たことないとか、あの子に何様だなんて言える子がいたのね、とか何とか話してるけど、初対面からあんなに無愛想で無遠慮で不快感を顕にする人に気を遣いたくなかっただけ。

そんなことを思い出して、また少し緊張が解けた瞬間に鳴り出した、あたしのお腹。


「ひっ…!重ね重ねすみません…!」

「あら、ごめんなさいね。お話に夢中になって、すっかり冷めてしまったわ。すぐに新しい物を出させますから、少々お待ちになって」

「いえ!こちらで十分です。せっかく作っていただいたものですし、もったいないですから。冷めててもこんなに美味しそうなお料理は初めてです。流石「楓」、やはり何もかもが素晴らしくて…こうしてご一緒させていただいただけでも嬉しいです。ありがとうございます!」

そう言うと、にこりと微笑みながら今度は温かいままで食べましょうねと言われたけど、またなんてありえないのに。
確かにこれが配膳されてすぐなら、もしかしたらもっと美味しかったかもしれないけれど、それでも今まで出会った和食の中で一番、ここまで上品で繊細なものは見たことも食べたこともない。

このあとは食事をしながら、家のことや家族のこと、仕事の話を少し聞かれたくらいで、他は彼とどう過ごしていたのか、何を話したのか、そんなことをずっと話していた。



まさか彼本人がいない時に、彼のご家族と話をすることになるとは思っていなかったけど、あたしは彼の友人でい続けたいと思った。
家柄も何もかも違うけれど、こうして彼のご家族に口止めをされたり、会わないように言われるわけでもなく、かと言ってそこまで品定めされているような感じでもない。「鉄の女」と言われる会長の、親としての顔を見せてくれたと言うことは、友人としてなら付き合っても良いと言うことだろうか。

別れ際に、これからも司をよろしくお願いしますと言われたけれど、今のところ唯一、家族以外で彼が触れられる女はあたしだけだから、それはあくまで社交辞令で、いつか彼が他の女性にも触れることに慣れてしまえば、きっとそれで終わる。それまでの間はよろしくと、そういうことなのだろう。

それで良い。
彼ともそういう約束をしている。

『家族に会って、女性に慣れる練習をしていると言えば、焦って結婚を迫ってくることはないはず』

約束守ったよ、ミドウさん。
きっと、会長もお姉さんも、分かってくれるはず。


だからあたしは、まず彼に会って謝って、何度だって謝って、そして許してもらえるなら友人に戻りたい。
その為なら、この気持ちを一生隠してでも、例え彼が、あたしじゃない誰かと結婚したとしても、笑ってお祝いするよ。

友人として、最後まで約束を守るから、だから、またあの喫茶店で、お土産とミントタブレットと、コーヒーと……、


あなたが、もういいと言うまでは、友人でいさせて欲しい。






To. ミドウ ジョウ
 From. クシマ ツキノ

 Title. こんばんは

 ずっとお返事出来なくてごめんなさい。
 お話ししたいことがあります。
 二週間後の土曜日、
 いつもの時間にいつもの喫茶店で待ってます。
 都合が悪ければ連絡ください。       』










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Re: notitle 51

Re: notitle 51







「メープルホテル& DJリゾートグループ」代表取締役社長。

これが、道明寺 司の肩書き。


日本に限らず、世界各国で「メープルホテル」を経営し、そのリゾート開発については環境を第一に、開発に伴う環境破壊問題にも真摯に取り組んでおり、「環境共生型リゾート」を主軸とした開発を行っている。
自然をそのまま出来る限り残し、地元に根付いた文化的特徴を大切に尊重しつつ、滞在を通してその土地に合った様々な体験プランを提案、地域の雇用問題など、そこに至るまでの過程も実績も他の企業に追随を許さないほどである。

そして「鉄の女」の異名をもつ道明寺財閥会長の息子であり、その仕事ぶりから若くして「冷徹」の呼び声高く、経済界の寵児とまで言われている。

そんな彼が今まで、二週間に一度は会ってくれていた。それがどれだけ大変なことか。

そして、仕事中にしか吸わないと言っていたタバコと、ミントタブレット。

あたしの前では見せない姿。


「辛い時に辛いと、誰にも言えないことの重大さに、私は親として今頃になって気付いたのです。仕事を言い訳にして、そこまで司を追い詰めていたことに気が付かなかった。だから親として、あの子の為に、」

「じゃあ!なぜ彼が嫌がる結婚を無理やり、強引にすすめようとするんですか……!?」

「家庭を持てば、変わると思ったのです!誰かと結婚して家族になる。そして子どもが生まれて、それを支えに、生きていってほしいと」

「そんなの、彼が決めることで、誰かが強制するものではないはずです。結婚だって一人では出来ない。子どもだって、一人では出来ません。その時には必ず誰かがいて、その相手と本人の同意があって成り立つものです。そして、それを彼本人が望んでいるかが一番大事なことなんじゃないんですか?
それよりも、彼の女性に対する意識を、その根本になっているだろう不安や恐れ、不信感、そういうものを彼自身がどうにかしたいと思っているのかとか、もしどうにかしたいと思っているならその為にはどうしたらいいのかを、話したり聞いたりすることもしないで、そんな、嫌なことは嫌だと、辛い時に辛いと言えない環境にしておいて、何をそんな、あなた方は、どこまで彼を無視するんですか……!」

「無視などしていません!だから何度もお見合いをさせてみたり、色んな場所へ行けば出会いがあるかもと、視察や出張の多いリゾート開発とホテル経営を任せてみたり、この婚活アプリだって、」

「それを!彼が望んだかどうかです!「あなたが」彼に何をどう思って何かをしてあげたいかではなく、「彼が」どうしたいかを、きちんと聞いて話をしましたか?!」

「司が、何を望んでいるか……?」

ごめんなさい、ミドウさん。

信じなくて、ごめんなさい。


「彼はまだ、結婚したいと思うところまで至っていません。でも、それでもずっと、どうにかしたいと頑張っているんです……!
それなのに、いくら周りが良かれと思ってやっても、彼本人が望んでなければそんなの、ただの心配と優しさの、押し付けでしかないじゃないですか……!」


なぜ会長はあたしにこんな彼の人生の根幹となるような話をするのか、そんなに彼が、彼の未来が心配だと言うのなら、あたしではなく彼に話すべきことなのに。

いや、だからって会長たちを責めるのは違う。
あたしだってミドウさんに同じことをした。彼に話を聞こうとしなかったくせに、何を偉そうに。


「申し訳ありません……。興奮して、失礼な物言いをしました」

「いいえ、牧野さんの言う通りだわ……」

ぽつりとお姉さんが呟く。
ちらりと隣に座る会長を見たあと、お姉さん自身の過去の話をしてくれた。


「私に政略結婚の話が出た当時、交際していた人が居たにも関わらず、両親に取引先の社長との結婚を強いられたの」

確かにさっき会長はお姉さんに政略結婚をさせたと言っていた。
これだけ大きい家では本人の意志に関係なく、子どもすらも会社の駒として使われてしまうのか。
彼は過去の出来事から女嫌いになった。だから今も結婚をしていないのだろうけど、そうでなければ彼もお姉さんと同じように政略結婚でもしていたのかもしれない。


「結婚してすぐは、親も結婚して夫になった人も、みんなが敵に思えて誰も信用なんて出来なかった。落ち込む私に夫なりの励ましや優しさを感じることもあったけど、家と財産と、会社の繋がりがそこまで欲しいのかと、嫌な見方しか出来なくて心が怒りに満ちていたこともあった。
でも……、ずっと辛く当たっていたのに、夫は辛抱強く私に話し掛けて、色んなところに連れて行って、ずっと優しくしてくれたわ。そして私の嫌がることは、一切しなかった。無視して、優しくもしないでずっと怒って不機嫌でいた私に、彼は怒ることも無視をすることもなく、いつも笑顔で接してくれていて……。
それからしばらくして、ある時気が付いたの。この人も、私と意に沿わない結婚だったかもしれないって。同じように恋人がいたかもしれない。でも結婚したからには夫婦になろうと努力をしてくれている。それなのに私はいつまでも子どもみたいに無視したりして、その人のことを知ろうともしなかった。それって、その人に対して、とても失礼なことよね。それからは、なるべく彼と一緒に過ごして、たくさん話すようにしたわ。
今では、この人は私を幸せにしてくれる、夫と結婚して良かったって、心から思ってる。そういうことよね?」


みんな、それぞれ過去はある。
良いことも、悪いことも、全てはその人の今を形成するものだ。その時、人は一人で生きてきたわけではなかったと気付く。
でも、その生きてきた中で、好きなことは好きと、特に嫌なことは嫌だと言えたかどうかは精神面に大きな影響を与えるのではないだろうか。
自分の意に沿わないことを無理矢理されそうになった時、その相手とどういう関係なのかが、この問題に大きく関わってくるからだ。

例えばそれは上司と部下かもしれない。
他にも先輩と後輩、親と子、男と女、それが友達同士でも、道端ですれ違っただけの人でも、その時々でそれぞれの関係性がそこには存在する。

もしその時に、すぐに嫌だと言えない状況や関係性だったら?

そこに相手に対して尊重などなく、強引に一方が強者になって事を起こそうとした場合、もう同意など皆無に等しい。


「No means no.」から「Yes means yes.」へ。
今では性犯罪規定として施行されているこの言葉の始まりはスウェーデンだと言う。
性行為は自発的なものでなければならず、「Yes」だけが同意したということであり、それ以外は「No」(不同意)と解釈する、ということだ。

これは、性行為だけに限った話ではないと思っている。
何に対しても、誰に対しても「Yes」だけが同意だ。

それを聞かずに何かを強いることは、その人の生まれながらに持つ権利や尊厳を無視するのと同等とも言える。


ここにあたしが連れてこられた時のように、「Yes」とも「No」とも言えない状況で、強引に「No」ではないなら「Yes」だろうと、この人たちはこういう話の進め方を彼にもしていたのではないか。
それでも今回に限って言えば、あたしは「Yes」だと自分で決めてここに座った。でもそれは、たまたまあたしがこういう開き直れる性格だから出来ることだった。

お姉さんも「No」とは言えない状況で結婚しているけど、お姉さんは自分で旦那様と愛を育もうとする為の手段を取り、そして相手を知ることが出来た。

でもそれは誰もが必ずしも、あたしのように開き直れたり、お姉さんのように自分で判断して決断し実行が出来る人ばかりではないし、身の危険が差し迫るような状況かどうかでも変わってくる。

もしかしたら彼は、ミドウさんは、ずっとそうやって彼の意思を尊重されずに、有無を言わさずに無視されてきたのではないだろうか。それはきっとお姉さんもそうで、自分の意志などないところで育ってきたのではないだろうか。
でも彼も周りの人も、もしかしたらそれを当たり前のことだとして無視だとは思っていなかったのかもしれない。

その人を想っているから、心配しているからと何をしてもいいわけではないけれど、今回の結婚云々に限って言えば会長もお姉さんも、彼の友人たちだって、ひたすらに彼と彼の未来を心配していることを、彼も無意識に、そこだけは本能的に理解していたのかもしれない。

でなければ、いくら女性が嫌いで結婚したくないとしても、家族を納得させる為だけに見ず知らずの素性も分からないあたしに協力を頼んでまで、過去のトラウマを克服しようと頑張っていたのだから。

そして話を聞いただけだけど、お姉さんが旦那様に信用と信頼を持っているように思えるのは、やはりお互いに歩み寄り、きちんと話をして、納得しているからだろう。
今の会話で会長がどう思ったのかは分からないけど、少なくともお姉さんはもう彼に結婚を勧めることはないと思いたい。


「部外者の私がこんなことを言うのは傲慢で烏滸がましいと分かっています。
でも、私の知っている彼は女性に慣れようと必死に努力をしていました。彼が私に触れることが出来るようになったみたいに、名前の知らない人とだって信頼関係を築くことが出来れば、女性に触れられるんです。
だから、「結婚」という手段を強引に勧めるのではなく、もう少し彼を見守ってあげることは出来ませんか……?」 













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Re: notitle 50

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手を繋ぐ。
それは、性別に関わらず幼稚園児にだって簡単に出来るだろう接触。
初めはそれすらも出来なかったミドウさん。



「そ、れは、牧野さんから?それとも、司から……?」

「前回お会いした時は彼からでしたけど……」

こうして会いに来るからには、ある程度は、あたしのことを調べているだろうと思っていたけど、流石に会っている間のことを調べるなり何かしなかったのだろうか。
あの喫茶店では、会うたびに手に触れる練習をしていたのに。

会長とお姉さんは顔を見合わせて頷き、そして何かを見定めるかのような、どこか心の奥まで見られるような、鋭い視線を向けられた。


「あなたは司のことを、どう思っていますか?ただの、友人だけ、ですか?」


どう、思ってるか、なんて。
なんて答えれば、この人たちにとって正解なのだろうか。

違う。
今はこの人たちのことではなく、ミドウさんが、どうしてほしいと言っていたか、が重要だ。


「彼は友人の一人、です」

「それなら、ただの友人だと言うのなら、なぜここ数ヶ月、司と会おうとしなかったのかしら?」


どいつもこいつも本当に。
なんで、本人じゃない誰かが聞きに来るのか。

違う。
私から遠ざけておいて、なんて身勝手なことを。

こう思ってしまうということは、やはり彼の中に何かを残したくて、女嫌いな彼にキスして抱きついて、そして一方的に遠ざけて避けて、どこかに少しでもそれが残っているなら、あたしに話をしに来てくれるんじゃないかと、期待して。

でも、それだけミドウさんはあたしに会いたいと思ってくれていたと言うことだろうか。
こうして友人や家族が彼を見て心配しているということは、そういうことだったのだろうか。

それなのに、あたしは、その希望すらも自ら潰してしまった。
きっともうミドウさんは、あたしに会いたくないと思っているかもしれない。


「それは、……ちょっと勘違いと言うか、誤解をしてしまいまして、それで彼を避けていました」

「誤解って?」

「あの……、彼が、友人たちと婚活アプリを悪用して女遊びをしているのかと……」

「あぁ、そういうこと」と、呟いたあと二人して額に手を当てて項垂れている。


「実は先日、彼のご友人たちが私と話をしたいと訪ねてきました。たまたま大河原部長も居合わせていたのですが、そこで少しだけ彼について、お話を聞きました。そのお話を聞いた時、女嫌いも嘘なんじゃないかと、結婚までの暇つぶしだったのではないかとか、そんなことを考え思っていたことを、後悔しました」


せっかくの会席料理。
きれいな飾り切りに盛付け、上品で美味しそうな香り。食べてもらう為に作られた、それなのに、誰も手を付けない。

あたしは膝の上で両手を、ぎゅっと握りしめた。そして、会長とお姉さんにしっかりと顔を向けて話す。
後悔まみれだけど、偽りのない今のあたしを、見てもらえるように。


「私は彼に直接、話を聞くこともなく憶測だけで判断し、一方的に、避けてしまったんです。
それは、……それが彼の、私に対する信用を損なうようなことなのではないかと、そこで初めて気が付いたんです。彼の友人や大河原部長から話を聞くまで知らなかったとはいえ、勝手に勘違いをして避けて、会わなくなって、こんなに時間が経ってしまった今、もう彼は私を信用も信頼も、していないかもしれない。
それでも私は、彼に会って、勘違いで誤解をして遠ざけたことを謝りたい。一度失った信頼関係を取り戻すのは難しい、かもしれません。でも、それでも私は……、自分で勝手に勘違いしたくせに、何様だとも、思います。それが私のエゴで、酷い自己満足だとも思うんですけど……、
どうしても彼に、触れることを許してくれる程に私を信頼してくれていただろう彼に、例えそれが男でも女であっても、誰に何を言われても、人を信じるということを諦めてほしくないと、そう思ってしまうんです……。うまく言えなくて、申し訳ないんですけど……」

うまく伝えられなくて、それでも今までのミドウさんとのやり取りを、ミドウさんの行動を、思いを、覚悟を、あたしが無駄にするようなことだけはしない。したくない。


「……あの子は女性だけでなく、人を、誰も信じていない。そうなってしまった原因はこちらにあります。それでも、あの子には、結婚をして欲しくて……」

「あの、なんでそこまで彼に結婚させたいんですか……?」

「そうね、もちろん家と会社を継いでほしいというのはあります。でも……、人は一人では生きていけない。親として、我が子に、頼る人なく生きていってほしくないのです。
あの子の背負うものは、とても大きいもので、親である私も家庭を省みることなく、会社を大きくするべく身を粉にして働いてきました。娘にも、望まぬ政略結婚をさせました。その結果が、」

一気に話し始めた会長は、その時ぐっと言葉を詰まらせて言い淀んだ。

なんだ、この会長の顔は。
これが冷徹で無慈悲な「鉄の女」?訪ねてきた時とは全く違う、人間味のあるような、そう、子どものことが心配で堪らないと憂うような、親の顔。

私が今日ここに来たのは口止めをされるか、ここに来てからも自分を品定めされるのかと、そう覚悟を決めて、そしてミドウさんの結婚をいかに先に伸ばせるかの、そういう話をしようと思っていたのに。
許してもらえるなら、彼とまた友人になって、そして彼の望みを叶えるべく協力したいと、そう思っていたのに。

そして、次に聞かされた話の内容に、更に私の後悔が増すことになる。


「……私は、何よりも、家族よりも仕事を優先して、子どもたちの世話を使用人たちに任せていました。そして司にも懐いてる使用人が一人いましたが、ある日、司が、……その使用人に強制わいせつに近いことをされました。ここにいる椿がすぐに気が付いて、それ以上になることはありませんでしたが、想像以上に司の心には傷が、残っていました……」

「その日は、私も学校からの帰りがいつもより遅かったの。急いでは帰ってきたのだけれど、いつもなら玄関まで迎えに来る司が来なくて、不思議に思って司の部屋に行ったわ。その時、何かが落ちて壊れる音がして……、司のイタズラか、またストレスで暴れて物を壊しでもしてるのかと、」

「待ってください!それは、その話は、私が聞いても良い話ですか?本人が私に話していいと、許可を持って話していますか?!」

何を話し始めたのかと黙って聞いていたけど、これは、かなり彼の精神的な部分の話ではないのだろうか。
なぜ女性に触れることが出来ないのか、どうしてそこまで触れられることを嫌がるのか、彼は話そうとしなかった。
話さなくても、聞かなくても、それでも彼は、ミドウさんは、あんなに顔を真っ青にして、少し触れるだけでも震えて、それでも、それでもあんなに頑張って……!


「いいえ、司に話して良いとは言われていません。でも……、」

「ダメです。お願いです。もう、それ以上は話さないでください……!先程も言いましたけど、本人から話したいと言うまで聞かずにいたことです。それを、いくらあなたが家族で親とはいえ勝手に他人に話すなど、彼がこのことを聞いたら何て思うか、分かりませんか……!?」

「話すのは、家族以外に話すのは、あなたが初めてよ……!」

「話すことが初めてとか、そんなの関係ありません!誰に話すか話さないかは、当事者である彼だけが決められることです!」

「あなたは……、あなたは、司を、何者でもなく、一人の人間として尊重してくれているのね……」

「そんなの、当たり前です!どこの誰だって、その人が何者であろうと、その権利は何人も侵してはならないことです!それが例え親であっても、家族であっても、です!彼の心も、身体も、それは彼だけのものなんですから……!」


なぜ彼はあたしを選んだ?
なぜ彼はあたしを信用した?
なぜ彼はあたしを信頼した?
なぜ彼はあたしを友人にした?
なぜ彼は、あたしが触れることを許した……?!

なぜ彼は、ここまで誰も信用も信頼も出来ない環境に置かれていたのか。

なぜ彼は、ああ、


『いつか、こんな何でもないような日常の中で、暮らしたい』


それが、こんなにも難しく、生き辛い世界で。

この言葉と、震えた身体は、
あの時、これだけは信じると決めたのに、あたしは、

あたしは、なんて酷いことを……!


堪えきれなくて涙が零れる。

何が信用だ。
何が信頼だ。

自分で彼について何も聞くこともせずに、彼と一緒に、あの穏やかな時間を終わらせたくなくて、まだしばらくはそれを共有したいと自分の感情を優先して、そして聞いてもきっと応えてくれないだろうと決めつけて、勘違いをして。

彼を、一番傷付けたのは、あたしだ。

一緒に過ごしていたあの時間と空間の中でだけは、何者でもなかったはずの彼の言葉だけを、それだけは、信じなくてはいけなかったのに。


「牧野さん、あなたは、司のことを……、」

お姉さんが言おうとしていることは分かる。ここまでくれば、あたしの気持ちなどバレて当然だ。
でも、それは今日の話とは関係ない。

『結婚なんてしたくない。それを阻止するために協力して欲しい』

その彼との約束を守る為に、あたしは行動しなければならない。
こぼれた涙をハンカチで拭って、会長とお姉さんを見据える。

がんばれ、あたし。
信用も、信頼もなくなった今、あたしに出来る精一杯を。


「私の気持ちは、今は関係ありません。取り乱したりして申し訳ありませんでした。
彼の事情は彼自身から聞きます。今は、なぜ彼の意思を無視してまで結婚を強いるかです。そこは、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「そうね、まずはそこを話さなければならなかったわ」

会長は大きく息を吐き、そして話し始めた。


「今はまだ、私も姉である椿もいますが、この先ずっといるわけではありません。椿は嫁いでいますし、私も年齢だけで言えばこの子達より先に死ぬでしょう。その時、あの子は一人になってしまう。
司の友人たちだって、いつかは結婚して家庭を持てば自然と距離は出来る。仕事が関われば友情すらも捨てなければならない時がくるかもしれない。
それでも司の背負うものが軽くなることはなく、更に重いものになるだけでしょう。その時に精神的に支えになる人がいない、ということが問題だと思っています」















Re: notitle 49

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その料亭「楓」は門構えから凄かった。
語彙力を失うほどに、圧倒的。

この料亭はHPがあり、外観も内装も料理の一例もギャラリーで見ることは出来る。でも写真と実際に見るのとではこんなにも違う。
夜の暗さと、それを照らす明かりが更に陰影を深く見せ、その荘厳とした佇まいに圧倒される。

会長とお姉さんのあとに続いて、その門を潜って石畳の道を進んだその先にあったのは木造二階建て寄棟造りの建物。これは、築何百年と続く建物をそのまま使っているのだろうか。

なんだ、これは。
あたし、この格好で大丈夫なのか。
自分でここが良いとは言ったけど、オフィスカジュアルだよ、あたし。一応ジャケットは着てるけど、良いのこれ?

いや、ここで狼狽るほうがみっともない。
一緒にいるのは道明寺財閥の会長たちだ。大丈夫だから、ここまで来た。

逃げないって決めたんだから、怯えるな!



通された部屋は行く手にも分かれたうちの離れだろう一室、そのお座敷の内装は欄間から障子に畳縁、床の間も、部屋の至る所に細やかで繊細な装飾が施され、柱も深く月日を重ねてきたのだろう木の色。

重い。

何もかもが、佇まいも雰囲気も、細工の一つ一つまで、この部屋から見えるライトアップされた和風庭園の姿さえも全てが計算し尽くされ、どこから見ても、きっと美しいと思わせる。

これは、一見さんお断りだ。

こんな世間知らずの小娘が、酸いも甘いも噛み分けられるほど人生を歩めてもいないような人間がおいそれと来て良い所ではない。

そう、マナーはもちろんのことだけれど、伝統的な受け継がれてきただろう料金システムそのものが紹介という行為により、その人物との繋がりが重視され、そこにある信頼関係があるからこその、そういう全てを含めての「一見さんお断り」。
いま現代においても、この東京で「一見さんお断り」というシステムを取り入れているのは、この店がそれだけの歴史があると、そういうことだ。

お座敷に入って一歩目で足を止めてしまったあたしを、会長とお姉さんが不思議そうに見ている。

「どうしたの?」

「……いえ、筆舌に尽くしがたい風景だと、」

「ここね、このお庭が一番良く見えるお部屋なのよ」

さも当たり前かのように答えてくれるお姉さん。
この中で、あたしだけが異質、のような。

しっかりしろ、今ここでネガティブ思考はダメだ。こんなところ二度と来ることはない。きっかけは何であっても、これは幸運だ。

会長とお姉さんが並んで座り、あたしは促されるままその向かいに座ったけど、それはまるで食事選考のよう。
その間にも次々と膳が運ばれ、全て揃ったところで「呼ぶまで入らないように」と人払いがされた。

密室。

これは、あたしは何かを試されているのだろうか。


「牧野さん」

「はっ、はい!」

「そんなに緊張なさらないで。あなたと司がどのような付き合い方をしていたのか聞きたいだけなのよ」

緊張しないでと言われても、会長相手に緊張しないなんて無理だし、どのような付き合い方をと聞かれても、あたしはミドウさんの友人でしかない。でもそれは彼のことを知らなかったから許されただろう話で、本当は友人にすら、なれるような人ではないのかもしれない。


「どう、と言われましても、ただの友人ですが……」

「司に女性の友人がいると言うこと自体が驚きでしかないのだけれど」

ふぅ、と会長は一つため息を吐いた。
確かにあの極度の女嫌いを考えると驚きといえばそうなのかもしれない。長い付き合いらしい部長ですら、指一本触れることは許されていないと言っていた。

「牧野さんと司は、会った時に何をしてるの?」

な、何を……?
何って言われると、こないだキスとかしちゃったけど、今それは関係なくて、その前!その前に何をしていたのかを答えなくては。


「えと、普段は喫茶店でコーヒーを飲みながらお話をするくらいで、先日は私の部屋でお好み焼きを一緒に作って食べましたけど……」

会長とお姉さんは本当に目を見開いて驚いた顔をしたあと、二人で顔を見合わせて、そしてあたしの顔を見た。

え、なに?
二人とも驚きつつ、そして、とても真剣な顔をしていて少々こわい。
やっぱり大財閥の御曹司にお好み焼き作らせて食べたのは駄目だったかな……?


「牧野さん、あなたは本当に「ミドウ ジョウ」が「道明寺 司」だと知らなかったの?」

「そうですね。本人から聞いたのは、財閥系企業に勤めていることと年齢くらいでしたので」

「彼と会って話をしていて、何か気が付かなかったのかしら?」


それなら、初めから金持ちの箱入り息子かと、疑っていた。

『家族に無理矢理結婚させられる。
一見さんお断りのお店にも簡単に入れる。
今まで一度も人に頭を下げたことがない』

そう言っていた。
思い返してみれば、それからも高級ホテルのものや現地限定のお土産だったり、赤いスポーツカー、休む間もないほど過密スケジュールな仕事。

そうだ、彼は色々チグハグだった。
女性慣れしてないようのに、自然とエスコートしてくれていた。
服装もそう。カジュアルな洋服かと思えばブーツは海外の有名老舗メーカーのものだったり。


「それは、まぁ……、色々と疑問に思うところは多分にありました。でも、彼と約束をしていましたから」

「約束?」

「はい。聞かれても言いたくないことは言わなくていい。そして、嘘は付かない。そういう約束をして、まずは信頼関係を作っていこうと」

「でも、あなたたちは婚活アプリを通して知り合ったのでしょう?お互いに結婚の意志があることが前提の状態で、なぜ半年経っても名前を聞いたりしなかったのかしら?」

「いくら結婚の意志があったとしても、信用も信頼もない、人となりも分からない男に簡単に本名を明かすほど馬鹿な女じゃないつもりです。それに、初めてお会いした時から今まで雑誌等で拝見する姿とは見た目が全く違っていたので、その状態で道明寺 司だと彼に言われても私は信じなかったと思います」


……ちょっと待って。
てっきり今回話をしたいと言ってきたのは、彼に近付くなと、出会った経緯が婚活アプリだということを口外しないようにと警告されるのかと思ってたんだけど、違う?
婚活アプリをしていることを会長もお姉さんも知っていて、そこで知り合ったあたしと会うことを黙認していたということ?


「あの、すみません。こちらからも少しお尋ねしてもよろしいでしょうか」

「なにかしら?」

「今の質問からすると、会長やお姉さんは、彼が婚活アプリを使うことを容認していたと、そういうことですか?
偏見でしたら申し訳ないですけれど、こういう大きな家柄の方は海外の社交界で出会ったり、良家の御令嬢とお見合いなどが常だと思っていましたが、なぜ大財閥の後継者の方が婚活アプリを……?」

すると二人は盛大なため息を吐いて、彼の今までのお見合い事情を話してくれた。
それはもう、そこまでするのかと、無言で立ち去るのは良い方で、自分はゲイだと言ってみたり、下手すれば法に触れかねないこともしたとか。


「でも婚活アプリなんて、どこの誰だか分からないし、素性だって確かなものじゃないのに、いくら姿形を変えて偽名にしたとはいえ大財閥の御曹司を引き合せるなんて、かなり危険ではないですか?」

「そうね」

「少し、事情があって」

なんとも歯切れの悪い二人。
やむにやまれぬ事情があるのだろうが、それにしても大財閥の御曹司が婚活アプリを使うことを、その親である会長が黙認しているとは思わなかった。
そしてお見合いの話と合わせれば、それは。


「それは、彼の過度なまでの女嫌いが関係していますか?」

「なぜそうなったか、本人から話はありましたか?」

「いえ、話したくなさそうだったので無理に聞くことはしませんでした。ただ、彼はそれを克服しようと頑張っていることは確かです」

「克服と言っても、お話をするだけなら仕事でも出来ます。それでは、何も解決しないのです」

「あ~、……あの、手を繋ぐくらいなら、もう出来ますけど、それ以上はまだ時間がかかるかと」


出た。二度目のびっくり顔。
なに?ミドウさんはお姉さんたちに何も話してなかったの?!











Re: notitle 48

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ミドウさんは、道明寺 司。

分かってた。
あの素顔を見た時から、この人はあたしと違う世界を生きてきた人だと、だから、いつかの未来なんて夢を見たらいけないと。



突然訪ねてきた、道明寺財閥の会長に用件を問えば。

「あなたが、アプリを通じて会っていた男性のことで」

こんな小物相手に神妙な顔で話し始めた会長だけど、やはり身構えてしまう。
だって、大財閥の会長が一介の会社員に畏まって、わざわざ息子の話をしに来た。それが良い話だなんて思えるはずがない。

あたしはどこまで知っていることにすれば良いのだろうか。
あたしの本名もニックネームも教えていないのに知っている人に、隠せることがあるのか。

でも、あたしは彼自身から、その事実を教えられていない。
彼の友人だという部長から話を聞いていて、あたしが既に彼の正体を知っていることを、この人たちに教える必要はない。
どこの誰が聞いても、一般家庭出身の女が大財閥の御曹司と婚活アプリで知り合って会っていました、なんて良くは思わないはずだから。


ミドウさんの立場を考えなければ。
大事なのは、今までのミドウさんの言葉に嘘はなかったこと。

彼は結婚したくなくて、あたしに協力を持ち掛けた。
両親に、お姉さんに勧められた結婚を阻止したくて会っていた。
その為に、女の人に慣れる練習をしていた。

思い出せ。
彼が、初めて会った時に言っていたことを。


『家族も俺が女嫌いなのは知ってる。こうやって女と話してるところを見たら泣いて喜ぶ可能性だってある。俺が少しずつ女に慣れる練習をしていると言えば、結婚もすぐには迫ってこないはずだ』


彼は、お姉さんには女性と会っていることを話していたはず。
その時に女性に慣れる練習をしていると話していただろうから、結婚を勧められることなく半年間もわたしとミドウさんは会えていた。
でも、まだお姉さんに会うという話にはなっていなかった。

それなら、あたしはまだミドウさんの正体を知らないことにしておいたほうが良いのではないだろうか。
あたしは彼の女性に慣れる為の練習に付き合っていただけ。

今までも、そしてあの日、あの部屋で彼が言ったことに、嘘はなかった。
それを信じればいい。


「なぜ道明寺財閥の会長が、いま初めて会った私にそんな個人的なことをお聞きになるのか分かりかねます。申し訳ないですけれど、お話をする相手をどなたかと間違われてませんか」

「いいえ、間違っていないわ。牧野さんは、ここ半年ほどの間、頻繁に息子の司と会っていたでしょう?」

「やはりどなたかとお間違えでは?私は会長のご子息とはお会いしたことはありませんが」

「でも、あなたは「クシマ ツキノ」という名前を使っていたわよね?」

「そうですね。確かに私が利用していた婚活アプリでは、その名前を使っていました。なぜそれを知っているのかお聞きしたいところですけど、気にされているのはそこではないみたいなので、今は、あえて追求はしません。が、先程も申し上げた通り、私は道明寺 司という名前の方とはお会いしていません」

「あなたが会っていたのは「ミドウ ジョウ」でしょう?それが息子の道明寺 司だと言っているのです」

……やっぱり口止めかな?
財閥の後継者が婚活アプリを使っていたなんて恥だ!みたいな?
本人から名前すら聞かされていないんだから、そんな心配は無用なのに。 

ん?
それならわざわざミドウさんが道明寺 司だって言う必要なくない?
あたしと会うことを不快に思っているなら、ミドウさんに会うのを止めるように言えばいい話で、あたしにわざわざこうして母娘二人揃って会いに来た意味は?
知らないと言ったのに、それでもミドウさんが道明寺 司だと告げる理由は……?


「……そうですか。本人からは本名も何も聞いたことはありませんでしたから、そうですか……。ミドウさんは道明寺 司さん、でしたか。
でも、だから何でしょうか?彼について何のお話をしたくていらしたのか存じませんけど、婚活アプリで会っていたことも、会っていた時に聞いた話も他言するつもりはありませんから、ご心配なく」

それだけ言うと、あたしは踵を返した。
彼と話をする前に、彼がいない場で、結婚を勧めるご家族と長時間会って話すのは危険だ。
あたしとミドウさんは、あくまで協力関係でしかなく、お姉さんに会ったら関係解消をすることになっていると気付かれたらダメなんだから。


「待って!お願い、話を聞いて……!」

あたしの足を止めようと声を掛けたのは、道明寺 椿。いや、さっきの名刺にあった名前は道明寺じゃなかったから今は結婚して性は変わっているようだけど。
彼女は縋るような視線をあたしに向けてくる。

そういえば、いつもミドウさんはお姉さんのことを気にしていた。
仲の良い姉弟なんだろうとは思っていたけど、今はそんなことは関係なくて、それよりもなぜという疑問しかない。

なぜ、あたしに話を?
なぜ、二人で?
なぜ、そんなに必死な顔で……?

なぜばかりが疑問に浮かんだところで、後ろからクラクションを鳴らされた。
こんな住宅街で、こんな大きな車を停めていたら、当然すれ違いも出来ない。


「……とりあえず、近所迷惑になるので車を退かしてもらえますか」

「じゃあ話を聞いてくれるのね!さ、乗ってちょうだい!」

え、え、え?!
違う、車を退かしてって言っただけで何で話を聞くってことに?!

お姉さんに背中をグイグイ押されて車へと促される。
運転手さんはドアを開けて、ずっと待っているし、会長はさっさと先に乗り込んでしまった。

「ちょ、話を聞くなんて、」

「あちらの車がお困りだわ。早くお乗りになって」

あたし?!乗らないあたしが悪いのか?

乗るのを躊躇っていたら、長めにクラクションが鳴らされる。
いま、この状況をどうにかするには乗るしかないのか。

嫌だ。
こわい。

でも、逃げないって決めた。
ミドウさんが、結婚したくなくて頑張っていたことを無駄にしたらいけない。

こうなったら、どういうつもりで来たのか、はっきりさせてやる!

「分かりました。乗ります!」


リムジンの中は部長のおうちのと比べると内装が少し豪奢な感じがした。
部長のおうちのリムジンはカウンターがあって、そこにお酒が並んでたりしたけど、このリムジンはカウンターはなく、対面で座席が並べられていて、その座席は白の革張りで座り心地は抜群、それはまるでリクライニングチェア。
これが本当に車の座席なのか、リムジンも色々とあるんだなと思っていたら、お姉さんが話し始めた。

「リムジン、初めてでびっくりしたでしょう?」

「あ、いえ。初めてではないので、そこまで」

「え?」

「あの、私の上司が大河原財産の御息女で、何かと気にかけてくださるんです」

「滋ちゃんね!そっか、あなたは大河原財閥に勤めてたわね」

やっぱりそこまで知ってるんだ。
本当に個人情報保護法どうなってんの?

……あっ!
会社のエントランスホールで彼に、道明寺 司に会ってるんだ、あたし……!

何で今まで忘れてたんだろう。
あれは株主総会の前で忙しくて、大河原財閥と道明寺財閥とで大型リゾート施設の開発共同企画が持ち上がっていた頃。
あの時、エレベーターの中でミドウさんと同じコロンの香りがしたのを覚えている。そして立ち止まって秘書さんに言われるまで立ち去らなかったのは、あたしに気付いたから?
流石にあそこで会ったのは偶然だろうけど、それならミドウさんはあたしの職場を知っていることになる。

ミドウさんは、あたしの名前も知ってたのかな。
いくらなんでも大財閥の御曹司が人と会うのに、素性の分からない人と迂闊に会ったりはしないだろうから、もしかしたら初めから本名くらいは知っていたのかも。

……あれ?
ミドウさんは何で婚活アプリを使ってたんだっけ?

そもそもに花沢さんは、アプリの責任者。
ミドウさんが誰だか知っていて、あたしがモニターをしていることも知っていた。

あたしは彼と二回目に会う前、花沢さんに「ミドウさんは女嫌いで結婚を阻止する為に協力するつもり」とも報告している。

花沢さんは友人であるミドウさんが女嫌いで結婚したくないことも知っていて、それでも婚活アプリを使って彼自身に女性と会わせていた理由は?

なぜ花沢さんは、あたしがモニターをしていることを知っていたのに、半年間も結婚をするつもりのないミドウさんとあたしが会うことを止めなかったんだろう……?


「……きのさん、牧野さん?」

「あっ、すみません。何でしょうか」

こんな時なのに、考え事に集中してしまった。
向かって座っている会長とお姉さんが、あたしの顔をジッと見ていて、なんとも気まずい。

「お夕飯は、もう召し上がったかしら?」

「いいえ、まだですけど…」

「イタリアンレストランの「アチェロ」とかどうかしら?赤坂の「楓」でも良いし、青山の「エラーブル」もなかなか美味しいけれど、どこがよろしいかしら?」


……あたしは本当に何で今まで気が付かなかったんだろう。
いま会長の口から出た店名は全部、道明寺系列の飲食店だ。
ミドウさんが協力する交換条件に連れて行ってやるって言えたのは、そういうことだったのか。

店名が全部、会長の名前である「楓」だ。
「メープルホテル& DJリゾートグループ」で経営しているホテルだって、みんな「メープル」が付く。

ああ、だから世界各国、日本各地の出張とお土産に、本社がNY。
だから仕事も、サービスとか不動産とか営業だの企画だの言ってたけど、もう、納得。


「あの、お話が終われば帰りますので、食事まで気を使っていただかなくても」

「すぐに終わる話じゃないの。ね?お食事、一緒にしましょう?」

にっこりと美しい顔で微笑むお姉さん。
着ている洋服は某ブランドのものだ。そしてそれを着熟せるスタイルの良さ。
眩しい。
もう、雰囲気だけでもキラキラが飛んでくる。

そして、笑顔なのに否を言わせない圧力を感じさせる言い方。

「……でも」

「ね?」

「……っ、」

「沈黙は肯定と一緒よ。さぁ、決まり!どこにしましょうか」

なんという強引さ。
少し言葉に詰まっただけで決められてしまった。きっともう初めからあたしに拒否権などなく、希望を聞かれただけでも良しとすべきか。

ええい、こうなったら美味しいご飯を楽しませてもらってから帰ってやる!
そうなれば、いま挙げられた中で一番敷居の高いお店で一見さんお断りの、料亭。

「赤坂の「楓」には、一生行けないと思っていました。私の憧れのお店です」














Re: notitle 47

Re: notitle 47






今日も一日、何事もなく恙無く。

いやいやいや。なにごとがあったし、つつがないとか、ありえないでしょ。

仕事だけはキチンと熟す。仕事とあたしのプライベートは関係ないし、それが自分の人生を揺るがしかねないようなことだったとしても、上司や同僚たちにはどうでもいい話。そう思ってたのに、今週は小さなミスの連続で。

情けない。
全然キチンとなんて出来やしない。ふとした瞬間にぼぅっとしてしまうことが増えた。

情けない。


部長と話をしてから一週間。
あれから、たくさん考えた。

初めて会った日のことを、初めてミドウさんの指に触れた日、ミドウさんがくれた沢山のお土産と写真、お好み焼きとコーヒーが好きで、甘いものが苦手。
口は悪いけど優しいところ、あの温かい大きな手と、優しい笑顔と、穏やかな時間、抱きしめた時に震えた身体。

『聞かれても言いたくないことは言わなくていい。でも、嘘は付かないで。』

そう約束をした。

そして今まで何一つ、彼に嘘なんてなかった。

お互いに言わなかっただけ。
それを信じなかったのは、あたし。

考えれば考えるほど彼との関係をどうしていくべきか、分からなくなってしまった。


彼を好きなんだと気が付いた時、自分は馬鹿だと思った。
彼は恋人なんかいらない、結婚もしたくないと言っていたし、あたしも結婚をしたくないと、だから協力することになって、彼に選ばれた。
だから二人の間に恋愛感情はありえないはずだった。
それなのに好きになったなんて、不毛以外の何物でもない。

そしてミドウさんのことが好きだと気付いたあとも、考えていたこと。


『女の人と、手を繋げるようになったから。
もし、もし万が一それで女の人への認識が良い方へ変わったとしても、その時その相手はきっとあたしじゃなくても良い話。

もっと美人で、スタイルも良くて、世の中にはこんなに素敵な女性がいるんだって、彼もいつかは知るかもしれない。

結婚願望がなくて、誰かと付き合う気もなくて、会う時はいつも女を感じさせないような体のラインを強調しないボーイッシュな格好の女。
きっといつかはそんな女は霞んでフェードアウトして。そういえば女に慣れるきっかけは、大したことない雑草みたいな女だったなって、思われて終わる。』


それは、ミドウさんがどこかの御曹司とかじゃなくても同じで、人が誰かと出逢えば必ず、誰にでも可能性としてあるもの。

人は人と出逢うことをやめることは出来ない。

それでも優紀に「運命みたいな出会い方」だと励ましてもらって、ミドウさんに好きになってもらおうと、少しだけ勇気を振り絞って頑張ってみようかと思った。

恋なんてしたくない、結婚もしたくないと思っていた。
それでも好きになってしまった気持ちを、彼のことを知ってしまってからも無くすことなんて出来なかった。弄ばれたとしても、それでも彼と過ごした半年間で感じたこと、あたしの気持ちは、嘘じゃなかったから。

だから、いつか来る終わりの時までは大切にしようと思って、……思ってたのにあたしは何をした?

何もしないよりは何かを、あたしは残したかったのだろうか。
残したくて、キスをして、抱きしめてしまったのだろうか。

あたしにではなく、彼に、あたしの何かを少しでも残したかったなんて、酷く嫌な人間になったものだ。

彼のいる柵の多い世界はきっと、運命なんて不確かで人の感情で左右されるようなモノを許さない。
あたしとミドウさんの、二人で過ごせるいつかの未来はないと、心のどこかで諦めて、達観した大人のふりをした。


女嫌いが本当だという彼が、女の人と手を繋いで、キスをして、抱きしめる。
これがどういうことなのか。

自惚れていいなら、いくらでも自惚れたい。
あのキスをした時のあたしを見た瞳の熱は、あれは、あたしと同じものを持っていると錯覚させるほどの、熱だった。

ダメだ。
勘違いしちゃいけない。あたしと彼の関係は、友人の範囲を越えないものであるべきだ。それ以上でも、それ以下でもない。
あくまで、彼の結婚を阻止するまでの協力関係で、それに伴う友情だけ。

友人は、キスをしたり抱きしめたりしない。

彼は、そのことを知っているのだろうか。
女性とプライベートで話すのは二十年振りだと、初めて会った日に言っていた。それなら恋人なんていたことがなかっただろう彼が、どこまでを異性の友人として認識しているのか、分からない。


『司も、牧野さんとの関係を終わらせたくなかったんじゃないかな。お姉さんに会わせたらおしまい、そういう約束だったんでしょ?』

部長の言葉が頭の中でこだまする。
でもそれも結婚を阻止する為の手段で、お姉さんを信用させる為だけのもので、そのお姉さんに会ったら……、

そう、結局は彼と会って話をしないと何も解決などしない。
彼の気持ちも、考えてることも、他人のあたしが勝手に推し量って決めつけたらいけない。

もう何度決めつけたらいけないと、考えただろう。
分かってるのに堂々巡りで、やはり悪いほうへと考えてしまう。
彼の友人と会ってからミドウさんからメールが来てないことも、そう思ってしまう原因の一つ。


彼は、あたしがミドウさんの本当の姿を知っていたと、あの友人たちから聞いただろうか。

そして、正体を知ったから態度が変わったんだと、思われたら、

思われたらだなんて、そうじゃない。
そう思われても仕方ないことをしたのは自分だ。

彼の立場と名前を教えてもらえないからと、コソコソと隠れて後をつけるなんて、卑怯で、身勝手で、彼があたしに教えないことの気持ちも事情も深く考えもせず覗き見をして、自分の憶測だけで誤解をして、態度を変えた。
そして、あたしはもう彼らに言ってしまった。

『もう、彼を信用も信頼も出来なくなったから会うのをやめた』と、言ってしまった。

話も聞かず、確かめもせず、憶測だけで判断し、今までの半年間の信用と信頼はなくなったと、怒りと悲しみの感情に任せて一方的に。

これで、きっと彼のあたしに対する信用も信頼も、なくなってしまった。


『彼のことが好きなら、話をしなきゃ。知ることがこわいのは分かる。でも、それは必ずしも悪い方向に行くとは限らない』

また部長の声が、頭の中でこだました。

こんなあたしに彼は会ってくれるだろうか。
もう一度会って、話をしてくれるだろうか。

好きになって、なんて言わないから。

勘違いで誤解をして、あなたを傷付けたことを謝りたい。
今さらかもしれないけれど、自己満足かもしれないけど、それでも。

あなたと過ごした半年間、全てに嘘はなかったと伝えたい。


あたしは本当に、どこまでも馬鹿な女だ。




今日も仕事の帰り道、最寄り駅から自宅までぼんやりと歩いていたら、もうすぐ自宅に着く手前という所に馬鹿みたいに長い黒色のリムジンが停まっているのが見えた。
一般的な自動車販売店ではお目にかかることはないだろう車。一般人が見るとすれば、大体はテレビの中くらいだろう。

思わず、ハァーと大きなため息が出る。
あたしは一般家庭に育った、極ありふれた平凡的な人間だ。なのに、この車をテレビの中ではなく実物を見るのは何度目だろうか。

いつも部長が使う車はこういう車だ。運転手付きの。
もう今さらだからジロジロと見ることはないし、なんでどのリムジンも外装は泥はね一つもなく、いつもピッカピカに光ってるんだ、くらいのもので、慣れってこわいなぁなんて。

それでも、こんな住宅街の一角にリムジン。嫌な予感とか、そんなもんじゃない。ほぼ確信を持って、彼に関する誰かが乗ってるのではないかと思った。

いや待てあたし。違う可能性も考えよう。
勘違いをして痛い目を見たばかりだし、先入観は良くない。たまたまあたしの自宅の近くに、たまたまリムジンが停まってるだけ。

素知らぬ顔をしてリムジンの横を通り過ぎても特に何もなく、あれ?やっぱり違かった?と、あたしとは関係何一つなくて、やっぱりたまたま停まってただけだったかと自分の勘違いを恥ずかしく思っていたら、カチャリと後ろで音がした。
彼に繋がる可能性がある物を近くにして、無意識に神経を張り詰めてしまっていたのか、音一つでビクついたあたしはもう、それはもう、心臓がピョン!と跳ねるくらいには、次に聞こえてきた言葉にびっくりした。


「こんばんは。あなたは、クシマ ツキノさん?それとも、牧野つくしさん?どちらでお呼びしたらよろしいかしら」


ゆっくりと、声のした方へと振り向く。そこには女性が二人、車の横に並んで立っていた。

なに、この人たち。
なんで初めて会ったのに、あたしのニックネームと名前を……?

そんなことを思ったのは一瞬で、こういう嫌な予感に限って大抵当たる自分を恨めしく思った。
あたしの本名と婚活アプリでしか使っていなかったニックネームという個人情報を知っている人。この人たちは個人情報など容易く手に入る手段を持っていると、そういうつもりであたしの名前とニックネームを告げたのか。
それはお金と立場で、あたしのことをどうにでも出来る力を持っているとも言える。

現れるなら彼に関する誰かだろうと思っていた。
でも、まさかの人物の登場に震えそうになる足に力を入れて、姿勢を伸ばして。
逃げたら、ダメ。
この二人は見た目だけの年齢で判断したとしても、あたしの憶測はたぶん間違っていないと思う。


「あの……?」

「突然ごめんなさいね。私、こういうものです」

そう言って二人から差し出された名刺に、ああやっぱり、と思った。
そして、自分の名刺を渡す手がこんなに震えそうになったのも初めてだ。

「あの、ご用件は何でしょうか」


あたしの前にいるのは、道明寺 楓。
道明寺財閥の会長だ。「鉄の女」と呼ばれ、経営に対するその姿勢は冷徹で無慈悲だと聞く。

こわい。そのオーラに圧倒される。
ただの会社員が大財閥の会長を目の前に普段通りに振る舞うなんて無理な話で、平然としていられるわけがないのだ。

足が竦む。震える。逃げたい。
逃げたい。
でも彼のことは、彼と話をするまでは、彼自身から全てを聞くまでは、もう会いたくないと言われようとも会って顔を見て話をしたい。
だから、それまでは例え何があっても逃げたくない。

傷付けてしまった彼へ、これ以上もう人を恐れてほしくない。
それなら、あたしはここから逃げたらいけない。


だからって、どうして、どうして彼に会う前に次から次へと、……もう!













Re: notitle 46

Re: notitle 46






「……は?お前ら、いま何て言った?」

「クシマ ツキノと、会って話をした。彼女は、お前の本当のことを知っていた。そう、言ったよ」



彼女の部屋で過ごしたあの日から、ニヶ月は過ぎているのに一度も会えていない。

今まで仕事だったり体調が悪かったりで一ヶ月会えないこともあった。
でも今回は違う。
明らかに避けられているような、そんな気がする。

心当たりがないわけではない。

あの日に彼女の住む部屋で、彼女と何があったかは誰にも話していない。
しばらく挙動不審だった俺に、彼女との間に何かがあっただろうことを勘付いた友人三人は、しつこく何があったのか聞いてきたが、誰にも言いたくなかった。

あれは、彼女はどういうつもりでキスをして抱きついてきたのかを、会って聞いて、話をしなければ。
あれは、友人に対してすることではないと、思ったから。

あの日に話せば良かったのに、あのあとなんとなく気まずくなってしまって、彼女にも何事もなかったかのように振る舞われてしまったから、何も聞けなかった。

自分からまさかのアクションを起こしてしまったことに、自分で自分にびっくりしていたから、やはり動揺していたのは確かで、でも彼女も返してくれたのに平然としていたから、あのことは俺ほど重要に思っているわけでもないのかとか、ぐるぐるぐるぐると、人生で初めてのことに挙動まで不審になっていたことは確かだ。

彼女は、嫌がっていなかった。

これは、俺の願望ではないはず。
それだけが救いで、でもそれならなぜこんなに会うのを避けるようなことをされているのか、誰かを好きになどなったことのなかった俺は簡単に解決策など思い浮かぶわけもなく、ただひたすらに同じところをぐるぐるぐるぐると回って考えて、また一人悩んでいた。


それでも容赦なく仕事は舞い込んでくるし、それこそ仕事をしている間はクシマのことを考える余裕はなかった。

しかし当然ながら仕事をしていない時間は、ほぼクシマのことばかり。
西田も俺が仕事だけは完璧に熟しているから何も言わないではいるが、それ以外の時間はやはり挙動不審だったらしく、何度か何があったのか聞かれた。しかし西田になぞ聞かれたところで話す理由は微塵もないし、俺から話を聞いたとしても面白がるだけだろうから無視。
車で移動する度に、助手席から振り返ってこちらの様子を見てくるのがウザくて、一振り返り毎に五回は助手席を後ろから蹴飛ばしてやる。

何度断られても彼女にまた会いたかった。

もう、ここまでくると重症だ。

なんだこれは。

それでも時間は誰にも平等に流れるし、他に気が紛れることもなく、出張に次ぐ出張。
無駄だ。もう俺がわざわざ出張で行かなくても良いように、システムを見直し再構築をして、体制を作り直す。
ババアの作った、旧態依然のままな仕組みを変えて、トップはそれぞれに任せる。今はネット環境さえ揃えばいくらでもやり取りは出来るし、いつまでも俺一人でやっているのもリスクが高い。
俺がいなくても、それぞれで判断して実行し責任を持たせる仕組みにする。
それも、あと少し。


この時もヨーロッパへと出張に行っていて、そしてイタリアにも立ち寄ったから、そういえばクシマは前に本屋で読んでいた本に載っていたレモンチェッロが可愛いと、イタリアに行くことがあったらお土産に買ってきてやると約束したことを思い出して購入。
またこれを口実に会いたいとメールをしようと、また会えないと言われたらどうしようか、でも会いたいと思う気持ちが上回って、帰国してからも暇さえあればスマホを手に取りメールの送信画面を開いて睨んでいた、そんな時。

久しぶりに類と総二郎とあきらの三人が揃って俺の家に来て、何やら神妙な顔をしているから何事かと思えば、それを聞いた時すぐには何を言われたのか理解出来なくて、もう一度聞き返しても、やはり聞き間違えでも何でもなくて、



「なんで、」

「お前に何も言わずに、しかも日本にいない時に勝手なことをして、悪かった。お前が、彼女に会えなくて悩んでるのが分かってたから、俺たちでどうにかしてやれるなら、助けてやりたいと思ったんだ」

俺はこいつらに、クシマが大河原財閥に勤めている話もしていた。
それで滋に頼んで彼女を呼び出してもらって話を聞いたら、彼女はとんでもない勘違いをしていて、そして彼女の口から出たという「大財閥の御曹司」という言葉。

こいつらも友人として俺の為を思ってしたことだから責められない。
二ヶ月経っても彼女と会う約束を取り付けらない俺に、痺れを切らしたのだろう。

結局、彼女が何か大きな勘違いをしているようだから説明しようにも、滋に個室を追い出されて、それ以上彼女と話が出来なかった。
それがこいつらの話だった。


知っていた?
クシマは、俺のことを、知っていたというのか。

いつから、いつからだ。

あの日にはもう、知っていたのか。

こいつらの言う彼女の勘違いも、本当にとんでもない勘違いで、でも確かに傍から見たらそんな風に見えてしまっても仕方がないような、あまりに居心地の良い彼女との時間と空間に浮かされて、それほどに俺と彼女の関係は危ういものだったことに気が付かなかった。

俺は彼女の名前こそ知らなかったが、クシマのことを多少なりとも知っていた。
類の部下の姉であることや、婚活アプリをしていた理由も知っていて、勤め先も知っている。

それなのに、俺は彼女に自身のことを何も教えなかった。
聞かれなかったからと言えば、そうなのだけれど、彼女自身のことに関して、俺は知り得る状況と環境にあったことに多少なりとも罪悪感を持っていて、それなのに彼女に俺のことを教えるのを躊躇ってしまった。

彼女の前では何者でもなかったはずの俺なのに、フェアではなかった。

いつどこで俺の素性を知ったかなど、どうでもいい。
問題はそこではなくて、彼女が誤解していることを、違うんだと説明しなければならない。

俺を、何も言わない俺を信用して信頼して、俺の話に協力してくれていた彼女。きっと聞きたいこともたくさんあったはずなのに聞かないで、俺を、信じてくれていたのに。

何も言わない、何も聞かない彼女に甘えて、触れられるようになったことに喜んで、クシマを好きになって、浮かれて、

……俺は、馬鹿だ。

今まで俺は、彼女の何を見ていたと言うのか。
彼女を信用して信頼しているなら、俺のことを、俺の素性を明かして話せば良かったのに、今までのことが俺を躊躇わせた。


人は、欲深い生き物だ。

一つ与えれば、調子に乗って次から次へと要求してくる。そして、虎視眈々と隙を狙って蹴落とす算段をしている。

信用出来る人間などいない。

幼い頃からの友人たちだって、いくら気心が知れているとはいえ、仕事が関われば友人という立場を越えて足をすくわれる日が来るかもしれない。

親でさえ、俺を会社の駒の一つとしか見ていない。

誰も、何も、自分自身以外を、信用してはいけない。
俺を守る為には不用意に弱みを握られないようにしなければならない。
唯一は女嫌い。それすらも、強みにして、男色などという噂だって利用してやる。

だから、何者でもない俺は、彼女の隣にいる時だけが救いだった。

彼女の前でだけは、本当の、嘘偽りのない俺だった。

それなのに、彼女の信用と信頼を、おざなりにして、甘えて、

俺は、逃げた。

話すことから逃げた。


大事なら、大切にしたいなら、彼女と一緒に同じ時間を過ごしたいと思ったなら、話さなければいけなかったのだ。
好きになってもらおうと行動するなら、まず始めに話すべきことだった。

それが彼女に対する最大の、誠実だったのに。

彼女は、もうこんな俺とは会ってくれないだろうか。
こんなに不誠実で、隠し事ばかりの俺を、好きになんか、なってくれるわけがない、だろうけど。



それでも、好きになってくれなくても、彼女とおしまいになんかしたくない。

俺が俺である為に俺には彼女が必要で、いつの間にか俺の中で彼女がこんなに大きな存在になっていたことに気付くまでに時間はかかってしまったけど、そのことを今さら、なかったことになんて出来ない。

すぐに彼女に会わなくては。
このままこわがって躊躇っていたら遅きに失する。

俺の素性を知って、態度が変わったから何なんだ。
それは、その勘違いは、俺の持っている物や見た目に対してじゃないだろうから。


クシマと過ごした半年間。

頼まれたら断れないお人好しで、よく笑って、怒って、甘いものと飯が大好きで、ブラックコーヒーが苦手で、部屋の片隅にきれいに並べられたお土産と、ミントタブレットと、小さな手と、何物にも代え難い、あの穏やかな時間。

あれは、お互いどこの誰でも何者でもない二人だけの、あの時間の中では、日常だった。

あの空間と彼女との時間は、俺の憧れであり、夢でもある。


人と時間と責任に追われて生きてきた俺の、唯一の非日常で、二人だけの日常は、他の何をなげうってでも、

一番大切にしたい全て。












Re: notitle 45

Re: notitle 45






部長には全てを話した。
あたしのプライベートな話ではあったけど、やはり誰かに聞いてもらいたかった。
出会ったきっかけから、進にも優紀にも話せなかったミドウさんの本当の姿を知ってから、あたしの部屋で一緒に過ごしたあの日のことまで。



「はぁ~、なるほどね……」

「本当に何でこんなことになったのか、私もまだ全部を受け入れられなくて。でもまさか部長まで巻き込むことになるとは思わなかったので、本当に迷惑をお掛けして申し訳ありません……!」

「いや、私を巻き込んだのはあいつらなんだから、牧野さんは悪くないでしょ。あいつらがどういうつもりでこんなことしてるのか知らないけど、でも私はあいつらの友人でもある。牧野さんよりは彼らの人となりは多少知ってるつもり。だから一つだけ言わせてもらうなら、道明寺 司の女嫌いは本当の話だよ」

道明寺 司の女嫌いは本当。
彼の友人だという部長が知っている、でもあたしの中で嘘ではないかと思っていたこと。


「本当に、本当に女の人がダメなんですか……?」

「うん。美作あきらと西門総二郎は無類の女好きだけどね。司の女嫌いは社交界でも有名な話で、一部ではゲイなんじゃないか、なんて噂もあったくらいだよ。どんなパーティーでも同伴するのは彼のお母様か、お姉さんだけだし、秘書も男しかいない。
だから司が牧野さんと手を繋いだりっていう話は本当に驚いた。十年来の友人の私ですら一切、指一本も司に触れることは許されない。だから、司が女の人を騙して遊ぶなんてことは絶対にない。それは私が保証する」

部長はコーヒーを一口飲むと、他にも部長が知る限りのことを色々と教えてくれた。

「なんで司がそこまで女嫌いなのかは知らないけど、お見合いは全部自らぶち壊していくし、政略結婚なんて絶対にさせないって、その為に仕事も頑張ってるようなものだし。それでもやっぱり、あの大財閥の後継者だからね。司のご両親は結婚して子どもをってかなりしつこく言ってるみたいだよ」

じゃあ、あの女嫌いも、結婚もしたくないから阻止したいのも本当だったってこと……?

「でも、それならなんで婚活アプリなんか使ってたんでしょうか……」

「うーん、そこらへんは私も今回牧野さんから聞くまで、あいつらがそんなことしてるのも知らなかったから分かんない。でも、司が自ら進んで婚活アプリを使って女の人と会おうとするなんてことは絶対にない。何か事情があって、仕方なくあいつらと何かしようとしてたのかもしれないけど」

「それに、そこにお姉さんが出てくるのもよく分からないんですよね。彼はとにかくお姉さんのことを気にしてました。ご両親のことよりも、とにかくお姉さんに会ってくれればと言ってましたけど……」

「私と司が知り合った時はもうお姉さんも結婚してたし、個人的にもそんなに親しくはないから、そこらへんは分からない。ごめんね。でもそれもさ、もう一回会って、きちんと聞いたほうが良いんじゃない?」


すっかり冷めてしまったコーヒー。
いつもはお砂糖とミルクを入れるけど、今はブラックで飲んでいた。なんとなくブラックにしたのは、今は甘さよりも苦味を味わいたかったから。

あたしが考えていた彼らの女遊びは、あたしのマイナス思考が導き出した勘違いの可能性が高いこと、女嫌いは本当で結婚は阻止したいこと、でも婚活アプリを使って女の人と会っていたこと。

なぜご両親ではなく、お姉さんに会うことで結婚を阻止できるのか。

まだまだ矛盾していること、分からないことが多過ぎて、混乱する頭の中をすっきりさせたかったのかもしれない。
冷えたコーヒーは苦味だけじゃなくて、渋みも増したように感じた。


「牧野さんは、本当の司のことを見てたんだね」

「……え」

「牧野さんはさ、司の名前や出自、あの見た目でもなくて、司の中身そのものを好きになったっていうことだよね。
私たちのまわりは、そういう自身じゃなくて持ってるもので見られる世界なんだ。だから中身だけを見てくれる人っていうのは本当に貴重で、安心できる存在になり得る。きっと司もそうだったんじゃないかと思う。そうでなければ、あんなに頑なに嫌がって避け続けてた女の人を、牧野さんにだけは触れされるほど近くにいることを許してる」

「そうなんでしょうか……」

「司も牧野さんとの関係を終わりにしたくなかったから、お姉さんに会わせなかったんじゃないかな?お姉さんに会わせたらおしまいって話だったんでしょ?それに、司が名前を言わなかったのは、やっぱり、こわかったんじゃないかなぁ……」

「こわい、ですか……?」

部長は、少し悲しいような、淋しそうな顔をした。

「うん。……どうしてもね、こういう大きい家に生まれると周りに近寄ってくるのは利益を欲しがる人間ばっかりなんだよね。良い人のフリして、いっぱい親切にしてくれても、結局は私たちの後ろにある家や財産だけを見ていて、私たちはそれの付属品でしかない。友達だと思ってたのに裏切られたことも何度もある。だから私たちは簡単に人を信じない。そして、人を損得で見ることに慣れてる」

誰に裏切られるのか、陥れられるのか分からない世界。
損得でしか人を見られない環境。

なんて、悲しくて淋しい世界。

ミドウさんも、そうだった?
だから初めて会った時、警戒心丸出しで、不遜な態度で、一つも笑わなくて……、


「特に司はね、道明寺財閥はあまりにも大きい会社だから。一人息子だし、親からも周りからも期待されて跡を継ぐべく徹底的に教育されて育ってきてる。心を許してる友達もさっきの三人しかいないんじゃないかな。
いつ誰に足元を掬われるか分からない世界だし、それこそ一分一秒の躊躇いで無くなる契約だってある。司の背負ってるのは、社員の、社員の家族の生活そのものだから、その責任は途轍もなく大きい。
それに財閥って結局は家族経営みたいなもんだから、後継者に対する期待も大きい。おばさまの後継者を望む気持ちも分からないでもないけどね」

「それがこわいのと、どう繋がるんですか……?」

「本当の名前と姿を知られたら、自分を見る目や態度が変わるかもしれない」

「それは、」

「ないとは言い切れない。これは牧野さんがどうとかいう話でもないよ。何度信じようとしても何度も裏切られたことのある人が、もう一度誰かを信用しようと思うことは、難しい」


それは、あたしも嫌と言うほど知っている。
あたしだって散々過去の彼氏たちに裏切られて、離れていった。

男は、信用出来ない。
みんな最初は優しいのに、だんだんあたしを疎ましがる。
そして、優しい顔をして浮気をする。

だからもう、男は懲りごりで、結婚だってしたくない。


だから、
だから、ミドウさんに出会った。


女嫌いのミドウさんが、女のあたしに触れて、手を繋いで、キスをして、抱きしめて。
それは、彼があたしを本当に信用して信頼してくれていて、だから近くにいることを、触れることを許してくれていた?

それなのに、あたしは彼に何も聞けずに、自分が傷付くのがこわいからと、あからさまに彼を避けた。
二回目に会った時、赤い車から降りてきたミドウさんを見て、彼が何者であろうと、それで態度を変えるのは違うと思っていたはずなのに。

お互いの、何者でもなかった二人の、半年かけて築いたはずの信用と信頼を、あたしは信じないで、
そして彼の正体を知った時、その事実だけを見て話もせずに決めつけた。

それが彼を傷付けることだと気付きもせずに、もう何も考えたくないと、

……あたしは、逃げたんだ。


「部長……、あたし、彼に酷いことをしてしまったかもしれません……」

「ね、牧野さん。彼のことが好きなら、会って顔を見て話をしなきゃ。知ることがこわいのは分かる。でも、それは必ずしも悪い方向に行くとは限らない。だから、彼に全部話して、話を聞いて、気持ちを伝えて、泣くのはそれからでも良いんじゃない?」

「……部長、」

「ほら、今日は類くんの奢りだから遠慮しないでデザートもっと食べちゃおう?フルーツグラタンとかどう?ワインも頼んじゃう?」


フルーツグラタンって何?とか、お酒はすぐ酔っちゃうから遠慮したいとか色々思うところはあったけど。

今日は、今日だけは部長に甘えて、この「プティ・ボヌール」で少しだけ非日常を楽しんで、そしてもう少し気持ちの整理が出来たら、ミドウさんに連絡をして、話をしなければと思った。