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Re: notitle 49
[No.174] 2023/05/17 (Wed) 18:00
Re: notitle 49
その料亭「楓」は門構えから凄かった。
語彙力を失うほどに、圧倒的。
この料亭はHPがあり、外観も内装も料理の一例もギャラリーで見ることは出来る。でも写真と実際に見るのとではこんなにも違う。
夜の暗さと、それを照らす明かりが更に陰影を深く見せ、その荘厳とした佇まいに圧倒される。
会長とお姉さんのあとに続いて、その門を潜って石畳の道を進んだその先にあったのは木造二階建て寄棟造りの建物。これは、築何百年と続く建物をそのまま使っているのだろうか。
なんだ、これは。
あたし、この格好で大丈夫なのか。
自分でここが良いとは言ったけど、オフィスカジュアルだよ、あたし。一応ジャケットは着てるけど、良いのこれ?
いや、ここで狼狽るほうがみっともない。
一緒にいるのは道明寺財閥の会長たちだ。大丈夫だから、ここまで来た。
逃げないって決めたんだから、怯えるな!
通された部屋は行く手にも分かれたうちの離れだろう一室、そのお座敷の内装は欄間から障子に畳縁、床の間も、部屋の至る所に細やかで繊細な装飾が施され、柱も深く月日を重ねてきたのだろう木の色。
重い。
何もかもが、佇まいも雰囲気も、細工の一つ一つまで、この部屋から見えるライトアップされた和風庭園の姿さえも全てが計算し尽くされ、どこから見ても、きっと美しいと思わせる。
これは、一見さんお断りだ。
こんな世間知らずの小娘が、酸いも甘いも噛み分けられるほど人生を歩めてもいないような人間がおいそれと来て良い所ではない。
そう、マナーはもちろんのことだけれど、伝統的な受け継がれてきただろう料金システムそのものが紹介という行為により、その人物との繋がりが重視され、そこにある信頼関係があるからこその、そういう全てを含めての「一見さんお断り」。
いま現代においても、この東京で「一見さんお断り」というシステムを取り入れているのは、この店がそれだけの歴史があると、そういうことだ。
お座敷に入って一歩目で足を止めてしまったあたしを、会長とお姉さんが不思議そうに見ている。
「どうしたの?」
「……いえ、筆舌に尽くしがたい風景だと、」
「ここね、このお庭が一番良く見えるお部屋なのよ」
さも当たり前かのように答えてくれるお姉さん。
この中で、あたしだけが異質、のような。
しっかりしろ、今ここでネガティブ思考はダメだ。こんなところ二度と来ることはない。きっかけは何であっても、これは幸運だ。
会長とお姉さんが並んで座り、あたしは促されるままその向かいに座ったけど、それはまるで食事選考のよう。
その間にも次々と膳が運ばれ、全て揃ったところで「呼ぶまで入らないように」と人払いがされた。
密室。
これは、あたしは何かを試されているのだろうか。
「牧野さん」
「はっ、はい!」
「そんなに緊張なさらないで。あなたと司がどのような付き合い方をしていたのか聞きたいだけなのよ」
緊張しないでと言われても、会長相手に緊張しないなんて無理だし、どのような付き合い方をと聞かれても、あたしはミドウさんの友人でしかない。でもそれは彼のことを知らなかったから許されただろう話で、本当は友人にすら、なれるような人ではないのかもしれない。
「どう、と言われましても、ただの友人ですが……」
「司に女性の友人がいると言うこと自体が驚きでしかないのだけれど」
ふぅ、と会長は一つため息を吐いた。
確かにあの極度の女嫌いを考えると驚きといえばそうなのかもしれない。長い付き合いらしい部長ですら、指一本触れることは許されていないと言っていた。
「牧野さんと司は、会った時に何をしてるの?」
な、何を……?
何って言われると、こないだキスとかしちゃったけど、今それは関係なくて、その前!その前に何をしていたのかを答えなくては。
「えと、普段は喫茶店でコーヒーを飲みながらお話をするくらいで、先日は私の部屋でお好み焼きを一緒に作って食べましたけど……」
会長とお姉さんは本当に目を見開いて驚いた顔をしたあと、二人で顔を見合わせて、そしてあたしの顔を見た。
え、なに?
二人とも驚きつつ、そして、とても真剣な顔をしていて少々こわい。
やっぱり大財閥の御曹司にお好み焼き作らせて食べたのは駄目だったかな……?
「牧野さん、あなたは本当に「ミドウ ジョウ」が「道明寺 司」だと知らなかったの?」
「そうですね。本人から聞いたのは、財閥系企業に勤めていることと年齢くらいでしたので」
「彼と会って話をしていて、何か気が付かなかったのかしら?」
それなら、初めから金持ちの箱入り息子かと、疑っていた。
『家族に無理矢理結婚させられる。
一見さんお断りのお店にも簡単に入れる。
今まで一度も人に頭を下げたことがない』
そう言っていた。
思い返してみれば、それからも高級ホテルのものや現地限定のお土産だったり、赤いスポーツカー、休む間もないほど過密スケジュールな仕事。
そうだ、彼は色々チグハグだった。
女性慣れしてないようのに、自然とエスコートしてくれていた。
服装もそう。カジュアルな洋服かと思えばブーツは海外の有名老舗メーカーのものだったり。
「それは、まぁ……、色々と疑問に思うところは多分にありました。でも、彼と約束をしていましたから」
「約束?」
「はい。聞かれても言いたくないことは言わなくていい。そして、嘘は付かない。そういう約束をして、まずは信頼関係を作っていこうと」
「でも、あなたたちは婚活アプリを通して知り合ったのでしょう?お互いに結婚の意志があることが前提の状態で、なぜ半年経っても名前を聞いたりしなかったのかしら?」
「いくら結婚の意志があったとしても、信用も信頼もない、人となりも分からない男に簡単に本名を明かすほど馬鹿な女じゃないつもりです。それに、初めてお会いした時から今まで雑誌等で拝見する姿とは見た目が全く違っていたので、その状態で道明寺 司だと彼に言われても私は信じなかったと思います」
……ちょっと待って。
てっきり今回話をしたいと言ってきたのは、彼に近付くなと、出会った経緯が婚活アプリだということを口外しないようにと警告されるのかと思ってたんだけど、違う?
婚活アプリをしていることを会長もお姉さんも知っていて、そこで知り合ったあたしと会うことを黙認していたということ?
「あの、すみません。こちらからも少しお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「なにかしら?」
「今の質問からすると、会長やお姉さんは、彼が婚活アプリを使うことを容認していたと、そういうことですか?
偏見でしたら申し訳ないですけれど、こういう大きな家柄の方は海外の社交界で出会ったり、良家の御令嬢とお見合いなどが常だと思っていましたが、なぜ大財閥の後継者の方が婚活アプリを……?」
すると二人は盛大なため息を吐いて、彼の今までのお見合い事情を話してくれた。
それはもう、そこまでするのかと、無言で立ち去るのは良い方で、自分はゲイだと言ってみたり、下手すれば法に触れかねないこともしたとか。
「でも婚活アプリなんて、どこの誰だか分からないし、素性だって確かなものじゃないのに、いくら姿形を変えて偽名にしたとはいえ大財閥の御曹司を引き合せるなんて、かなり危険ではないですか?」
「そうね」
「少し、事情があって」
なんとも歯切れの悪い二人。
やむにやまれぬ事情があるのだろうが、それにしても大財閥の御曹司が婚活アプリを使うことを、その親である会長が黙認しているとは思わなかった。
そしてお見合いの話と合わせれば、それは。
「それは、彼の過度なまでの女嫌いが関係していますか?」
「なぜそうなったか、本人から話はありましたか?」
「いえ、話したくなさそうだったので無理に聞くことはしませんでした。ただ、彼はそれを克服しようと頑張っていることは確かです」
「克服と言っても、お話をするだけなら仕事でも出来ます。それでは、何も解決しないのです」
「あ~、……あの、手を繋ぐくらいなら、もう出来ますけど、それ以上はまだ時間がかかるかと」
出た。二度目のびっくり顔。
なに?ミドウさんはお姉さんたちに何も話してなかったの?!
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