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Re: notitle 52
[No.177] 2023/05/28 (Sun) 18:00
Re: notitle 52
見守る。
信頼があれば、出来ること。
自分を信じてくれる人がいると、思えること。
「彼はもう何も知らない、こわがるだけの子どもじゃないんです。大人で、責任を持って自分のことは自分で決めて実行出来るんです。親として、職場の上司としても心配するのは分かります。でも、その人が何歳であっても、自分のことは自分で決める権利があるんです。だからと言って、何でもかんでも一人で決めて良いわけでもないですけど……。だから、その為に話すんです。お互いにどうしたいのかを、お互いが納得して前に進む為に。
彼の声を、話を聞いてください。こうして会長とお姉さんが心配しているように、彼も会長とお姉さんのことで何かを考えている。その為に女性に慣れようと頑張っているんじゃないですか?
どうして今、女性に慣れようと頑張っているのか、聞きましたか?それを聞いて話さない限り、彼の気持ちなんて分かるはずがないんです。そして、どうして結婚してほしいと思っているのか、私に話していただいたように押しつけではなく、強制するでもなく、伝えるべきです。
お願いです。例え彼が話してくれるまで時間がかかったとしても、無理強いせずに、辛抱強く彼の話を気持ちを聞いてあげてください。
きっと、大丈夫です。彼は、名前も知らない私の話を聞いてくれる、優しい人ですから」
「司が、優しい人……」
会長もお姉さんも、何だか呆気に取られたような、ぼんやりとした顔で呟いたあと、しばらく黙ってしまった。
相変わらず料理には誰も手を付けることなく、配膳された時にはあった湯気も今はない。
言いたいことは言い切ったと思ったあたしは少し気が抜けたのか、会長たちの前だというのに、暖気にも目の前の豪華なお膳から目が離せないでいた。
「つくしちゃん、司が優しいって、どこらへんが」
つくしちゃん?!
お姉さんに名前で呼ばれたことに驚いて、お膳から顔をあげて見てみれば、また二人してあたしの顔をジッと見つめてくる。二人とも綺麗な顔立ちをしているから、真顔だととても迫力がある。
しかも少し身を乗り出して聞いてくるから、ちょっとこわい。
「え、優しいところいっぱいありますけど……」
「どこ?どこらへんが優しいの?!」
「そうですね、出張に行く度にいろんな所の写真を私に見せながら、どんな所だったか話してくれたりとか、私が甘いもの好きだからって出張のお土産にスイーツいっぱいくれたりとか、タバコも私の前では絶対吸わないし、いつも静かにニコニコしながら私の話を聞いてくれます。
さり気なくエスコートしてくれたりもしますし、あ、あとは私、夏前に風邪を引いてしまったんですけど、その時は薬とか飲み物とか持ってお見舞いも来てくれました!」
「司がニコニコ……タバコを吸わない、それに司が写真を撮って司がお土産を選んで渡してる……?しかも、お見舞いですって……?!そういえば、さっきお好み焼きも一緒に作ったって言ってたわね?!」
「そうです。一緒に作りました!初めは危なっかしい手付きでしたけど、最後は上手にひっくり返して作ってくれました!」
会長とお姉さんは、「司が!そんなことを!ニコニコと!」と何やらざわついている。
やっぱりお好み焼きはダメだったか……と不安になっていたら、今度は会長から質問が。
「司は初めからあなたにはそんなにフランクに接していたのかしら?」
「いいえ、初対面の時は全く会話をしないし意地悪なこともされました。かなり態度も悪かったです。だから、どういうつもりで婚活アプリなんてしてるのか聞いたりしました」
懐かしい。
あれからもうすぐ一年になる。世話の焼ける兄のお願いに付き合うくらいの、軽い気持ちで始めた関係。
果てしなく面倒なことになるかもとは思ったけど、まさか今こうして道明寺財閥の会長と一見さんお断りの料亭で話をすることになろうとは思いもしなかった。
「少し話したと思ったら口は悪いし、礼儀もなければ、もちろん礼節もないし、ずっと腕組みしたままで。本当にびっくりするくらい態度が悪くて、思わず「あなた何様のつもり?」って言っちゃいました」
「あの司に?それは、なかなか言えることじゃないわね」
お姉さんはクスクスと笑ってくれたけど、それも彼が道明寺 司の本当の姿だったら、あたしは同じように言えただろうか。
……言っちゃうかもしれない。彼が何者であろうと、初対面の人間にして良い態度と悪い態度がある。
「そのあとは嫌な顔をしてる彼の目の前で、ひたすらパンケーキ食べてました。私が食べてる間もため息は吐くし、甘いものを見てるだけで胸焼けがするとか、美味しく食べてる人の前で言います?!本当にどんな教育されてきたんだか……、」
そこまで言ってからハッとした。
しまった……!
目の前にいるのは彼の母親とお姉さんだった……!
「すっ、すみません!あの、違うんです!いや、違くはないんですけど、違うというか、あの、えーっと、あの時はそう思ったって話で、今は違うって知ってますので!えと、彼は素敵な人ですから!」
慌てて言い直したけど、時すでに遅しと思いきや、それを聞いた会長とお姉さんはまたクスクスと笑い始めた。
不機嫌な司の前で何かを食べ続けられる女の子は見たことないとか、あの子に何様だなんて言える子がいたのね、とか何とか話してるけど、初対面からあんなに無愛想で無遠慮で不快感を顕にする人に気を遣いたくなかっただけ。
そんなことを思い出して、また少し緊張が解けた瞬間に鳴り出した、あたしのお腹。
「ひっ…!重ね重ねすみません…!」
「あら、ごめんなさいね。お話に夢中になって、すっかり冷めてしまったわ。すぐに新しい物を出させますから、少々お待ちになって」
「いえ!こちらで十分です。せっかく作っていただいたものですし、もったいないですから。冷めててもこんなに美味しそうなお料理は初めてです。流石「楓」、やはり何もかもが素晴らしくて…こうしてご一緒させていただいただけでも嬉しいです。ありがとうございます!」
そう言うと、にこりと微笑みながら今度は温かいままで食べましょうねと言われたけど、またなんてありえないのに。
確かにこれが配膳されてすぐなら、もしかしたらもっと美味しかったかもしれないけれど、それでも今まで出会った和食の中で一番、ここまで上品で繊細なものは見たことも食べたこともない。
このあとは食事をしながら、家のことや家族のこと、仕事の話を少し聞かれたくらいで、他は彼とどう過ごしていたのか、何を話したのか、そんなことをずっと話していた。
まさか彼本人がいない時に、彼のご家族と話をすることになるとは思っていなかったけど、あたしは彼の友人でい続けたいと思った。
家柄も何もかも違うけれど、こうして彼のご家族に口止めをされたり、会わないように言われるわけでもなく、かと言ってそこまで品定めされているような感じでもない。「鉄の女」と言われる会長の、親としての顔を見せてくれたと言うことは、友人としてなら付き合っても良いと言うことだろうか。
別れ際に、これからも司をよろしくお願いしますと言われたけれど、今のところ唯一、家族以外で彼が触れられる女はあたしだけだから、それはあくまで社交辞令で、いつか彼が他の女性にも触れることに慣れてしまえば、きっとそれで終わる。それまでの間はよろしくと、そういうことなのだろう。
それで良い。
彼ともそういう約束をしている。
『家族に会って、女性に慣れる練習をしていると言えば、焦って結婚を迫ってくることはないはず』
約束守ったよ、ミドウさん。
きっと、会長もお姉さんも、分かってくれるはず。
だからあたしは、まず彼に会って謝って、何度だって謝って、そして許してもらえるなら友人に戻りたい。
その為なら、この気持ちを一生隠してでも、例え彼が、あたしじゃない誰かと結婚したとしても、笑ってお祝いするよ。
友人として、最後まで約束を守るから、だから、またあの喫茶店で、お土産とミントタブレットと、コーヒーと……、
あなたが、もういいと言うまでは、友人でいさせて欲しい。
『To. ミドウ ジョウ
From. クシマ ツキノ
Title. こんばんは
ずっとお返事出来なくてごめんなさい。
お話ししたいことがあります。
二週間後の土曜日、
いつもの時間にいつもの喫茶店で待ってます。
都合が悪ければ連絡ください。 』
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