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花より男子の二 次 小 説。つかつくメインのオールCPです。

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Re: notitle 55

Re: notitle 55





そして迎えた土曜日。

11月に入って朝晩が冷え込むようになってきた今日この頃。
公園やご近所さんの庭のモミジは紅く、街路樹のイチョウの葉も日の当たるところから黄色くなり始めていた。それでも今日は、まさに小春日和と言っても良いような陽気で、絵に描いたような青空が朝から広がっていた。

メープルホテルに行く途中、一駅手前で電車を降りて大きな公園を通って行くことにしたあたし。
茶色くなった芝生が一面に広がる所では、親子が楽しそうにボール遊びをしたり、飼い犬とフリスビーをしている人がいたり。カップルはレジャーシートの上に座り体を寄せて、顔を見つめ微笑みあっていた。
暖かな陽気の中でのんびり歩けば多少は気持ちも落ち着くかと思ったけど、やはり憂鬱で仕方ない。


婚活パーティーのあとは、そのままミドウさんと会うつもりだからと、いつも通りのパンツスタイルで良いかと考えていたのに、進に釘を刺されてしまっていた。

メープルホテル東京の、高級イタリアンレストランで、しかも婚活パーティー。それなりの格好をして来るように言われ、でもミドウさんに会う前に着替えれば良いかとも思ったけど、そんな時間があるのかも分からないし、着替えの入った大きめの荷物を持って歩きたくもなかった。

仕方なく渋々と、それでも洋服を新調して。
選んだのは、白のシフォンブラウスにスモーキーブルーのロングタイトスカート。コートはグレーにして、靴は黒のブーティー。バッグも黒にした。アクセサリーは付けないわけにもいかないだろうから、パールのスイングタイプのピアスに、ネックレスもピアスとお揃いのものに。

夜ではなく昼間の婚活パーティーだし、今日は相手を探しに行くわけじゃないから、この格好で大丈夫だろう。
それでも人間、見た目は大事だ。
もちろん見た目が全てではないけど、初めて会う人は見た目でしか、その人を判断出来ない。そこから会話が出来て、初めてお互いに人となりを知ることになる。

少し前までは「イケメン」に思うところはあったけど、あの頃は心に燻るものがあったから。
いま思えば、見た目がイケメンだろうが何だろうが、誠実そうな顔をして優しい言葉で絆しておいて、陰では人を家政婦扱いをした上に浮気する人間は誰でも許せないだろう。
ミドウさんと会うようになってから、いつの間にかクローゼットの中のスウェットも洗面台の予備の歯ブラシも、もうすっかり忘れて思い出すこともなかったのに、いま元カレを思い出してしまうなんて縁起でもない。

それよりも今はミドウさんのこと。
誰しも男も女も見た目は大事だけど、それはその人を知る為の第一段階でしかない。
事実、ミドウさんは変装してあたしに会ってはいたけど、彼の身近な人の話を聞いた今は本当の彼がイケメンだったからといって女嫌いなことや、あの優しさが嘘だとは思わない。

思わない、けど。
彼の話を信じずに、彼の周りの人の話を聞いたから信じるってどうなの?そんなことであたしは彼を信じたり信じなかったりするの?
お金持ちの御曹司が結婚前に女遊びをしてるだなんて、もう完全に彼自身ではなく彼の肩書と持ち物で偏見を持ってしまった事実は消えないし、それは彼の友人を通してミドウさんにも伝わってるはず。あんなに嘘は吐かない、信頼関係を作る為の時間として彼と会っていたのに、あたしはその時間と築き上げた信頼関係を全て偏見で駄目にしてしまった。

このあとミドウさんと会って話をする。
こんな気持ちと、こんな状況で、彼にもう一度友達になって欲しいなんて話が出来るのか、そもそも話をしてくれるのかと不安がいつまでも付き纏う。


楽しそうな家族やカップルを横目に気分転換どころか、また鬱々と考えながら公園を抜け、目の前にそびえ立つメープルホテルの中へと足を踏み入れれば、ロビーでは進が待っていた。

「姉ちゃん!」

「進、お待たせ」

「全然。まだ開始まで余裕あるよ。幹事に紹介するから、こっち来て」


一応、今日のパーティーにはあたしのように今回だけサクラとして女性と男性一人ずつ花沢から社員さんが入るらしい。
立食形式で畏まったものではなく話をするだけで良いとはいえ、最後は一応マッチングの時間はあるらしく、記入用の紙は渡されるけど何も書かずに提出してもいいこと、そしてなるべく同じサクラの男性社員と話すようにすれば良いだろうと言われた。

そしてそのサクラをする社員二人も既に来ているからと関係者用の控室として借りたホテルの一室で自己紹介をしあうことに。
そのサクラの男性、「鈴木さん」は進と同期であり同じ婚活アプリの運営に関わっているらしい。
女性は「杉山さん」。この方も鈴木さんと同じく進の同期で、三人とも入社以来ずっと仲良くしているとか。


「初めまして!今回はせっかくだから自分が運営に関わるアプリのパーティーに様子見がてら参加してみろって、彼女もいないし良いだろうって牧野君に勧められて」

屈託のないような笑顔で鈴木さんがそう言うと、杉山さんは鈴木さんにチラリと視線を向けたあとに続けて今回参加した理由を教えてくれた。

「私も彼氏はいないですけど、好きな人はいるので今回は断るつもりだったんです。でも牧野くんが仕事だからって強引に。それに鈴木くんも行くから一緒に行けばって…」

話してる間もチラチラと鈴木さんを見る杉山さん。
おや?と思って進を見たけど、気付いているのかいないのか、あたしたち三人を見てニコニコしていた。

今さっき会ったばかりだし、あくまで憶測に過ぎないけど、杉山さんは鈴木さんに好意を持ってるんじゃないの、これ?

さっき進はあたしに同じサクラの男性社員と話してれば良いと言った。
もし杉山さんが鈴木さんのことを好きだと進が知ってたら、そんなこと言わないはずだと思うけど、それとも、もし分かってて言ってるなら、あたしを当て馬にしようってわけ?
……何であたしが初めて会った人たちに気を揉まないといけないのか。自分自身がそれどころじゃないのに、他人の色恋沙汰など以ての外である。
どちらにしろあたしは一人でいたほうが良さそうな気がするし、あたしも誰かを気遣って会話が出来るような気分でもない。ましてや今日は、お付き合いする相手を求めてるわけでもないから、やっぱり大人しく端っこでこっそりしてよう。


実際にパーティーが始まってみれば、そのイタリアンレストランの個室から見える景色は本当に素晴らしく、眼下にはオフィスビルが立ち並び、所々に見える公園の緑や、然程遠くない距離に東京のシンボルである電波塔も見える。これが夜なら煌めくような素敵な夜景が見えるだろうと想像に難くない。

個室と言えど小規模なパーティーをするなら十分な広さがあるその部屋には、あたしと似たような年齢の人たちが既に10人くらいいて、それこそ本当に男女の出会いの場というよりは人脈を広げにでもきたかのように、あちらこちらで名刺交換が行われていた。それが一通り済むと見計らったかのように幹事から始まりの挨拶があり、それからみんな和気藹々と話しながらの食事を楽しみ始めた。

あまり食欲はなかったはずなのに、流石は高級イタリアン。
出てくる料理はどれも美味しそうで、参加費は進が出してくれるから実質タダと思えばアレは食べてみたい、コレも美味しそうと、一通り食べたくなって、つい、色々と手に取り食べてしまった。
人と話さず、食事ばかりの女に近付いてくる男もいないだろうと思いきや、何人かの男性に声をかけられた。それでも適当に相槌を打っていたら、気のないことを察知したのか、すぐに離れていった。

少しお腹が落ち着いて、ぐるりと周りを見渡して目に入ったのは、鈴木さんと杉山さんが仲良く笑い合いながら話しているところだった。
うんうん。いい感じじゃない?やっぱりこういうのは他人が余計なことをせずに傍観するに限る。


ここで幹事がマッチング用の紙を配り始めたから腕時計を見ると、いつの間にかパーティーが始まって一時間以上経っていた。全員にその用紙が渡ったところで幹事から説明が入る。

今回のパーティーは必ずしもマッチングが目的ではないこと、アプリに登録したものの個人間で会うことを躊躇って先に進めなかった人も、今日の出会いを大切にして欲しいと、もちろん主催側としては婚活アプリだからマッチングしてくれれば嬉しいけれど、相手は男でも女でもどちらでも、今日の出会いが世界を広げるきっかけになればと、そのお手伝いが出来たなら我々にとっても、このパーティーは有意義なものです、と話し終わると、みんな一斉に記入を始めた。

もちろん、あたしは何も書かずに無記名のまま提出。あとはマッチしてカップル成立した人たちに笑顔と拍手を送り続けた。
マッチングして照れてる男女に、ちょっとだけ羨ましいなんて思ってしまった自分に気が付いて、慌てて喝を入れる。今はミドウさんと友達に戻れるかが重要で、その為にきちんと彼と話したくて会うのだから、こんな邪な考えは捨てなければ。あたしはもう、彼とは友達として一緒にいられれば、それでいいんだから。

さぁこれで帰ろうと出口に向かおうとした時、再び幹事が話しだした。

「皆さま、本日はパーティーにご参加いただきまして誠にありがとうございました!最後に当アプリ責任者の花沢と、このレストランを快くお貸しくださいましたオーナー様からご挨拶がありますので、少々お待ちください」



……えっ?
咄嗟に壁の隅っこ、背の高い観葉植物が置かれている所へ隠れるように身を寄せる。
アプリ責任者の花沢と言われれば一人だけ心当たりがあるというか、会うのも気まずい前回会った時に怒鳴りつけてしまったその人だろう。

そしてすぐに開かれた部屋の扉。
現れたのは、やはりあの花沢さん。と、一緒に入って来たのは道明寺 司?!


なんで!?
どうして彼が、まさかこのレストランのオーナーって彼のこと?
まさか会わないだろうと思ってたのに、そんなことある?!

突然現れた二人に参加者たちはざわつく。
二人とも美形なことに加えて、彼らの立場を知るものが多いからだろう。今回のパーティーはサクラとして参加したあたしたち三人はともかく、他の参加者たちはみんな大企業に勤めていて収入もハイクラスの人たちだと進は言っていた。だとすれば当然、経済誌に載るような二人を知っているのが常識で、むしろ知っていないとおかしいだろう。

そんなざわめきも二人は気にすることなく、幹事から促されて先に責任者である花沢さんから挨拶が。
ニコリともせず淡々と、今回のパーティーに参加してくれたお礼と、今後も当アプリをよろしくと、非常に簡素な挨拶のあとペコリとお辞儀をして顔を上げた花沢さんと目が合った。
あたしを見て一瞬ギョッとしたような顔をしたけど、瞬き一つあとには、いつもの無表情に戻っていた。

そして、道明寺 司。
彼はこのイタリアンレストランの「アチェロ」のオーナーで、花沢さんとは旧知の仲であること、その縁で今回初めてこういう催しに会場を提供したけれど、ここが出会いのきっかけになったのなら嬉しいとか、今後のデートやプロボーズをするなら当レストランを思い出していただければ、なんてにこやかに話しながら目線はちゃんと参加者たちみんなを見ていて、何あの愛想笑い初めて見たとか、あれが仕事モードのミドウさんで、あたしと会っていた時と服装や髪型はともかく全然雰囲気違うじゃんとか、さすが道明寺財閥の御曹司で代表を務めるだけのことはあるんだろうけど、あんな丁寧な話し方も出来るんだ、とか。
やっぱりあたしが知っているのは「道明寺 司」じゃなくて、「ミドウ ジョウ」なんだと、再認識させられる。


それでもこのままでは見つかってしまうかもと、いや、この場にいるのを見られたところで、あたしがどこで何をしていようとミドウさんは気にすることもないだろうけど、それでもなぜか見られたくなくて、ゆっくりと、静かに出口へと足を進めていたのに。

みんなが花沢さんと道明寺 司に注目している中、こそこそとした動きをしていたあたしが挙動不審な人物にしか見えないのは当然で、突然のことに動揺して、とにかくこの場から離れようとしていたあたしはそんなことに気が付くわけもなく。

参加者に向けて話していたいたはずの道明寺 司の声が聞こえなくなって、ハッと彼を見たら、いつの間にか挨拶は終わっていたようで、ミドウさんはあたしをジッと見ていた。
そして次の瞬間には眉を顰め、花沢さんに何か声をかけたあと怒ったような顔でこっちに向かって歩いてくるけど、その目はあたしから逸らされることはなかった。


なんで?
なんでこっちに来るの?
そのまま花沢さんとか幹事さんと話し続けてればいいのに!


心を落ち着かせたくて公園を歩いてきたりとか、不本意ながらもパーティーに参加していた間は、これからミドウさんの信頼を取り戻して友人に戻る為に何から話そうか色々と考えたり、食欲なんてないと思いながらも一度は来たかったレストランのお料理を少しは食べてみたいなんて思える程度には心に余裕がないわけではなかったけど、でも会うのはこのパーティーあと、いつもの喫茶店のはずで、会いに来るのはミドウさんなのか道明寺 司のどっちの姿かなんて考えもしてなくて、それこそミドウさんの姿で来るのかと、でももうあたしがミドウさんが道明寺 司だと知っていると彼は知っているはずなわけだから、
だから、だから、こんな婚活パーティーの中で、まさか彼が道明寺 司の姿のまま、わたしに近寄ってくるとは思ってもいなかった。


淀み無くあたしに向かって歩いてくる彼から目が離せなくて、でも彼から逃げるように部屋の出口に向かって足は勝手に動く。

追いつかれる、前に。


なんで逃げたのかとか、いや逃げたわけじゃなくて、咄嗟にどうしたらいいのか分からなかっただけで、決して彼と話し合うことから逃げたわけじゃなくて、だって会うのはいつもの喫茶店のはずで、こんな、まさか婚活パーティーで会うなんて思いもしなくて、ただただ驚いただけ。


幹事席では進がポカンとした表情であたしを見ている。

そして、そんな進と、怒ったような顔をした道明寺 司を残して、あたしは走り出した。










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Re: notitle 54

Re: notitle 54








「絶対に嫌だ。ふざけんなクソが」

「代表、口が悪過ぎます」

「うるせぇ西田!土曜日は休みにしろって言っただろうが!俺は絶対に仕事なんてしねぇからな!」

「そんな二週間前になって急に休みにしろと言われても無理だと申し上げたはずです。それでも休みたい理由は存じ上げておりますからね、無理矢理に何とかして午後のお約束の時間までにはと調整をしたではないですか。約束は午後からなんですから、その前の午前中だけでも仕事をしてくださいと、それだけですが」


土曜日は絶対に仕事をしない。したくない。
やっと、やっとクシマと話が出来る日なのだから。

俺が女遊びをしていると誤解をしているのもそうだけど、俺が道明寺 司だということを半年もの間なぜ話さずに黙っていたのかと、俺の要求に応えて女に慣れる練習なんてものに辛抱強く付き合ってくれていたのに、俺は家族に会わせることもせず、俺自身の話もしなかったが為に彼女からの信用も信頼もなくなってしまっただろうことに不安ばかりが募り、あきらたちから話を聞いてからの時間は、それはひどく憂鬱なものに感じられた。

それなのに。


「分かりますよ。やっとクシマさんから連絡が来て、やっと土曜日に会えるんですからねぇ。えぇ、やっと!」

うざい。分かってんなら仕事を入れるなと言いたい。
じろりと睨んでも、隣に座る西田は何が楽しいのか口角が上がるのを抑えきれていない。

「しかしですよ、代表。かなりスケジュールを詰めて日本に戻るんですから、日本にいる時は日本のメープルホテルも視察していただかないと。それに従業員一同、代表を一目見ようと楽しみにしてますから」

「んなもん知るか!視察はともかく、俺がいるかいないかで仕事への意欲が変わるのおかしいだろ!」

「代表が顔を見せるだけで社員たちの士気が上がるなら安いもんです。
それでも土曜日の仕事は午前中だけにしてるではないですか。何が不満なんですか。いつも通りに仕事をするだけですよ。ちょっとメープルホテル東京に寄って、ちょっと視察して、総支配人とちょっと話すだけですから。時間までには終わります」

うざい。めんどくさい。ぶん殴りたい。
なんでクシマに会う前なんだ。
彼女と会う前に慌ただしく仕事なんかせずに少しでも気持ちを落ち着かせる為に、自宅でゆっくりと時間を過ごしたかった。

だって彼女は怒っている。

あきらたちが「あの時の彼女はすごかった。俺たちに向かってあんなに怒り狂って物を言う女は初めて見た」とか何とか言っていた。
あきらたちと話したあと、滋と残って話しをしていたとも聞いたから、滋に連絡をした。彼女とどんな話をしたのか知りたくて聞いてみても何も教えてはくれなかったし、むしろ言われたのは「とりあえず、あんたたち馬鹿じゃない?」だけだった。

馬鹿なのはあきらと総二郎だけだが、その話を聞いてから少しだけこわくなってしまって、彼女にメールを送るのを控えてしまっていた。
彼女はものすごく怒っていて、既に信頼関係が破綻しているだろうこと、そしてその前からメールの返事がなかなか来なくなっていたことが全てを物語っているのではないかと。

それでもまさか今さら彼女を諦めるつもりはない。
最終手段として類にアプリ内の彼女の個人情報を入手させるか、あきらに調べさせたほうが早いか、それなら住んでるところは知っているから待ち伏せるかまで考えていた。だから、そうする前に彼女から連絡が来たことは僥倖以外の何ものでもない。

実際、クシマの口から自身のことを話してくれるまでは、彼女について何も調べるつもりはなかった。
そんな裏で非合法な手段を使って知るのではなく、彼女から聞くことに意味があり、それが信用で信頼だと思ったのだ。
だから俺は未だに彼女の名前も知らない。
勤務先は偶然にも知ってしまったけど、あれは本当に偶然で、それはきっと彼女も分かってくれているはず。

そして彼女からのメールが来た時、それはもう嬉しくて、怒っていたらメールなんかくれないだろうし、もしかしたら二度と会ってくれないのではないかと思っていたのだ。
躊躇いなくメールを開き、内容を確認。返信が遅くなって悪かったと、さらに二週間後に会ってくれるという内容に狂喜乱舞し、一も二もなく諾の返信をしてから、はた、と冷静になった。

彼女は、怒っている。
そんな彼女の話が、良い話なわけがない。
なぜ今まで半年も練習に付き合ったのに何も教えてくれなかったのかとか、だからもう信用も信頼もなくなったとか、もう、友人をやめる、とか、言われるのだろうか。

いや、彼女なら話せば分かってくれるはず。
嫌なシーンを想像してしまったが、そんなことはないと思い直す。

クシマは両親や仮面を付けた媚を売るだけの女とは違う。
彼女は俺の正体を知っても、それですり寄ってくるわけでも脅迫してくるでもなく、ただ怒っている。

そう、彼女は何も教えない俺に信用も信頼もされていないと思ったと、それに怒っているようだったとあきらたちは言っていた。


クシマは初めて会った時から、理不尽なことにははっきりと拒絶する意思を持っていた。
性格が素直なこともあるのだろうけど、嫌なことは嫌だと、良いことは良いと言う女だった。
そして人を見た目で判断しない。
ボサボサ頭で瓶底メガネのクソダサい格好をしていた俺に、加えて横柄な態度まで取ったのに、彼女は見た目じゃなく、俺の話だけで協力をしてくれていた。

「イケメン」なるものにも何か遺恨があるようだったけど、そんなものは俺にしたらどうでもいいとまでは言わないが、瑣末なことである。「ミドウ ジョウ」が「道明寺 司」であることも、この整っていると言われる顔があることも隠していたけれど、クシマが見た目や名前じゃない俺を知っているということは俺にとって唯一の希望だ。

あきらたちの言う通りに素性を隠していたのは、例えたった一度会うだけにしても名前や見た目に釣られるような女は嫌だったから。
今まで出会った人間は俺の見た目と財と家名だけを見ている人間ばかりで、もう誰一人この世に何もない素の俺を見てくれる人なんていないと思っていた。

誰も俺の話など聞かない。

俺が「Yes」と言えば全てが「Yes」の世界で、俺が何かを発すれば全て受け入れられるし、欲しいものはすぐに与えられ、それが当たり前だと教えられて生きてきた。

でもその中で誰も俺の気持ちを聞くことはなかったから「No」と言うことを許されないのだと、欲しくなくても与えられるモノに拒否権はないと思い込んでいたのだ。
あの、幼い頃の俺に、嫌だと言ったのに、あの信用していた使用人がしたように、俺の「No」は受け入れられないと、思い知らされたように。

もう、そういう世界で一人生きていくしかないと、達観し、諦め、絶望感すらあった。そんな環境の中で「俺自身」を見てくれる人がいるとは、もう到底思えなかった。

でもクシマだけは違ったのだ。
最初は『嘘は付かない』と約束をしたことも、その場しのぎの口だけだと、そんなことを言いながらも彼女だって嘘を吐くと思っていた。
上辺だけの、心の中では俺という人間をいかに懐柔し、そしていずれ足を引っ張り、財や名を奪おうかと算段をしている人間ばかりの中で、「嘘を付かない」なんて一番信用ならない言葉だ。

それでも彼女を信用しても良いかもしれないと思ったのは、あの言葉。


『あなたの体はあなたのものなの。それが家族でも友達でも初めて会った人でも、人の体は許可もなく勝手に触ったりしないものでしょ?』


彼女は嫌なことには「No」と言って良いのだと、そして話したくないことは話さなくていいと、初めて俺に「選択肢」を提示した人間だった。
彼女だけは俺の「No」を受け取り、「No」とは言えない「Yes」ではなく、本心の「Yes」を「Yes」として受け入れてくれたのだ。
俺の嫌だと思うことは絶対にしなかったし、俺に触れる時は必ず許可を求めてきた。彼女が一緒にいる時は、常に俺が「Yes」か「No」を選べる状況にしてくれていた。

だからこそ正体を知られることがこわかった。
友人たちや家族すらも、誰も知らない俺を知ってくれた彼女を、失うのが、こわかった。

そんな俺がもちろん女遊びなんか冗談でもするわけないし、一つも疚しいことなんかない。
今の俺が出来ることは、クシマが好きで、一緒にまた過ごす時間が欲しいと伝えることで、その為には彼女に会えた時に全てを話すつもりだ。


「代表、わがままが許される歳ではありませんよ。もう代表になって何年ですか?もう立派な大人なんですから大人しく仕事をしてください。それに、その日は花沢様が責任者を務められてるアプリ主催のパーティーが「アチェロ」で開催されます。こういうイベントに使用するのは初めてですから、ついでにその様子も少しご覧になってください」

また一人グルグルと考え事をしていて黙り込んだ俺に、それを無言の抵抗と圧力を感じたのか、
それも勘違い甚だしいが、まるで子どもを諭すかのような口振りにまた苛立つ。
今のは確かに仕事の話に私情が入ってはいたが、大抵はいつもこうやって俺の「No」はワガママという理由で拒否される。

「あー、類が何か言ってやつか。んなもん見たって面白くも何ともねぇだろ。男と女が騒いでるのを見ても面白くない。どうでもいいから行かねぇ」

「坊ちゃんがお世話になったアプリですから、花沢様にはきちんとお礼をしませんと。スケジュールに入ってますからね、行きますよ代表」

そもそもに世話になったって何だよ。類に世話になったつもりはないし、行くのはもう決まってんじゃねぇか。
あきらと総二郎が勝手に始めて、勝手に決めて、勝手に引き合わされただけで、クシマと最初に会った時以外アプリは起動していないし、会った女もクシマが最初で最後だ。
しかしそれでクシマと出会えたのだから、アプリの責任者という点においては多少、類に感謝してもいいのかもしれない。

それにしても俺が嫌々始めたあのアプリを通して初めて会った女が、まさか結婚願望のない女だったのも、そこから友人になったのも、そして好きになって、これから先も一緒にいたいと思うようになることも、その全てが重なれば、それはもう偶然ではなく必然で運命だったのかもしれない。

運命の女。

そう言える女が俺の人生の中で現れるとは考えたことも思ったこともなかった。そう考えればやはり類に多少は、ほんの僅かくらいは……、

いや、違う。類じゃねぇ。

あのアプリを発案し、プレゼンを勝ち抜き、開発運営まで持ち込んだのは類の部下だ。
その部下が秘密裏に姉に結婚相手を探させようと、アプリを使わせる理由にモニターを依頼したんだったよな?それなら、本当に感謝すべきは類の部下で、クシマの弟だ。

また一人グルグルと考え事をしていたら、西田が胸糞悪い話を口にした。

「それと今、会長と椿お嬢様が帰国されてまして、話があるから必ず本邸に一度寄るようにと言付かっております。本日は日本に到着したらそのまま本邸に向かいますので」

は?
ババアと姉ちゃんが?何の話だ?
またお見合いか何かの話か、いかに後継者としての俺の役割が大事かとかの説教だろうか。
クシマには会いたいが、家族には会いたくない。

仕事に家族。
クシマに会う前の苦行が多過ぎるが、これを乗り越えれば彼女に会えると思えば、多少は頑張ろうかという気にもなる。


海外出張からの帰り、高度五万フィート上空を飛ぶ旅客機の中でクシマと何を話すかばかり考えていた俺は、帰国後ババアと姉ちゃんから聞かされた話に驚きしかなく、そしてまたクシマとどう話すべきなのか悩むことになる。











Re: notitle 53

Re: notitle 53







「絶っっっ対に嫌!だからね!」

「姉ちゃん!頼む!俺を助けると思って!」

いくら弟の頼みとはいえ、嫌なものは嫌。

「い、や!」


やっと決心してミドウさんにメールをした。
彼も話があるから必ず約束の時間に喫茶店へ行く、と返事をもらった。まさかメールを送って数分後に来た返信にもびっくりしたけど。

こんなに長い期間、会わないなんてことはなかったし、彼の友人とのことがあるまでは彼から会いたいとメールが来ていた。
それがあの出来事の後しばらくしてミドウさんからメールが来なくなったのは、きっと彼は友人たちから、あたしとどんな話をしたのか聞いたのだろうと思っていた。やはり彼の信用と信頼を失ったのだと、そう。
だから返事が来た時、なんで信じなかったのかと、あらぬ誤解をして、あからさまに避けるような、そんな真似をする人間だと思わなかったとか、もう会うつもりもないとか、そういう内容のメールが返ってきたかもと思って、新着メールのポップアップ通知をタップするのに数時間かかってしまった。

まさかメールの返事がすぐに来たことも、そして彼が会ってくれるということも予想外で、また会ってもいいと言ってくれるまで頑張ろうと思っていただけに、自分から会いたいと言い出したことではあるけれど、本当にミドウさんに会えるという事実に、罪悪感と、嬉しさと、不安と、緊張と、とにかくいろんな感情がまぜこぜになっていた。

それなのに。


「その日、姉ちゃんの用事って午後からだろ?その時間までには絶対に終わるから!お願い!」

ミドウさんに会う約束の日の二日前、仕事から帰ってきてみれば、またしても進。
いつものように合鍵を使って部屋に上がり込み、のんびりとリビングで寛いでいた。玄関横の窓から漏れる明かりに進だと分かってはいたけど、こういうタイミングで進が訪ねて来ることに、何となく嫌な予感がしていた。


「だからって今度は「婚活パーティー」って何よ?!もう、本当に今はそういうの行かないことにしてるの!絶っ対に嫌っ!」

「頼むよ、姉ちゃ~ん!急なキャンセルが数人出て、男女比がちょっと合わなくなりそうなんだ。必ずカップルになれとは言わないし、参加費も俺が払う!今回だけサクラで良いから出てくれませんか!」


よりによって何でミドウさんに会う前?!
彼と会うのはもう約三ヶ月振りになる。数日前から緊張し始め、今はもうご飯すらまともに喉を通らなくなってきて、そんな様子のあたしに部長にも心配されるほどなのに、そんな、婚活パーティーなんて行けるわけない!

帰ってきて部屋に入るなり、リビングのソファで寛いでいた進はパッと立ち上がったと思えば、あたしの前まで来るとスッと正座をして、真面目な顔で話し始めた。
既視感。
約一年前の、あの時と似ている状況だ。

「第一、あんたんとこのはアプリでしょ?パーティーって何なのよ?」

「実はアプリを開始してから半年毎に、有料会員のみで参加条件を限定して婚活パーティーも開催してたんだ。今回も集まる人たちの条件はあるんだけど必ずマッチングしなくても良くて、とりあえずいろんな人と会って話してみよう、っていう気軽なパーティーなんだよ」

「でも進の仕事はシステム関連じゃないの?何でパーティーのほうまで関わってるわけ?」

「アプリを立ち上げた時のメンバーの一人が今はパーティー企画に関わってるんだ。今回のキャンセルが本当に急だったから、日程と条件の合う人が見つからなくてさ。それで誰か知り合いに参加できる人いないかって泣きつかれちゃって……。
一年前に比べてアプリの利用者も、パーティーの参加者も増えてきてたんだ。いくら急なキャンセルとはいえ、こんな直前に中止になんて出来ないし、かと言って男女比おかしいのも不自然だろ?姉ちゃんならほぼ条件に合うし、アプリもやってたからと思ったんだけど……」

「大変なのは分かるけど、ごめん進。今回は本当に無理!」

「……普段は滅多に予約の取れない有名イタリアンレストランの個室が取れたんだ」

「……だからね、進」

「タダで高級イタリアンレストランの料理食べ放題、しかもカップリングなし、無理に誰かと話さなくてもOK」

とてもじゃないけど、ただでさえ食べ物が喉に通らないような、こんな気持ちの状態でイタリアンレストランの料理が楽しめるとも思えないし、カップリングなしとは言っても、誰とも話さないわけにはいかないだろう。
前回こうやって同じように進に土下座までされてアプリを始めてどうなった?
行くべきではない。
しかも、ミドウさんに会う前になんて尚更。


「たのむよ姉ちゃん。一生のお願い!他の参加者さんたちを落胆させたくないんだ。助けてください!」


……こういうところ、本当に進のずるいところだと思う。あたしの頼まれたら断れない、お人好しな性格を見抜いてる。

身内の進ならともかく、立ち上げメンバーだの他の参加者さんだの赤の他人のことなんて、それこそどうでもいい話だ。
でもこんなギリギリの日程で、もう頼めるのは身内ぐらいのものだろう。ましてや当日になって人数が合わないなんてことになったら、期待して参加している人たちを始め、アプリの信用問題にもなりかねないだろうことは分かる。

進が提案し、コンペを勝ち抜いて採用されて始まったアプリ。
最近のオススメ婚活アプリランキングにも上位に入っているのは知っている。ここまで出来たのは、進が、責任者の花沢さんや、他の社員さんたちが努力してきたからだろう。
人と人の出会いを手助けしたい、その一心で。

言ってしまえば、ミドウさんに出会えたのも婚活アプリがあったからで、動機は何であれ、進がアプリのモニターを頼んできたから。


「あんたね、一年前もそうやって殊勝な態度で頭を下げて一生のお願いなんて言ったのよ……」

正座をしている進の前で、仁王立ちになって腕を組んで睨みつけるように見下ろし、これみよがしにハァーっと大きなため息を吐いた。
なんでも土下座して頭を下げれば良いってもんじゃないでしょうに。


「……何時から」

「十一時から約二時間の予定です!」

「ちょっとギリギリだから、途中で抜けるかもしれないよ」

「大丈夫、そこは俺が何とかするから!」

「本当に誰とも話さないからね」

「幹事に伝えておきます!はい!」

「もう本当に今回限りよ。これが最後だからね!」

「分かってる。ありがとう姉ちゃん……!」


自分でも馬鹿だなとは思うけれど。
誰かと話すような気持ちの余裕もないし、カップリングしなくても良いなら、それはそれで気が楽でもある。
ただそこにいれば良いだけみたいだし。

「それで?どこのレストランでやるの?」

「聞いて驚け!なんと!「メープルホテル東京」の、あのイタリアンレストラン「アチェロ」でやるんだよ!」


……は?
メープルホテル?
嘘でしょ?!

「やっぱりダメ!行かない!ごめん進、行かない!」

「えっ?それ酷くない姉ちゃん?!今さっき行くって言ったばっかりなのに!」

「メープルホテルなら行かない!絶対に行かない!」

「なんで?!姉ちゃん「アチェロ」行きたがってたじゃないか!そこでタダで食べられるんだよ?!しかも婚活パーティーなのに誰とも話さなくても良いって言ってるんだよ?!正気?!」

至って正気だ、進の馬鹿!
なんでミドウさんに会う前に、ミドウさんが代表を務めるホテルで、よりによって婚活パーティーになんて行けるわけないでしょ!そんなの、絶対に、無理!


「とにかく、無理!今回は本当にごめん!」

「……じゃあ理由を言ってよ。一回は良いって言ったのに、なんで急に駄目なんて言うの?断るなら理由くらい聞かせてもらっても良いよね?」

理由?!
そんなの、言えるわけないでしょーが!

進にはミドウさんとのことは話していない。
花沢さんと進にモニター報告をした時、結婚目的ではないようだと言ったからか彼に関しては何も聞かれなかったし、聞かれないことをわざわざ話したりもしなかった。だからミドウさんが道明寺 司だということも、今こんな状況になっていることも、当然話していない。話せるわけもないけど。
もちろんそんなことを知る由もない進は、ジトッとした、非難するような目つきであたしを見てくる。

「一度行くって言ったことを理由もなく反故にするのって、どうなの?」

「……うっ」

「なんでメープルホテルが嫌なのか知らないけど、詳細を確認しなかった落ち度は姉ちゃんにあるよね?しかも理由もなく断るなんて、社会人としてちょっと……」

行きたくない。
まさか彼にそこで会うとは思わないけど、それでも、何となく行ったらいけない気がする。
確かに詳細を聞く前に承諾してしまったのは迂闊だったけど、だからといって断る理由も言えない。


「……なんで「メープルホテル」の「アチェロ」なの?!」

「それがさ、今回のパーティーは男女共に勤務先が大手企業で収入がハイクラスであることっていうのが参加条件なんだ。だから当然、開催場所もそれなりの所でってことになったんだけど、専務がメープルホテルの社長さんと友達だからって頼んでくれたみたいでさ。すんなりOKしてくれたって」

メープルホテルの社長さんって、それミドウさんのことだよね?!
花沢さんとお友達でメープルホテルの社長さんなんて、考えるまでもなく一人しかいないじゃない……!

何で詳細を確認しなかったのか。一度は承諾してしまったし、断るにしても理由も絶対に言えない。
自分の迂闊さと馬鹿さ加減に呆れるしかなく、後悔先に立たずをこれほどまでに体感したのは初めてで。

でもまさかミドウさんだって、約束の前にメープルホテルに来るわけないと考え直した。
土曜日に会えるってことは、その日は彼も仕事はお休みだってことだよね、と自分を納得させる。

大丈夫。
隅っこで、ちんまりしながら少しだけ食事だけを楽しんで、そして時間になったら待ち合わせの喫茶店に行けば良い。


まさかそんな、偶然でもメープルホテルで会うかもしれないなんて、あるわけない、よね?