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Re: notitle 05
[No.121] 2023/01/23 (Mon) 18:00
Re: notitle 05
「姉ちゃん、おかえり〜」
「……あんたね、来るなら来るでメールの一つくらいしなさいよ」
もうすぐ年末。
年末は通常業務に加え雑務が多くなるし、週末にある納会の準備で残業になってしまった。
クタクタに疲れて、今日のお夕飯はカップ麺で済ませちゃおうかな、なんて思いながら帰ってきた。
アパートの玄関横の窓から漏れる光に、ため息をついて鍵を開けて中に入れば、また合鍵で勝手に人の家に上がり込み、こたつに埋もれてみかんを食べている進。
「今日はご飯ないわよ」
「分かってるよ〜。今日は良い話を持ってきたんだ」
うがいをして手を洗って。
進の持ってくる良い話なんて、結局はいつも大したことない内容がほとんどだ。
「先にシャワー浴びてくるから、カップ麺でも出して適当に食べてて」
「はいはい」
本当はゆっくりお湯に浸かりたいけど、一応、良い話を持ってきたと言う進をそこまで待たせるのも悪い気がして、シャワーだけでバスルームを出た。
ダイニングテーブルには未開封のカップ麺が二つ。
両親は仕事の掛け持ちで忙しく、夜もいないことが多かった。
だからいつもお夕飯は進と二人で食べていた。ご飯は一人で食べるより、二人で食べたほうが美味しい。
たとえそれがカップ麺だとしても。
それだけは、あたしも進も知っている。
「待っててくれてありがとね。ほら、お湯入れて早く食べよう」
そう言うと進は待ってましたと、すでにお湯を沸かしていたやかんを持ってきた。
優しくて、気の利く良い子だ。
お湯を入れて蓋をして三分。タイマーをセットする。
そして二人向かい合って座る。
「で?良い話ってなに?」
「取れたよ、予約」
「予約?なんの?」
「プティ・ボヌール」
「……あんたヒマなの?わざわざ、そんな嘘を言いに来たわけ?」
一介のサラリーマンが、そんな簡単に予約が取れるわけがない。
先週あたしが電話した時だって、予約も今は受け付け出来ないと断られた。
「いや、本当だって!専務が取ってくれた」
「いやいやいや、あんたんとこの専務は何者よ。そもそもになんであんたのそんな個人的なお願いを聞いてくれるわけ?」
「専務には可愛がってもらってるんだ。専務が言うには、飯食ってる時の顔が良いとか言う理由でさ、お昼休憩もよく一緒に行くんだよ」
「……可愛がってもらってるからって理由になってないけど。仕事面で優秀だからとかじゃなくて?」
「……それは言わないで。でも条件出されてさ」
「何よ」
「専務も一緒に行くって」
「それは仕方ないんじゃない?噂じゃ一見さんお断りなんて言われてるし、そういう所って紹介してくれた人も一緒に行くもんじゃないかな」
ピピピとタイマーが鳴る。
蓋を開ければ、ふんわりと美味しそうな匂い。
たまにお互いのを交換して食べて、違う味を楽しむ。
「それで?いつ?」
まさか本当に予約が取れるわけがないと思っていたから、冗談のつもりで、わざと聞いたんだけど。
「28日土曜日の19時」
「えっ?」
「姉ちゃんの誕生日だって言ったら、その日にしてくれた」
「いやいやいやいやいや!そんな直近で予約なんて、ありえない!あたし、先週電話したら断られたけど?!あんたそれ、専務に騙されてない?!」
「まぁそこは専務だからこそ、大丈夫な気もするけど」
「あんたんとこの専務、本当に何者?!」
「あれ、言ったことなかったっけ?専務は花沢物産の後継者だよ」
は?
あの花沢物産の後継者?!
あたしが驚いていると、進はふふんと自分が褒められたわけでもないのに、自慢げな顔をする。
「あんた、そんなすごい人と仕事してたの?!」
「そうだよ〜。もちろん仕事は出来るし、見た目も最高にかっこいいんだよ!社内では陰で王子様って呼ばれてる」
「ふ〜ん。恵まれた家に見た目も良くて、仕事も出来る王子様ねぇ」
「たぶん姉ちゃんが見たら惚れちゃうよ」
「あたしはしばらくイケメンは御免だわ」
別にイケメンが嫌なわけじゃない。
前の彼氏が、いわゆるイケメンと呼ばれる人種だっただけ。
道明寺財閥に勤めてて、営業で、イケメン。
いま考えれば、そんな人があたしと付き合ってくれたこと自体がおかしなことだったのだ。
あの人とは幼馴染みの優紀に誘われて行った合コンで知り合った。乗り気で行ったわけではなく、あくまで人数合わせだったけど、口数の少ないあたしにも気さくに話しかけてくれた。
その時は良い人だな、くらいにしか思わなかったけど、なぜかそのあと連絡先を聞かれ何度か食事に行った。
それで、話してみたら話題も豊富で、優しい人で、それで……。
もう好きではない、と思う。
思うけど、ふとした瞬間に気持ちが持っていかれる。
優紀も進も彼が悪いと言ってくれたし、あたしも男なんてみんな欲に塗れて、平気で裏切る生き物だと恨んだこともある。
でも、それでも彼にそういうことをさせてしまったあたしが、一番悪いんじゃないかと考えてしまう。
「ま、とにかく28日だから。姉ちゃん前の日が仕事納めだろ?心置きなく誕生日を楽しもうよ」
そう言って進は空になったカップ麺の容器をキッチンへ持って行って、そのままバスルームに向かった。
「えっ、なに?泊まってくの?」
「うん。もう遅いし、これから帰るのめんどくさい。じゃあお風呂借りるね〜」
もう!そういうのは早く言ってよ!
自分の食べていたカップ麺の容器と一緒に進のも軽く濯いでゴミ箱に捨てる。
進がうちに泊まっていくのは数ヶ月振りで、すぐに寝室へ行って客用布団を出した。
着替えも出してやるかと普段使っていない引き出しを開けて、
「はぁ……」
ため息。ため息。ため息。
いつか捨てよう、来週のゴミの日には捨てようと何度も思いながら半年経っても捨てられなかった、彼の使っていたスウェット。
本当に、いつまでもバカみたい。
そのスウェットを引き出しの奥へと追いやって、進用のスウェットを出してバスルームへ持って行く。
歯ブラシも出そうと、これまた普段は使わない予備のものを入れている洗面台の鏡面扉を開けば、またため息。
彼が好んで使っていた、ブラシの部分が大きくて、硬めの歯ブラシ。
自分は使わないのに捨てるのは勿体ないとそのままにしていたけど、もう進に使わせてから捨てようと決める。
お風呂上がりの進にもう一度、「プティ・ボヌール」に行くのは本当なのか聞いたら、本当の本当で、神に誓っても良いなんて言ってたけど。
一体なんの神に誓うつもりなのか。
今まで見えないフリをして、心の奥の奥に押し込んで蓋をして、何重にも鍵をかけて、何かを誤魔化してきた。
それを深く深く、見えないところまで沈めてしまえるように、目に見えるものは全て捨ててしまえれば良いのに。
こうして、ふとした瞬間に見えてしまうから、いつまでも彼を忘れられずに囚われたままなのだろうか。
それでも捨てられずに半年。
恋愛に対して、すっかり臆病になってしまって、新しい恋も始められずにいる。
そんなあたしが29歳の誕生日を弟と、しかも弟の上司も一緒に憧れの夢見たレストランへと行くことになるなんて。
一体どんな神のイタズラだというのか。
このレストランでの食事が運命の出会いに近づく一歩だったのだと、この時に気付くことは、もちろんなかった。
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