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Re: notitle 33
[No.152] 2023/02/24 (Fri) 18:00
Re: notitle 33
『あなたの本当の名前は?』
聞かれても話したくないことには話さなくて良い。そういう約束をした。
もう彼女になら自分のことを話してもいいんじゃないかと思ったこともある。彼女には本当の自分を知ってもらいたい。
でも自分が名乗ることで彼女の態度が変わってしまうことを恐れている。
どうせいつかは終わる関係なんだから、そんなこと気にしなくて良いはずなのに、あきらや総二郎を見た時のような彼女の無表情で無感情な態度を取られたくないとも思っている。
それで全てが終わってしまいそうで、それだけが気になって、言えない。
「……知りたいけどな」
友人から始めて、女に慣れる練習をしている。これは本当。
こいつらが知っているのもここまでで、それ以上の関係になることを誰もが望んでいる。
でも実際は、俺の結婚を阻止する為の協力関係でしかない。だからプライベートなことなど聞く必要がないし、そもそもに彼女は出会いも結婚も望んでいない。こいつらの望み通りに俺が彼女に好意を持ったとしても、彼女はそれを望まない。俺にそんなことを望んでない。
類は会話に加わることはなく、ずっと無言で俺を見ていた。
類はあのレストランで彼女と弟と会ってるから、きっと本当の名前を彼女自身から聞いているはず。そのことに無性にイラッとする。
類は彼女本人から情報を得ている。彼女と会って話して、あの笑顔と、手の柔らかさと温かさを俺は知っているのに、類は俺の知らない彼女のことを知っている。
ムカつく。
なんで、なんで俺の知らない彼女のことを知ってるんだ!
「いてっ!何すんだよ司!」
「ムカついたから」
無意識に類の頭を殴ってしまった。
俺は本当の名前を知らないのに!
「司、理由もなくムカつくからって類を殴るな」
理由はある。あるけど話せないだけだ!
「そういや司。さっき帰ってくる時、俺に聞きたいことがあるって言ってたよな?何が聞きたかったんだ?」
「あー、それは……最近クシマと会うと、もやもやするんだよ。なんかこう、彼女を見てると胸のあたりがもや~っとするというか、ざわつくというか、でも嫌とか不愉快とかじゃなくて、これが何なんなのか分かんねぇんだよ」
「彼女の喜ぶ顔が見たい。つい彼女のことを考えてしまう。何よりあれだけ女を避けて歩いていたお前がプライベートで女なのに彼女だけは信頼しているし、一緒にいても苦痛を感じていない。でも半年経っても彼女のことを知りきれてないし、なぜか心がざわつく」
「そうだな」
「司、やっぱり彼女のこと好きになってんじゃねぇの?」
あのもやもやは、今日彼女の顔を見た時の、あの時のあの気持ちは、これは友達には抱かない感情。
なんとなく、そういうことだろうかとは思っていたけど、30年生きてきて初めてのことに理解が追いつかなかったのは事実で、好きというものがどんな時に感じるものなのか言葉にして聞いてみれば、ストンと心に落ちてきた。
これは、ため息しか出ない。
こんなつもりじゃなかった。まさか、俺が女を好きになる日が来るなんて思ってもいなかった。
予定外、想定外、意想外。いつの間にか全てが俺が思った方向とは別の向きで動いている。
でもそういうことなら、こんな不毛なことはない。
だって彼女は、俺に何も望んでいない。
「道明寺 司」にも、「ミドウ ジョウ」にも興味がないのだから。
事実、彼女は俺に名前も何も聞いてこない。仕事のことも一度聞かれたけど、上手く答えられずにいたら話題を変えられた。それからは何も聞いてこない。
彼女も過去に何かがあったらしいから男とそういう関係になることを望んでいない。だから俺のことも、そういう対象として見ていない。俺が彼女のことを知りたいと思っても、彼女は、
「なぁ司。お前が本気でこれから先も彼女と付き合っていくつもりなら、類に彼女の詳しい情報教えてもらってもいいんじゃねぇの?」
「いらねぇ!」
「なんでだよ。出会ってから半年経ってるんだし、いくら友人からだと言っても向こうだって司と付き合う気があるから会ってるんだろ?もっと彼女のことを知りたいと思わないのか?」
知りたい。彼女のことは知りたいけど他からじゃなく、ちゃんと彼女の口から聞きたい。そうでなければ、なんの意味もない気がする。しかも類から聞くってのが一番ムカつくから嫌だ。
あきらが俺を諭すように話してくるけど、彼女が俺に会ってくれるのは俺に協力してるだけで、それ以上でもそれ以下でもないのだから、俺が知りたいと望んで聞いても答えてくれるとは限らない。
「司も彼女となら二人きりでも話せるんだし、仮面も被ってない女は他にいない。だったらもう、彼女しかいないじゃねぇか」
「……彼女しかいないって何だよ?」
「もし結婚するなら、彼女しかいないだろって話だよ。まぁまだ触れられるかどうかは知らねぇけど、またおばさんや椿姉ちゃんに他の女と結婚させられそうになるぐらいなら、彼女と結婚しちまえばいいだろ」
「そうだ、それだ司。まだお前は彼女に名乗ってないんだろ?彼女だって出会いや結婚を求めてるからあのアプリを使ってるんだし、相手が「道明寺 司」だって分かれば、彼女だって二言目には結婚するって言うさ」
「絶対言わねぇよ、あいつは!あいつは、クシマは、俺に何も求めてない……」
『結婚なんかしたくない。女と暮らすなんて御免だ。物だけでなく、生活空間すら共有するようなこともしたくない。それでも俺が良いと思う女がいるなら、苦労なんてしない』
アプリを始めた時に俺が思ったことだ。
こんなことになるとは思わなかった。
今まで何もなかったからって、これからも何も起こらないと高を括っていた。ずっと日常が、いつもと同じ毎日が死ぬまでずっと続いていくだけの人生だと、結婚なんて無意味で、それに価値なんてないと思っていた。
それなのに、これからも彼女と同じ時間を共有したいと思ってしまった。
あの笑顔を見るだけで、頑張れと言われただけで、それだけで何でも出来るような気さえするくらいに、彼女が俺の日常を、変えた。
「おい。何も求めてないって、どういうことだ?」
もう、俺には分からない。
初めての感情にやっと理解が追いついたのに、それが無意味なものになりそうだなんて、こんなことがあるか。
どうしたらいい。
彼女との関係を終わらせない為には、どうしたらいい。
それすらも分からない。
もう何もかも俺の許容範囲外だ。もうこれ以上、こいつらに隠せる自信もない。
「……類は、彼女のことを知ってる」
「類?そりゃ類がアプリの責任者なんだから、調べてりゃ分かるだろ」
「違う。調べなくても類は知ってるはずなんだ。彼女の名前も、弟のことも、なんであのアプリを使っていたのかも」
それを告げたあと両手で顔を覆って大きなため息を吐く俺を、何のことだと顔を見合わせる総二郎とあきらを。
類はそんな三人をいつもと同じ無表情で見て、あっさりとその事実を認めた。
「……なんだ、司は気付いてたの?俺と彼女が知り合いだって」
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