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Re: notitle 35
[No.154] 2023/02/28 (Tue) 18:00
Re: notitle 35
「もうマジで勘弁しろよ、お前ら」
「そうだぞ。30過ぎて殴り合いの喧嘩なんてすんじゃねぇよ!ったく、久々すぎて司が凶暴なの忘れかけてたわ……」
「ちょっと本気で殴り過ぎじゃない?司」
俺と一番離れたソファに腰を下ろして、イテテと言いながら類は腹をさすっているが、肋骨を折るほど力は入れてないし、多少痣ができるくらいだろう。流石に顔は避けて、殴ったのは首から下だけにしてやったんだから感謝してほしいくらいだ。
「うるせぇバーカ!」
「司!ガキじゃねぇんだから馬鹿はやめろ」
俺だって初めてのことに戸惑ってるのに、類が俺を怒らせるから悪い。
俺の知らない彼女を知ってると言わんばかりの態度に腹が立った。あきらと総二郎に止められても抑えきれないほどムカついたのは久しぶりだ。
「それで?」
「類、ちゃんと話せよ。司と会ってる女が誰だか知ってるんだな?」
「うん」
類の話では、あの婚活アプリの開発者である部下がアプリを改善する為に、姉に期間限定でモニターのようなことを頼んだ。その話を受ける交換条件として姉が前から行きたかったというレストラン「プティ・ボヌール」に連れて行ってモニターを引き受けてもらった。
でも一ヶ月程でそれを辞めたいと言い出したらしい。理由としては「本気で結婚相手を探している人に申し訳ないから」だと。いかにもお人好しな彼女の言いそうなことだ。
強制的にやらせていたわけではないけど、改善点を見出したいのも本当のところで、それなら直接話を聞きたいと部下と一緒に姉の家を訪れた。そこで今まで会った男の話や、アプリを使う上での要望なんかを聞いていたところ、まさか彼女の口から「ミドウ ジョウ」の名前が出てきたと言う。
「まぁ、司の話を聞いて驚いたのは確かだけど、彼女が司に危害を加えるとかそういう心配はないって分かってたからさ、別に司が会いたくて会ってるなら俺が何か言うこともないかと思って。彼女と会ったのもそれ一回だけで、手料理もたまたま夕飯時だったから部下と一緒にご馳走になっただけ。本当は連絡先も知らないよ」
これみよがしに腹を擦りながら類は少しだけ俺を睨んだ。
一回だけだろうが何だろうが手料理を食べたことに変わりはないし、俺よりも先に彼女の部屋に入っているし、何より彼女の本当の名前を知ってるいるのも類!思い返せばまた腹が立ってきた。
もう一発くらい殴ってやろうかと思ったが、わざわざ俺の怒りを煽るような言い方をしたのか。
「じゃあ何で、いかにも俺のほうが彼女のことを知ってるみたいな言い方したんだよ?!」
「だってさ、俺だって二回会っただけだけど彼女は本当に良い子なんだよ。それに極普通の一般家庭の出だ。食事のマナーは違和感なく出来てるけど、それこそダンスやお茶なんてやったことないと思う。そういう女を道明寺家に嫁がせるんだとしたら、司がきちんとフォローしてあげないと、この階級社会の中で辛い思いをするのは彼女だ。
今まで女を避けて関わらずに生きてきた司に、やっと今さら好きだと気付いたくらいで何の覚悟もなく結婚なんかしてみろよ。彼女だけじゃなく、それを見てる家族だって辛い思いをするんじゃないの?さっき俺が言った言葉で迷うくらいなら彼女は諦めたほうが良いと思った。でも司はちゃんと嫉妬もしてるしね、まぁまずまずかなとは思うけど」
「確かに類の言うことも分かる。ただ単に好きだと自覚しただけじゃあ、どうにもなんねぇな。本気で彼女しかいない、彼女となら結婚したいと思うんだったら、司もそれなりに覚悟しないと椿姉ちゃんやおばさんに立ち向かえねぇぞ。まぁでも司の嫉妬する姿なんて生きてる間に見れるとは思わなかったな!」
わははと総二郎が笑って話してるが、俺が嫉妬?!
嫉妬ってのは羨み妬むことだったと思うが、こんなクソみたいに腹が立って人を殴りたくなるほどのものなのかと、これもまた初めてそんな感情を自分が持っていたことに驚く。
そんな俺の驚きを知ってか知らずか、また俺が類に殴りかかるのをいつでも止めようと思ってなのか、いつもより近い位置で俺の隣に座っていたあきらが冷静に問いかけてきた。
「ちょっと待て。それならその「クシマ ツキノ」は、結婚も出会いも求めてないってことか?」
「そうだな」
「でもそれなら何で彼女は半年経った今も定期的に司と会ってるんだ?それに、司。お前も彼女は何も求めてないって言ってたよな?それが分かってたのに、それでも会ってたのは何でだ?」
ここまできたら話さないわけにはいかないし、彼女との関係を自分でなんとか出来る気もしない。
経験値がいかに大事かというのは、仕事を始めた時に嫌というほど思い知った。今でこそメディアでも取引先からもそれなりに持て囃されているが、仕事を始めたばかりの大学生の頃は何も出来ない無力感と、いかに自分が今まで傲慢で不遜な人間だったかを痛感することが何度もあった。財閥の後継者というプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、我武者羅に何とかここまでやってきた自負もある。
だから、こればかりはどうしようもない。
なにせ一度も恋愛経験がないどころか、そこに思考を及ばせたことすらないのだから。大きなため息を一つ吐くと、仕方なく話し始めた。
「初めて会った時、店に入ってすぐに何が目的なのかと聞かれた。確かに早く終わらせたくて素っ気ない態度は取ってたが、婚活アプリを使って会ってるのに、まさか目的を聞いてくるなんて思わないだろ。でもクシマも何が目的でアプリを使ってるのか分からなかったからな。しばらくは二人で腹の探り合いしてたんだよ」
「なに?司は初めから彼女が出会いや結婚が目的じゃないと思ってたのか?」
「ああ、なんとなくだけどな。会う前にアプリのメッセージのやり取りを見たんだ。それを見たら彼女はそんなの求めてないと思ったんだよ」
「どこを見たらそう思うんだ?俺はそんなの気が付かなかったぞ」
「あいつ、聞かれたことには答えてるけど、こっちにはほとんど何も質問してなかった。会っても良いと思ってるなら、どんな人間か知りたいと思わないか?」
あれも確信があったわけではなかった。質問が他と比べると極端に少ないこと、メッセージの返事をするまで間があっても他の女のようにすぐにブロックしなかったこと。
「あきら、メッセージのやり取りをしていた人間と俺が違う人間だということにも気付かれたんだ。しかも、あきらがキャンセルを伝えに行った時から彼女は疑ってたぞ」
「えっ」
「お前のこと、胡散臭い男だと思ったって言ってたな」
あきらは胡散臭いと言われていたことにショックを受けたのか、そのあとしばらく黙ったままだった。
確かに美作物産の跡継ぎで専務をしている人間に胡散臭いなど、なかなか言える言葉ではない。その時の彼女との会話を思い出して笑いが出そうになる。
「おい、今はそんな話はどうでもいいんだよ。司、お前は何で彼女と会ってたんだ」
総二郎が鋭い目で睨んでくる。こいつらは姉ちゃんが怖かったのもあるだろうけど、多少面白がりつつも本気で俺の心配をしていたはず。こっそり付いてきて様子を見てたぐらいだから。そんなこいつらの心配する気持ちを俺は無碍にした。
「司、もう話しちゃえば?彼女のことが本気で好きなら、もう話しても大丈夫じゃないかな」
本当に類はどこまで何を考えてるんだか分からないし、何が大丈夫なのかも分からない。
分からない尽くしの今の状況を何とかしたい。
今日、部屋を訪れた時に彼女の顔を見て、触れて、好きだと気付いた。
結婚したいかと、今決めろと言われたら迷うかもしれない。でも、彼女とこれからも同じ時間を、あの穏やかな居心地の良い空間を一緒に過ごしたいと思ったことに間違いはない。
ババアや姉ちゃんは跡継ぎだの何だの言うかもしれないが、そんなことで結婚したくはないし、それを彼女に押し付けたくもない。
他の女と結婚させられそうだから彼女にするんじゃない。
俺は、彼女だから、クシマという女だから、触れることが出来るからじゃなくて、仮面を付けてないからでもない、どうして彼女なのかと言われても上手く言えないけど、でも。
俺は、あの時の自分の勘を信じる。
あの時、彼女を選んだ俺を、俺は信じる。
予想外の事態にいつまでも戸惑っている場合ではない。
最初の計画から大幅に軌道修正しなければならないのであれば、早めに対策を考えないと取り返しのつかないことになるかもしれない。
「あの時の俺はババアや姉ちゃんがなんと言おうと絶対に結婚なんてしたくなかった。話してみればクシマも結婚どころか男と付き合うことすら考えてなかったんだ。それなら、俺の結婚を阻止してもらう為に協力してもらおうと思って、話を持ち掛けた」
「お前、俺らがどれだけ……!」
今度は俺の正面に座っていた総二郎がローテーブルを乗り越えて俺に殴りかかるつもりなのか、少し腰が浮かんだ。
「分かってる!お前らが本当に俺の心配をしてることは分かってる!それでも、あの時は姉ちゃんに嘘を付いて騙してでも結婚なんてしたくなかったんだよ!クシマだって、俺の提案を聞いた時、最初は拒否してた!」
「じゃあ何で半年も続いてるんだよ!」
「クシマも始めは今時こんな結婚を強制されるなんて話は信じられない、初めて会った俺をそんな簡単に信用出来るわけないから協力なんてしないって拒否してた。それでも最後には、友人から始めてみて、それで俺のことが信用出来ると思ったら協力するって言ってくれたんだよ……」
本当に彼女はお人好しすぎる。
未だに名前も勤め先も何も知らない俺に、半年も。交換条件に言った彼女の行きたいレストランにだって、まだ一回も連れて行ってない。
ここまで協力してもらって、彼女は俺に一度も連れて行けなんて言わなかった。
礼もしない俺に、なんで半年も?
「なんで彼女なんだ?いくら結婚が目的じゃないって分かっても、何で初対面の彼女に協力を求めた?」
「あいつ、最初から仮面を付けてなかった。吐き気のするような匂いもしないし、今までの女とは違うと思った。それに、出会いも結婚も求めてないなんて、こんな好都合なことないだろ。それなら、姉ちゃんさえ騙せれば済むと思ったんだよ」
「椿姉ちゃん騙すって、そんな簡単な話じゃないだろ」
やはりそこだ。簡単に姉ちゃんを騙せるわけがない。
その為に俺の馬鹿みたいな計画に彼女を巻き込んでしまった。
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