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Re: notitle 55
[No.180] 2023/06/20 (Tue) 18:00
Re: notitle 55
そして迎えた土曜日。
11月に入って朝晩が冷え込むようになってきた今日この頃。
公園やご近所さんの庭のモミジは紅く、街路樹のイチョウの葉も日の当たるところから黄色くなり始めていた。それでも今日は、まさに小春日和と言っても良いような陽気で、絵に描いたような青空が朝から広がっていた。
メープルホテルに行く途中、一駅手前で電車を降りて大きな公園を通って行くことにしたあたし。
茶色くなった芝生が一面に広がる所では、親子が楽しそうにボール遊びをしたり、飼い犬とフリスビーをしている人がいたり。カップルはレジャーシートの上に座り体を寄せて、顔を見つめ微笑みあっていた。
暖かな陽気の中でのんびり歩けば多少は気持ちも落ち着くかと思ったけど、やはり憂鬱で仕方ない。
婚活パーティーのあとは、そのままミドウさんと会うつもりだからと、いつも通りのパンツスタイルで良いかと考えていたのに、進に釘を刺されてしまっていた。
メープルホテル東京の、高級イタリアンレストランで、しかも婚活パーティー。それなりの格好をして来るように言われ、でもミドウさんに会う前に着替えれば良いかとも思ったけど、そんな時間があるのかも分からないし、着替えの入った大きめの荷物を持って歩きたくもなかった。
仕方なく渋々と、それでも洋服を新調して。
選んだのは、白のシフォンブラウスにスモーキーブルーのロングタイトスカート。コートはグレーにして、靴は黒のブーティー。バッグも黒にした。アクセサリーは付けないわけにもいかないだろうから、パールのスイングタイプのピアスに、ネックレスもピアスとお揃いのものに。
夜ではなく昼間の婚活パーティーだし、今日は相手を探しに行くわけじゃないから、この格好で大丈夫だろう。
それでも人間、見た目は大事だ。
もちろん見た目が全てではないけど、初めて会う人は見た目でしか、その人を判断出来ない。そこから会話が出来て、初めてお互いに人となりを知ることになる。
少し前までは「イケメン」に思うところはあったけど、あの頃は心に燻るものがあったから。
いま思えば、見た目がイケメンだろうが何だろうが、誠実そうな顔をして優しい言葉で絆しておいて、陰では人を家政婦扱いをした上に浮気する人間は誰でも許せないだろう。
ミドウさんと会うようになってから、いつの間にかクローゼットの中のスウェットも洗面台の予備の歯ブラシも、もうすっかり忘れて思い出すこともなかったのに、いま元カレを思い出してしまうなんて縁起でもない。
それよりも今はミドウさんのこと。
誰しも男も女も見た目は大事だけど、それはその人を知る為の第一段階でしかない。
事実、ミドウさんは変装してあたしに会ってはいたけど、彼の身近な人の話を聞いた今は本当の彼がイケメンだったからといって女嫌いなことや、あの優しさが嘘だとは思わない。
思わない、けど。
彼の話を信じずに、彼の周りの人の話を聞いたから信じるってどうなの?そんなことであたしは彼を信じたり信じなかったりするの?
お金持ちの御曹司が結婚前に女遊びをしてるだなんて、もう完全に彼自身ではなく彼の肩書と持ち物で偏見を持ってしまった事実は消えないし、それは彼の友人を通してミドウさんにも伝わってるはず。あんなに嘘は吐かない、信頼関係を作る為の時間として彼と会っていたのに、あたしはその時間と築き上げた信頼関係を全て偏見で駄目にしてしまった。
このあとミドウさんと会って話をする。
こんな気持ちと、こんな状況で、彼にもう一度友達になって欲しいなんて話が出来るのか、そもそも話をしてくれるのかと不安がいつまでも付き纏う。
楽しそうな家族やカップルを横目に気分転換どころか、また鬱々と考えながら公園を抜け、目の前にそびえ立つメープルホテルの中へと足を踏み入れれば、ロビーでは進が待っていた。
「姉ちゃん!」
「進、お待たせ」
「全然。まだ開始まで余裕あるよ。幹事に紹介するから、こっち来て」
一応、今日のパーティーにはあたしのように今回だけサクラとして女性と男性一人ずつ花沢から社員さんが入るらしい。
立食形式で畏まったものではなく話をするだけで良いとはいえ、最後は一応マッチングの時間はあるらしく、記入用の紙は渡されるけど何も書かずに提出してもいいこと、そしてなるべく同じサクラの男性社員と話すようにすれば良いだろうと言われた。
そしてそのサクラをする社員二人も既に来ているからと関係者用の控室として借りたホテルの一室で自己紹介をしあうことに。
そのサクラの男性、「鈴木さん」は進と同期であり同じ婚活アプリの運営に関わっているらしい。
女性は「杉山さん」。この方も鈴木さんと同じく進の同期で、三人とも入社以来ずっと仲良くしているとか。
「初めまして!今回はせっかくだから自分が運営に関わるアプリのパーティーに様子見がてら参加してみろって、彼女もいないし良いだろうって牧野君に勧められて」
屈託のないような笑顔で鈴木さんがそう言うと、杉山さんは鈴木さんにチラリと視線を向けたあとに続けて今回参加した理由を教えてくれた。
「私も彼氏はいないですけど、好きな人はいるので今回は断るつもりだったんです。でも牧野くんが仕事だからって強引に。それに鈴木くんも行くから一緒に行けばって…」
話してる間もチラチラと鈴木さんを見る杉山さん。
おや?と思って進を見たけど、気付いているのかいないのか、あたしたち三人を見てニコニコしていた。
今さっき会ったばかりだし、あくまで憶測に過ぎないけど、杉山さんは鈴木さんに好意を持ってるんじゃないの、これ?
さっき進はあたしに同じサクラの男性社員と話してれば良いと言った。
もし杉山さんが鈴木さんのことを好きだと進が知ってたら、そんなこと言わないはずだと思うけど、それとも、もし分かってて言ってるなら、あたしを当て馬にしようってわけ?
……何であたしが初めて会った人たちに気を揉まないといけないのか。自分自身がそれどころじゃないのに、他人の色恋沙汰など以ての外である。
どちらにしろあたしは一人でいたほうが良さそうな気がするし、あたしも誰かを気遣って会話が出来るような気分でもない。ましてや今日は、お付き合いする相手を求めてるわけでもないから、やっぱり大人しく端っこでこっそりしてよう。
実際にパーティーが始まってみれば、そのイタリアンレストランの個室から見える景色は本当に素晴らしく、眼下にはオフィスビルが立ち並び、所々に見える公園の緑や、然程遠くない距離に東京のシンボルである電波塔も見える。これが夜なら煌めくような素敵な夜景が見えるだろうと想像に難くない。
個室と言えど小規模なパーティーをするなら十分な広さがあるその部屋には、あたしと似たような年齢の人たちが既に10人くらいいて、それこそ本当に男女の出会いの場というよりは人脈を広げにでもきたかのように、あちらこちらで名刺交換が行われていた。それが一通り済むと見計らったかのように幹事から始まりの挨拶があり、それからみんな和気藹々と話しながらの食事を楽しみ始めた。
あまり食欲はなかったはずなのに、流石は高級イタリアン。
出てくる料理はどれも美味しそうで、参加費は進が出してくれるから実質タダと思えばアレは食べてみたい、コレも美味しそうと、一通り食べたくなって、つい、色々と手に取り食べてしまった。
人と話さず、食事ばかりの女に近付いてくる男もいないだろうと思いきや、何人かの男性に声をかけられた。それでも適当に相槌を打っていたら、気のないことを察知したのか、すぐに離れていった。
少しお腹が落ち着いて、ぐるりと周りを見渡して目に入ったのは、鈴木さんと杉山さんが仲良く笑い合いながら話しているところだった。
うんうん。いい感じじゃない?やっぱりこういうのは他人が余計なことをせずに傍観するに限る。
ここで幹事がマッチング用の紙を配り始めたから腕時計を見ると、いつの間にかパーティーが始まって一時間以上経っていた。全員にその用紙が渡ったところで幹事から説明が入る。
今回のパーティーは必ずしもマッチングが目的ではないこと、アプリに登録したものの個人間で会うことを躊躇って先に進めなかった人も、今日の出会いを大切にして欲しいと、もちろん主催側としては婚活アプリだからマッチングしてくれれば嬉しいけれど、相手は男でも女でもどちらでも、今日の出会いが世界を広げるきっかけになればと、そのお手伝いが出来たなら我々にとっても、このパーティーは有意義なものです、と話し終わると、みんな一斉に記入を始めた。
もちろん、あたしは何も書かずに無記名のまま提出。あとはマッチしてカップル成立した人たちに笑顔と拍手を送り続けた。
マッチングして照れてる男女に、ちょっとだけ羨ましいなんて思ってしまった自分に気が付いて、慌てて喝を入れる。今はミドウさんと友達に戻れるかが重要で、その為にきちんと彼と話したくて会うのだから、こんな邪な考えは捨てなければ。あたしはもう、彼とは友達として一緒にいられれば、それでいいんだから。
さぁこれで帰ろうと出口に向かおうとした時、再び幹事が話しだした。
「皆さま、本日はパーティーにご参加いただきまして誠にありがとうございました!最後に当アプリ責任者の花沢と、このレストランを快くお貸しくださいましたオーナー様からご挨拶がありますので、少々お待ちください」
……えっ?
咄嗟に壁の隅っこ、背の高い観葉植物が置かれている所へ隠れるように身を寄せる。
アプリ責任者の花沢と言われれば一人だけ心当たりがあるというか、会うのも気まずい前回会った時に怒鳴りつけてしまったその人だろう。
そしてすぐに開かれた部屋の扉。
現れたのは、やはりあの花沢さん。と、一緒に入って来たのは道明寺 司?!
なんで!?
どうして彼が、まさかこのレストランのオーナーって彼のこと?
まさか会わないだろうと思ってたのに、そんなことある?!
突然現れた二人に参加者たちはざわつく。
二人とも美形なことに加えて、彼らの立場を知るものが多いからだろう。今回のパーティーはサクラとして参加したあたしたち三人はともかく、他の参加者たちはみんな大企業に勤めていて収入もハイクラスの人たちだと進は言っていた。だとすれば当然、経済誌に載るような二人を知っているのが常識で、むしろ知っていないとおかしいだろう。
そんなざわめきも二人は気にすることなく、幹事から促されて先に責任者である花沢さんから挨拶が。
ニコリともせず淡々と、今回のパーティーに参加してくれたお礼と、今後も当アプリをよろしくと、非常に簡素な挨拶のあとペコリとお辞儀をして顔を上げた花沢さんと目が合った。
あたしを見て一瞬ギョッとしたような顔をしたけど、瞬き一つあとには、いつもの無表情に戻っていた。
そして、道明寺 司。
彼はこのイタリアンレストランの「アチェロ」のオーナーで、花沢さんとは旧知の仲であること、その縁で今回初めてこういう催しに会場を提供したけれど、ここが出会いのきっかけになったのなら嬉しいとか、今後のデートやプロボーズをするなら当レストランを思い出していただければ、なんてにこやかに話しながら目線はちゃんと参加者たちみんなを見ていて、何あの愛想笑い初めて見たとか、あれが仕事モードのミドウさんで、あたしと会っていた時と服装や髪型はともかく全然雰囲気違うじゃんとか、さすが道明寺財閥の御曹司で代表を務めるだけのことはあるんだろうけど、あんな丁寧な話し方も出来るんだ、とか。
やっぱりあたしが知っているのは「道明寺 司」じゃなくて、「ミドウ ジョウ」なんだと、再認識させられる。
それでもこのままでは見つかってしまうかもと、いや、この場にいるのを見られたところで、あたしがどこで何をしていようとミドウさんは気にすることもないだろうけど、それでもなぜか見られたくなくて、ゆっくりと、静かに出口へと足を進めていたのに。
みんなが花沢さんと道明寺 司に注目している中、こそこそとした動きをしていたあたしが挙動不審な人物にしか見えないのは当然で、突然のことに動揺して、とにかくこの場から離れようとしていたあたしはそんなことに気が付くわけもなく。
参加者に向けて話していたいたはずの道明寺 司の声が聞こえなくなって、ハッと彼を見たら、いつの間にか挨拶は終わっていたようで、ミドウさんはあたしをジッと見ていた。
そして次の瞬間には眉を顰め、花沢さんに何か声をかけたあと怒ったような顔でこっちに向かって歩いてくるけど、その目はあたしから逸らされることはなかった。
なんで?
なんでこっちに来るの?
そのまま花沢さんとか幹事さんと話し続けてればいいのに!
心を落ち着かせたくて公園を歩いてきたりとか、不本意ながらもパーティーに参加していた間は、これからミドウさんの信頼を取り戻して友人に戻る為に何から話そうか色々と考えたり、食欲なんてないと思いながらも一度は来たかったレストランのお料理を少しは食べてみたいなんて思える程度には心に余裕がないわけではなかったけど、でも会うのはこのパーティーあと、いつもの喫茶店のはずで、会いに来るのはミドウさんなのか道明寺 司のどっちの姿かなんて考えもしてなくて、それこそミドウさんの姿で来るのかと、でももうあたしがミドウさんが道明寺 司だと知っていると彼は知っているはずなわけだから、
だから、だから、こんな婚活パーティーの中で、まさか彼が道明寺 司の姿のまま、わたしに近寄ってくるとは思ってもいなかった。
淀み無くあたしに向かって歩いてくる彼から目が離せなくて、でも彼から逃げるように部屋の出口に向かって足は勝手に動く。
追いつかれる、前に。
なんで逃げたのかとか、いや逃げたわけじゃなくて、咄嗟にどうしたらいいのか分からなかっただけで、決して彼と話し合うことから逃げたわけじゃなくて、だって会うのはいつもの喫茶店のはずで、こんな、まさか婚活パーティーで会うなんて思いもしなくて、ただただ驚いただけ。
幹事席では進がポカンとした表情であたしを見ている。
そして、そんな進と、怒ったような顔をした道明寺 司を残して、あたしは走り出した。
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